第23話:血は滾り肉は踊りて、傲慢なる世界は慈悲を請う
俺はジェイムに誘われ、迷うことなく謁見の間に辿り着いた。幽閉されていたのにどうして? と、問うと、どうやらジェイムには協力者である世話係の人間がいたらしく、城の見取り図は把握していると言っていた。
そして、辿り着いた謁見の間の扉を、俺は大胆に開いた。
そして、そこに広がる光景に、静かに吐息を吐く。
赤いカーペットの先、小段の先の玉座に国王が座していた。不敵な笑顔を浮かべながら。その背後には赤いカーテン。
天井には二対のシャンデリア、左右には緊急用抜け道へのドア。
色合いなど、全てがこの城の外装とは打って変わった華やかな拵えだ。
即座に戦闘場の配置を確認。国王へは一直線に道が開けている。
ミアに視線を送り、ジェイムの保護と隅での待機を訴える。それにれ一つ頷くと謁見の間の片隅へと身をやりルーンで包む。
それを後目に国王であるガン・ビラガルドへ向き変える。すると、ガンが立ち上がる。
「様子見は済んだか?」
「まあ……、なっ」
そう言いながら短刀を抜き放ち一直線に駆ける。
ガンはそれに反応し抜刀する。
そもそも、暗殺士として正面突破は一番の
だが、俺の姿を敵に見られた時点でその概念は排除しなければならない。
ガンは恐らく、さして強くはない。だが、その油断は死へと繋がる。もしもこの男が道連れの類の紋章使いであった場合、殺せたところでそれは勝利とは言えない。
しかし勝利には貪欲に、チャンスへは敏感に。そう念頭に置きながらガンを
だが、それは空を狩り取るのみに終わる。躱されて――?!
直様、俺は距離を取る。
ガンはそれに合わせ距離を詰め上段から斬り下ろす。短剣でそれを軽やかに流し、上半身を浮かせ捻転とともに蹴りを入れるもガンはしゃがみ躱す。
下から源素力の隆起――
「ち……っ」
軽く背を抉る。ガンの放ったのは、ナックルスキル……。
何故だ……。
「どうした、その程度か」
「まさか」
「早く本気を出せ、僕を楽しませてみせろ」
……この男、強い。
ガンは、人が変わったように。先ほど広場で怒鳴り散らした威勢も、逃げ出した時に垣間見せた怯懦も微塵に感じさせない。
そう、それこそまるで人が変わったかのように――
地を蹴る。いつもと違うカーペットの感触に足元が狂いそうになる。
一息にガンへの距離を詰め、俺の疑念を解消するためのスキルを起術する。
「アサシンスキルXVII、
その瞬間、黒い球体の物質が6個、俺の手からそれぞれ放物線を描き乱方向へ散り、そのままガンの胸元へ向かう。そして着弾と同時に破裂。
ガンの身体は何かの電気質が剥離し、電光の塊は人の形を成していく。
邪呪除は敵が自己と違う源素力を含有している場合、それを切り離す効力を持っている。主に魔法による能力幇助や憑依を切り離すために用いるものだ。
ゆっくりとガンから剥離し現れた人物を一見しての印象は、ただ白かった。天使のようにその純白の瞳と髪を携えて、純白のコートと鎌をその身に宿し。俺の方を見る。その姿に俺は僅かに
ガンは一度、抜け殻のように放心していたが正気を取り戻したのか、俺の姿を捉えると新たに登場した白い男の背後に隠れる。
すると、白い男が俺に声をかけた。
「気づいていたのかい?」
「ワザとだろ? 一人称まで変えやがって」
声をかけた男は、完全にガンと別人だった。おそらく、ガンに憑依し、身体を乗っ取っていたのだ。
その行為に何の意図があるのかは知らないが……。
……こいつだ、間違いない。
小さな懸念は確実に、ゆっくりと確信へと変わっていく。
この男が、参謀……。そして、この革命の黒幕。冷厳でどこか憂いの籠ったその表情で俺を見ている。
ガンは何か我に返ったように痙攣すると、徒労感に襲われたように脱力する。
そして俺は分かりきった質問を投げかけた。
「お前が、この国の参謀か?」
「肩書き上はね。だが一市民がそんなことを知っているということは……。なるほど、あの時忍び込んでいたネズミは君か」
「気配は消していたはずだがな」
「それなら一言言っておこう。あの程度で消したなど、傲慢も過ぎるぞ」
俺は、常に気を張りながらセアとルビンがいなくなった動悸を探ることに集中する。
思考を巡らしながら辿り着いた一つの案を施工する。右手を
透明な水晶。シャンデリアの光をあらゆる方向へ反射させながら宙に浮く。
”記録”の紋章をそれに
そして俺は、流れ込んできた記憶でセアとレキーラが会話した内容に驚愕する。
「お前……。レピア、崩壊者」
「この場の過去情景を脳に流し込む、か。そんな貴重な紋章具を持っているとはね。……だが、崩壊者だから、どうした? 怖気付くか?」
「いや、そんな大層な人間がこんな辺鄙な国の国王に肩入れするなんて、滑稽もいい所だなと思ってな」
「これもまた僕の計画の為の伏線さ。まあ……、これから死ぬ君には到底関係のない話だけれどね」
ならば、この男を殺せば。俺の強さは、証明される――
まさ、か。崩壊者と激突することになるとは思いもよらなかった。
あの一夜をたった一人で滅ぼした少年がいたと聞いていたが、まさか俺の人生で会うは日が来るなどとは露ほども思いはしなかった。
……ったく。
普通に考えて、俺が勝てる相手ではない。もしかしたら、この戦いで俺は死ぬことになるのかもしれない。背後のミアを振り向く。そのミアの瞳には……、不安や恐怖はなく、一途な信頼のみが俺に向けられていた。
……そう、だな。やれるだけやってみるよ。
俺の、全力でーーッ!!
