第13話:語る世界

 コツッコツッ、と重い足音が夜の静けさに反射する。

 できるだけ音を立てないように歩いても、静寂は御構おかまい無く反発し、夜の世界を支配する。

 結局晩餐の後、昨日と同じようにスレイアの部屋に連れられそのまま一気に寝ようとしたのだが、なかなか寝付けなかった。


 それにしてもまさか偵察から帰ってきて少し落ち着こうとした途端、あんなテンヤワンヤのひと時を過ごすことになるとは。

 そういえば集落でも大勢の人と食べることはあったけど、あんなに楽しく喋ったり笑ったりしたのは初めてのような気がする。


 まだ余韻が冷めないので、俺はスレイアを一人残して部屋を抜け出しアジトの中を散歩しようと思い至った。通路は真っ暗でよく見えないため、俺は壁を伝いながら歩く。

 両サイドは締め切られたドアばかり、今頃みんな英気を養っているのだろう。

 レジスタンスのみんなとはもう仲良くなったし、かなり気さくな人ばかりだから直ぐに馴染めた。だけど、ダンだけは話す機会もなく、一度も話せていない。

 そういえばあれからルビンともゆっくり話せていないな。この街のことについて話そうと宿で言ってたのが二日前のことだと思えない。


 ちなみに言っておくとルビンの家名、ヴェラーナというのは俺が咄嗟に思いついてルビンに耳打ちしておいた。

 我ながら高度なネーミングセンスだなと惚れ惚れする。なかなかしっくりきてる。


 まあ、紋章だということがバレないためにと思っていたのだが、家名のない人も何人かいてまだまだ常識知らずだなと再認識した。でもまあバレた所でルナートたちなら大丈夫な気がする。






 トン、と歩みを止める。エントランスはさっきまでの賑やかさとは打って変わって静寂に包まれていた。

 目が暗闇に慣れると、目の前に人影があるのに気づく。


「……なんだ。お前も寝れないのか」


 低い声で話しかけてくる。

 その声は静まった空気を重く振るわす。


「あぁ。お前もか……、ダン」


 そして俺とダンの目が合う。エントランスの奥にあるソファに腰掛けているのか表情は残念ながら読み取れない。


「なぁ、ちょっと付き合えよ」


 そう言って俺を誘う。ようやく視界が慣れ、ダンの姿が浮かび上がる。

 肉付きのいい体躯で、足を組みながら両手共々ソファにもたれかかっている。それがどこか様になっていてカッコいい。


「……いいよ」


 そう言うと俺はダンに近づき、真向かいのソファに座る。フカフカしていて気持ちいい。

 すると、ダンが体制を前かがみにしながら話し出す。


「そういえばさ、お互いルナートさんに助けられてここに来たていなんだよな。……奇妙な縁だよな」


 そう、話し出す。

 落ち着いた……。けど、どこか重く響く声だ。

 そんなことを話すやつなんだな、と思いなが俺はようやく理解し、訂正する。

 ダンは人と話すことを拒絶しているのではなく、ただ単純に集団の中で話すのが苦手なだけなのだろう。

 そう思うとダンに対しての苦手意識が消えていく。


「本当だな……」


 そう答えてから、しばらくの静寂。

 きっと明日の革命のことを話したいのだろう。だが、その言葉は出ない。

 ずっと続くかと思われた静寂は、再びダンによって破られる。


「なあセア……。お前、明日の革命どう思う?」

「どう思うって?」


 それは賛否ということか、それとも革命そのものが正しいかどうかってことか……。

 だが、返ってきた答えはどちらとも違うものだった。


「俺さ、不安なんだ。この革命がどうなるのか。きっと、ルナートさんがなんとかしてくれる。だけど、それだけじゃあ、俺は嫌なんだ。きっと<零暗の衣>のメンバーの活躍だけで、この革命は終わるだろう。後から入ってきた俺らは蚊帳の外。俺は……、それが嫌だ。せっかく入れてもらえたんだ。何か恩返しがしたい」


 不安、か……。

 ダンも明日のことにそういう感情を抱いていたのか。確かに俺も、何も出来ずに終わるのは嫌だ。そして何より、ルークス集落の事を探らなければいけない。

 その言葉に俺は自分の心をそのまま話す。


「確かに俺も不安だし、役に立たないかもしれない。だけど……、ついこの前この世界に飛び出して右も左も分からない状態だったのに、いきなり世界を変えてしまうような……、歴史に名を残すようなデッカい事にいきなり関われて俺は嬉しい……と、感じてるかもしれない」

