第18話:世界に馴染めぬ小鹿は怯え

 広場は混沌に満ちていた。

 そこら中にしかばねが散らばり積み重なっていて、市兵と市兵の合戦が続く。

 城から市兵が補充されたのか、レジスタンス側は圧倒的に劣勢だった。だが、城の市兵もはじめから国王側とそれを良しとしない者の二局に分かれていたのか揮う剣に躊躇いと曇りはない。

 <零暗の衣>は初期の指定されていた配置を取ることもままならずただその場の鎮圧に精力を注いでいた。

 ルナートもなかなか派手なことをしてくれたな。だけど、やっぱりルナートはカッコよかった。オレが敬虔するだけはあるぜ。


「うっわ、結構離れてる間に凄い状況になってるな」

「サクヤっ、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわ! セアが……、セアがいないの!?」


 ルビンちゃんのその声に目を凝らして探してみる。よく見ると確かにいない。

 しかし、よくよく見てもルビンちゃんは可愛い。

 武器を捨てそのまま抱きついて色々してしまいたいのは山々だが、どうもこの雰囲気だとそれも叶わない。

 それにこのオレ――サクヤ・フィレルの辞書には女性レディと援交するに当たり、しっかりと手前準備し距離を詰め、然るべき手順で行うものだと書いてある。


 それにしてもルビンちゃんはなかなかに強い。先ほど無慈悲にも市兵の塊を爆破を燃やし尽くした瞬間、背筋が凍るほど戦慄した。まあ短所の一つくらい、簡単に見逃してあげるオレ、素晴らしい。