俺は、颯爽と駆け出す。
セアとの会話の中で契約内容も話していたが、ガンの命を守ることを契約の一つとするならまずはこの男を、殺す。
距離を詰め、男の直前にて地を蹴り滑空。天頂に差し掛かったタイミングで懐に忍ばせた6本の
1本目――男への足元、狙いは牽制その一本目にて男は背後へ。ガンとの距離をあける。
2本目――ガンの胸元へ、当たれば必死。これにて男はガンを庇いに入るだろう。
3本目――それを見越して次は男が入り込んでくるであろう位置へ。
4本目――3本目の
5本目――男はガンの目前へ到達、2本目を弾く。その次の瞬間にブラフを視認し迎撃の構え、開いた胴へと放つ。
6本目――最大にして最速。心の中で「アサシンスキルVII、
その暗器刀の乱舞を僅か4秒間にて完了。
男はブラフにかかりシャンデリアに気づいていない。その次に来た胴への5本目の対処をする間、おろそかになった肩へ奉奠牙が命中。
僅かに崩れた姿勢。そして、寸分違わず緩み続けた糸が切れシャンデリアは落下。
豪快な爆散音と共にシャンデリアの欠片が飛び散る。
だが、この程度で死ぬはずもない。あの男は並の人間と同感覚で見ると確実にやられる。
あいつ達と同じだ。嘗て戦った、あいつ達と。
フロー状態へと落ちた思考は冷静だった。心も既に死んでいる。
この男は崩壊者だ、こんな程度モノともしないだろう。この男に聞きたい事など山ほどあるがそれに気を取られるわけにはいかない。
戦闘において絶対的に必要なもの以外は冷徹に簡潔に除外しなければならない。
「アサシンスキルXI、
凝縮した源素力を短刀へ、次々と大気の源素力は憑依していく。体内の油全てを吸い取り亜物質へと変えながら上乗せする。これがレキーラに付着すれば心髄を溶かす猛毒になる。
落下しながら、間髪入れずに揮う。
紫苑の軌跡を残した一刀はだが、空を薙ぎ、砕けたシャンデリアの欠片を震わす。
視界の中に2人はいない。
なら奴らは――っ?
「アストラルスキルIX、
男が何処からともなく起術した直後、何処からともなく摩擦音が鳴り響き両手両足に鎖が絡みつくと同時、身体は固定される。両手両足にはしっかりと鎖が絡みつき地面天井と固定。空中にはガンを抱えた男の姿があった。
「まさか、脆弱な人間風情がここまでとは、思はなかったよ」
「そりゃ、どうも」
男はガンを床に下ろし、宙へ浮遊し俺の高さにまでなるとこちらへ歩み寄ってくる。
「名前を聞いておこうか。僕は僕の手にかけるに値すると認めた死にゆく者の名は覚えておく主義でね」
「奇遇だな、俺も自分と戦えるほどの実力者には名乗る主義でな。……ルナート・アレクトスだ」
「そうか。僕はレキーラだ。覚えておくといい……。今日が、君の命日だ」
その冷眼、その言葉。どこかで――
くそっ、今はそんなことを追憶している場合ではない。少しでも気を取られればすぐさま命取りになる。
瞠目と同時に……。
俺はレキーラの背後へと躍りでる。
「……なっ!!」
「戦闘中にペチャクチャ喋るなんて、
俺の身体はまだ天の鎖とやらに繋がれたままだ。
レキーラは驚きながらも鎌を振り上げ、おろす――
空中で回避出来ず俺は脳天から裂かれる。視界は何の前振りもなく黒に染ま――
「……囮っ?!」
「ビットスキルXIII、レクシオンビットッ!」
俺の起術に飛び散ったシャンデリアの欠片は全てレキーラへと……、ガンへと向き斉射される。
「く……っ!」
レキーラはガンへルーンを張るも自身への対処が遅れ、鎌を乱舞させるも弾ききれなかった欠片が一斉に突き立ち剣山となる。コートは破れ、その見えた首元、素肌に黒い髑髏の刺青がしてあるのに気づく。
不気味だ。
「ファントムスキル使い……。まさか、こんな辺鄙な所にいるとはな」
レキーラは血みどろの状態でそう口にする。
ファントムスキルXII、
そして、スキルの威力、強力、効力は”流し込む精神エネルギーの増減と連動する”
レキーラはルーンを使用したことによりアストラルスキルXI、クーインスターニアへ流し込む源素力と精神エネルギーが減少。
刹那……。俺はレキーラが先ほど俺を縛った天の鎖を引きちぎる。そして解放された俺は、足が床に着くと同時にガンへと向かう。
レキーラは自身へのヒールで手一杯、今なら――
ガンは怯懦に塗れ腰を抜かしている。
一気に、仕留める。
「アサシ――」
「――なるほど、気が変わった」
突如、脊髄を雷が貫いたかのような激痛に苛まれる。外傷はないものの俺の動きそのものが停滞。
レキーラは俺の目の前に降り立つ。
まずい、動けない。その一言が負の連鎖へと陥れようとするが、レキーラの次の一言にて全てが霧散した。
「ルナート・アレクトス……。初めてだよ、あの時から僕をここまで追い詰めたのは」
あの時――?
