第10話:この世界に革命を

 


「……ぉぃ! ……ぉい!」


 何だ……?

 声が聞こえる、体が揺れている。


「おい、起きろ!」


 何の音だ……。そう思っていると軽い衝撃が体を走る。


「はっ……!」


 そして、夢という名の虚ろな世界から思考が切り離され現実に引き戻される。

 そして反射的に起き上がる。

 目の前には人がいた、よく見えないが20代前半だろうかまだ若い男性がそこに立っていた。

 それに、思考が一旦フリーズ。だが、直ぐさま溶解する。

 集落の修練と寝る前に何度か振るって付け焼き刃だが、身につけた反射的防衛術で即座に隣のアマユラを手に取り居合の一閃……、をしたのだが、


「そんなことしてる場合じゃないんだ」


 紫苑の軌跡を残し、首筋に短剣を突きつけられる。

 剣尖の微風が皮膚を撫でる。

 動きは早すぎて見えなかった。どこか、とてつもない殺気が襲いかかり背筋が震える。


「俺は、お前たちの敵じゃない。今は証明できないが……、信じてくれ」


 その鬼気迫る声とうっすら見えるその表情からは嘘はない……と、思う。


「あら。どうしたのセ……、えあ?!」


 ルビンがムクッと起き上がろうとした途端、男の姿を見ると混乱したように白目を剥く。

 だが正気に戻り、これは荒ぶるな……。と感じた瞬間、目の前の男はルビンを凝視する。

 ルビンは一瞬だけ痙攣すると荒ぶることなく問うた。


「あの……、あなたは?」

「とにかく、今は俺の言うとおりにしてくれないか。急を要する」

「俺たちはどうすればいいんだ?」


 両手を挙げながら男に問う。

 こういう時は相手と目線を外してはいけない。シザン師匠は敵と相対するときの心得をたくさん教えてくれていた。その中の一つだ。


「俺についてきてくれ」


 そう言って男は立ち上がる。今は、信じてついていくしかないようだ。

 そう思いながら俺とルビンは荷物を手に取る。


 それから静かにドアを開け走り出す男についていく。通路は静かですっかり夜の帳(とばり)が落ちているのか暗い。他に泊まっている客はいないようだ。

 そして行き着いた階段をできるだけ音を立てずそろりと降りていく。


 何だか、脱走でもしているみたいだ。


 一階へ降り入り口とは別の方向、カウンターの奥へと向かう。

 デスクの間を抜けると裏口のような所を見つける。

 そしてそこにはドアを開けて俺たちを待っていたのであろうもう一人の男が立っていた。


「その二人?」

「あぁ」

「もう近くまで来てら、急ぐよ」


 そう言って、もう一人の男も加わり四人は夜の街を駆ける。

 よく見るともう一人の男はさっき階段から降りるとき俺たちをみた慌てて飛び出して行った男だった。






⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 入り組んだ裏路地の隘路あいろを慣れたように駆けていく。途中、道端に何人も座り込んでいたり、倒れている人を見かけるがそれを気にして立ち止まることが出来ないのは嫌でも分かった。

 そして、1分ほどすると急に止まる。

 T字路の中心に、人が五人ほど乗れそうな巨大なマンホールの上だった。すると一人目の男がそれに向かって、2.2.3の拍子で叩く。

 それに呼応してか、突如蓋が浮き上がりその下に別の氷の円盤が浮上してくる。曇り一つない透き通った円盤に月の光が反射し、暗い路地裏を仄かに照らす。

 

「この円盤から外れるなよ」


 そう言って俺たち四人は氷の円盤に乗る。

 間も無くガクンッ、と何かが外れたような音とともに蓋が下がり始めた、急に来たので一瞬くらっと来る。男は降下し始めたタイミングで蓋を閉める。視界は一気に黒一色となる。

