第20話:刀を世界に突き刺した
ビラガルド城はパルディア大陸に存在する城の構造をモチーフに作られており、異様な程黒く塗り固められた小高い丘の上に建てられた平城だ。四方を囲む黒鉄の塔は俺たちを睥睨するかのように鈍く光る。
城の周りは環状堀と呼ばれるほりで拵えられており、ミアさんとルビンもそれに続く。
「行くぞ」
ルナートのその掛け声に俺たち3人は続く。
跳ね橋は降ろされている。
だが、微かな殺気を感じ、ルナートに囁きかける。
「ルナート、あの出窓から誰か狙ってる」
「恐らく、弓兵だろうな。……そういえばセア。お前、城の構造を知っているか?」
「うん、知ってるよ。集落のジヴォイさんによく城の構造を教えてもらってたんだ。まあ、こんなに大きなお城に入るのは初めてだけどね」
「なるほど、それは心強い。もしかしたら別行動の可能性もある。思慮に入れておいてくれ」
「了解。ならルナートも城のこと、詳しいの?」
「まあな。暗殺士時代の頃、城の構図は全部頭に叩き込んでいる」
すると、ルビンが訝しみながら水を差す。
「それにしても、ねえセア。あなたの集落、物知りな人多すぎじゃないかしら? 一体どんな集落だったのよ」
「まあ確かに……」
ルビンは水を差すが、そんな事を言われても仕方がない。
毎日が暇だったから知識を入れる気なんてなくても勝手に入ってしまうのだ。
「なるほど、殺す機会を窺っているのか。なら……」
「ルーンスキルIV、
するとミアさんの手から薄い紫苑色に光る円盤が現れ飛空したかと思うと出窓を完全に防ぐ。
その間に俺たちは跳ね橋を渡りきる。
ルナートが城門を開けようとするも
「くそ……っ」
「ルナート、セア、下がって!」
ルビンの声に咄嗟に後ろへ避けると同時。
「メテオスキルVIII! アルバレート!!」
ルビンの眼前に燃えさかる巨大な岩石が出現、それは次の瞬間発射され城門へ激突する。城門は耐える事すらままならずに消し飛ぶ。爆炎と同時に燻る煙を見ながらルナートは唸る。
「ご、豪快だなぁ」
「暗殺士にこの発想はなかったでしょ?」
「確かに、な」
ルナートはそう答える。
そして、俺たち四人はビラガルド城へと乗り込んだ。
市兵が辿り着く気配は、まだない――
⌘ ⌘ ⌘ ⌘
廊下をひたすら走る。
一階を超え、二階。
途中で何度も市兵と交戦するも、全てをミアさんのルーンで防ぐ。
赤いカーペットの敷かれた廊下は城の外周なのか、外の景色を一望できる。黒鉄の手摺には生々しい血の跡がある。空は黒く立ち込め、ただでさえ暗い街はさらに影を落とす。
「国王はどこに逃げたのかしら?」
「隠れるなら謁見の間、寝室、主塔、地下室が妥当だろう」
ルナートがルビンに応えながら提案する。
「二手に分かれた方が手っ取り早いかもしれないな」
ルナートがそう言うと廊下の前後から市兵が襲いかかる。
俺はその中でも明らかに狙いを定めている最後尾を走る人影を視認し、咄嗟に飛び出した。
「ミアさんっ!」
咄嗟に敵の矢を刀で弾く。
「あ、ありがとう。セアくん」
「い、いえ……」
ミアさんがそうたどたどしく応えると、後ろで爆撃音が鳴る。おそらくルビンがまたしてもボマースキルで市兵を丸焼きにする。
「数が多いな」
「これじゃあ、いくら殺してもキリがないわよっ?」
ルナートとルビンが敵を押収する。
国王を探すため片っ端から部屋を開けてきたがそこに人影はない。この城はモチーフにアレンジを加え複雑な構造になっているのか謁見の間へ行くのも難しい。
すると、背後でミアさんが立ち止まる。息が絶え絶えになりながら両手で両足を支え、息を整える。
「大丈夫か?!」
ルナートがミアさんの方へ駆け寄る。そして背をさすりながら、ルナートは俺とルビンに向かって言った。
「ここから、二手に分かれて別行動だ。セアとルビンは謁見の間。俺とミアは寝室と主塔を探る」
「見つけたらどうすれば?!」
「セア、お前が国王を取り押さえろ。ルビンの援護があれば何とかなる。それからルビン、発見し次第、その階から一直線に
「分かったわ」
「もし、どこにもいなければ謁見の間で落ち合おう。その後、四人で地下室へ向かう。……よし。なら……、散!」
そう言うとルナートはミアを背に担ぎ元来た道を行く。初めて聞く掛け声だったがきっとルナートがずっと使ってきたものなのだろう。
「セア、行き方は?」
「とにかくこのまま進めば何処かに階段があるはずだ」
そう言って駆ける足を速める。
国王が城に逃げてからそう時間は経っていないはずだ。引き裂かれた壁画、割れたカンテラ。
それを後目に巨大な扉へ辿り着く。
その扉を両手で間髪入れずに開けはなつ。
そこは、大きなホールだった。いや……、もはやそれをホールと呼んでいいものなのだろうか。
白いホワイトクロスを纏ったテーブルは無残にも切り裂かれ、シャンデリアの破片がそこら中に散布している。それも……、かなり前の出来事だ。
この城で何があったのか。それにこの城の中で貴族と呼ばれる人間を全く見かけない。
どうなってる?
