第二章:世界変革編

第8話:世界の夜明け



 旅立ち初日。俺たちは意気揚々旅立ち、大した苦もなく順調に道中を進んでいた。

 そして今、俺たちはカカの祠を旅立って初めての夜を迎えようとしていた。

 日が沈み、ここ辺りで野宿をするか、ということになりこうして広葉樹林の中で夕飯と就寝の準備をしている。


「え……、セア。料理出来ないの?」

「あ……、うん。どうにも苦手でさ。そういうルビンは?」

「出来るわけないでしょ」

「そっか。どうしよう」

「あんたもしかして、普通に夕飯が出てくると思ってたの?」

「え……、まあ」

「っなわけないでしょうが!!」


 うるさい。

 そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。旅なんて初めてなんだし。





 カカから貰った異次元巾着ポーチには旅の基本的な道具は全部入っていると言っていた。

 俺は鞄からポーチの中身が書かれたメモを見ながら食料を探す。


「あれ……、ない」

「当たり前じゃない。ポーチなんかに食料入れたら腐るわよ」

「嘘……」


「グキュゥゥルル」と腹の虫が鳴る。

 まさか旅立って1日目で食べ物に困る事になろうとは。食料器具は入っているもの肝心の食料が無ければ意味がない。


「取り敢えず野草なんかで凌ぐしかないわね。そこらを探して食べれそうなのを探すわ……」

「あ、見てみて。ルビン! 食べ物あったよ!」


 そう言って俺は手に取った乳白色のキノコを見せる。


「ブナハリタケ、水気も歯ごたえもあって美味しいやつだよ」

「はあ?」


 ルビンの疑問符を無視し、広葉樹の木々を分け入って進んでいく。

 よくよく見ると周りには食べる物はいっぱいある。そう思いながら手頃なアカンボを手に取る。

 料理が出来ないとは言え、サバイバルならする自信はある。

 それに火と鉄板があれば炒めるくらいなら出来る。

 昔、大火傷してからろくにやってないが、可能なはずだ。


 そうこうしながら見つけた野草やキノコを手に抱え戻った頃にはハラハラした面持ちのルビンが声をかけてくる。


「あんたそれ、毒はないんでしょうね?」

「それは大丈夫」


 それにしても紋章ルビンに毒は効くのだろうかと不意に疑問に思う。まあきっと人間の身体をしているから効くのだろうと勝手に結論づける。


「どうしてあんた、そんなこと知ってるのよ?」

「いや、よく集落のペダニスさんに薬草や植物の事を教えてもらってたんだ」


 ペダニスさんの家には植物の標本がたくさんあり、1年ほど飽きずに通っていた事がある。その為、野草やキノコ、植物についてはかなり広い見聞を持っていた。


「俺だって15年間、剣ばっか揮ってた訳じゃないんだぜ?」

「へー」


 あっさりとルビンは流す。

 集落のみんなは全員、何かしら特別な知識や本を持っていて15年の月日で雑多な知識は大抵手に入れていた。

 まあ、ほとんど趣味な所があるから世界のことなんていうのは全く知らない。だからこそ、ルビンの読み聞かせは面白かった。

……それにしても、ルビンは宝石の頃と人格が別人だ。でも、厳粛なオーラを放っていた宝石の頃より、我儘な天真爛漫な今の方が親しみやすい。


 それにしてもあまりルビンと目が合わない。

 まだルビンと距離があるようだ。そのうちゆっくりと詰めていこう。


「で、どうするのよこれ」

「えぇーっと、鉄板と火があれば食べれるようになるよ」

「なら、火は任せて」


 そう言ってから、俺たちは夕飯の支度に取り掛かった。


 鉄板を取り出し、取ってきた二つの石の上に乗せる。