「そこで、一つ提案がある。どうだ、ルナート・アレクトス。僕と共にこないか?」
「何を……」
「君はどのみち、僕にやられ死ぬ。だが、僕と共に歩みを進めればその運命は変えられる。君のような強者を殺すのは実に惜しい、僕たちの所にくれば、君の求める物をくれてやれる」
「は……っ。下らないな、そんなものに乗るはずがないだろう」
「下らない? 君の却下は死を意味する。いいかい、これは勧誘ではない……。慈悲だ」
「どこの宗教勧誘かは知らないが、生憎俺は昔からシファン教徒でね」
「愚昧な……。慈悲を請わぬというのなら、あの世にて後悔させてやろう」
レキーラが俺を見下ろすその冷眼はどこまでも冷たく凍っていた。
この場での最優先事項は、ガンを殺すことだ。もうすぐすればサクヤたちと引き連れられた市民もつく。それまでに何とかしなければいけない。
ミアとジェイムは謁見の間の片隅にて戦況を見守る。ジェイムはまだレキーラの背後で怯えている。
レキーラはミアたちに危害を加える様子はない。この場で俺が最優先すべきことは何だ? ガンを殺すこと? レキーラを先にたおすこと?
……違う、な。
俺が求めているのはガンの死による世界の変革ではない。ミアと共に歩みを進めることではない。
この、感覚だ。
俺が渇望していたのは。
この血が滾り、肉が踊るこの感覚。
この――
「――全身全霊を尽くして死線を違える命のやり取り、そしてその先の勝利によって俺の強さを証明することだ」
「どうしたのかな?」
「いや、ただ身体が疼き出してね」
立ち上がる。
「こんな好敵手と本気でやり合えるのは久々だから、つい目的も忘れ戦闘の愉悦に浸る所だった」
だが。
「今真に俺が求めるものはそれだと気付いた。つまり、それだけのことだ」
レキーラは一つ哄笑する。
「なるほど、確かにそれも面白い。僕もこんな所で君のような人間と戦えるなどとは思ってもいなかったよ。確かに……、この血の高鳴りは久しぶりだ」
その双眸に意志が宿っていく。
「良いだろう。ならば君を1人の好敵手として……。全力で挑ませてもらう!」
レキーラはガンを謁見の間の隅、ミアたちと逆方向に寄せルーンで囲う。
一対一。真剣勝負。
手汗が湧く。身体中の至る所が痙攣している。
そうだ。思い出した。
俺は……、1人の戦士だ。
その剣一つで、最高峰の享楽を演じきる1人の戦士。
磨き積み上げた研鑽の全てをたった1人に、たったの1人で挑む、狐狼の喰らいあい。
「そう言ってくれるとは、ありがたい。俺もお前の正体やら目的が気になっていたが……、そんなことはもう、どうでも良くなった」
靴を軽く床に滑らせる。駆け出す用意は万全。
獲物を捉える。
相手は、レピアを滅ぼした崩壊者。本来なら勝つことなど土台無理な話。だがもし、その代価に力を奪われていたのなら?この俺1人に手こずるほどに、強固な足枷がついているのなら?
やれる、十二分に。
「行くぞ……、崩壊者ッッ!」
「来い、ルナート・アレクトス。君のその力の全てを以って僕を楽しませてみろ!」
その一言に、俺は全ての邪念を取り払い。
目の前のレキーラ目掛けて一直線に駆け出した。
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