何かがおかしい。その違和感に気付かぬままひたすらに走る。並走するルビンの赤い髪は靡きながら、その焦燥の表情を隠す。
「あった……っ!」
目の前に巨大な螺旋階段。一段飛ばしで駆け登る。国王を倒せば、この革命は終わる。無駄な血を流す必要もなくなる。
3階。その通路には他の部屋がなかった。真っ直ぐ進んでいくと、左手に豪華な装飾が成された扉を見つける。
「もしかして、ここかしら?」
「可能性は高い、な」
俺はそう言って扉を開ける。
そこには、玉座があった。そして――
「来たか、鄙俗なレジスタンス」
――国王が、そこに座り、辿り着いた俺たちを俯瞰する
だが、この状況下で王は焦る様子一つなく余裕そうに国王は「どうした?」と声をかける。
「ルビン――っ!!」
俺はそう声を発すると同時、ルビンは屋外へ一直線に火魔法で作った火炎弾を発射する。
これでルナートにも伝わったはずだ。ルナート達と分かれてからまだ5分と経っていない。
どうする、どうすればいい?
そんな疑問が俺の中で右往左往するが、俺の思考は勝手に一つの疑問を紡ぎ出した。
「国王、いや……、ガン・ビラガルド。一つだけ聞かせてくれ。お前が……集落を襲わせたのか?」
「そうだが……。それが、どうかしたのか?」
……そうか。
それなら、十分だ。その一言が聞ければ、この刀を揮う理由がある。
鞘から刀を抜き放ち、正眼に構える。
報復だ、復讐だ。これこそ、俺がこの国に来た目的だ。
ルナートには取り押さえろと言われている。だけど俺は……、殺すつもりでいく。
「ルビン、しばらくそこにいてくれ」
ルビンはそれにコクリと頷く。
ルナートが殺そうと、俺が殺そうと変わらない。なら、俺が……、やる。
「卑民が、この私に剣を抜くとは。愚弄するのも大概にしておけ」
「革命が始まり早々に逃げ出した臆病な国王が、そんな虚勢を張るな」
「はっ、卑民どもの争いなど見るに堪えんわ。貴様が私を直に殺そうというのなら、私もそれに相対してやろう」
そして、国王が剣を抜き終わるのを待たず――
俺は地を踏みしめる。
目前にそまったその身体に一太刀を入れる。だが、それをいとも容易く躱す。
すると、国王は今更のように俺を
「そもそも、貴様は何者だ? そんな貧相な小僧が私に剣を向ける資格があるとは思えないが」」
「俺は……」
ありったけの憎悪を乗せて、叫んだ。
「俺はっ、お前が襲わせたルークス集落の生き残りだっ!!」
火花が散る。殺意と復讐心が刀に宿り重みを増したかのように唸る。
そして、斬りかかったその動作からから弾く、揮う、薙ぐ、突くを繰り返す。
家族を、俺の……、俺の全てを奪った。
殺す……。こいつは、俺が……っ!!
