第12話:世界最後の晩餐


 結局、今日は午後から半日、ビラガルド内を下見していた。

 街は相変わらず凄惨としており、道端に座り込む路上生活者や干からびた死体が陳列するように散乱しており、見るに堪えない光景だった。

 広々とした広場にはまだ何もなく、そこでルナートから再度説明を受けた。

 ある程度の配置も覚えたし、明日の本番も大丈夫なはずだ。

 それにしてもまさか下見から帰ってきて少し落ち着こうとした途端、スレイアに晩餐をすると伝えられ、こうして準備を手伝い終え19人が卓上を囲むようにして座っている。


 俺とルビンは奥のソファで準備しているのを眺めていたのだがフルールさんに「お前ら、来たばっかで何もしないでいいわけないでしょーっがっ! 甘えてないで若いもんは働け、働け!」と叱咤しったされたのだが、片手に酒らしき物を持ったフルールをリックが咎め、物置から椅子を出し並べるという仕事を任された、という1幕もあった。


 すると、全員席に着いたのを見計らい、誕生日席に座るルナートが口火を切る。


「いいか、今日は酒禁止だからな!」


「「「えぇーっ!!」」」


 その言葉に一同は落胆の悲鳴をあげる。


「だけど明日の革命が終わったら一人一樽でも二樽でも好きなだけ飲ませてやる!」


「「「おぉーっ!!」」」


 その言葉に一同は感激の喜声をあげる。


「今日はアジトにある食べ物全部引っ張りだしてきたから存分に食べろよ! 革命が成功したらこうしてみんなでノンビリ食べることなんてできないからな!」

「でも失敗したら最後の晩餐ってことになっちゃうよねー」


 後ろで手を組みながらサクヤが言う。


「サクヤ、一言うるさい。まあ、みんな存分に楽しんで明日の革命に備えてくれ!」


 そして、ここアジトのエントランスホールで革命前夜の晩餐が始まった――






「あぁー! オレ、ルビンちゃぁーんの隣の席が良かったぁぁー!」


 椅子を前後にしながらサクヤが端の方に座るルビンに向かって声をかける。

 フランクな性格のサクヤはあらゆる方向に跳ねた黒髪を携え、鋭い目尻を燦爛さんらんと輝かせている。

 かなりの女の子好きらしく、目が会う度に愛想を振りまいたり手を振ったりしていて、なかなかにオープンで大胆だ。

 あんな風になれないかと、チラリと思うが直ぐさま撤回する。

 正直言って女性……、細かく言うと年齢の近い女性と話すのはすごく苦手だ。

 何故かたどたどしくなってしまう。

 集落の女性がほぼ全員、三十路みそじすぎしかいなかったから慣れていないのだろうけど、それ以上に美人の前だと何故か呼吸が荒れてしまう。

 ルビンは微笑を浮かべて流そうとするが突然、葵色の髪を二つにくくったスララが喝破する。


「ちょっ、サクヤ!! あなた前に私だけを見るって……!!」


 いきり立つ。

 青い髪が逆立ったように見えたのは俺の気のせいだろうか。


「それならウチもこないだ言われたよー、『俺はもう、お前のことしか見てないよ』とか何とか」


 呆れるメイのその言葉に、


「……サクヤ、最っ低!!」

「こーいうのが男のダメなところよね〜」

「人としてどうかなー、って思うよ?」

「それは流石にちょっと……」

「こんな、女、たらし。一生、彼女、できない」

「それには私も賛成します」


 矢継ぎ早に女性陣からの苦情が殺到。


「いやぁー。なんつーか、その場のノリってのがあるじゃん?」

「そんなのないわよっ!」


 サクヤはトボける。

 多分俺が同じようにあんな綺麗な女性陣に罵倒されたらかなり落ち込むだろうな〜、などと思いながら手を伸ばしてウバユリ草とコケモモの実に塩を振りかけ、口に頬張る。

 ウバユリ草から滲み出る淡い苦味がコケモモの実の多量な甘みを絶妙に抑えゆっくり喉を通っていく。


「女の子はね、そういうことされるのが一番傷つくのよ!」


 俺が食べる目の前でサクヤを指差しスララは怒鳴る。

 しかし、そこまで険悪な雰囲気じゃないのが不思議だ。


「スララ、気にするなんなって。いつものことだ」

「マグドの言うとおりだぜ! んでもサクヤー、女の子はもっとしっかり絞れって!」


 アナナスジャムを塗ったビスケットを腹に詰め終え一息つく間に、ざっくばらんな黒髪を携え快活に笑うにしたマグドと黄緑の髪を肩まで下ろしたレノンがサクヤに突っ込む。


「そんなんじゃいつまで経っても彼女出来ないぜ!」

「クッソ……。彼女持ちのマイクに言われると無性に腹が立ってくるぜ」


 彼女持ちらしい橙髪のマイクがトドメとばかりにサクヤにツッコミを叩き込む。

 彼女というワードに反応したのであろうサクヤは歯ぎしりをしながら右手を左手に叩きつける。

 彼女というのは許嫁の事なのだろうか? それともお嫁さんかな? 知らない言葉がよく飛び交う。後でスレイアに聞いておこう。


「にしてもサクヤ、お前もう零暗の衣の女の子全員ナンパしてるんじゃない?」


 呆れながらユウが呟く。

 ユウは好奇心旺盛そうなどこか子供っぽい顔つきでどこかカカを思い出させる、髪の毛はターバンで包まれていてよく見えないが赤い髪が少しだけはみ出している。服装の雰囲気が一人だけ違う。

