第30話:再びあの夜の惨禍を世界に

 空間が裂け光が飛び出すのと共にレキーラが現れる……が、よろけながらそのまま地面へと落ちる。


「まさか、これほどまでの力を持っているとは予想外だな」


 レキーラはそこから立ち上がり、こちらを見る。塵埃じんあいを拾いながら吹く風がレキーラの纏うローブをさらおうとする。

 先ほどまでリックとフルールさんと共に消えていたはずだが、光の裂け目から出てきたのは……、レキーラだけだった。二人はどうなったかなんて、私でも分かる。


 私はずっとセアの隣で寝かされていた。そして目が覚めたらセアと一緒に広場に向かった。

 だけど、広場に積み重ねられた屍山血河の惨状に息を呑んだ。


 スレイアとサクヤは家に食い込んだまま動く気配はない。その生死を確認しようとすると、レキーラが僅かに初動し身体中ぎ麻痺したような感覚に囚われながらそちらを凝視する。


 広場の中心にいるレキーラは地面から立ち上がり、私を見上げる。

 視線が空中でぶつかる。

 その瞬間脳が痙攣する感覚と同時身震いする。

 どうしてだろうか。

 するとレキーラは……、少し口元をほころばせながらその口を開く。


「また戻ってきたのか……、哀れだな」


 その言葉に激しい怒りを覚える。


「あなたは倒さなければいけない……、絶対に!!」


 そう、声を張り上げる。


「ルビン……」

「セア、貴方は下がっていて。巻き込まれて死なれたら、嫌だから」


 セアは少し迷った後コクっ、と頷いて裏路地へ向かって駆けていく。

 レキーラは私の方へ声をかける。


「巻き込まれるとは……、僕とまともにやり合えると思っているのか?」


 そう問う。

……が、思い切り叫び返す。


「当たり前よッッ!!

 メテオスキルXIX! リ・バンッッ!!」


 手をかざすと私の背後の空間が歪み渦を巻く。そして形成された円形の渦から無数の隕石が止まる間もなく連射される。レキーラは宙へ飛び上がり交わそうとするも追尾。

 そして接近と同時に爆発、飛び散った破片は連鎖し爆散していく。

 しかしレキーラはルーンを張りその全てを防ぐ。

 血腥ちなまぐさい臭気は広場に蔓延し、咄嗟に鼻を塞ぐ。


 レキーラを見上げる。

 何かしら、この感覚。

 魂が搾り取られるような、心を逆撫でし抉り抜かれるような不快な感覚に身震いする。


 恐怖?

 それとも……、疑惑?


「やはり……何も……流石は紋章の力……」

「何を、言っているの……」


 レキーラの呟きが耳に滞納されるように重く響き、思考の中に一つの光景が流れ込む。

 これは……、一体?





 見たことのない景色だ。

 辺りは暗い。

 星が瞬き、街は賑わっていた。


 これは……、いつの記憶?

 覚えていない、私のなかにある記憶は漂霊紋(ひょうれいもん)になった時のものだけだ。

 だけど感じる果てし無い喪失感と懐かしさはなに?


 光景が消える。

 何故だろうか、私が人間じゃ……、なかった……、よう……。


……違う! 私は紋章よ!


 セアと出会ってからずっとどこかに押し詰めていた、私は紋章だということを。

 人間と暮らす中で憧れていた、そして私もそうなんだと自分に錯覚させようとしていた。

 人間は人と触れ合う感情を持っている、知恵もある……そして、何かを成そうとする意志も持っている。


「……そろそろ効力も切れかかっているみたいだな」

「……?!」


 レキーラの言葉に心臓が高鳴る。

 カカ様から聞いていた、セアの成り立ちについて。

 だけど、カカ様は私のことについては何も話さなかった。

 胸が苦しくなってくる。何も……、何もされてないのにっ!!

 この感情はなに?!




「目を覚ませ」




――頭の中で何かが弾ける




――声が、心が乾きを覚える




――この……、記憶は……。この感情は……




――失っていたものが全て洪水のように流れ込んでくる




――嘘よ……、そんなはずない




――こんなの……、認められるわけ……っ!!




 脳に流れ込んでくる幾億秒もの果てしない……”記憶”。


「……思い……、出した……」


 この記憶は漂霊紋(ひょうれいもん)になる前のもの。

 そう、だったのね。


 私は……、私は……っ!!


