第11話:本当の心の在り処は世界のどこに




 俺は一通りの説明を終えると二人を他の連中に任せて、アジトの大広間の奥にある黒いソファに腰掛ける。

 そこで一つ息を吐く。全く……、革命は明後日だと言うのにとんだ荷物を抱えてしまった。

 するとスレイアが真向かいのソファに腰掛け問う。


「ルナート、あの二人とダンはどうするつもりだ?」

「そうだな……」


 そこからスレイアと二人相談し始める。こいつは昔から頼りになるし、俺を助けてくれた。

 セアは他のやつらに囲まれている。見る限りではすぐに馴染めそうだ。ルビンも女性陣に可愛がられている。


 そういえばセアはルークスと言っていたな……。ふとそう思いセアに声をかける。


「なあ、セア。ルークスというともしかして西端の集落か?」

「あ、あぁ……」


 セアの表情が陰る、嫌な予感がする。


「いや、もうその集落はなくなった。突然、集落が襲われて。みんな、どこかの人攫いに攫われたんだ。俺がここに来たのは、集落を襲った連中を探すためだ。その原因によっては……」


 セアの声と体が震えている。

 こいつもまた、復讐か。

 自分もまだ切れない未練に復讐という大義名分を掲げて縛られているだけに過ぎないのかもしれない。

 復讐という二文字に、背筋が凍りつくような感覚を覚える。

 この記憶は、思い出したくないものだ。

 心の奥底にしまい込んでおく忌まわしい記憶だ。


 他の連中は何かを察したような表情をするも敢えて口にしない。セア自身、先ほどの会話である程度感づいているだろうが、俺はそのことを口にしない。そのことを知り、それが弱さに帰結されても困る。

 間違いなく、ルークスを襲ったのはここの市兵だ。そして、恐らく全員が処刑奴隷にされているだろう。


 なるほど……。革命は俺が情報を手に入れてから二週間後。今日で言うと明後日に行われると城に忍び込んだ時に聞いたが、処刑奴隷は確保済みだったってわけか。

 3年間も情報を集めながら機会を伺っていたが、ようやくそのチャンスを得たのだ。これを逃せば、革命は更に先延ばしになるだろう。


「そうか。見つかるといいな」

「あぁ……」


 その時初めて、セアは殺気と怒気を含ませた威圧感を放った。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘






「それじゃあみんな、聞いてくれ」


 そう言うと、レジスタンスのみんなは動きを止めこちらを見る。

スレイアとの話し合いを終え、決定事項を伝えるためだ。

 