 鉄板の上にキノコや野草を乗せる。


「それじゃあルビン。火を」

「えぇ」


 そう言うと、僅かにルビンの手が光る。


「世界に座する炎蛍の神よ。我に汝が膂力を貸し与え給え……。火魔法の造形ファイム・モール・スルト


するとポッ、とルビンの人差し指に炎が灯り、鉄板の下に敷いた草に点火する。


「それが……、魔法? すごい……」

「すごいでしょっ? でもこんなのまだまだ序の口なんだから! ちょっと見てて!」


 すると少しだけ暗かったルビンの表情は明るみ、爛々としたルビンは両手を広げる。


「世界に座する炎蛍の神よ。永劫なる時を経て今、我に汝が膂力を貸し与え給え! 火魔法の造炎ファイム・モール・スルト!」


 するとルビンの両手から巨大な火柱が上がり、天を貫かんとする。

 だが熱気はなく、暑さも感じない。


「すごいでしょ? これが上級魔法! 魔法って源素力を練って創り出す物だからある程度力を積めば調節できるようになるの」

「魔法って誰でも使えるの?」

「もちろんよ。まあ魔法書グリモアーレを読まないといけないんだけど、集落にはなかったの?」

「ん〜、見た事も聞いた事もない」

「それなら仕方ないわね。まあ街に行けばいっぱい置いてあるから気にしなくても使えるようになるわ」


 そう言って魔法を終わらせる。

 それと同時に光の粒子が舞う。


「これが……、源素力か。綺麗だな」

「でしょ? 魔法ってなかなか使えると楽しいのよ。あ、そういえばセア。この前の私の説明、覚えてるの?」

「も、もちろん覚えてるよ」


 ルビンの気迫に押されながら、つい先週教わった源素力を心の中で諳んじる。



ーーーー源素力マレナス

 それはこの世の万物創生の起源であり原点になる物質のことだ。

 この源素力には八百万やおよろずの神々が宿っていると言われており、天・人・魔界郷をの全ての物質は八百万種の源素力によって構成されている。それは木、動物、人、無生物などひとつひとつに宿っている、とされる超自然的な存在であり、肉体から解放された自由な霊でもあるのだ。

 さらに上位源素力と呼ばれる者から人間は造られており、人間の他に幻想種のユニコーンなどや精霊種の火の精霊サラマンダーなどの希少生物がそうだ。

 源素力はいくつか集まると白い光の粒のようにして人の目に触れる。そもそも源素力の存在は魔力や気力、霊力とも呼ばれているもののあまり知られておらず、時たま表れる光の粒を見た者はその一年幸せになれるだろうと言い伝えられていたーーーー



 よくよく考えてみると、集落で魔法を使っているのなんて見たことがない。

 でも……、と思考を切り替え炒め終え火を消す。


 今は、このありついた食事を楽しむのに専念しよう。

 そう思いながら、ブナハリタケを口へと含んでいった。






「ふぅ、意外とお腹も膨れるものね。それに……、人間の食事というものを初めてしたわ」

「本当は肉とか魚が食べたいけどな。言っとくけどルビン。人間の食事はもっと美味い物がいっぱいあるんだからな」


 そう言ってから思い出す。母さんの飯を。

 当たり前すぎて、直接伝えた事もなかったが。

 母さんの料理は……、美味しいかった。

 集落のことを思い出すと胸が締め付けられそうになるが、いつまでもそれを引きずって鬱屈としているのは性に合わない。

 集落を襲った人間たちに、報いを与えるまでこの気持ちは心の奥底へと封印しておくことにしていた。


 そんなことを思っていると「水魔法の造畜シュプラス・モール・エーギル」で小さな桶に入れた水を飲んでいたルビンが立ち上がり「ちょっとお花摘んでくるね」と言い残し去って行った。


