第33話:この世界をもう一度

 



 あれから、どれ程経っただろうか。

 ルビンと二人で立ち尽くしていた、かける言葉は見つからない。


 すると、二つの足音が近づいてくる。


「セア……と、ルビンか」

「スレイア……、無事だったんだな」

「ルビンちゃん……」

「サクヤ。今は……、何も言わないで」


 スレイアとサクヤは全身ボロボロでサクヤを支えにようやく立てているような状態だ。

 サクヤも装備の至る所が千切れ壊れていた。


「ルナートと、ミアさんは?」


そう聞くも、サクヤはかぶりを振るのみだった。ルビンは再び両手に顔を鎮めた。




 4人は……、無言で立ち尽くしていた。

 生き残ったのは、4人だけだった。

 さっきまでのことが、まるで遥か遠い昔のような気がする。

 最初からレジスタンスなんてなかった、革命なんて起きなかった。

 そう錯覚させようとすれば脳は簡単に受け入れられるだろう。


 あまりにも……、たくさんの仲間を一度に失いすぎた。

 たった二日前に出会った人たちが死んだだけでこの喪失感だ。

 スレイアとサクヤがどれほど辛いかなんて……、想像も付かない。

 

 心にあいた穴を少しずつ雨が埋めていく。

 まだ、人を殺した感触が手に残っている。

 この感触は一生忘れられない……。いや、忘れてはいけない。

 一体この革命で何が残った?


 仲間の死への悲しみが寂寞を産む。

 憎していく悲憤、心のどこかでまだ燻り疼く復讐心。

……そして、果てしないほどの喪失感。

 悶々とした息苦しさと鬱々とした虚ろな感覚に飢餓感を覚える。

 瀑布のように流れ落ちていた涙雨もいつしかやみ、心の中にポッカリと穴が空いたような錯覚にとらわれる。

 意識は茫然自失と虚空を見つめ彷徨う。


 何も……、何も残らなかった。

 良かったことなど、なかった。


 そしてレキーラと、ルビンと語った……。世界のことを。

 俺は、無知だ。今の俺がいくら世界のことを叫ぼうとそれは詭弁(きべん)でしかない。

 これから……、どうしようか。何も、考えられない。


 静かに、雪が降り始める。

 そっか……。もう、霙の季節か。

 旅立ったのは確か楓の季節の只中だったはずだ。

 もう……そんなに時が流れたのか。

 まだ、昨日まで俺は集落でいつも通りの生活を送っていたのでは、とふと思う。

 ルークスのみんなは、いなくなった。俺が、守らなければいけなかったのに。みんな、みんなみんなみんな……いなくなった。

 その事に、何も感じなくなった自分がいる。

 神経が、精神が麻痺してしまったのかまともに作用しない。

 降りしきる雪は、ベタついた唇に沁み、心地悪い感触を残す。

 この惨劇を視界に入れんと目を閉じ続ける。

 ただただ……、その場に佇立し漠然とした意識を彷徨させる。

 誰も、何も言わない。


 俺は、この革命に何を思う? 何を思えばいい?