 何かの筒を通っているのか。地下へ向かう事だけが分かる。


「リック、お前やっぱりもう少し痩せた方がいいんじゃないか?」

「あ、狭いって? まあまあみんなほっそいんだから1人位いてもいいんじゃないかな」


 2人は軽口を叩き合う。後から合流した男はリックというらしい。

 それより、と一番身近な疑問を投げかける。


「この円盤はどうやって動い……、じゃなかった。え……と、どこに向かっているんですか?」

「フフっ。この円盤は俺の仲間の能力者が創ったんだ。場所はもう直ぐ分かる」


 その男が言った後、20秒ほど降下し止まる。すると冷ややかな冷気が俺の体をすり抜けていく。

 そこには巨大なエントランスホールのような一室があった。壁や床が鉄で出来ているのか両手で体を抑えながら身震いする。

 暗い部屋に寂しいけどどこか仄かな明かりが天井についている、それが鉄材の家具や壁に反射しどこか不気味にホールを包み込む。


 そして、至る所に鉄の箱のような物が置かれていてざっと15人ほどの人がいた。

 各々おのおの箱に座ったりもたれたり、地面に座り込んだりしながらこちらを見ている。

 それに鉄線が壁や天井に張り巡らされていて、まるで秘密基地のような場所に俺は静かに息を飲む。

 入り口近くの起き台には、鉄錆の部屋に似合わない、一輪の美麗な白い花が花瓶に入れられ凛と咲き誇っている。そのたった一輪の花がこの殺伐とした空間に馴染み、調和しているような気がした。


「ルナート、今回の標的はその2人か?」


 そう言いながらこちらに一人の男が歩み寄ってくる、左目を水色の髪で隠しどこか殺気を放っている右目で、俺とルビンを見る。

 

 標的……?


「くそ……っ!」


 咄嗟に刀を抜き放とうとしたその瞬間――


「ハイハ〜イ。ここでは抜刀き〜んし!」


――軽々と俺の横を空中で回転しながら刀をとる

 桃色の髪を肩まで下ろした女性がふわりと地に降り立つ、ニッコリ笑いながらそのか細い手でそこそこの重さがあるアマユラを弄ぶ。


「スレイア、あんまり誤解させるようないい方するなよな」


 ルナートと呼ばれた男はスレイアという男を糾す。


「わ、悪い」


 そう謝りながらスレイアは元の位置に戻る。

 ルナートは抱えていたルビンを箱の上に寝かせてこちらを見る、さっきまでは暗くてよく見えなかったがルナートという男の双眸には何かの強い意志を感じさせる。


 そして……。


「ようこそ、俺たちレジスタンスのアジトへ」


 歓迎するかのように手を広げながら言う。


「え……、あの?」


 何がどうなっているのか分からない、何故ここに連れてこられた? レジスタンス? というより彼らは一体?


「セア、色々思う所はあるだろうが、聞いてくれ」

「えっ? どうして俺の名を?」

「僕が顧客表を見て教えたんだ」


 裏口で待っていた男が言う。愛想の良い、人懐こい性格が滲み出る。


「リックはあの宿で働いている。今回も事前にこいつが知らせてくれた」


 ルナートがリックを一瞥いちべつする。リックの方を見るとにこやかに手を振ってくる。

……返した方がいいかな?

 だが、悩む間もなくルナートが再び話し始める。


「そうだな、色々話さなければいけないことが多いんだが……」


 そう言うとルナートの表情が真剣な物へと変わり、笑みを浮かべていた周りにも緊張した空気が流れ出す。そして、奥に立てかけていた何かを掴む。

 それは、旗だった。黒い襤褸衣ぼろぎぬを鉄棒に括り付けた旗。その黒い衣には、強い呪詛のようなものがこもっている気がした。


「先に俺たちレジスタンスの目的を言っておくよ。俺たちはこの国に、いや……」


 ルナートは力強く旗を地面に叩きつけ、堂々と意志のこもった声で喝破した。





「俺たちは……、この世界に革命を起こす――ッ」





⌘  ⌘  ⌘  ⌘



 


「……革命?」

「あぁ、そうだ。今、この国は腐りきっているんだ。この国は変わらなきゃ行けない……。誰か、誰かが変えなければ行けないんだ。だからこそ俺たちが立ち上がった。この世界を変えるために」