 何でそんな言葉を知ってるんだよ……と、突っ込みたくなる気持ちを抑える。

 生々しい話、衛生的なことも考えなければいけない。

 お金はカカに二人合わせて10万pももらっているので、俺とルビンの下着と服を買い込もう。

 長旅ともなると毎日の衛生管理は大切だ。


「しっかりしてるなあ、俺」


 自画自賛に感心しながら、そういえばお風呂をどうしようか、と悩む。

 するとルビンが帰ってきた。


「なあルビン、お風呂どうする?」

「ん? お風呂?」


 どうやら芽の前で疑問符を浮かべたこの少女には人間の常識という知識はないらしい。

 俺は世界の常識を知らないし知識のギブ・アンド・テイクだな、と思いながら説明する。


「あのな、ルビン。人間は何日もお風呂に入っていないと垢と臭いが溜まるんだ。それをな綺麗に洗い流すわけだ」


 そう言いながらふと、ルビンは花摘み方法など知っていたのかと疑問に思うも、次の言葉で打ち砕かれる。


「あ、なんだ沐浴もくよくのこと? それくらい知ってるわよ。それにセア、言っとくけど私、借り物だけどちゃんと人間なんだからね? それくらいの常識はあるわよ?」

「え、そうなの?」


 前言撤回。

 どうやらテイク・アンド・テイクになるようだ。


 そう思っていると茂みの向こう側へ「地魔法の造形ズィーガ・モール・ユミール」と詠唱しながら浴槽を作り、水魔法シュプラスで水を入れ火魔法ファイムで熱する。

 その作業を終えるとルビンは「言っとくけど、見たら承知しないわよ!」と言い残し風呂へと向かう。

 これはきっと見たら焼き殺されるんだろうな。と思いながらルビンは女性の恥じらいも持っているのかと感心する。

 以前集落でレオンおじさんに「成人した人間の通過儀礼」とそそのかれ、半ば好奇心も含め集落一の若さを誇る女性、ベルツさんの風呂のぞきをした事があるのだが、生憎母さんにバレ、レオンおじさん共々怒鳴り散らされた。


 まあそこで”家族意外の女性の裸を見てはいけない”と知ったのだが、今思うとルビンより俺の方が人間の常識を知らないのかもしれない。

 そう思うと何が正しいのか分からなくなり詰問の連鎖に囚われそうになる。


 ふと物思いに耽る。

 このまま旅を続けてその先に何があるのか。

 そんなことを想像すれば、イメージは無限大に広がっていく。


 でも……、きっと楽しいんだろうな。


 そう思いながら永遠に輝き点滅する星たちを、ずっと眺めていた。



「俺たちの旅は、まだまだ始まったばかりなんだよな」


 その声はゆっくりと夜空へ吸われていった――





 その後、ルビン共々、寝袋を敷いて野宿に入った。ルビン曰く紋章石の状態で寝るのは息がつまるそうだ。

 モンスターに襲われる危険性もあるので結界魔法陣ルーンで辺りを囲み、楓の季節も終わりへ近づきいよいよ寒くなる季節なので火魔法で作った暖かい毛布を羽織っている。

 そして俺たちは、眠りへ落ちた――




⌘  ⌘  ⌘  ⌘

 

 