 すると、ドンっ。と、ふいに何かにぶつかる。油断した……っ。と思う前に怒声が鼓膜を震わす。


「邪魔だテメェらっ、どけえええ!!」


 そして、オレとルビンは雪崩のように逃げ惑う市民たちに巻き込まれる。


「ママ……! どうして返事してくれないの? ねえ、ママァァァーっ!!」

「あなた……、どこ……、どこにいるのは……っ、あっ……」

「ほら見ろお前ら! この市兵スゲェ金持ってるぜ!」

「……ははっ、いい女が倒れてやがるな、ははっ」

「痛い……、痛いよ! 助け……」

「天罰じゃ! 神の天罰じゃぁぁあああ!」


 泣き声、怒号、断末魔。その全てが一つになり音楽を奏でる。


「……何、なの?! ……これ」

「完全に狂ってやがるな」


 そこには見渡す限りに泣き叫び醜悪に歪んだ人間たちの姿があった。

 ルークスの吊るされた人々の真下には余りにもの惨状に吐瀉としゃ物などの汚物が撒き散らされそこらの血と同化し異臭を放つ。


 レピアの崩壊などこれの比にならないほど酷いものだったのだろう。

 そう考えるとあの一夜がどれほどおぞましくむごたらしいものだったのだろうか。


 しかし、オレも油断していた。先ほどぶつかったのが、武器を持った敵であったらと思うとゾッとする。

 すると、ルビンちゃんが鬼気迫ったような表情になり俺にまくし立てた。その表情も非常に可憐で美しい。


「セア!? セアは!?」

「ルビンちゃん、セアのことはあとだ。まずあいつらに加勢しねぇと。住人たちも手を付けられなくなる」

「で……、でも! そんなことより……、今はセアを探さないと! サクヤも手伝てつっ……」

「悪いがお前にとってオレの仲間を探すことは”そんなこと”かも知れないが、オレにとっちゃあんな小僧より大切なんでな。一緒には探せねぇよ」

「っ……!!」

「お前がセアを探すだけってんならオレはあいつらを助けに行く」


 ルビンちゃんは戦慄が走ったようにビクッと震える。

 オレはルビンちゃんに背を向け走り出す。それに遅れまいとルビンちゃんも慌てて駆け出す。


 広場の縁まで辿り着き、下まで飛び降りながら背中の薙刀を取り出し思い切り振るう。

 それに巻き込まれ何人かの市兵が絶命する。


「大丈夫か! お前ら!」

「サク、来るの遅いっ!」


 姐さんは傷だらけのなか大剣を支えに立つ。

 リックとレノンもフルールとマグドのサポートに回りつ……。


「……マグド」

「ごめん……。もっと僕が周りを見て……」

「リック、謝るな。これは……、そういう戦いだ」


 リックとレノンが涙ぐみながらこちらへ近寄る、二人も傷だらけだ。


「レノン……、ここはオレが引き付けるから安全な所で完治を」

「助かる、サクヤ」

「周りに人がワチャワチャいるからどデカイ技、叩き込めないんだよなぁ〜」

「姐さん、とにかく鎮圧が先でしょ」


 そう言葉を交わし、レノンとフルール、リックはそのまま階円を登る。

 だが後ろから斬りかかる市兵を視認。

 姐さん達はそれに気づくも、オレが殺ると確信しているため振り向くことなく目の前の敵と交戦する。

 オレは薙刀を地に突き立て跳躍し、移動を阻害しようとしていた市兵を上からカチ割る。その内に三人は人の少ない場所まで移動する。


 オレは敵市兵の只中に踊り込み、獅子奮迅の如く薙刀を両手で回転させ、舞うかのように次々と斬り伏せる。

 仲間の死は何度も経験してきた、だがその度に心の中に何か穴が空いたような気持ちになる。


「お前らがオレの仲間を……」


 次々と斬り殺す。

 思考は制御出来なくなっていた……、また。


「ハハッ……っ。こうでなくっちゃな!」


 何人目になるのか、目の前の敵と斬り合い始める。

 先ほどまであった、フザけた自分が今はいない。武器を手に取り、敵と相対した時いつも、何か身体中が酸化していくような感覚を覚える。後はただひたすら斬り、殺すを繰り返す。


 楽しい……!