 思えば……、カカの所から旅立ってあっという間だった。

 ルビンと旅をし、ビラガに着きルナートに会った。

 それから……、連れ去られた集落のみんなが処刑奴隷として広場に吊るされた。

 拭い去れない空虚な感情を殺しレジスタンスのみんなと過ごした晩餐。

 たくさんの人たちに囲まれて楽しかった。


 だけど……。今日の革命で、みんな死んでしまった。

 共に語り信じていたダンの裏切りでルナートが死んだ。

 国王と対面し、レキーラと対面し……、詭弁を振りまいた俺はその無力で何の役にも立たないまま気づいたら仲間が、たくさん死んでいた。


 終わった……、んだ。

 革命は……。

 レジスタンスは……、もういない。


すると、スレイアが声をかける。


「取り敢えず、城に行こう」


 その声に俺たち3人は頷き、近くにいた馬に乗る。

 ルビンはスレイアに、俺はサクヤに相乗りする。

 もちろん、何も言葉は交えない。

 そして、馬はゆっくりと駆け出した。





⌘ ⌘ ⌘ ⌘





 広場の喧騒は止んでいた。

 ルナートさんの言葉が、まだ残る。


 僕は”二つのモノ”をそれぞれ袋に入れ、両手に持ちながら城を降りていた。


「若……」


 すると、物陰から一人の市兵が姿を表す。


「パル……、ド」


 老骨な屈強な体躯のパルドは僕の方に近づいてくる。


「ついに、やったのですな?」


 パルドは僕の袋を見て訊く。


「うん。それでね、僕。ある人に言われたんだ。この国の王になれって、この世界を変えて見せろって……」

「ついにご決心なされたのですね。若がこの国の王になる日をずっと夢に見ておりました」

「大袈裟だなあ」


 そう言って軽く笑う。

 パルドは僕の世話係だった。

 世話係といっても、言いつけられた役割は食事を運び、必要な物資を与えたりするのみだった。だけど、パルドは僕にこの国の現状を教えてくれた。この世界のことを教えてくれた。

 どうして僕に忠義を尽くすのかなんて分からない。だけど、パルドはどこか信頼できる。


「今から、この都市の市民に宣言する。僕が王になって、この国を変えることを」

「左様ですか。不肖パルド、最後まで若……、いえ。ジェイム・ビラガルド王のお側に仕えさせていただきます」

「心強い」


 お母様が死んでから、僕にとってたった一人、信頼できる人間だった。

 パルドは僕の後についてくる。


 思い返せば。僕は今日、突然部屋から連れ出され、ルナートさんの激戦を見させられた後、僕は親を殺した。

 今、僕には親を殺した罪悪感も後悔も、不思議となかった。どうしてだろうか、何だかやるべきことをやったという充足感だけだった。

 それにしても、こんな刺激的な1日が、今までにあっただろうか。

 思えば、ずっと退屈な日々ばかりを送ってきた。生きている充足感がなかった。ただ、歴史の史書を読みながら、日を重ねていった。


 だが、僕は今日、王になる。

 それは、決まっていたことなのかもしれない。

 正直、僕にはどうだって良かった。だけど、ルナートさんに奮い立たせられた。


「あんなこと言われたら……、やるしかないじゃないか」


 人知れず呟きながら、目の前の扉を開ける。

 そこには、凄惨な鋼鉄都市ビラガルドの光景が広がっていた。

 そして、跳ね橋を渡る。

 その先には、不安と困惑の表情で埋め尽くされた市民の姿があった。

 そして、僕の姿を見るや否や、場は悄然とする。


 後ずさりする。逃げ出したい。

 こんな、大勢の前に立ったのは初めてだった。足が竦む。

 恐がるな、勇気を出せ。僕が今から国王になるんだ。

 今まで、何冊も歴史の史書を読んできた。そこから引用して、その知識を生かして、僕がこの国を作るんだ。

 トンッ、と。パルドに背中を押される。

「決めたのでしょう? 最後までやり切ると」そう、パルドの目は、僕に告げる。


 そうだ、その通りだ。

 この国を、この世界を変えるために。まずは、この都市の市民の心を変えてやる。


 何度も自分に言い聞かせる。これからが、本番だ。


 不安はある。僕の言葉を聞き届けてくれるのか。国民のみんなは受け入れてくれるのか。数えだしたらキリがない。

 唐突に僕は、そばのパルドに声をかけた。


「ねぇ、パルド」

「何ですか? 若」

「もしも僕が国王になったら……。ずっと、側にいてくれる?」

「もちろんです。私は若に生涯を捧げた身。命をとしてでも若を守り助け続けます」


 その言葉に少しだけ重みが取れる。


 そして僕は堂々と前に出る。

 城は城下まで小さな傾斜になっており、市民たちを見下ろすような形になる。

 同じ土俵に立って話をしなければならない、とどこかの史書に書いてあったような気がするが、そんなことをすればそれこそ集団でなにをされるかわからない。

 石ころでも投げられるかもしれないな。

 城下の民衆は所狭しと犇き、この国の市民全員が集っているのではと思わせる。


 国民の視線が僕の方へ一斉に向けられる。

 反射的に後ずさりする。

 城へ……、ずっと過ごしてきた自分の部屋へ帰りたくなる。

 でも、ダメだ。

 弱い自分は見せられない、弱い自分に負けたくない。

 前へと歩を進める。

 騒めきが広がりごった返す。


 

 だが、僕はそれに臆せず、堂々と喝破した。

 僕は……、もう。何も出来ずにただ見過ごし続け、誰かが変えてくれると人任せになるのはもう、嫌なんだ。

 自分自身の手で変えるって……、決めたんだ!!……ルナートさんのようにっ。


「聞けぇ、市民よ!」


 市民は顔を上げる。少しずつ喧騒は収まる。誰も答えない。ただただ成り行きを見守る。


 ここからが勝負だ。

 何を言い、どう惹きつけるか。

 視界の先に、レジスタンスの四人を見つける。

……大丈夫だ。


……いけっ!!

