第19話:大地は英雄を生み出し、世界は先導者を望む

 どうして……。

 どうして俺はこんなところで座っている?!

 どうしてこんな所で縮こまって泣いている?!

 どうして……、人を殺すことができない?!


 俺はその場にうずくまりながら、動けない身体を必死に起こそうとするも……、立ち上がれない。

 みんな、戦っている。ルナートの言葉に奮い立ち上がった市民が、市兵が。

 あの人たちが戦えているのに、どうして俺は怯えて、こんな所で座っている?泣いている?


 ずっと集落で平和な日々を暮らしてきた。これが壊れることなんてないと思っていた。

 だが、それが忽然と消え去った。それだけではち切れそうな慟哭を押さえ込みここまで来たのに。

 

 そして、家族が目の前にいる。どうしてここにいるのかなんて嫌でも分かる。

 ここだ……。この国だ。この国の王が俺の日常を奪ったんだ。

 原因? 報復? 復讐?

 完全に冷静さを失う。集落の人たちとの記憶が蘇る。


 子供の時毎日家に訪れて遊んだり音楽を教えてくれたモンテさんに、剣術の修行をずっと見て守り、色んな料理を振る舞ってくれたアテイナおばさん。

 からかいながらも母さんと俺の生活を支えてくれていたレオンおじさん。

 断続的に次々と浮かんでくる。


 どれも、俺の大切な記憶。


 だけど弱く何もできない俺の目の前で大切な家族が吊るされている。

 俺の家族は抵抗することもなく、ただ絶望と虚無の目。いや……、最早人の目ではないそれで世界を見ていた。まるでもう、魂の抜けた人形のようだ。

 処刑人は全員死亡し、磔刑にされていたみんなは、動くこともままならずただただ惨憺たる革命の時事を俯瞰する。


 目頭が熱くなり心から憎悪が込み上げる。今すぐ、目の前の兵士を全員斬り殺したい。

 抑えられない衝動はやがて慟哭どうこくとなり体中を駆け巡る。


 そうだ……、これは復讐だ。例えそれがどれだけ醜い物だろうがこれを成さねばこれから生きていても俺は後悔を引きずっていくだけだろう。


 俺の日常を壊したあいつらに……、然るべき報いを与えなければいけないんだ。俺が、助けなきゃ行けないんだ。

 そのためにここまで来たんだ。


 なのに、どうして俺の体は動かない?!


 みんな戦っている。この国を変革するために……。


 敵と相対した。だけど揮えなかった、この刀を。怖いのだ、自分が殺した人間の目が再び俺に向けられるかと思うと。竦むのだ、殺すことがその人の人生を終わらせるのだと思うと。


 革命の決意はしたはずだ、変えると誓った。

 そして見た、己の全てを賭けてこの革命に挑んだ人たちを。俺が心を許し語り合った人間が仲間を裏切ったその瞬間を。


 アマユラを握る、その手はまだ震えていた。


 動け……、動けよっ!!


 溢れ出す憎悪に筋肉は弛緩しかんし喘息発作に見舞われたかのように息は絶え絶えになる。

 だが……、俺は今にも枯渇こかつしそうな空気と乾ききった喉、流れる涙を振り絞り力なく嘆く。


「俺は……、俺は……っ!!」


///『早く、こっちへ来い』///


 ふいに、声が聞こえた。

 何だ?!


 脳裏に一人の男が浮かぶ。あの時殺した青年の顔だ。あの日あの時の表情が蘇る、疲労感と嘔吐感が一気に押し寄せる。


 その目はどこか訴えるかのように睨み上げる。


///『僕の人生はこんなところで終わるはずじゃなかったんだっ!!』///


 また、聞こえた……。幻聴か。

 振り払おうとしても纏わり付いたかのように離れない。

 確かに俺はあの青年……、あの人間の人生を”途中で終わらせた”!

 あの人間は俺に殺されなければ今もこの世界に生きていたかもしれない!


 けど! あの状況下で他にどうすればよかったんだ!

 殺すのは仕方ないんじゃないか?!

