第9話:人を殺すは世界にとって悪であるか否か


「ルビン! そっち行ったよ!!」


 五匹ほどのゴブリンがルビンへと駆けていく。岩越しなので、ルビンの様子は伺えない。

 そう思いながらも間一髪のところでオークの攻撃を避ける。

 土埃が濛々もうもうと舞う中、両サイドからゴブリンが棍棒を振り上げ挟撃する。


「ぅわ……っと!」


 さらにバックステップで回避した途端、目の前でゴブリン二人が激突する。

 そのタイミングで俺はアマユラを横薙ぎに一閃。

 血飛沫が舞うも、そんな簡単に急所を抉れる訳もなくたどたどしい足取りでゴブリンがこちらへ向かってくる。さらにその後ろからもオークが槍を構えて突進してくる。

 緑褐色の矮躯わいくを誇るゴブリンは腰巻きをし棍棒を振り回し、動作はすばしっこい。焦げ茶色の巨躯を誇るオークは鈍重な動きだがその一撃は重い。


「これは……、ムリッ!」


 情けない事に俺は三匹から背を向けて、脇目も振らずに走り出す。

 右の方で爆撃音が轟いているからルビンも懸命に闘っているんだろう。




 旅立ちから約一週間。

 俺たちは旅を続け、途中で寄った小さな町マニアルで下着や食料、その他の足りない備品を購入した。1万pも使ってしまったがこれは否めない。

 宿は俺とルビンで二人一部屋と言うと何故か女将の人が喜色満面になり「頑張ってねっ」と言いながら半額にしてくれた。町の人は旅人の応援をしてくれるだけでなく宿代も割引してくれた、とても優しい。


 そして今日、農夫の方におむすびをもらい道半ばで丸太に腰掛け食事を取っているとオークとゴブリンの群れに襲われたのである。

 もちろん、近くに農家があるので放置するわけにもいかずこうして戦っているわけなのだが――




「モンスターって、こんなに強いのかよっ」


 食べたばかりでの戦闘なので、胃におむすびがもたれる。

 振り向けば追いつかれそうで恐怖に駆られながらとにかくルビンの元へと走る。

 この数だからルビンもきっと苦戦しているはずだ。


 目の前の大きな岩を抜けると、その先にルビンの姿があった。

 周りにモンスターは見当たらず、ルビンは地べたに座り込んでいる。

 何をしているのかと思えば優雅にハーブティーを啜りながらおむすびの続きを食べていた。

 ちなみにハーブティーは竹筒ごと農夫さんにもらったものだ。


「あら? セアどうし――」

「ルビンっ、助けて!!」

「っんのバカッ!! 私、今食事中でしょぅ!」


 そう言いながらおむすびを頬張り片手を翳す。


ビョマーフヒルボマースキルV! ヒニハム・ホマフトミニマム・ブラスト!」


 口の中をもぐもぐさせながら起術すると背後で爆破音が轟く。

 咄嗟に背後を振り向くと三匹のモンスターが炎上しておりその場に頽れていく。

 絶命すると同時に炎は消え去り、焦げ跡が残る。


 すると、おむすびを飲み込みハーブティーで喉を潤したらしいルビンが喝破した。


「セア……! あのねぇ、食事してる時にモンスタートレインしてくるってどういう了見よ!」

「いや……、だってあのままだったら俺、やられて――」

「弱いっ!」

「そうだけどルビンが強すぎるんだ! ったく……。それにしても後のモンスターは?」

「ん? そんなの全員、あぶり殺しにしたわよ? あんたが一目散に駆け出して農家に向かうゴブリン倒しに行ったんでしょう?」

「いやまあ……、そうなんだけど」


 炙り殺しって……。

 純情可憐な乙女が使う言葉ではないということは俺にでも分かった。

 旅の中で分かったことだがルビンは基本的に治癒系以外の魔法やスキルは熟知しているらしい。こんな人外……、いや紋章だからそうなのだが。まあ、こんな強い人外者と一緒にいるので全くもって危険は少ない。