……いけッッッ!!


 そして、閉ざされ続けたその重い口を……、開く。


「単刀直入に言います。この革命は、もう終わりました。そして、国王は……」


 左手に握った袋からそらをとりだす。

 僕が斬り落とした、ガンの首を手に持ち、掲げた。

 ひやりと冷たい感触とそこ舐めするようなザラつきが伝わる。


「愚王はもう、いないっ!!」


 それに、市民は釘付けにされる。だが、その表情を確認するまでもなく、僕は演説を続ける。

 ルナートさんに、後押しされているような。そんな感覚を覚えながら。


 そう思うと同時、まるで体が勝手に動いている感覚とともにガンの首を思い切り……、地面に叩きつけ、歪な音を残すと同時に心にヒビが入ったような感覚を味わう。

 そして、何か。心の中でスイッチが入ったかのように、言葉は次々と飛び出す。


「だから、次はガンの息子。このジェイム・ビラガルドがこの国の王になる!みんなも感じたはずだ。ルナートさんの……、レジスタンスの変革の意志を。僕は、その意志を受け継いだ!彼らの勇気ある行動が、この腐敗した施政を変えたのだ!

 もう……、この国にあの腐った王はいない! 絶対王政は失墜した!! 僕は確かに何もしてこなかった、出来なかった! だけど……、過去ばかりみないでほしい! 失った者は還ってこない! 僕たちが幾ら償おうと抗うことの出来ない理(ことわり)なんだ!」


 市民は一斉に俺を見る。

 だが、その中の一人。

 最前列にいる、市兵だったと思われる右耳に銀色のピアスを付け赤色の服を着た金髪の青年の怒声が広場に轟く。


「フザ、けんな……。何が理だ。そんな綺麗事を聞くために俺たちはここに集まったわけじゃないぞ!!」


 一人の青年が立ち上がり腕を上げながら抗弁をたれる、それは波紋のように広がり次々と連鎖していく。


「そうだ、そうだ!!」「あなたは何もしなかったんでしょう?!」「息子はどうなるの?!」「貴族は全員死刑にするべきだ!!」「そうだ、貴族を殺せ!!」「まだ城のどこかで隠れているんだろう?!」「貧富の差で死んだ? 見ているだけだった?! そんなことどうでもいいの!!」「何が平和と愛情だ! それを最初に捨てたのはお前たちだろうっ!!」



 罵声が次々と拡散し広場一体が包まれる。

 その迫力に押し潰され何も言えなくなる。


 はぁ……っ、はぁ……っ。

 呼吸が苦しくなる。

 予想していなかったとは言わない……。けど、ここまでとは。

 だけど、待て――

 貴族、だと?

 思い返してみれば、僕は一度も貴族というものを見たことがない。

 そして、僕は以前までガンの重鎮であったというパルドに囁く。


「パ、パルド。貴族は、あの大量にいた貴族の群れはどうしたのだ?」

「申し訳有りません、若。しばし、その場を私目にお譲りくださいませんか?」

「あ、あぁ……」


 すると、パルドは一歩大きく踏み出す。民衆は突然出てきた男を誰何しながら成り行きを見守る。


「私は、かつてガンの重鎮であったものだ。今はジェイム国王の世話係をしている、パルド・アッラシードだ。君らが差す貴族という概念はこの国にはない」


 パルドの声が唐突に下がる。だが、それを振りまき、喝破した。


「もう、1年ほど前に。この国から貴族は全員いなくなった! 城の食料が完全に底を尽き、他国からの供給を途絶えられた時期だ!そして、”城の中だけで”狂ったように貴族たちは殺しあった。ちょうど、参謀が完全にガンを支配し政権を握っていた頃の話です!だからこの国にはもう愚王も貴族もいない!」

「なら、僕たちだけでこの国を作れるだろ!?」


 僕はパルドの告白に便乗し声を荒げる。

 民衆は騒然としている。だがそれに負けないほどの大声で僕は叫ぶ。


「今、あなたがたにやり場のない感情があるというのなら好きなだけ吐き出せ!