 背反する意見は制震することもままならず脳内に鳴り響く。


 何でこんな時にこんな事を考えてい――


「クソがぁぁ……っ!!」


ザガァッ!――と、目の前で俺を庇うかのようにマグドが市兵の剣を受ける。

 大量の血が俺の顔に降りかかる。


「テメェ!! こんなとこで何やってんだ……っ! 俺たちの……、俺たちの変革の意志を踏みにじるつもりかっ!!」


 振り返り手に持ったハンマーでなぶる。

 剣はマグドが軽服の下に着用していた鎧を貫通したままだ。

 そのハンマーが、どこか母さんを思い出させる……。そうだ、母さんが死んだのは俺の所為でもあるんだ。

 すると、突然。怒号が俺を貫いた。


「……ァ! セア! 聞いてんのか!! ここはな! お子様が呑気に悩み事するようなとこじゃねぇんだ! そんな、そんな薄っぺらい決意と意志で戦場ここに出てくるんじゃねぇ!! ぐあ……っ。クソ、がっ…………」


 そう言って、目の前でマグドが倒れる。まただ、俺が動けないから仲間が死んだ。母さんだって、俺がもっと……、強ければ。

……そうだ。マグドは俺が、俺が殺したのと同じだ。

 恐れしかない、戦うことに竦む。怖い、怖い怖い怖い怖い怖い……っ!!


 体の震えが止まらない。

 目の前には昨日までは元気に生きていた人間が全てを喪失し死んでいる。


「動け……、動けよ!!」


 脳の命令は運動神経を通ろうとしない。


 すると視界が揺れ、あの時殺した青年の顔と血にまみれた俺の手が脳裏を焼き尽くすかのように現れる。

 その血が一滴地に落ち一瞬で灼熱の炎と化す。

 その中から焼けただれた青年の手がゾンビのように俺の足を掴み、引きずり下ろそうとする。そして口を開く、口腔はどこまでも暗い深淵だった。


///『早く来い!! お前は、僕と一緒だ!!!』///


 その声と共に溶けただれた青年が体に纏わり付いてくる。触れた所が溶け出し瘴気が吹き出る。


///「ぅ……、あ……、ああアアァァァァ!!!!」///


 頭が割れるように痛い。心臓の動悸が早くなり、血液は昨日よりも激しく体中を揺さぶり回す。

 急激な下降感と共に視界が現実へと戻る。冷や汗が全身から流れ出す。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 息が苦しい。体が火照り、手に持つ刀はいつもより更に重さを増したかのように俺の腕に働きかける。

 意識が朦朧とし視界がブレる中……声が聞こえた。何故だろう。

 その声……、は……。どこか……。


「……セアっ!!」

「……っ!」


 気づけばルビンがこちらへ走り寄っていた。

 ルビンはチラリ、とマグドの死体を見る。その表情からは心境を伺えない。


「セア……、なにやってるの?! 早くしないと、みんな死んじゃうわっ!!」


 そう言われても固まった体は動かない。右手で左腕を抑える、震えは止まらない。


「……ダメ、なんだ。戦えないんだ。人を……、人を殺すのが怖いんだッッッ!! そんなことしても良いのか?! どうして戦わなければいけないんだ?! どうして……、どうして俺は動けないんだ!!」


 悲痛の嘆きを哀叫する。

 手が足が、体のあらゆるところが震え始める。ルビンは言葉に詰まる。


「人の……、人の命を奪うなんて許されるはずがないっ!!」


 睨みつけようと見たルビンは……、睫毛に涙を溜めていた。だが、ルビンの表情が急に一変し訴え糾弾きゅうだんし詰問するかのように怒鳴りつける。


「誰が……、誰がそんなこと許すっていうの?」

「え……?」

「この世の神様?! それとも世界の創造主?!

 違う! 許すなんてそんなの唯の甘え! それが正しいかを決めるのはあなたの心よ!! あなたがやってるのは存在しない空虚な神に生を奪うことへの善悪の判断を押し付けてるだけ!! 一体……、一体誰がこの世界で人を殺してはいけないなんて決めたの?!」


 普段のルビンでは考えられないほど乱れ荒ぶっている。

 そう……。いつもの、目覚めのように。

 そして、両手を俺の頬につけ顔を近づけ目を見開く。


「聞いて、セア。紋章の私がこんなこと言う資格はないかもしれない。けど、人を殺すことに恐怖や躊躇ちゅうちょがあって当然よ! それがなかったら唯の殺人鬼。人でない人よ」


