第7話:少年、世界へ



 思い切り背伸びをする。

 朝日が俺たちを照らす、絶好の旅立ち日和だ。


「じゃあ俺たちは行くよ、カカ。ルビン、行けるか?」

「ちょっと待って! まだ詰め込めるものがあるはず……!」

「ここのは一応全部俺の所有物なんだがな」

「悪いな、世話かけて」

「ったく……。いいんだよ、久々の来客で俺もなかなか楽しめた」


 ルビンはまだ洞穴の中でバタバタしている。朝から騒がしいやつだ。

 どうやら昨日入った隣の物置き洞穴がお気に召したようで、朝起きてからずっと物色を続けている。

 カカに渡された紫式を評る繊鎧パベルフェイムはインナーのようなもので、その上にカカが廃棄処分予定だった軽い軽金属の鎧を着る。

 パベルフェイムは細かい紫苑の繻子が編み込まれており上部に作られている。肌に慣れるには少し時間がかかりそうだ。


「そういやセア。お前、行き先は決まってんのか?」

「行き先は決まってないけど、まずはルークスを襲った人攫いを探すのを目的にするよ。もし……、見つけたら……、必ず取り戻す」

「人攫い……。なら、一つ心辺りがあるな」

「なっ……! 本当か?」

「あぁ、おそらく隣国ビラガの鋼鉄都市ビラガルドの部隊だろう。あの国は今、かなりイカれてやがるから、行くのはやめといたほうがいいぞ」

「い、イカれてるって?」

「そこは自分の目で見てこい」


 そしてカカは世界地図の中心に位置するメルシナ大陸へ指をやり、紙に沿わせ動かしながらビラガの場所を指差す。すぐ隣の国だ。


「準備出来たわよ!」


 そう言ってルビンがそそくさと洞穴から出てくる。

 普通は荷物いっぱいの鞄を背負う所なのだろうがそこは安心、カカに異次元巾着ポーチと呼ばれるアイテムをもらっている。



―――― 異次元巾着ポーチ

 この巾着は紋章具……、いわゆる魔法道具と言われるもので、袋の入り口に入るサイズであればいくらでも収納が可能な代物だ。

 入り口の広さは最大まで引き延ばせば六畳間一室分ほどにもなるらしい。

 入れる時は、その物をただ袋に入れるだけ。

 出す時は、取り出したい物を脳内で鮮明に思い描けば手中に転送される。

 しかしあまり物を入れすぎると、どれを入れたかが把握できなくなり、思い出せなければ永遠に別次元を彷徨うこととなる。

 大量生産が成されたのは崩壊前のレピアで、生粋の科学士達によって作られた。

 ”物質の異次元転送”

 そのテーマによって作られたこのポーチは今では冒険者の必須アイテムとなっている――――



 しかし脳内に記憶しておかないといけないので簡単な紙片の束と羽ペン、インクを持っていないといけない。入れた物の簡単な絵と名前を描き置いておくためだ。自慢ではないが絵の才能はある方だと自負している。

 そんなものを入れていると必然的に携帯用備品を入れるバッグが必要になってくるわけで、簡単な食べ物や薬草、お金はこの鞄に詰め込んで背負っている。


 ルビンは『どうしてカカはそんな服を持っているんだ』と思わせるような女の子らしいしっかりとした服を着込んでいて、紋章だったなど信じられないほどのまごう事なき人間の姿だ。

 紅を基調とした上着の下に藍色のインナーを着込み、腕衣は袖へ行くにつれその面積を増やしている。

 爛々と輝かせた赤い双眸が、旅立ちを讃えるかのように俺を見据える。


「そっか……。ほんとに行くんだな、ルビン? 過酷な旅になるぞ」

「覚悟は……、出来てるわ」


 ルビンの紅い瞳と俺の視線が交錯する。

 その瞳には強い意志が宿っているような気がした。


「そ……」

「まっ! 私強いしそんなに過酷じゃなくなりそうだけどね!」


……前言撤回。

 余裕そうな口ぶりにほとほと呆れながらどこか頼もしく感じる……、ということにしておく。


「それじゃあ、これからよろしくな! ルビン!」

「えぇ! こちらこそ!」


 そしてルビンは初めての笑顔を見せた。

 その笑顔は、燦々さんさんと輝く太陽の様に輝いていた。


「カカ様、色々ありがとね!」

「世話になったな、カカ。また近くに来た時は寄ってくよ」

「そん時はまた違う合い方になりそうだがな、気が向いたら歓迎してやるよ。後、セア。お前の話、楽しみにしてるぜ」

「あぁ!」


 カカはそう言いキザに笑う。





 目の前の広大な大地に目を向ける。

 眩しい太陽の光に少し目がくらむ。

 

 だけどこの壮大な世界を見ると、興奮が止まらない。これからの旅路の趨勢すうせいに思いを馳せる。


 そして、ルビンと目が合う。


 一迅の風が舞う。







「それじゃあ行こうか。この……、世界を見に!」













































――こうして、1人の少年と1人の少女が、世界へ旅立った。


 全ての紋章器を集め、起こりうる聖戦を止めるために。


 この広大な世界には、彼らの知らない人が、国が、種族が、出会いが、未知の世界が広がっている。


 2人は空を見上げていた。

 恐らくきっと、これから彼らの仲間となり同じ道を行く者たちも同じ空を見ていることだろう。


 繰り返される出会いと別れ、交差し交わる人間の非情、欲望、信念、理想。


 果てしなく長い旅、聖戦と言う名の終わりへ向かう世界の中で一体誰が生き残り、何を見、何を得、何を為すのか。


 神に与えられた力を糧に生きようと必死にもがく人間たち、そしてそれを見届け従い続ける幾億の紋章。


 この世界がこの物語ワールドサーガが、どのような結末を迎えることになるのだろうか。



 さぁ……。ここから、世界が紡がれる――



























「……っと、こんな感じの書き出しでいいかな?」





 ギィ……と、揺り椅子が揺れる。





「旅立ちかぁ〜、懐かしいなぁ〜。

 フフ……ッ」





 ペンを置き外を見る。












「早く……、会いたいなぁ」






















――メダリオンハーツ第一章;世界始動編、完。――

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