第21話:犠牲の上に望んだ世界

 刀は止まっていた。ほんの、数ミーレでガンの喉を避けるという距離で。

 微かな摩擦音が静寂を乱す。


「ふは……っ、やはり助けてくれたか!」

「当然さ。僕は、契約は破らない主義だからね」


 突如闖入ちんにゅうしてきた男はふいに音なく眼前に現れた。


 まだ20歳前後なのか若い顔立ちで白い髪を逆撫でにしており、目つきは穏やかで薄い笑みを浮かべている。

 純白の鎌には所々に銀色の精緻な装飾が施されており付着した血も一つの模様であるかのように刃になじむ。

 白のローブで身を纏い、静かに……、静かに俺の方へと近づいてくる。


 心臓が早鐘を打っていた。

 本能的に脳が信号を出す。……逃げろ、と。

 しかし体は動かず吸いつけられたようにその姿を見る。

 まるで、天使のようだった。


 そして、目が合う。



「……久しぶりだね、セア」



「……誰、だ?」



 不敵な笑みを浮かべながら少し高めの声で……、男は言った。



「君とは……、15年前に会っているよ。レピアの街の一角で、小さくうずくまっていた君とね」

「レピアの一角……、うずくまる……?」



 一つの夢を思い出す。ルークスから飛び出した後に見た夢だ。

 夢であるのになぜこんなにも明確に思い出せる? あの時の様子が鮮明に……、脳に……。



「……ッ! ……レピア、……崩壊者」



「察しがいいね……。確かに15年前、レピアを滅ぼしたのは紛れも無い、この僕だ」



 心臓が破裂しそうなほど脈動し血は逆流するのではというほど熱くたぎる。



……落ち着け。



 聞きたいことが多すぎて言葉が出ない。だがそんな俺に構わず男は構わず話し続ける。


「ここの国王と契約をしたのも僕だよ。集落を襲う代わりに、彼の命を永久的に保障する」

「そんなの、信じるはずが」

「それが、信じるんだよ。極限まで”追い詰めた人間は”」


 何故だ、何故そんなに笑っていられる?

 見下ろすように、絶対的な強者であるかのように笑う?


「ルークスを襲わせたのも簡単さ。君には、強くなってもらわなくてはいけない。だからこそ、最も人を強くする動機……。復讐心を君の心に植え付ける。ただ……、それだけのためだ」


 そして、男は一息吐く。


「少し、ステージを変えようか。ガン王よ、しばし僕は彼らを弄んでくる。しばらく待っていてくれ」


 その声とともに、俺の景色は瞬時に切り替わる。

 石吹きの地面、死体に塗れた広場、磔刑で十字架へ張り付けられたままのルークスのみんな。

 そして、焦げたような鼻の奥を劈くような血の香り。紛れもなく、ここは階円広場の淵に位置する場所だった。


「そんな……、一瞬で」


 ルビンが驚きながら口にする。先ほどから隣のルビンは何度も男を凝視し、目をそらし。を繰り返している……。何かと、葛藤しているように。

 俺たち2人は飛ばされた。あの謁見の間から、処刑が行われるはずだった広場へ。


 白い男は静かにこちらへ向かって歩いてくる。


 頭が回らない。

 何を言えばいい?

 男の言葉がなんども俺の中で渦を巻く。俺が強くならなければいけないとは、どういうことだ。契約? 集落を襲わせた?

 ならば、集落が襲われたのは、家族が奪われたのは……俺のせいだと言うのか??

 そんなもの……、認めない。

 俺の存在が家族との日常を、集落の平穏を剥奪したというのか……。


「……ざけるな」


 怒りが体中を駆け巡る。

 ここで復讐心に駆られてはこの男の思う壺だ……、だけどっ!


「お前のせいで……、お前のせいで何人死んだ?! お前が何の目的でそんなことしてるか知らないけど……。関係ない人を……、俺の家族を巻き込むなっッ!!」


 手に持った刀を握り直し、微かに閃く閃光が弾けると同時、上段から強く振り下ろす。

 だが、男は目にも留まらぬ速さで純白の大鎌を振り上げ雷音と火花を掻き鳴らしながら弾く。

 腕が捥げそうなほどの腕部の痙攣に、尋常でないほどの力が込められていたのだと怯懦きょうだする。


「家族を巻き込むな? ならどうして君は人を殺す?  彼らにも家族がいるはずだよ?」

「……ッ」

「答えられない、それが今の君の答えだ。……いいね、面白い」

「グッ……、ぅらぁっっ!!」


 再び刀を振るうも、ヒラリとローブをはためかせながら躱される。

 刀が……、当たらない。紫苑の軌跡は無残にも空を裂く。


「ならお前が答えろよ、どうしてレピア崩壊を起こした? どうして沢山の人間の命を奪った?!」


 男の笑みは一層深くなる。

 目が醜悪に歪み変貌する。

 そして、それがさも当然であるかのように傲然と言う。


「犠牲だよ。この世界は終わらなければいけない。その為に必要な死だ」

「世界は終わるべき……? 何を――」

「君はまだそれを知る所まで来ていない。紋章器を全て集めて僕の所へ来い……。そうすれば全てわかる。そしてきっと、君もこの世界が終わるべきだと実感す――」


 言い終わるのを待たず”一撃”の紋章を込め叩き割る。浮甲使用紋ふこうしようもんの手のひらが赤く燃えるような痣を浮き立たせる。

 だが、その斬撃はまたしても大鎌で防がれる。

 何故、当たらない?! 