 僕は王として……、全て受け止める。

 だから……、国民のみんな。顔を……、顔を上げてくれッッッ!!!!」


 降り積もる雪はいつしかやみ、悴んだ手を強く握りながら、尚も演説を続ける。


「僕には、政治の知識がある! 先人の知恵がある! だからこそこの国を変えていける自信もある!だから、しばらくの間だけでいい! この僕に従え、そして受け入れてくれ! もし、それでも気に入らないというのであれば見限ってくれて構わない!」


 民衆は静まり返る。

 そこに、畳み掛ける。


「僕らは自ら進み行く! 市民たちと抵抗軍レジスタンスはほとんどがその尊い命を落とした、だが彼らが絶えた時に、僕は見つけただろう!? 彼らの亡骸と美徳、そして強き意志の跡を!

 生き長らえるならば、僕は彼らと棺を共にすること欲しよう!

 僕は気高い誇りを胸に行った施政がまた同じ道をたどろうものなら、僕も彼らの後を追って死ぬ! その覚悟がある!」


 ルナートさんの言葉を思い出す。そうだ、ルナートさんは俺の名前を使えと言っていた。なら。ルナートさ――いや、ルナートのあの意志を僕は受け継いだ。今はもう、対等だ。

 見ていてくれ。


「皆も見ただろう?! ルナートのあの勇姿を! 彼は言った、例え若き英雄が倒れようとも、大地が再び英雄を生み出すと! 皆は全員がこの国の英雄になりえる! そして、この僕もまた然りだ!」


 そして、右手に持った袋からモノを取り出す。

 この、ビラガ国に代々伝わったてきた”国宝之冠鋼鉄都市ビラガルド”を、自らの頭にかぶせる。


「第5代ビラガ国王、ジェイム・ビラガルドの名において宣言する! 民衆よ、僕に従え! 僕は皆が望んだ理想の国へと先導する!

 異議があるものは、今ここで申し立てよ!!」


 異議を唱えるものはいない。


「ならば、最後まで僕についてこい! そして、この国を……、いや。僕たちのこの世界をもう一度創り治すぞ!!

 ”鋼の意志と鉄の身体”でっ!

 かつて栄え続けた、”鋼鉄都市ビラガルド”をッッ!!」


 再び、静寂が広場に満ちる。

 心臓が高鳴り呼吸が苦しくなる。

 広場にいる人たちは全員僕を見ていた。

 彼らの表情は……、さっきと、違っていた。


……ざわ。


 所々で囁き声が聞こえる。

 それが10秒ほど続き、再び静寂が満ちたと思うと……。



 それは波のように連鎖し、階段広場全体……、いや、ビラガ国全土に響き渡るかのように轟いた。




「「「「国王崩御、国王万歳!!」」」」

「「「「国王崩御、国王万歳!!」」」」

「「「「国王崩御、国王万歳!!」」」」

「「「「国王崩御、国王万歳!!」」」」

「「「「国王崩御、国王万歳!!」」」」




 市民の声に囲まれる。

 全員が立ち上がり僕に万歳を唱える。

 期待と希望に満ちた市民の表情が観える。

『リーダーとは希望を配る人のことである』史書の一節が思い出される。

 そうだ、僕がこの国の希望になればいい。

 民衆に僕の意志は届いた。

 まだ、全てじゃないかもしれないけど僕が言った言葉は……、伝わった!!


 広場を見る。

 その表情には新しく動き出し、脈動し鼓動し出したこの国への……、期待や希望が観える。


 こんなにも、団結した市民――いや、国民が未だかつていただろうか?


 これが……、国の意志なのかっ!?

 そうだ……、僕たち王政の力などなくても人は一つになれる。

 絶対王政なんかで作られた偽の結力とは違う、権力者の働きかけで作られた絆でもない。


 行ける……。

 この国なら、この国民たちとなら。


 本当に、世界さえ変えられるかもしれない!!


 強い、意志だ。摘まれ消えかけた変革の意志。


 変えてやる。


 僕は……、新たな国王なのだから。


 大丈夫だ、心配なんていらない。


 なぜなら……。




 僕には今。こんなにも……、共にこの国を変えようとする国民なかまがいるのだから――



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