 するとレキーラは私を見る。

 何だろうか、あの目は。

 期待と興奮に満ちた……、あの表情は。



「ようやく……、思い出したか。君は例え力の呪いに解き放とうと僕から離れることはできない。君は……、僕の一つなのだから」


 浮遊する。


「もう一度……、君を使うときが来た」


 レキーラの手が私へ向けられる。

 気づいていた、もう知っている……。だけど!


「やめて……。その言葉を言わないで……、嫌よ。

 私はルビン・ヴェ――っ!!」




「――紋章解放メダリオンハーツ)、”滅亡”ッッ!!!! 」




 私は体中が引き裂かれる感覚と共に光が迸り、暴輪旋転(ぼうりんせんてん)する紋章と化す。


「アアァァァ!!」

「ルビン――ッ!」


咄嗟にセアが飛び出し私の名前を呼ぶ。まだ、来ちゃ……ダメ。

 嫌だ、苦しい。また人を傷つける。

 あの夜のように。

 どうして紋章に意思がある? どうして私に意思がある?



 消されていた。私の記憶が全て。

 所持しているだけで絶大な力が……、かかるからと。レキーラの”記憶”の紋章によって全て消されたまま漂霊紋にされた。


 全部……、思い出した。

 私が……、たくさんの人を死なせたことを、何千年にもわたる文明そのものを崩壊させたことを。


「久しいな……、この感覚。12年待ったぞ……、”滅亡”。再びあの夜の惨禍をここにもたらそうじゃないか」


 そうだ……、またあの夜の悲劇が繰り返される。

 もう嫌なのに……、私には何も出来ない。





「今なら……、この大陸そのものを崩壊させられる。さあ……、”滅亡”。お前の力が再びこの世界を終わりへ向かうための礎(いしずえ)となる日が来たぞっっ!!!

 特異能……、”惨死冥滅掌ヘカエ・ラディルイン”ッッ!!!!」



 その瞬間。全てが、弾け飛んだ。


 レキーラの掌があの夜と同等の大きさへと変化し――




――振り下ろされた



 だが、その刹那……。天が揺れんほどの轟音と共に大気が震動し、黒い雲から何筋もの光が射す。


 雲は大流し光の塊は一つの掌へと変わり”惨死冥滅掌(ヘカエ・ラディルイン)”の倍はあろうかというほどの大きさまで膨張される。


「……仙具せんぐ天化掌てんかしょうッッ!!」


 光の掌はレキーラを押しつぶすかのように真っ直ぐ降下する。


「な……っ!!」


 赤の掌は軌道を変え天へ向ける。



――そして、二つの掌は衝突し




――世界が……、震えた




 掌は互いに相殺する。

 ビラガ国全体にルーンが張ってあったのかこちらへの影響はない。

 突如出現した光の掌の中に朧げだが……、どこかで見たような小柄なシルエットが見えた。

 確か……、あの人は――っ!



「まさか……、こんな所で邪魔が入るとはね。これはまた滑稽な闖入者ちんにゅうしゃだ」

「バカか、メルシナ大陸全土の崩壊を守護仙がみすみす見逃せるはずねぇだろ……っ!?」

「確かに、二度も崩壊を見過ごしたとなるとその地位から追放されるだろうね……。久しぶり……。

 六歌仙ろっかせんが一人。

 [ 僧正そうじょう ]カカ・マカルカ」

「表六玉が……っ、テメェ如きが俺の名前を呼ぶんじゃねぇよ!!」


 カカ様の双眼が光り、レキーラが震える。

 何かの能力を使ったのか双眸そうぼうに閃光が走る。


「お前、制限リミッターつきとはいえこの程度の奴らに手こずるとはザマァねぇなぁ?!」

「他人の過去なんて勝手に覗くものではないよ」

「たった一日見られたくれぇで過去と言い張るとは随分、器も縮んだようじゃねえか」

「そうだね……。君のその能力は一日限りの不完全な能力だという事を失念していたよ」

「そういうテメエもあの夜の代償が残ってんな? どうせ療養中にちまちま力使ってたんだろ?」

「12年は流石に僕にとって長すぎてね」

「ハッ!! どの口がほざいてんだ!?」


 空中に立ち二人は言い合う。

 そしてカカ様は長大な黄金の杖を構える。

 あれは……、メルシナの封杖!