 すると突然、フルールが身を乗り出し、


「はっ?? あっれ、ちょサク〜!? アタシまだナンパされてないんだけどぉ?!」

「フ、フルール姐さん?! いや、だってほらさー」

「あぁ〜?? あんたの目にはアタシのこの豊満な胸が写らないのかい??」


 そう言いながらフルールは大きな胸をたゆらせる。つい目を奪われすぐに逸らす。何故か見てはいけないような気がした。

 それと同時にポニーテールにくくった銀髪も跳ねる。ルビンの艶のある髪と同じような光沢でなかなか綺麗だ。


 そんな俺の視線に全く気づかず大股にサクヤに近寄り大胆にその胸を頭の上に乗せる。「や、やめろぉ……」とサクヤは呻き声をあげる。

 見ているだけでさしもの俺もドキマギする。


「ほらほら〜。これでアタシをナンパする気になったでしょ〜! これで何もないってんならあんたのその邪魔な一物、切り落とすよ〜?」



 ゾワッ……、異質な空気が男性陣に流れる。

 中にはさっと股に手をかけるものもいる。


 ビクッ……、異質な空気が女性陣に流れる。

 中にはさっと胸に手をかけるものもいる。



「……姐さん、軽く空気凍らすのやめて」


 リックは固まった空気を苦渋の表情で破る。


「あぁ〜、スマンすまん。みんな気にしすぎなんだよ〜」


 腕を組んだフルールは豪快にレンジのジュースを煽る。

 しかし、突然ふとルビンが首をかしげて、


「ねえ? セア、胸って大きいほうがいいの?」

「ちょ……っ、おまっ、バ……っ!」

「えっ?? なになに?! ルビンちゃんだっけ? かぁ〜わいい〜っ!」


 ルビンの発言を聞き逃すことなくバッチリ捉え、フルールはサクヤの席から再びスキップしながらルビンに思い切り抱きつく。

 ルビンはもっとソウイウ常識を学ばなきゃな……と、思うも自分もソウイウ常識があるのかどうかはよく知らない。


「こ〜んな純粋な子、ミア以来ね〜」

「ちょ、ちょっとフルールさん?!」


 ルビンがフルールの抱擁から逃れようとするがその呪縛は解けない。


「照れなくていいのよ〜、ルビンちゃぁん♪ 後アタシのことは姐様と呼びなさいっ!」


 するとルビンはミアさんのほうをさっと向き、救済を訴える。


「ミアっ! 助けて!!」

「ルビンちゃん……。えっと、ゴメンなさい!!」


 ミアは微笑で誤魔化しつつ、見捨てる。

 そのままお淑やかに食事を食べ出した。


「ミアーっ!!」


 ルビンとミアさん、仲良くなったのか。

……良かったな。


「姐さん、その辺にしときなよ」


 リックがグラス片手に笑いながら止めに入る。リックはフルールの扱いに慣れてるみたいだ。


「うるっさいわねぇ〜、たまにはこうやって騒ぐのも大切なんだぞ〜」


 グデン、そのまま机に突っ伏す。


「姐さん……、もしかして酔っ払ってる??」


 マイクが少し慌てながら聞く。


「ばれちまったら仕方ねぇ〜」

「って、飲んだの?!」


 するとフルールは立ち上がり右手を前に出し、


「はっは〜聞いて驚くな! こいつはアタシの紋章”泥酔”の特異能”酔いは気まぐれ世は愁然しゅうぜん”だ! こいつさえありゃぁ何時でも酔えるっつーわけだ!」

「そんな特異能あるの?!」


 俺は思い切り立ちあがってそう聞く。

 特異能は戦闘系だけじゃないのか。やっぱりこの世界って知らないことだらけだな。


「……姐さん、堂々と嘘つかないで」

「ったくこれが酔っ払わずにいられるかっつの〜! ちょいルナー! 私だけっ、私だけお酒特権!」

「……ダメだ」

「んなっ、お代官様ぁぁ〜っ!!」

「何がお代官様だよ。フルール、酒は明日の革命終わってからだ。大丈夫、酒だけじゃなくワインもご馳走してやる」

「ワイン――ッッ!! アタシ、明日頑張れる〜っ」


 そんなことを言いながらグデ〜ンと机に突っ伏す。


 穏やかなリックと姐御肌あねごはだのフルールしっかり者のルナートのやり取りにレジスタンスのみんなも少し和んだのか、晩餐はさらに盛り上がっていく。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘





「そういえばスレイア。この料理って誰が作ったの??」

 