 そう……、俺は強く吐き出した。

 まただ。また……、俺はこんなことばかりを言っている。

 世界を変えるため……。そんな大層なこと、出来るはずがないだろう。

 リーダーだから、”ルナート”だから。そう担ぎ上げられ望まない自分を演じ続けてきた。

 セアとルビンはまだ疑問符を立てながら俺を見ている。彼らの実力は計り知れないが、この革命の一手に使えるのだろうか。


 ふぅ……。

 一息つき、心の平静を整える。助ける義理などこれっぽっちもないが、リックがみんなの目の前で「二人の旅人が泊まってる!」と焦った風に言い散らすので仕方なく救済したまでだ。


 もちろん表面上では「それは助けなければ」と装っていたが、心理の奥底では違う。


 いつからだろう。自分の本心が言えなくなってしまったのは……。

 俺には……、もう一人の自分がいる。

 もう一人といっては大袈裟だが、確かにいるのだ。

 俺が、思ってもいない世迷いごとをベラベラと口上にて語る、善人が。

 革命を起こしたいという気持ちは変わらない……。だが、その真意は表裏にて違う。

 自分の口にしたことと、心の中で叫ぶ言葉が……、違うのだ。

 そのことを知っているものはいないし、これを不思議なことだとも思わない。


「それでその革命を俺たち、ギルド≪零暗の衣≫……。今はレジスタンスって呼んでるんだが、この17人のメンバーで起こす」


 革命をするのは、俺一人で事足りる。他のメンバーは、何もしなくてもいい。


 セアとルビンは周りを見渡している。他の連中もそれぞれ手を振ったり微笑んだりしている。

 やはりいきなりこの状況下に置かれると。混乱するのは必至だろう。

そんな二人に言葉を渡す。


「一応自己紹介しておくよ。俺はルナート・アレクトス。この革命を起こすためレジスタンスを立ち上げた、ここのリーダーだ。職士は暗殺士をやっている」


 セアの背筋が痙攣する。みんな同じような反応で笑える。


「二人もみんなに自己紹介しておいてくれ」


 すると、二人はヒソヒソと何かを話す。すると、間を置かずしてセアが口火を切った。


「え……。えと、俺はセア・ルークスで17歳です。街に来たのは初めてで職士はまだないです」


 緊張しているのか声が震えているような気がする

 セアはスラリとした痩躯そうくに短いがどこかツヤのある黒髪を携えている。

 目つきは穏やかだがどこか鋭みを帯びていて目尻のラインは斜方に向けあがっている。

 まだどこか子供らしさが残っている。おそらく成人して間もないのだろう。頼り甲斐がなさそうだ。


「私はルビン・ヴェラーナ。14歳よ。大導魔法士をしているわ」


 ほう。その歳で上級職士とはな。他の連中も騒然し出す。それを右手を上げ静止させる。

 ヴェラーナ……か、聞いたことのない家名だ。

 家名とは名前の後につくものだ。時々、家名のない人間と会うこともあるが、出生不明の子供にはつけられない。俺の仲間にも何人かいるし、そういう人間に家名の事情を聞くのはマナー違反だ。

 まだ、ルビンの表情からは、警戒の色が消えていない。こちらの少女は使えそうだ。


 セアの先ほどの居合い斬りはなかなか良いと思ったんだが……。まぁ、まだ実力は測りきれないな。

 しかし、どうしてこんな街に来たのだろうか。

 だが……、今は関係ない。


「それからこっちが……」

「初めまして、スレイア・キルレイズです。職士は武術士をやっています」


 よろしく、という風にセアに握手を求める。

 スレイアはキリっとした顔立ちでまるで氷のように端麗的でアイシーブルーの髪を携え、片方だけ伸ばした髪が左目を隠している。「視界が半分になるから切れば」と何度か言ったが「気に入っているから」と言われると返す言葉もなくなる。だが隻眼の右の瞳は紅く、涼しげな表情の中に静かな熱意が鎮座しているようだ。