 いや……。そもそもこの男にとって、これは”戦っている”と言わないのではないか? ただ、目の前で赤子が抗うような、その程度の認識でしかないのではないか。

 男の表情には余裕と嘲弄ちょうろうが刻々と浮かんでいる。


「……っく。お前が、どんなものを目指しているのかは知らないけど……。犠牲の上に望んだ世界なんて.いらない!!」

「はぁ……。ガッカリだよ、セア。今の君には理解出来ないだろう。これがどれだけ崇高な事であるか。君へのネタバラしももうおしまいだ」


 キッ……、と笑みを消し男は初めて俺を直視する。

 白く、深い瞳だ。だが、その瞳からは何も感じられない。


「それに世界がいらないなんて君に言う資格はない。強さの無い者が……、世界を語るな!! セア……、君にはもっと復讐心が必要だ」


 男は手を天に掲げる。

 掌から膨大な炎の塊が発生し天へと昇る。

 豪炎がはかれ大気が揺らめく。

 温度は急激に上がりまるで太陽そのものがそこにあるみたいだ。


「この僕に、愚直な物言いをしたことを生涯悔いるがいい。そして、この光景をしかとその眼に焼き付けておけ!!

 アストラルスキルXⅡ、アトミック・サンザリア」


 そしてその手を振り――



「……ッ!――やめろっ……ヤメロォォ!!!!」



――下ろした



――太陽は処刑台へと堕ちた



――集落のみんなは燃えていく、パチパチと火の粉を飛ばしながら



――あの日のように



――全てが崩れ去ったレピア崩壊の夜のように



――俺の日常を家族を全て剥奪されたあの夜ように



――あぁ……。何も出来ないじゃないか……、また



――何故こうなった? 何が俺の人生を狂わせた?








「は……ぁ、ああぁぁぁああぁぁ!!!!」


 家族が燃えている。

 うずくまる。


「あぁ……、あ……、ぁ……、どう……、して……」

「……弱いからだ」


 心の底から何かがこみ上げる。


……男への憎悪か?

……強さへの願望か?

……家族達への哀愁か?

……自分自身への嫌悪か?


 あぁ……。

 どうして……。


 すると、一人の声が場内に凛と響き渡る。


「アクアスキルXⅢ! タイタンスコール!!」


 突如、頭上の雲が陰り雷雲となる。

 そして大量の洪水が空から降り注ぐ。


「ル……、ビン……」

「消す……! なんとしても……っ、絶対に! 絶対に!!」


 雨は強く降り続ける。

 男はただ同じ笑みを浮かべその様子を傍観する。


「まだ……、足りない! 足りないの!!!」


 火は消えていた。大量の水蒸気と共に。

 しかし、ルビンには見えていない。その瞳は、ただただ虚ろだった。


「アクアスキルXV! ディープトレンチッッっ!!」


 両手を天に突き出したかと思うと直線に二対の水流が発生し、流れ落ちる瀑布ばくふと化す。

 ルビンは両手に力を込めながら胸のあたりまでゆっくり近づける。

 それに連動し二対の瀑布の間隔が徐々に縮まっていき……、大量の水飛沫を上げながら衝突する。


 炎は消えるだろうけどあれじゃあ水没する……。そんなこと、ルビンも分かっているだろう。

 きっと……、残したくないんだ、己の弱さの結晶でもあるあの惨状を。

 飛沫する洪水は水蒸気となり源素力マレナスへと還り空中へ散っていく。

 ルビンは青ざめた表情をさらに引き絞り叫ぶ。


「まだ……、まだよ……っ。……メテオスキルX!! グラン――」


――その言葉を言い終わることなくふいに、ルビンが視界から消える。


 そして、破壊音がしたと思うと家に叩き飛ばされ衝撃音が鳴り響く。

 ルビンがいた場所には、あの男が立っていた。


「……君が、僕の邪魔をするなよ」

「ルビン……ッ!!」


 クソッ……!!

 また……、奪われた。この男に。

 どれだけ……、どれだけの物を俺から奪い続けた?!


「……許さない。俺は……、お前を――」

「――殺せるわけ、ないだろ?」


 その嘲笑が残像となって消える――のを視認した瞬間、強力な推力がかけられ宙を滑空する。そして何かに激突し、背中に猛烈な痛みが走る。その次の瞬間、家の崩れ去る音が鳴り響く。


「ぐっっ……、あっ!」


 腹部の痛みと共に嘔吐感。

 唾液と血が入り混じった物が吐き出される。呼吸が苦しくなる。

 カカにもらった紫式を評る繊鎧パベルフェイムがなかったら……、危なかった。

 身につけた軽鎧は既に原型をとどめてはいない。

 何が起きたか……、速すぎて理解が追いつかない。

 すると、男は再び口を開く。


「僕はねえ、君に死んでほしくないんだよ。だからこそ君には強さが必要だ。次会う時には……」


 男は俺を見下ろす。


「……あまり、失望させないでくれ」


 そして溝内みぞうちに強烈な発勁はっけい

 再びかけられた推力が俺を飛ばし、風切り音と共に広場へ飛ばされ、水がビラガ全体に流れたのか深度の低くなった水浸しの地面へ擦り転がる。

 至る所から血がにじみ、水がみ痺れる。


「クソッ……!」


 立ち上がろうとするも力が入らない。

 男は酷薄な笑みを浮かべる。


「さてと、僕もそろそろ行くとするよ。君たちはしばらくそこで嘆いているがいい。自らの弱さに、非情な運命の末路に」


 そして男は身を翻す。


「今から、最高に面白そうなものが見れそうなのでね」


 その声を置き、男は消える。


 そして、俺の意識は、少しずつ遠くなっていった――


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