 それにしても何でこんな俺に付いてきてくれるのか。

 そんな疑問も幾度となく持ったが、結局俺の上辺の姿に魅せられているだけだと解釈した。


 間近に迫った革命で一応、全員の命を預かっている。今は、俺の心の真偽を確認している場合じゃない。


 今、やるべきことをする。

 この革命に利己などない、この行為が唯のエゴなのかもしれない。

……だけど、俺にとっては違う。

 変えるんだ。建前で言った世界などという下らないものを、ではない。

 自分自身を……。あの時の自分に、あいつに……。この革命で成したことで強さを証明したい。

 だからこそ俺は、例え違えた意志と理念であろうとみんなと共に革命に挑む。

 新たに仲間も加わった。

 この革命は喜劇か、あるいは悲劇になるのか。

……さて。先の見えない結末へ、歩み出そうじゃないか。


「これから……、革命決行日の人選配置、施行手順の最終確認を伝える」


 全員聞く姿勢になっている、先ほどルビンという少女も起きた。

 かなり混乱していたが、女性陣がなだめた甲斐あって今は落ち着きを取り戻しセアの後ろに引っ込んでいる。


「革命は明後日の正午、階円広場にて行う。もちろん、国王自ら処刑宣告をするため、市兵の警備は厳重だ。だが、その中で俺が一撃で仕留める」

「一撃……? そんなこと出来るのか?」


 セアが聞いてくる。

 それにスレイアたちの表情は曇る。


「大丈夫、それについてはしっかり考えてある」


 だが、リスクが高い……。でも、やる――

 俺が暗殺士という職士をやめずに続けてきたのは今日のためでもあるのだから。


「今回の作戦では2人一組で行動してもらう。各ペアは市民に紛れ広場にバラける。

 この革命では国王以外、無血革命が本望だ。だから俺が仕留めた後、みんなには住人の混乱抑制、国軍制圧、囚人解放の3つの役割に別れてもらう。それからペアだが……」


 すっ、とスレイアのほうを見る。

 それと同時に目が合いコクッと頷く。

 人選配置は先ほど話し合いで提案したものでいいという合図だ。


「まず国王を殺す役割、国王が座する階円北上の斜右下に俺とセア――」

「っな……っ!」


 すると、ダンが突然立ち上がる。


「どうした、ダン?」

「いや……、その。お、俺はルナートさんと同じ配置がいいんだが」

「おやおや〜? ダン君、大胆ですなぁ〜」


フルールが目を細ませ揶揄やゆを飛ばすも、ダンはそれに反駁はんばくする。


「違う。俺はルナートさんに恩義を感じている。だから、近くで役に立ちたい」


 そんな安い恩義などいらない。

 そう思うが、まあ、結局セアだろうがダンだろうが変わることはない。


「いいだろう。なら俺とダンでいく。それからスレイアとセア、ユウとマグドで囚人解放を頼む」

「よろしくなセア」

「こっちこそ!」


 二人は言葉を交わせ、ユウたちも応じる。


「次に国軍制圧で国王補佐、戦闘部隊の鎮圧にサクヤとルビン」

「えっ?! 俺、その赤髪の可愛い子ちゃんと!? やった、さっすがルナート! 分かってるねぇ」

「いや、ちゃんと考えがあってだな……」

「よろしくねルビンちゃん! ”2人”で頑張ろう!!」


……聞いてない。

……人選ミス、か。


 そんな後悔を露知らずルビンに軽々しく手を回す。


「よ、よろしくね……」


 ルビンは嫌悪と若干ヒキの体制で応える。女性の扱いに長けたサクヤなら上手くやってくれると思ったのだが……。


「それよりさっ! 後でお茶しない?? ほら、親睦を深めるためにぃぁぁがはっ€$%°☆°!」


 言葉の語尾が乱れる、サクヤの腹部にはマイクの肘がのめり込んでいる。

 そして思い切り蹴り飛ばされた。

 すかさず繰り出された不意の二撃にさしものサクヤがひざまずく。相変わらずのナンパ失敗だ。


「サクヤ、いつも言ってんじゃん! 女のナンパは見苦しいし成功しないって! いいか、女を落とすにはちょっとずつ信頼を……」

「待て、マイク。話の趣旨を反らすな。そんな軽い話じゃないんだぞ」


 少し邪気を込め正す。


「す、すまん……」


 マイクはサクヤの頭を無理やり一緒に下げさせる。どうでもいいがマイクは彼女持ちだ。非常にどうでもいい。


「ったく……。で、後はマイクとレノン。それから、リックとフルールも頼む」


「ほーい」「おぅ!」「任された!」「仕方ないねぇ〜」


 各々が応える。


「それからミアとスララ。メイとキリーナは老人、子供の安全確保を頼む」


 そう言うと女性陣は頷く。


「ね〜、ちょっとルナ〜。アタシもそっち入りた〜い」


 後ろに手を組み気だるげに銀髪をポニーテールにくくったフルール姐さんが野次を飛ばす。


「いや、姐さんつよいんだから頼むよ」


 だがそれを口にすると女の常識だのなんだのと言い出すからどうしようもない。


「後のメンバーは階円広場の東西南北で混乱抑制に徹してくれ。場が落ち着いたら、市民に俺が革命の趣旨を訴える。まあ、演説ってことになるけど俺の本心をぶつけて市民を納得させてみせる! そこから新しい国づくりだ。市民全員が揃うその時しか出来ないんだ」


 本心をぶつける……か。


……何が本心か。

 その演説もどうせ俺の偽物が語る、いや熱演するであろう綺麗事だ。そしてまた、俺のレトリックに惑わされ市民は偽の信頼を俺に託すのだろう。

 そんなことしか言えない自分が疎(うと)ましいが嫌いではない。

 もう戻れないのだ、こうするしか道はない。


 あの日から変わってしまった。


 こんな自分、誰が求めただろうか。

 こんな自分、彼女は認めただろうか。

 立派な言葉を並べて信頼を勝ち取る。

 偽の信頼は重圧としてのしかかり、いつしか崩壊する。

 そんな目に見えるような結末に。だが受け入れるように毅然きぜんな態度を演出し……。


 再び……。言葉という名の道具で、本心を包み隠す。


「もし、市民の心にこの国をどうにかしたいという思いがあればきっと俺の言葉も届くはずだ。絶対に市民を信頼させてみせる。国を変えるにはそこに住む人たちの心も変えなければいけない。だからみんな……、この革命、それぞれが役割を果たして、絶対に……。成功させよう!」