何合打ち合っただろう。
紫苑と青緑の軌跡が螺旋を描き、情緒的なメロディーを奏でる。
剣戟について行くので精一杯だ。
防戦一方の戦況にかろうじて反射神経を駆使し交わし受け止める。
「いつまで持つかなぁ?」
「お前を……、倒すまでだっ!!」
キンっ、と鍔迫り合い状態から刃を水平に傾け、柄を前に押し出す。
刃の切っ先と体の位置が反転し王の左へ位置どる。
王はそこから回転し斬撃……、しかし王は体を屈めてかわすと同時足払い。
俺の体は宙に浮き、地面に落下する。
でこぼこの石畳みが背中を強打する。
暗い空が視界一杯に広がる。
そこに残忍な笑みを浮かべた王の顔が映り込む。
「楯つくなよ。そして邪魔するな下賤で卑しいレジスタンス。僕は今最ッ高に機嫌が悪い」
「下賤……、だと。お前は国王なんだろ?! どうして国民の為に動かない?! お前なんかよりっ、レジスタンスの方が……、ルナートのほうがよっぽど王に相応しいっ!!」
息絶えたルナート、その背を貫くダン。
まるでサブリミナルのように何度も脳内でその光景がちらつく。
「貴様などには分からんだろう! 王の気質とは血統であり才能なのだ!! この国に貴賎の上下も分からず這い回る低俗な人間どもは国民などではない! 貴族のみが”国民”と呼ぶに相応しいのだ!!」
「違う……、今日ここに集まった人たちは立派な国民だ! それにこの都市には、食事すらままならず貧困に苦しみ怯懦の日々を送っているの市民がいるのに、お前は国王として何も感じることはないのか?!」
「答えの分かった問いをするな、愚か者が」
「なら、お前の言う国民は、どこへ行った? この城に、貴族らしい人間なんてただの1人もいなかった!」
「あいつらは、勝手にヤケを起こしただけだ。奴らはもう、狂った鬼と化した。用済みになったポンコツは排除された、それだけのことだ」
用済み? 排除?
そんなの……。おかしい、だろ。こんな人間が、王であっていいはずがない。
人を束ね、国を治める人間ではない。
でも、分からない。俺には……、わからない。
……本当の王とは、何なんだ?
国王の刃の切っ先が目の先に向けられている。
一筋の汗が垂れる。
「そんなこと私には関係ないと言っているだろう?! 生意気なガキだ……、ダンといいお前といい。あいつも功を焦る余り僕への忠誠を忘れたようでな……。まあ、いいダンはこれが終われば殺すとしよう……。さぁ、お前も死ねぇっ!」
刃が突き出される……が、横に転がり回避。
刀が視界の端で地面に突き刺される。
しかしそれを目視した後両足を使い跳ね上がる。
そして、思い切り体当たりした……。
「……なっ!!」
王が驚きの声を放つ。
それを上手に見ながら、王の腰元にある短剣を引き抜く。
胸元には重層のプレートが着込まれ心臓は狙えない、装飾がごまんと付いていて目を奪われそうになるがそれを堪える。
斬撃が襲いかかる……、のを見越し短剣でマントの留め金付近を裂き、剥ぎ取る。
予想通りに繰り出された斬撃をヒラリと交わしマントを王の目の前から被せる。
王の視界が奪われたその一瞬で足を払いさっきの俺と同じ状況を作り出す。
マントを引き剥がし間を置かず王の剣を取り上げ喉元へとやる。
めちゃくちゃな戦い方だなぁとは思うが仕方ない。
周りにあるもの全て利用。
これは俺がシザン師匠との戦いの中で身につけたものだ。
この切っ先をあと1ミーレでも近づければ傷つけることが可能なこの距離で俺の手は僅かに震えていた。
聞かなければ。俺がこの国に来たのは、この為だ。
こと理由によっては、俺は迷わずこの刀でこの国王……、いや。この男を……殺す。
拍動が早まり、手汗脇汗が一度に吹き出る。
頭が焼き切れそうだ。
だが俺の口は意に反し、自然と開かれその問いを口にした。
「集落を、襲う理由は本当にあったのか。処刑のために……、そんな愉悦を満たすためだけにお前は……」
「少年よ。何をそんなに憤慨することがある? ただのゴミ共を私が拾い上げ
その声を聞いた瞬間。俺は男に向かって、刀を喉へと突き刺した――
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