 特性のシルバーフォークを、染みだらけになったテーブルクロスに置きながら右隣のセアが俺に聞く。


「ミーニアとヒスワンだよ」


 俺はそう言いながら二人の女性を見る。


「呼びましたか?」


 ヒスワンは俺と同じ水色の髪を後ろにきながら言う。

 姉……。ヒスワン・キルレイズとは氷のように透き通ったこの水色の髪しか共通点がない。

 顔はつややかで落ち着いた雰囲気を醸し出す。だけどその目の裏からはどこか殺意の様なものを感じてしまう。


「ヒスワン、あれだよ、話の流れってやつ、だよ」


 ミーニアはボソッと言葉を一つ一つ刻みながら淡々と呟く。

 塞ぎこんだ陰鬱な受けるミーニアのこの話し方は今に始まったことではない。


「確かに、言われてみればそうですね」


 ゆったりとした口調でそう言い、姉はお淑やかに上品にラムのステーキを口へと運ぶ。


「いや。これおいしいなーと思って……、俺もできるようになりたいな」

「それって、要するに、遠回しに、作り方教えて、ってことでしょ?」

「え、まあ……」

「あら、それなら一向に構いませんよ。いつでも申して下さい」


 するとここでユウが身を乗り出す。


「そういえばセアさ、お前この革命終わったらどうするつもりなの??」

「どうするって……、何も考えてないけど」


 するとユウはレノンと談笑していたルナートに声をかける。


「ならさならさっ俺ら≪零暗の衣≫のギルドに入りなよ! ね、いいよねルナートっ」

「まあ、悪くは――」

「おっ、それいいねぇ〜! ルビンちゃんも入るってことでしょ〜」


 フルール姐さんが会話に割って入りながら、再び隣のルビンに抱きつく。席がいつのまにか変わっているのには当然誰も突っ込まない。

 セアをギルドに……、か。

 不意に一つの言葉が脳裏をよぎるが水と共に飲み下した。 

 ちなみにダンは机の端で、一人黙々と食べ続けていた。







 色んな所で会話が弾む中、トントンと、左隣に座るハナが静かに横腹を叩く。肩まである桃色の髪がふわりと舞う。

 そしてささやくような声で、


「ねえねえ。ルナートがさっ、結婚するって話ホントなの?」

「……いや。なんで俺に聞くんだよ……、まあ多分それはないんじゃないか」


 あのルナートが結婚か……。きっとあいつにその気は……。


「えっ?! ル、ルナート結婚するの!?」


 ハナの左に座っていたミアがいきなりいつもより一つ大きな声でそう言う。

普段なら大人しいんだが、ルナートのこととなると……。


「えっ? し、しないって……」


 その声を聞きつけたルナートは狼狽(うろた)えながらそう弁解するが、レジスタンスのメンバーはちらり、とハナの方を向くルナートの視線を見逃さない。


「やっぱルナート覚えてるじゃない!?」

「……やっぱりお前か! その噂広めたの……っ。あれは酔っ払って」


 ハナの言葉に焦ったように言うルナートを姐さんが遮るように言う。そういえばこの前罰ゲームと称しながら強制的に言わせていたなと、とある夜を振り返る。


「ルナ〜、ウジウジしな〜い! ずーっと独身なんて、やでしょ〜」

「そ、そうよ!! こうやって噂でも広めとかないとルナートなぁ〜んにもしてくれないんだもん」


 フルールとハナの言葉にルナートは反応する言葉もなくただ視線を泳がせている。

 ミアは両手を口の前で抑えアタフタとしていた。


「ルナよお、結婚するなら式場は僕に任せとけな」


 リックも話題に乗っかる。


「昔のこといつまでと引っ張ってんなよ。いいかっ、しっかり愛する人を見つけて結婚しとかないと人生後悔するぞ!」