 顔立ちは整っており、その眼光は鋭い。

 口元は緩やかで穏やかな印象の裏にどこか殺気を帯び、凛烈と穏健が縫合し、冷気となって風采から滲み出す。

 何度かこの隠れた冷たい殺意が俺の本心と同じものがあるかと思ったこともあるが、それ以上踏み込めていない。ちなみに、一応レジスタンスの副リーダーを務めている。


「それからさっき案内してくれてたやつがリック・プラート。こう見えても職士は教牧士だ」

「こう見えてもってなんだい。いやぁ、でも君たちを見たときは焦ったよ。また被害者が出ると思ったからねえ」


 リックは首にかけた十字架を手にしながら頭をかく。


「そういえば俺たちに一体、何が起ころうとしてたんですか?」


 セアが聞く、当然の質問だ。


「そうだな……、うん。単刀直入に言おう。お前たちは、この国の処刑奴隷にさせられるところだったんだよ」

「処刑……、奴隷?」

「あぁ。まだ、受け入れがたいだろう。だがこの国は今、かつての栄華を失い、狂い、腐りきっている。まず……、この街の現状について言っておくよ」


 そして、もう一度自分の中で確認するように二人へ一気に話し出す。


「このビラガルドは以前まで王族と貴族の第一身分層。平民の第二身分層に分かれていたんだ。平民は鉱夫として鉱山で採掘に従事しに他国との売買で得た金の一部を納税し、王族が他国から取り入れた食料を分配する。というサイクルで成り立っていた。その時は栄えていて、平民も生活に困ることはなかったが……」


 そう……。


「15年前のレピア崩壊で国王は死に国の経済は財政危機に陥ったんだ。ビラガルドの経済は悪化し大量に売れ残った鉄。それを看過し、食料の備蓄、供給すらままならない状態で王族は納税を続けさせ納税が途絶えた途端に王族たちは食料、納税共々城に閉じこもった」

「でも、それじゃあ街の人は飢饉に陥るんじゃないの?」

「そうだ。だがある日、国王は一人の男を国の参謀として雇った。その男が、全てを狂わせたんだ」


 一度、息を吐き吸い込む。この男のことについては今は何もわかっていない。この革命で一番の特異点である男だ。


「そこから他の二都市とは連携を遮断し、王族は国中の50歳未満の男性を軍兵として徴兵し、代わりに食料のパイプと最低限の衛生管理が出来る状況を残った平民に与えた。そして、その軍を行使して……、小さな町や村へ人攫いを開始した」

「人攫……、い?」


 セアが緊迫した表情に激変する。その意図を確認することをせず、話を続ける。


「あぁ。そして、攫った人間に適当な罪を着せ処刑宣告告げ、”公開処刑”を行ったんだ。それも全市民を集めて、な。1万人だったビラガルドの人口がおよそ二千人に減ったとしてもその数は尋常じゃない。だが、処刑が終わった後、食料や衣服を無料配布するのだから平民は来るしか無くなる。そして、攫った人間たちを王族ではこういうそうだ……」