「「「おぉーッ!」」」


 同時にレジスタンス全員の拳が天へと掲げられる。

 こんな上辺だけの戯言を平静にツラツラと何でもないような顔で言い続ける自分自身に……。心底反吐が出る。

 俺も本心をおくびにも出さない卑怯者だ。

 その中身のない、虚ろな標榜ひょうぼうは俺の言葉として発せられるだけで皆にはそれが真意として伝わってしまう。

 彷徨ほうこうする俺の心は行く宛もなく、ただ心の中で円弧を描くように惑う。


 しかし、そんなことを気にするふうもなくレジスタンスのみんなはこちらを敬いと尊びの眼差しで見ている。上辺での俺は立派なリーダーなのだ。

 俺についていく、という意志が感じられる。きっと各々様々な決意を胸に秘めているのだろう。

 それすらも背負っている、こんな偽りの姿に付いてくるみんなが浅ましく滑稽に見える。


 俺の本当の姿を晒した時、みんなはどんな反応をするのだろうか?

 きっと、見放されるだけなのだろう。その未来しか、今の俺には見えない。


 一体……。俺の本当の心の在り処は、どこにあるのだろうか?


 すると、スレイアが一歩前に出てくる。


「ルナート、訴えるとは言ってもあんまり無茶するなよ、いざとなったら俺たちも助ける。あまり一人で抱え込もうとするなよ」

「……助かる」



……スレイア、お前は俺のこと、どこまで分かってるんだ?


 心の中で問いかける。


 いつも世話をかけてばかりだが、俺が一番信頼している友だ。

……こいつは俺のことを分かっているつもりなのだろうか。やはり嘘の俺しか見えてないのだろうか。


 でも……、一人で抱え込もうとするな、か。


 何故だろうか。この言葉がどこか心に染みる。


「じゃあ今日はこれで解散だ。明日は各ペアで作戦の確認、現場の視察を行ってくれ。それからセア、ルビン、ダンは俺と一緒に行動だ」


「おっけー、ルナート!」「分かったわ」「あぁ」


 三人は各々応えた。







⌘  ⌘  ⌘  ⌘






 そのあとそれぞれ飯やら風呂やら作戦会議やらと散々五五に散っていく。食事はもう済ませてある。


「で、ルナート。俺はどこで寝ればいいんだ?」


 キョトンとした顔でセアは聞く。ルビンも同じ目線をこちらに向ける。


「そうだなぁ……。俺の部屋は埋まってるし。おっ……、スレイアー! お前の部屋にセアも寝かせてやってくれないかー!」


 自室に向かおうとしていたスレイアに呼びかける。

 スレイアはそれに振り返り頷く。


「じゃあセアはスレイアの部屋で」

「ありがとー!」


 そう言うとセアは俺の方へ頷いてからスレイアの方へ走っていった。


「それからルビンは……」

「ルビンちゃん俺の部屋で寝なよ! 行動はペア同士だろ? なら……」

「いいわけあるか! ……ってあからさまに嫌そうな顔するなよサクヤ。まあ、お前がそんなことする奴じゃないってのは分かってるから、こいつを任せたんだ、だから……」

「いいんだよ! それ以上は言わなくて。っにしてもさっすがルナート分かってるねー」


 相変わらずこいつは……。だがまあ、こいつのこういうところは嫌いではない。

 すると……。ふと、一人の女性が目に入った。


「ミア!」

「えっ?! あ……、はい!」


 思い切り肩を震わせ、おどおどしながらミアはこちらを振り返る。

 こいつはいつもこんな感じだ。

……怖がられているのだろうか?


「今日お前の部屋にこいつ泊めてやってくれないか?」

「えっ?! あ、うん! そ、その赤髪の子よね!?」


 突然話しかけられたからかテンパりながらも応える、なぜか頰と耳が赤い。


「なあミア。お前最近おかしいぞ? 熱とかあるんなら早く言えよ」

「うん……」

「相変わらずルナートは〜、あのなぁ……。あぁ〜、いや何でもない。」


 ニヤニヤしながらサクヤは言葉を濁す。

 目線は俺とミアを行ったり来たりしている。

ミアは3年前、あの事件の後、このギルドに加入した。<零暗の衣>とはそれこそ子供の時から一緒なのでやはり輪に入りきれていないのか。

 ミアもまだ、俺に慣れていない所もあるのだろう。


 それにしても。相変わらず、とは……。俺の本心のことだろうか。

 しかしそんなことを考えているとミアは、その場を早く離れたいとでもいうように「い、いきましょ!」と、ルビンを連れそそくさと行ってしまう。


 慣れていないというより、嫌われているのだろうか。しかし、他人の自分に対する評価などどうだっていい。

 しかし、やはり……。

 分からないな、人の心というのは。

 分かってもらえないものだな人の心というのは。




……ふとどこかで。自分が誰かにこの心を分かってほしいと、 叫んでいるような気がした。

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