 しかし、困った時にルビンは「敵を倒すなら燃やすは爆破させるかが一番手っ取り早いし楽しい」という空恐ろしい定義があるらしく、ボマースキルや火魔法しか使わない。

 ちなみに、スキルというのは職士……、いわゆる刀剣士や魔法士に使える必殺技みたいなものだ。

 精神エネルギーと体内源素力マレナスで作り上げると言っていたが、俺はそもそも職士に就職していないので使う言葉では出来ないそうだ。


「ほんと……。ルビンお前、強すぎ」

「当たり前でしょっ。まああんたじゃ一生かかっても私には勝てないわねっ!」


 にししっ、とあどけない笑顔を向けながら上目遣いに自慢する。俺はルビンよりも頭一つほど背が高いため、必然的に俺がルビンを見下ろし、ルビンが俺を見上げるといった形になる。

 それにしても、本当にルビンは美人だ。長い睫毛に整った鼻梁、天真爛漫な瞳から発せられる魅力はオスを虜にして間違いないだろう。すっきりした頬に顎から首筋への艶やかなライン。

 艶のある長くかされた紅の髪は風に靡き陽気に踊る。ルビンはまるで、もう一つの太陽を見ているようだった。


「さてと、それじゃあ行きましょうか!」

「そうだな、ルザリア国も抜けてビラガ国に入ったからもうすぐだ!」


 そう言って、俺たち二人は意気揚々と歩き出した――




⌘  ⌘  ⌘  ⌘





「ここが、鋼鉄都市ビラガルドか!!」


 あれから約二週間。何平方キーレあるのかと言う広い土地を持ち鉄の壁で周囲を囲まれたビラガ国の鋼鉄都市ビラガルドにようやく辿り着いた。


ーーーー国。

 国というのは三つの都市で構成されており、更にその中の一つ。政令都市と呼ばれている所にその国に城を建て国王が住んでいる。

 三つの都市の人口を全て合わせて国民。各都市の人口をそれぞれ市民というーーーー



 このビラガルドは政令都市なのでおそらく国王と呼ばれる人もいるはずだ。

 遠目では凄い都市なのだと高揚としていたものの、いざ都市に近づき目の前にそび屹立きつりつする鉄の防壁を見上げその高揚感は地へ堕ちた。


 その何物をもはばむかのような圧倒的な威圧感と、モンスターの襲撃に備えるために建てられたのであろう鉄の防壁はビラガルドを囲むように立地しする。

 北南の門を除き何人たりとも立入れはしないと豪語ごうごする。

 見上げると天をも突きそう……、なほどではないがそれなりに高い防壁を見て一つ思う。

 とんでもない所に来てしまった、と。


 そして俺は今まさに木門の側に立っている厳つく怖そうな二人の門番を前に、入国許可を頂くべくルビンの隣で必死に思考を働かせ勇気を奮い立たせているのだった――





「セア、そろそろあの二人の目線が痛いんだけど準備はできてるの?」


 ルビンがじれったそうに俺の顔を覗き込む。

 それに答えるより前に、ふらりと揺れる赤髪に目を奪われる。


「あぁ、行ける。行ける、怖くない……」


 心の何処かで、絶対追い払われるだろうなー、とネガティヴな発想が矢継ぎ早に浮かんでくる。


 だけど……、こんな所で立ち止まるわけにはいかないんだっ!!

 などと、もう少しいい場面で使えそうなセリフを心の中で叫びながら歩き出し、おそるおそる話しかけた。


「あ、あの……。ビラガに入りたいんですけど、通してもらえますか?」


 恐る恐る、といったように聞く。


「旅人か?」

「はい! そうです!」


 妙に張り切ってしまう。

 かなり緊張していることが、門番にも手に取るように分かるだろうな……。

呆れたように頭を抑えるルビンが「もっとしっかりやりなさいよ!」と言いたそうに俺を見る。

「それならお前がやれよ!」と心の中で言い返す。

 その目線のやり取りでさらに不安が増し、これは無理かと思った時……。


「そうか、まあいい通れ」


……と、門番が言った。



「え……っ?!」


 あれ、そんなにあっさり?