 ゆっくりと目を醒ます。朝日がルーン越しに差し込み目をくらます。立ち上がり欠伸を一つ置いてから靴を履く。隣ではルビンが爆睡している。

 俺は、朧気おぼろげな視界の中、フラつく足取りで歩き広葉樹林を抜ける。

 再び、朝日が俺の目を灼く。

 だがその輝きは言葉では言い表せないほど美しく輝いていた。


……これが、世界の夜明け。


 壮大な景色だった。野原はサンサンと太陽の光を受け、空は青く澄み渡り世界が煌めいて見えた。


 そして俺は解放感すら感じさせるその景色の中、思い切り伸びをする。

 いい天気だ。

 楓の季節なので少し肌寒いが、これくらいが丁度いいのかもしれない。

 ちなみにこの世界には四季というものがあって、一年の始めから、あけぼのほたるかえでみぞれと4ヶ月おきに季節が変わっている。

 そんなことを考えながら俺は覚醒した脳とともにルビンを寝起きにかかる。

 今日中にルザリア国を出たい。徒歩の旅はかなりの時間を有するので早く旅立つに越したことはない。

 それにこの度はそんなノンビリとした旅ではないのだ。集落のみんなが今どこで何をされているのか。

 一刻も早く、ビラガに行って真相を確かめないといけない。


 そしてルビンの横に立つ。

 朝日を受けるルビンの寝顔は美しく……、何というか、可愛かった。

 別にどうこうしたいわけではないが、何というか魅力的だ。


「ルビーン、朝だぞー」


 そう言って声をかけるも、起きない。

 名前を呼び体を揺らし、ルビンの寝袋を引き剥がす。ルビンはゴロゴロと転がるも……、起きない。


「ルビーン、朝だぞー!」


 だがルビンは起きる気配一つなくグッスリ眠っている。熟睡しているのであろう。心地好さそうに寝ている。

 夜中に一度目が醒めると隣でルビンがうなされていたので不安になっていたが良く眠れたようだ。……まあ、夢かもしれないが。


 しかし流石にずっと寝ていて貰っては困る。そっとしておいて上げるなどという寛容な心は持ち合わせていない。


「えいっ」


 パチンっ。


 平手打ちでルビンの頬を叩く。美少女の頬を叩くなど紳士にあるまじき行為だが、致し方あるまい。


 すると、ルビンは軽くホッとしながら「おはよう」と言おうとしたその時、突如一つの火球が駆け抜けた。

 それは顔の真横を通り過ぎ、軽く髪を焦がす。


「なっ……?!」


 言い終わる前にもう一度火球が駆ける。

 次々と火球が発射されるがどれ一つとして当たらない。

 まるで暴発しているように見えた。

 俺を襲った張本人、ルビンは右手を燻らせ半眼で何かを唱えながらフラついた足取りでこちらに歩いてくる。

 僅かながらも戦慄を感じルビンの歩調に合わせ後ろへ下がっていく。

 まるで何かと戦っているようだ。

 

「ちょ……っ、待て待て! ルビン、一体どうしたんだよ! 確かに頬を叩いたのは悪かったけどいきなり攻撃するなんて、危ないだろ!」


……返事はない。


 しかし目をそらすことができない。圧倒的な威圧感が身を震わす。

 ルビンに一体、何が起こったんだ……!?

 しかし、それを問う間も無く、再び手をかざし何かを唱える。ルビンの目は虚ろだった。


 そして、もう一度火球が飛び出さんとしたその瞬間、何かが切れたかのようにルビンは唐突にその場にパタリと倒れる。


「はぁ……?」


 すると、いくらかしてルビンは何事もなかったようにムクッと立ち上がる。


「あら……、おはよう。今日もいい天気ね」

「うん。いい天気だ……、ね……って、はぁ!?」

「どうかした?」


 もはや俺も言葉に詰まり、突っ込むことすら億劫になる。

 ふわり、とルビンの赤髪が舞い太陽の光が絶妙に合わさり、神秘的で幻想的な紅の光の造形を創りだす。


……じゃなくて。


「な、なあルビン。お前さっきまでのこと覚えてないのか?」      

「さっき? 何かあったかしら?」


 キョトンとするルビンを前に俺は唖然とするしかなかった。

……まさか、寝ボケてた、だけ、なのか……?


 嘘だろ……、都合良すぎるだろ……。


 それから、ルビンはこちらの気苦労もしらず、何事もなかったかのように、鼻歌を交じえながら身支度を整え始め再び旅立ちを迎える――






 それからというもの、この怪現象は毎朝起こることになり、最悪の目覚めを体感させられることとなった。

 何十回、何十通りもルビンの寝ぼけ暴走を喰らった俺は、目覚めなど来なくていいと心の底から叫ぶことになるのだった――




……めでたしめでたし。




 そういえば、こんな言葉を聞いたことがあるだろうか。




 ”明けない夜はない”

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