 六大陸に各一本存在し、六歌仙である守護仙たちが所持し管理するという[ 伝説武器レジェンドウェポン]の一つ。

 [ 伝説武器]についてはセアから色々聞いていた。

 あの時は聞き流していたがセアの顔は輝いていたのを覚えている。


「ルビン、久しいな。まあ紋章状態なら聞こえてんのかは知らねえが」

『聴こえてるわ。ちゃんと、聴こえて――っ!」


だが、その声がカカ様に届くことはない。


「……ったく、セアの野郎もえらく表情が変わってやがる。レピア崩壊にルークス集落では飽き足らずビラガ革命にも巻き込まれるったぁ、不運なやつだ」


 静かに独り言を呟き、カカ様が再びレキーラへ声をかけた。


「レキーラ、お前の使命は果たしてんだろ?なのに何で今更こんなことをしてやがる?」

「ははっ。まだ……、足りないからさ。世界への変革の意志を持った者が。次は自分の番だという恐怖があれば……、人は自然と動き出す」

「それだからテメェはいつまでたってもお子様なんだよっ!!」


 鼓膜を劈く雷電音。

 次々と雷雲が発生し雷が次々と打ち出される。


 カカ様は黄色の髪を逆だたせ、雷そのものをまとう。

 カカ様の背後に雷が集まり黄金に光る円の中に巴紋ともえもんの紋様を連想させるような紋章が出現し、円形雷鼓えんけいらいこがそれを囲む。

 そして暴輪旋転ぼうりんせんてんいかずちを撒き散らし、迸せる。


「”鳴神なるかみ”の紋章……。紋章解放!」


 カカ様の声は轟雷の中で、高々と響き渡った。

 そしてカカ様の全身から雷が迸り、弾け出る。


 カカ様の出で立ちは聖典に記されていた十源神が一柱、雷神そのものだった。

……サイズは小さいが。

 目つきは鋭利に吊りあがり髪には雷電が走り薄黄色く光る。

 先ほど使用した天化掌は縮小し、今はカカ様の腕に収まっているが時節蒸気を吹き出す。


「まさか……、天神化てんじんかまで使いこなしているとは。雷神からの授かり物っていうのはなかなか豪華みたいだね」

「授かったのは随分前だけどなぁ?!」

「忘れたよ。

それより、それ以上力を解放すると人界郷の人間へ影響が出るぞ?」

「……っチ!!」


 ふっ……。

 そう笑うレキーラが突然”滅亡”の紋章を解く。

 そして私を紋章石化させる。


「もう、君は用済みだ。まさか不発に終わるとは思っていなかったが、いつまでも自分を縛るくさびを持つのは性に合わない」


 紋章石を空へ捨てる。

 その最中に人型へと戻る。

 そのまま落下する感覚と共に……、レキーラの声が聞こえた。


「”剥奪”の紋章解放メダリオンハーツ

 特異能”剥衩䝤落非プレラル・デヴィスト”」


 レキーラの背後で暴輪旋転する”剥奪”の紋章から一つの丸い球体が飛び出す。

 そして球体は全方位へ細かく裂け、私を包み込む。

 音も、臭いもない。

 すると、突然急激な脱力感と共に、脳を握りつぶされる感覚を覚える。


 そして感じる。


 全て、奪い去られた……と。


 紋章もスキルも魔法も何もかも。

 次々と体から解離し、溶け出す感覚を味わう。


 残った者は一度失ったはずの”記憶”と、

 借り物の……、この”身体”。


 後は全て……、消滅した。

 力も紋章も何もかも。


「グッ……、あ……、ぁアアァァああ!!」


 苦しい。

 何かを失うというのはこんなに苦しいものなのか。


 私は紋章じゃない。

 そうだ……、人間だ!

 もう紋章から解放された!

 きっと……、私は……、人間に……!


「残念だが、君はもう紋章ではない。だが、人間でもない。紋章と人間、この二つの境界線上の唯一無二の不確定的……、存在だ。君は何者でもない、何者にもなれない」




 紋章じゃない……。だけど、人間でもない?




 何者にもなれ……、ない?




 それじゃあ私は一体……。





………………何?





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