 そう思いながら門を開ける門番を眺める。

 こんなにあっさり開けるなら門を閉める必要ないのではないだろうか。


 しかし、ルビンは俺の手を取りそそくさと門を通る。

 まるで気が変わる前にと言わんばかりだ。

 門をくぐろうとした時ちらりと門番の方を見る。


 門番の顔は微かに……、笑っていたような気がした。





 ビラガに入るとルビンは少し迷ってから真っ直ぐ進み出す。

 遅れないように歩幅を調整しつつ着いて行く。

 目の前の光景は思い描いていた華やかな街とはかけ離れていた。通りの両隣には二階建ての家々が連なり所々細い道に枝分かれしている。

 だがそこには人の気配はおろか生活の営みはない。

 窓は閉めきられ、路地裏を見ると膝を抱えてうずくまる人の姿があちこちで見かけられる。


 この街を一言でいうなら……、暗い。


 さしずめブラックタウンやゴーストタウンといったところか。

 しかし灰色の石畳に黄土色をの壁、茶色の屋根で築かれた家々を見ると暗いなどと口にするのも億劫だがその言葉が離れない。

 鈍重な空気の軋轢あつれきに苛まれ、一つ深呼吸を置く。


 家の中に人はいるのか、ちらほらとこちらを覗く者もいる。

 至る所に鉄製の家具や道具などが散乱しているので何か産業でもしていたのかもしれない。


 すると、腰に下げたアマユラが少しだけ熱を帯びたような気がして咄嗟に柄に手を取り抜き放つ。

 アマユラのしのぎについている黒紫色の宝玉がチカチカと点滅していた。

 それをマジマジと見ていると、ゆっくりとその点滅は消えていく。これは一体、と思いながら鞘の鯉口にアマユラを落とす。この刀も、まだ分からないことだらけだ。


 それにしても辺りは鉄ばかりだなあ、と思いながらルビンの言っていた事を思い出す――



――――鋼鉄都市ビラガルド。

 ここは鉱物の埋蔵量が世界有数で、近場の鉄鉱山からの大量の資源発掘に成功しており、隣都市の炭鉱都市レベルコと連動してかなり栄えていたそうだ。

 しかしレピア崩壊を機に他国への売買が停止、鉱夫は失業を繰り返し今では全員国に徴兵され、行き場をなくし余りに余った鉄を使ってこの国の王妃の紋章の超常能力……、特異能で鉄の防壁を一夜で造り上げたと言う――――


 そして歩くこと数分。家々の立ち並ぶ通りを抜け広い大きな円状の広場に出る。広さ的には俺のルークス集落の3分の1ほどの大きさだ。

 外側から内側に降るような階段の先、中央に円の台が置いてある。

 これもまた大きい。

 何の用途で使われているのか皆目見当も付かない。


 だけど、この街に入った時から感じる妙な違和感は何だろうか。


 すると突然、裏路地から群鴉ぐんあが飛び出し「うわっ!!」と情けない声を上げながら尻餅をつく。

 どこへともなく飛び去った群鴉を見、裏路地には絶対に行かないでおこうと心の片隅で誓いながら、ふと地面とは違うパサついた感触が手に伝わる。

 おそるおそる広場の地面を見てみると、そこかしこに飛び散ったような乾き干からび変色し果てた……。おそらく血であろうそれが夥(おびただ)しく地を染めていた。

 この場所で大量虐殺ホロコーストでも起こったのかと思わせるほどの黒き血は、地面と同化し今にもそこから死者が這い上ってきそうな錯覚さえ起こさせる。


 咄嗟とっさに一歩引きずさり、違和感の正体をおぼろげに把握する。


 そう、この街は死を連想させるような悲劇と惨劇の舞台を醸し出していたのだった。


 



⌘  ⌘  ⌘  ⌘



 

 その後、歩いていた老人に宿の場所を聞き、800pを支払って宿に泊まった。前に泊まった宿の3倍だった。

 部屋の鍵をもらい、食堂で食事を済ませた後、こうして質素な部屋の中に座り、ようやく思考を落ち着かせている。

 老人も宿の女将も料理人も、何か疑心暗鬼に囚われたような表情でまるで俺たちを避けるかのように淡々と会話は終わった。

 3人とも女性だったが、別の一人の小太りな男性が俺たちが食事しているのを見て慌てて宿を出て行ったのを覚えている。

 まだ、この都市に来てから二時間も経っていないだろうに、精神的にかなり疲れてしまった。


「それじゃあ、次は私が入るわね」


 そう言いながらルビンはドアを開け「後で話したいことがあるから寝ちゃダメよ!」と言い残し、二階通路の奥にあるという浴室へ向かった。

 ちなみにレディーファーストなどという言葉は無視し、俺が先に入った。母さんに教わったマナーを全て守るほど律儀な息子ではない。

 部屋は少し広めの八畳間。


 本当にシンプルな一室で、小さな机の上に橙色に淡く光るランプシェードと書物かきもの用の紙片、黒筆とインクが置いてある。

 こっそり紙片を何枚か頂戴しバッグに詰め込む。貰えるものはもらっておく。これも旅の基本だ。それに何だかんだで今、紙の値段は高い。紙を製造していたのもレピアが中心だったが崩壊の影響で活版印刷工場も潰れてしまったそうだ。