 キメ顏でそう言い放ったサクヤに「それお前が言うな!」と、誰かは分からないが盛大に突っ込み、笑いがアジトに響く。


「俺もそれに関しては賛成だな」

「おっ、スレイアさんもそう思う??」


 結婚を勧めたサクヤにようやく俺も口を開く。


「愛する人……」


 ミアがボソッと呟いたのが聞こえた。


「どうしたの、ミア。顔赤いわよ?」


 ルビンはキョトンとしながら聞く。さっきもそうだがこの子はそういう感情に疎いのか。なら、きっとセアもそうなのだろう。

 二人で旅だと言うから愛人関係かとも思ったが違うようだ。

 それにしても、このルビンという少女。他の人間と比べると、どこか不思議な感じがするのは気のせいだろうか。


「べ、別に何でもないよ……っ」


 ミアが手を目の前で振りながらルビンに言うがルナートも口を挟む。


「ルビンの言うとおりだぞ、最近そんなのばかりだ、ちょっとおデコ貸してみな」


 ルナートは右手を自分の手に、左手をミアの額につける。

 談笑してた他のみんなもその言葉を聞きつけ甘いシーンをその目で見ようと、話す口と食べる手を止め「おぉー!」と口ずさむ。

 ルナートもこれを素でやってのけるから怖い。それにしてもここまで鈍感だと逆にミアが可哀想だ。


「ったく、そんなだからルナは彼女できないんだぞ〜」


 サクヤがぼやきくも、ジンジャーエールと共に飲み下される。

 そして俺も口を紡ぐ。


「確かにルナートはもっと女性を見る目を養ったほうがいいな」

「さっすがスレイアさん! 6回も女性の誠意を込めたプロポーズを断っただけのことはあるね!」

「6回じゃない、7回だ。……って、いつの話だ」


 サクヤが揶揄やゆを飛ばし快活に笑う中、俺は律儀にもプロポーズされた回数を訂正しながらそう返すも、そんなことあったなぁ。などとしみじみする。


「ルナもスレイアさんも女には恵まれてたもんねー。色々とー」


 あっはっは、と笑いながらそう言うサクヤに……。



「「いつの話だっ!!」」



……その言葉はばっちりルナートとハモった。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘





「みんな、杯は持ったか?」


 全員右手に杯を持つ。

 楽しいひと時は直ぐに終わり、最後の締めの挨拶をリーダーである俺がするという流れになった。


 視線は全て俺に集められている。


 レジスタンスを一人一人見ていく。

 みんな、いい表情だ。


「……いよいよ明日が革命の日だ。もう、後戻りは出来ない。だけどこれは、誰かがやらなきゃいけないことだ。明日の革命はきっとこの世界に大きな”変革”をもたらす。だからこそ俺たちレジスタンスは全員生き残って、絶対に。もう一度ここに……、集まろう」


 まだ、心の片隅で様々な感情がうごめいている。

……だけど、もう迷うわけにはいかない。


 そう自分へ言い聞かせる。


 心の片隅で静かに決意を固め、口にする。


「この世界にーー」


 手に持った銀色の杯を掲げる。

 この杯は俺たちがあの日かかげた覚悟と決意を宿した革命の旗と同じだ。

 みんなも同じように杯……。いや、革命の旗を掲げる。


 レジスタンスの一人一人の意志が空気へ溶け出し一つになった。


……そして世界変革の幕開けを俺たちレジスタンスは高々とこの世界へと言い放つ。






「「「「「ーー革命を!!」」」」」


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