 声の調子が更に強さを増していく。


「だけど、自分自身と周りの人間を納得させられるだけの理由とその覚悟があればその刀を振るうことが出来る! あなたには今、家族を救うっていう理由と覚悟があるんでしょっ?!」


「理由と、覚悟……」


「こんな……、こんな不条理な世界で人を殺すことに躊躇ってはダメ! そんなんじゃこの世界では生き残れない!!」


「……くッ、ぅっ」


……そうだ。

 俺の……、俺の命は一つじゃないんだ。

 俺の命には家族みんなの命も背負わされている。


 ここでくじけて戦えなかったら人の命を背負う資格なんてない。

 この先俺が生き抜いて、今日の日を思い出したところで……。


……後悔しか、残らない。


 刀が……、アマユラが熱くなる。

 まるで、俺に使えと言っているようだ。

 戦え、と。


「ルビン、どいてくれ」


 さっ、とルビンは何も言わず横へ行く。


 あなたならやれるわ――

 ルビンの目はそう語りかけてくる。


 人の命を奪う、そのことに躊躇ったら自分の命が奪われる。

 自分勝手な考えだと思う。

 だけどこの世界で平等な命などあろうか。

 誰もが自分と仲間の命を優先している。

 それは互いに同じだ、賭けてる物も背負っているものも。

……静かに、息を殺しながら果断する。


 六人の兵が剣を槍を向ける。


 まだ……、全てを割り切れた訳じゃない。

 だけど……、今はっ!!


 思い切り駆け出す。

 目の前の兵がこちらの進行方向へ槍を突き出す。

 反射的に身をかがめ右足を前に、踏み込み振り向きざまに居合の一閃。血飛沫が舞う。

 殺した……、表情を見る。その顔は俺を見る。恐怖はある。

 だが……。もう、迷わない。


 背後からの剣をその軌道に合わせ刀を振るい弾く……が、力が同等なのか鍔競り合いに持ち越される。

 スパーク音が鳴り響く。

 体重を前のめりにすると兵も対抗するように前のめりになる、その瞬間バックステップ。

 バランスを崩し前へ倒れ込もうとする兵へ袈裟斬り、鎧と肉を砕き切る感触と生温かい血の感触が腕に染み渡る。


 あと、4人。

 何かを叫びながら突進してくる二人を視界に捉える。


 その剣にその槍にお前らは何を込めている?