 自分が笑っているのに気づく。この感覚になるまでの時間がいつもより早い。


「笑って……、る?」


 ルビンちゃんが小さな声でぼそっと呟く。

 そうだ、笑ってる。


「ルビンちゃん。この世に楽しくない戦いなんて必要あるか? 殺戮さつりくを繰り返しオレの仲間を殺した輩への罰だ、笑いなんて自然と出るだろ!!」


 ルビンちゃんの反応は見ない。どんな表情をするかなど手に取るように分かる。

……だけど、それでいい。


 先ほど斬り結んだ敵と何合が斬り合う、おそらく将軍級だろうか、なかなか手強そうだ。

 頭蓋骨を狙って刺突を放つも、甲冑に遮られ薙刀の勢いに甲冑が飛ぶ。すると、同時に長い髪が靡く。


「おっ、女?!」

「だから何だ!!」

「オレは女に手をかけない主義なんだが……」


 言葉の途中で目の前の女の目つきが変わる。

 女剣士にとって男に手加減されるのはやはり屈辱を感じるのだろう。しかし、市兵に女が紛れているとは思いもよらなかった。


「ま……、お前みたいに男か女か分かんねえモンクみたいなやつにその主義は貫けねぇな」

「っんだとぉぉぉーッ!!!」


 顔を怒らせながら突っ込んでくる。


 ったく毎度毎度、女はこんな挑発に引っかかりやがって。

 そんなに自分の顔をけなされたくねぇのか、そこそこ美人だってのに気にしやがって。まあ、興奮状態にある女性ほど思い通りになるものない。


……もちろん、変な意味ではないが。


 女性との援交経験のない自分に言い訳をしながら足をかける、と同時に女はズシャシャーと前のめりに転がる。そこに峰打で後頭部を殴打し昏倒させる。


「オレが女性解放論者フェミニストで命拾いしたな。まっ、オレは自分のポリシーは破らねぇんでね」


 さっ、と薙刀を払い血振りする。飛び散った血の傘下に女はいた。


「……お前の仲間の血だ。よく、その身に浴びておけ」


 両刃薙刀を回転させると、不意に刃と棒の接合部分、ホースの毛束がついている部分がふわりと舞い、黄色に禍々しく光る宝玉が見える。

 いつ見ても綺麗だ。するとルビンがその宝玉をまじまじと見ているのに気づく。


「サクヤ、その武器まさか……?!」


……っと、そういや言ってなかったな。


「これは――」


 草摺音――背後から突如斬りかかられるのを薙刀を後手うしろでに回し受け止める。

 そのまま振り返り薙刀を叩きつけ敵の剣と接触、その一瞬敵がよろけ、甲高い摩擦音を打ち鳴らす。


 敵の剣を跳ね上げその勢いを殺さず振り上げ反対の刃で斬り倒す。

 そして着地し言い放つ。


「――【月光を裂く双薙そうていレクゼリサス】!! この紋章器はお前らごとき雑魚に振るうためにあるんじゃねえんだよ! とっとと……、全員死なせてやるッッッ!!」





⌘  ⌘  ⌘  ⌘






「うそ……。サクヤが……、紋章器使いだったなんて」


 心臓が震える。

 

 狂ったように笑いながら刃を振るい心が乱れたようなサクヤ……、まるで鬼神のようだった。

 その姿が頭から離れない。

 いつもはチャラチャラしてるのに、どこかカッコよくも見える。


 だが一瞬……。まるで、鬼のような殺意の目をしていたような気がする。

 いつもの軽薄さからはかけ離れた威厳さがプレッシャーとしておしかかる。


「フゥ」


 息を吐きながらサクヤは一度レクゼリサスを地に置く。

 すると突然私の方を向く。


「……あっ! ルビンちゃん! どうだった?! さっきのオレの戦い! カッコよかったでしょっ!! 凄いって思ったでしょ?!」


 突然変異。


「……そうね、さすがの私も胸ぐらを掴まれた時は凄いと思ったわ」


 ゾワッ……、サクヤが震える。


 前言撤回。

 やっぱりこいつはただのヘタレナルシストの変態ナンパ野郎だ。

 零暗の衣の女性陣の前では意外と堂々としてたのにどうして私の前ではこんなヘナヘナしてるのかしら……。


「いやっ……、あの時はついカッとなって! 悪気はないんだよっ?!」

「いいのよ、私が悪いんだから……」


 サクヤがオドオドする。

……が、突然何かに気づき、私に向かって薙刀を揮う。


「ちょ……っ!!」


 だが、振り向くとそこには壊れた土の人形が散乱していた。

 おそらく土魔法【造】で作り出したのだろうが、完全に油断していた。


「た、助かったわ」

「美少女のピンチを救うオレ、かっこいい!」


 何なのかしら……、この人。

 見てるだけで無性に腹がたつ。

それはセアに対して向ける苛立ちとは完全に別種のものであった。


 何かを堪えるような表情をした後、


「とにかく、この場を何とか収めないとな。こんなメチャクチャな殺し合いで行き着く果てが平和になるはずがない」


 そう言ってサクヤはレノンたちの方へ走り出す。

 ふと振り返ると階円広場の上から更に何人かの市兵が降りてくるのが見える。


「まだいるの?!」


 そして両手を手に飾し、迎撃しようとするも――


 「ヒっ、ゥく」


……何?

……さっきの声は何?


 ただの、子供の鳴き声ではない。

 なにかを押し殺し、望みの絶えた嗚咽が微かだが……、聞こえてくる。


 耳を頼りに周りを見る。

 すると死体が積み重なったその死角に、一人の少年がうずくまっていた。


 何も出来ない小鹿のように震えながら……、座っていた。







「セア!!」








 私は……、我を忘れ無我夢中で走り出した。

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