 そして、俺は畳まれていた布団を二人分敷いてから思いっきり布団へダイブ。


 もふっ、という感触が体を包み込む……。のを期待したのだが意外に簡素な布団で腹部を猛烈に殴打する、痛い。


 そのまま仰向けになりながらやはりさっきと同じようなことを考える。どうしてこんなにも街の雰囲気は暗いのだろうか。


「でもまぁ、考えてたって仕方ないよな」


 おもむろにアマユラを手に取る。初めて手にしたときの記憶が蘇ってきた。

 あれはいつの頃だっただろうか。


「覚えてないな」


 声に出す。

平凡でこれと言った特徴も無い日常。当たり前の光景、集落のみんな。

 回想にふけるだけで山ほど蘇ってくる。

 そしてアマユラの柄を手に取り、


「はぁぁっ!」


 雑念を振り切るように一閃。

……するが、抜けない。


「あれ?」


 ガチャガチャと鳴らしながら抜く。

 格好を付けようとしてこれである、一人ながらなかなかに恥ずかしい。

 モンスターとの戦いでは慎重に抜いたため抜刀出来たが、まだ慣れていないため居合ではそうはいかないようだ。

 しかしなるほど、刀の抜く角度が悪かったのか。

 それにしても重いそして長い、振るうのにかなり体力を使う。

 遠心力と同時にふるうと持っていかれそうだ。修行の時に使っていた剣とこの刀は全く違う。

 剣は両刃であるが、刀なら片刃だ。そうなるとかなり戦い方や揮い方も変わってくる。


「でもまあ、居合切りだけはこの刀で使えるようにしとかないと……、なッ!」


 そう思いながら何度か居合切りの練習をする。

 その度にアマユラは紫苑しおんの軌跡を残し空を切る音が鳴り響く。

 最初に居合切りをマスターしろ、というのはシザン師匠の教えだ。シザン・ハスケというのだがどうやら居合の達人だったらしくそこそこ名誉もあったらしい。

 人を切るなら一撃で仕留めるのが一番良いと言っていたし、いざという時の防衛や反撃にも使える。

 剣ならかなり上達したと自負しているが、刀となるとやはり勝手が違う。また、色々と手入れ用の道具も揃えないとな。

 紋章器とはいえ、普通の武器と一緒だろう。

 そう思いながら、俺はアマユラを部屋の中で揮い回した。


 だが、何度目かの紫苑の軌跡が部屋の中で霧散した時、唐突に痛覚が反応する。


「っ痛……」


……血だ。

 指を切ってしまった。

 やはり慣れていないとこうなる。


 しかし剣の修練では日常のように流していたその血も今見ると、おぞましく見える。

 脳内を、またあの青年の表情がかすめる。


「くそっ!」


 片手で床を叩く。脳内から振り払おうとしてもそれは付きまとう。

 人を殺す。

 そのことに関して、まだ割り切れていない。


「こんなんじゃダメだよなぁ」


 何に対して言ったのだろうか。


 人を殺すのに慣れた方がいいのか、慣れてしまってはいけないのか。

 それすら自分の答えを持てない。 

 ただ、あの光景を思い出すたび……。心のどこかで”慣れ”ていくたびに俺の中の道徳心が少しずつ頽廃たいはいしくような気がしてならない。

 すると、急にガクッと首が揺れ、意識が遠のき猛烈な睡魔に襲われる。

 さっきからなんとなく眠かった、きっと疲れがたまっているんだろう。

 アマユラを鞘に戻し自分の隣に置く。そして毛布を被る。

 ルビンには悪いけど寝かせてもらおう。

 もう限界だ、この街については明日話せばいい。





 そう思いながら俺は、深い眠りへとついた。

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