 刀を握り変え両手に持つ。体を後ろへひねる。

 タイミングを合わせ回転しながら横に移動し、敵の剣と槍を砕きそのまま胴を裂く。

 アマユラは抜群の切れ味だ、そして俺の意志に沿うかのように黒紫の宝玉は禍々しく点滅する。


「クソがっ!!」

「将軍こいつ……っ!!」

「怯むな! たかがガキ一人だぞっ!」


 猛進してくる二人。心は落ち着いていた。相手を見る、焦りが伝わる。だが……、だからこそ脆い。


「これが、俺の覚悟だ。 紋章装填メダリオンロード”一撃”!!」


 紋章装填なんて。そんな言葉聞いたことないのに自然と口に出る。

 紋章がアマユラに吸い込まれる。赤く淡く光る。上段に振り被り――


「死ね……」


――斬り下ろす


 目の前の二人の兵は真っ二つに割れる。血が体を染める。

 俺の斬撃は軽く地面をえぐっていた。六つの光の粒子が次々とアマユラに吸い込まれていく。その紋章が何かを確認するまでもなくルビンの方を見る。


 ルビンは頷く。

 すると、突如、階円広場の上で騒めきが起こる。


「みんな、よくぞここまで持ちこたえてくれた!!」


 颯爽と路地裏から現れたルナートは、屍山血河を眺め嘆願するように両目を瞑り、唇を引き絞る。

 そして、ルナートとミアは俺たちの方へ寄ってくる。

 いつの間にかサクヤやスレイアたちも階円広場の中心……、ルークスのみんなが吊るされているその足元へと集まる。

 そして、スレイアがルナートに問いかける。


「処刑囚はどうする?」

「兎に角、今はこのままが一番安全だ。救出は最後に回す。被害は?」

「ヒスワン、マグド、スララが死んだ。スララは、誘導している所を市民に紛れ込んでいた敵の市兵に殺された……」

「そうか」


 憂いと哀しみを秘めながらも、その感情を押し殺したかのように言った。


「俺は、今からビラガルド城へ向かう。そして、王を殺す。俺が今から市民達へ先導の言葉を投げかける。お前たちはそいつらを連れて城門の前へこい」

「わかった。それで、その後は?」

「俺が……、そこで宣言する。この国には現国王の息子がいる。そいつを新しい王に建て、俺たちが補佐し、この国を変えることを」


 その言葉に、他の<零暗の衣>のみんなは信頼の眼差しをルナートによせる。それにルナートは一つ頷く。

 スレイアたちは皆、ボロボロの格好で見るに堪えない。

 周りの喧騒も先ほどより大人しくなったものの、まだ裏路地などで戦いは続いている。広場にはレジスタンス側の市兵と市民が惑うようにこちらの様子をうかがっている。


「よし、ならセア、ルビン。お前たちもビラガルド城に来い。ここにいても足手まといだ。ミア、お前も……来てくれ」

「はい」


 そう言ってルナートは俺とルビンに一瞥をくれ、スレイアたちに一つ頷くと階円広場を登っていく。

 俺とルビン、ミアさんはそれに遅れまいと階円広場を登っていく。

 迷うことなく発せられた足手まといというその一言に、胸の奥がチクリと痛む。でも、事実だ。


 ルナートは手頃な馬を見つけるとそれに飛び乗る。黒い、馬だ。「セア、乗れ」そう言って差し伸べられた手を掴みルナートの後ろへと乗る。

 ミアさんも同じく隣にいた馬に飛び乗り、ルビンを乗せる。


「セア、ルビン。お前たちは取り敢えず俺についてこい。俺は一直線に国王の元へと向かうが行く手には何百人という市兵が待ち構えている、そいつらの相手を頼みたい」

「分かった」

「了解よ」


 するとルナートは馬を走らす前に、広場を振り向き、不安と混迷で彷徨する市民に向かって大きく喝破し言葉を投げかける。


「剣を取り、この国と戦う決意を下した勇敢なる戦士達よ! 寛大な戦士として、あの哀れなる犠牲者をこれ以上増やすな! 心ならずも武器をとった者たちよ、我らの敵は市兵などではない! あの血に飢えた王族、貴族共だ! あの虎狼どもには慈悲は無用! その王の、貴族の胸を引き裂け!」


 その一言で希望の光が、戦う意志が宿ったように剣を取り立ち上がる。

 たったの一言で、ここまでの人を動かせるなんて。

 ルナートは、本当にすごい。


「3人とも、少し耳を塞いでいろ」


 ルナートがそう言うと俺とルビンは咄嗟に両耳を手で押さえ、ミアはうずくまるように自分の耳と馬の耳を押さえる。周りには人はいない。

 ルナートも馬の両耳を防ぎながら、唱える。


音魔法の治増ラディパル・ディアーブル・ブリード


 魔法……っ。おそらく声の大きさを上げるためのものなのだろう。

 そう思うと同時、ルナートは城へ向かってーー城にいるであろう国王に向かって、国中に轟くのではないかという大声で喝破した。


「戦慄せよ、暴君ども! 貴様らはついに積み重ねた愚行の報いを受けるのだ! すべての市民は貴様らと戦う兵士であり反旗を翻したレジスタンスの同志達である!!

 たとえ幾人もの若き英雄が倒れようとも、大地が再び英雄を生み出す! 貴様らとの戦いの準備は……、整っているぞ!」


 一息に言い切ると、再び広場へ向き直り、ルナートは市民を先導する。


「誇り高き兵士達よ! このルナート・アレクトスが先陣を切る……っ! 皆も、俺の後に続け! 俺たちに敗北の文字はないっ、この革命の先に待っているのは自由と平等、そして友愛によって築かれたっ、嘗てのレピアにも勝る栄光なるビラガ国だ――ッ!」


「「ォォォオオオオ!!!!」」


 全市民が咆哮したのではないかというその喚声を後目に、ルナートは思い切り馬を鞭打ち駆け出す。


 この革命は、きっと成功する。


 こんなにも、こんなにも眩しい先導者リーダーが俺たちについているのだから。

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