 場の雰囲気が凍る。まるで、その言葉を言うなというように。だが、そんなことは俺には関係ない。


「処刑奴隷……、ってな」

「処刑、奴隷……」


 憤慨するセアをよそに話を続ける。


「この都市、それもビラガの国王は処刑快楽者になっていた。何がきっかけかは知らないがな」


 そして、俺たちが革命を決意した。

 そもそも俺たちは3年前にここに来たばかりだ。

 この都市に来た日に起きたとある事件の後、革命を決意した。今は、3年もの間、王族に見つからないようここに隠れ住んでいる。

 この情報は全て、俺がビラガルド城から攫ってきた貴族を拷問し聞き出したことだ。

 参謀の男について、詳しいことは聞き出せなかったが。

 ちなみにその王族には失神させた後。クラーレを飲ませ、元いた王室のベッドに戻した。城では病死扱いになっているはずだ。


 セアとルビンは俺の言葉を一つ一つ咀嚼そしゃくし飲み込むようにように、俯いている。


 この革命が終われば、きっとこのビラガも変わるはずだ。

 だけど、俺にとって国が変わろうが、世界が変わろうがどうだっていい。

 革命なんてものはただの眉目秀麗なお飾りでしかないのだから。善人を装い皆を引っ張る為の都合のいい言葉でしかないを


 そんなことを思いながら、説明を続ける。


「処刑奴隷対象は旅人も同じだ。市民の一部には旅人は全員通し、宿に泊まったなら眠らせる。なんて特例も出されている」

「そういえば門番の様子もおかしかったし。それに……、いつもより眠りが早かったような」

「それが王族のやり方だ。お前たちも後一歩で囚われるところだったんだよ」


 市兵は宿の前まで来ていた。

 あいつらを負けたのもこの隘路を熟知しているからだ。


 もし、国王を仕留めそこなえば、この都市の市兵と全面対決になるだろう。なるべくここの市民は殺したくないがいざという時には全員を見捨てる覚悟は出来ている。

 俺が持っていた矜持きょうじも今では何を求めどこを彷徨っているのかすら、見当もつかない。

 強く握りしめた拳を一度解き、手の平を広げながらもう一度戻す。


「それからセア。助けた旅人はお前だけではないんだ」


 そう言って指を指す。

 一ヶ月ほど前に助けたダンは静かに地べたに座っている。ダンは革命の事を話すと自ら参加させてくれと進言し、多少の警戒心はあったものの承諾した。

 まだこのメンバーに馴染めてはいないが、寝る場所は俺の部屋を使わせている。

 ダンは無口で内気で食事や生活など、不慣れな所が多いいが少しずつ馴染んできていた。

 仏頂面でどこか虚無ニヒルを感じさせるダンは、セアに一つ会釈を返すだけだった。


 ちなみにここの生活での水や火は全て魔法を利用しており、元々この地下の空間は鉱夫たちの休憩所だったらしく、地下道が都市外まで続いているためそこから地上に出て食料を買い込んだり、依頼クエストを受け金銭を稼いでいた。

 遊戯室や書物室、風呂や便所、洗濯室、物置、個室、厨房、貯蔵庫、と全て揃っており生活には困らない。


 そして、俺はダンからセアとルビンに向き直る。


「俺を含めた後の16名は全員、<零暗の衣>のギルドメンバーだ」


 そう言うと突然、セアが何かを思い出したかのようにこちらに振り返る。


「そういえばル、ルナートさん! 言うの遅れてしまったんですが今回はありがとうございました!」

「私の方からも。助かったわ」


 セアの方はぎこちないが。緊張しているのだろう。ルビンは釈然としないものの、一応俺たちのことは信じることにしたらしい。警戒の色が薄くなっている。

 そして俺は、一つ提案する。


「そうだ……。なあ、セア、ルビン。俺から頼みがあるんだが……、俺たちと一緒にこの革命に協力してくれないか? 人手は多いい方がいい」 

「も、もちろん加わります! 俺に出来ることならなんでも」

「私もよ」

「そうか、じゃあまずこのレジスタンスのメンバーと馴染んでくれ。革命にはチームワークも大切だ。後、俺のことはルナートでいいよ」

「分かりま……、分かった。よろしく、ルナート!」

「よろしくね、ルナート」


 そう言って二人は笑みを浮かべる。言い方にぎこちなさはあるものの仲間にそういった気遣いや遠慮は不要だ。 

 それは身を持って体感している。


 そして俺も笑みを返す。爽やかに見えたであろうその笑顔に二人は安心したような顔をする。

 作り笑いは昔から得意だ。

 偽りの自分を作り出すのも……、昔から得意だ。


 だからといって自分が悪者だとは思わない。

 ただ、怖いのだ。

 自分の本当の姿をさらけ出すのが。

 誰も……、ついてこなくなるんじゃないかと。


 鉛を飲み込んだかのように、心が重い。

 不透明な見えない”何か”はじんわりと。

 俺の心の中を蠕動ぜんどうし、蝕んでいった。

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