「嬉しい……か。お前、集落のやつらを探してるんだろ?」

「あぁ……」

「見つかるといいな」


 その言葉に少しだけ心が奮い立たされる。ダンの方を見ると不思議と目が合う。

 その目には不安といぶかしむような表情を見せたが微笑すると何かを吹っ切ったように再び口を開く。


「そっ、か……。なあ、セア。良かったら聞かせてくれよ。お前の集落やそこに住む人たちのこととかさ。何か話してないと落ち着かなくて」

「いいよ……。じゃあ、ダンも聞かせてくれよ。お前のこれまでのこととか、この世界のこととかさ」




 そしてその夜……。俺たち二人は己のことを、この世界のことを相語り合った――




⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 手を伸ばす。

 天井は黒く幾つもの鉄線が張り巡らされ所々で交わっている。 

 明日の革命。

 私にとってはそんなに重要なことじゃないのかもしれない。ただ成り行きで参加しているに違いないかもしれない。


 けどみんなの志を見ているとそんなんじゃダメだなんて、自分に問いかけなくたって分かる。

 寝返りをうち枕に静かに顔を沈みこませる。しっとりとしていて、まだ少し濡れている赤髪が頰と擦り合う。仄かなシャンプーの残り香が私を優しく包み込む。

 人間とあんなにたくさん話して一緒にいて……、何だか不思議な感覚がする。


 あれが楽しい……、という感覚なのかしら。


 この感覚を忘れないでいたい……。

 今日の晩餐は自分にとって、きっと大切な思い出になると思う。





 それにしても……、この世界に旅立って一体どれほどたっただろうかと、ふと思う。


 紋章という小さな世界から見た景色より、自らの足で大地を踏みしめ見た景色は大きく違って見えた。

 そして、この世界も自分が思っていた以上に広く、むごく、どこか美しかった。


 人間は、不思議だ。私の理解を超えることばかりする。

 この短い月日の中で何度もそう感じた。

 ゆっくりと自分の胸へと手をやる。トクンットクンッと、命の脈動が体中へ伝わる。


 私はここに生きているんだと、ひしと感じる。


 これまでの記憶を全て消され、意識と知識、そして力のみを残されて世界を彷徨っていたころがひどく昔のことのように思える。

 何を目指していたのか。自分とは何かを分からなかった私は一人の少年……、セアによって大きく変えられた。


 そして、明日もきっと自分の中で何かが変わる予感がする。


 明日のことに対して不安がないわけではない……。けれど、それ以上に楽しみなのだ。世界が変わる瞬間をこの目で見れることが。


 ふと、隣に眠るこの世界で二人目の”友達”。

 初めてできた”女の子”の友達。

 一緒にいたら自分が紋章であることを忘れさせてくれるような、そんな彼女に話しかける。


「……ねえミア、起きてる?」

「どうしたの、ルビンちゃん?」

「ミアはどう? 明日の革命……、上手くいくと思う?」

「もちろんよ、だってルナートがいるんだもの。きっと、ルナートが全部なんとかしてくれる」


 そう言うミアの表情は赤らみながら、どこか恥じらいながらも嬉々としていた。

 綺麗な鼻梁の筋、流れるような輪郭に淡麗な顔立ち。きっととても美人な部類に入るのだろう。

 たった1日一緒にいただけだけど、ミアは花が開くような笑顔で私に接してくれる。だからこそ時々萎んだように寂しそうな表情をしているとつい心配になってしまう。

 ツヤのある淡い茶色の髪を布団の上に寝かせながら、華奢な身体をモジモジとさせている。


「ふふっ。ミアはルナートの事が好きなのねっ」

「す、好きって……。そ、そんなことな……っ」


 そして、ミアは口をつぐむ。

 どうしてこんなに焦っているのかしら。

 大切だと思うなら、堂々としていればいいのに。私だってセアのことは好きだし大切な仲間だと思ってるもの。

 もちろん、口になんて出さないけど。


 すると、ミアは何かを決意したように私の方を見ながら言う。


「ぅうん……、違う。わ、私は……、ルナートの事好きだよ。ずっと一緒にいたいし、側にいたい」

「それじゃあきっとルナートもそう思っているわよ!」

「ほ、ほんと?!」

「当たり前じゃない! 好きな気持ちに一方通行なんてないわ!」


 すると、ミアは何かを逡巡するように迷った表情を見せる。

 どうしたのか……と、思うとたどたどしく口にした。


「私……ね。ルナートにこの事言った事がないの。それに最近はちゃんとお話も出来ていない。私……、ずっと好きだってこと、伝えたかったんだけど。ル、ルビンちゃんなら……、こんな時どうする?」


 ミアのその声は震えていたけど、どこか強い意志をはらんでいた。

 その問いに、私は迷うことなく応えた。


「そんなの、伝えるしかないじゃない。言いたいなら言った方がいいわっ。それに明日、革命が成功しても失敗しても、きっと、その気持ちを伝えられる時なんてないわよっ。それにもし……もし、ルナートがこの世からいなくなっちゃったりしたら、ミアはすごく後悔することになっちゃうわよ?」

「そう……、よね」

「その言葉をちゃんと言える時が今しかないんでしょ? それならっ、早めに言っとくに越したことないわ!」


 私がそう言うとミアは決心を決めたのか思い切り立ち上がる。

 そして、衣装棚から少し迷った後、花柄のワンピースを手に取り着替える。


 トントン、と靴を履きながら扉を開け私の方を振り向く。

 その不安そうで、だけどそれを抑えるような表情をしたミアに、


「ミアなら大丈夫よ、安心して」

「ありがとう、ルビンちゃん。私、全部伝えてくる……!」


 他のみんなを起こさないように言葉を交わす。そして、「行ってらっしゃい!」とミアの背を軽く押した。



 そしてミアは、私の方を向き一つ微笑んでからその扉を閉めた――

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