第4話:世界を変えろ
ここは……、どこだろう。
暗い……、ただひたすら暗い。
僕は何かに抱き抱(かか)えられていた。
だけどそれは冷たく僕を抱きしめる……。
「お父さん……? お母さ……」
グラ……と、僕を抱きかかえていた体がよろけて地面に倒れる。
それにつられてもう一体も重なるように倒れる。
お父さんとお母さんは激しく焼けただれ口と目を見開き僕の方を見ている。
熱い風が路地裏を通り抜け、二人の死骸が灰となり空へ飛んでいく。
いきなり、ものすごい吐き気が込み上げてくる。
気持ち悪さを乗り越え路地裏から通りを見る。
……赤い。
血の赤炎の赤煙の赤人の赤恐怖の赤絶望の赤……、死の赤。
……痛い。
身体中がヒリヒリする。
耳を
……そうか。
壊れてるんだ、今この世界が。
――何で、僕は生きてるのかな
時間が経つ。
どれほど……、と思う間もなく静かになった。
ザッ……と、足跡が聞こえた。
見知らぬ人が僕の目の前に立つ。
「こんなところにいたのか」
ゆっくりと、その人は笑う。
「本当に無傷とは流石……、だね」
距離が縮まる。
誰だろう……、この人。
……全てが白く包まれている。……まるで、天使のようだ。
「待ち侘びたよ、……の……よ」
「ぁにを……ぃ……」
声が出ない。唇が切れる。喉が裂ける。
「君は……のため……だ」
まだブツブツと何か言っている。
うまく聞き取れない、耳でさえまともに機能していないようだ。
するとこちらに目を向ける。
二人の目線が交差した。
鋭く白い瞳だ。
だけど……、どうしてかな?
その目は、凄く暗く見えた。
それから後ろの白い鎌を手に取る。
……綺麗。
その人はゆっくりと構えてもう一回笑った。
「僕の仕事もこれで最後、……の時を楽しみにしてるよ」
それから白い鎌を思い切り振り下ろした。
そして鎌は僕を貫い……。
「は……っ!!」
目を覚ます。
……何だ、ここは。
……俺は、死んだのか?
視界がぼやけ周りが把握できない、体は何かに固定されているのかピクリとも動かない。
「おいおい、あんま動くんじゃねーぞ」
ぶっきらぼうに定まらない視界の中で誰か……、おそらく男であろうその人は言い放つ。
「セア! 目が覚めたの??」
ルビンの泣きそうな声が聞こえる。
ルビンの、声……?
ということは俺はまだ、死んでいないのか。
熱さはないし、痛みもない。
何かが俺の背中に辺り、燃えるように熱かった記憶から先の記憶がまるでない。
「あぁ、まだよく見えないけど」
そうルビンに返しながら周りを見回す、少しずつ暗闇に慣れてきた。
ここはどうやらどこかの洞穴のようだ。
周りは岩盤に覆われていて、少し肌寒い。
そして、最初に声をかけた男は想像していたよりずっと幼く少しあどけなさの残る少年の姿でそこに座っていた。
俺よりも幼いのではと思わせるほどの顔立ちで、無邪気な桜色の瞳を俺に向ける。
口元はいじらしく、常に悪行を考えているかのように釣りあがっている。
電流が流れているかのように根本から逆立った黄色い髪は、荒く煩雑な性格を感じさせる。
双眸に宿る瞳は見つめられると萎縮せずにはいられないというような威光を放つ。
少年……。その言葉に何かが弾けたような感覚にとらわれる。
そうだ、間違いない。この人が母さんが言っていた少年だ。なら、何が目的なのだろう。とにかく今は成り行きを見守るしかない。
そしてルビンも相変わらず宝石のまま……、で……、あれ?
慌てて目をこすり、もう一度目の前の”それ”を凝視する。そこにいたのは、宝石などではなく紛れも無い少女だった。
10代前半ほどだろうか。絹糸のような紅色の長髪を肩の下まで垂らし、同じ赤のクリっとした瞳は心配そうにじっと俺を見ている。
一目見ただけで美人だと思わせるほどの美貌の少し幼さを残した端正な顔立ちに、思わず目を惹かれる。
容姿端麗、純情可憐とはまさにこのことだろう。鼓膜を優しく撫でる甘い声音に少しだけ胸が跳ね上がる。
ただの宝石だと思っていたのに、こんな美少女と話していたなんて。
ルビンと話してきたことを思い出すと
そして、困惑したまま恐る恐るという風に、問いかける。
「その……。ルビン、なのか?」
「これはまぁえーっとね。まあその……、紋章だけど人間にもなれるっていうか」
「ルビン、その話は後だ。セア、このことについては全部俺が説明する。」
「何で俺の名前を?」
「ルビンに聞いたんだよ。かなり焦った様子でお前を運んできてな、今は見ての通り治療中だ」
よく見ると淡く光る薄緑のツタが体中に巻きついている。
そこから何か不思議な力が流れ込み傷が癒されていくのを感じる。
洞穴の至る所に、淡い緑色の光の粒が浮遊していて、夕焼けの光が洞窟に入り込み仄かに反射し照らす。
洞穴全体がどこか神秘的な空気に包まれる。
「ヒールスキルXVⅢ、トワイライト・ナチュル・ネピア。取り敢えず一時間ほど前の状態まで修復中だ。ああ、心配すんな着ぐるみも元どおりだ。まっ、今は半分まっ
いや……。このツタ、繊細どころか頑丈すぎてびくともしないんだけど。
「あなたは、一体……?」
するとその少年は手で頭を掻きながら少し面倒くさそうに言う。
「俺の名前はカカ・マカルカ。お前のことはミレノアから聞いてて何かあったらよろしくって言われてんだ」
どこか貫禄と威厳ある大人びた口調で淡々といい切る。渋面な表情からは真意は伺えない。
その声は、狭い洞穴にどこか重く響く。よくよく眼を凝らして見ると洞穴の奥に何かの文字が刻まれた不思議な石碑がある。
「母さんと会ったことあるのか?」
「まあ、昔にちょっとな」
曖昧な回答だったが、追求しても答えてくれそうにないのでその言葉はゴクリと飲み込む。
しかし先ほどからずっと、俺が燃えた後の事を思い出そうとするが脳が拒絶反応を示す。
「なあ、ルビン。あの炎は一体何だったんだ?」
「それが分からないの。もしかしたら私の攻撃に耐え切った上級の魔法士が放ったのかもしれないし」
不安そうな口ぶりでルビンは呟くように言う。今はまだ、分からないことばかりだ。
それならと、先ほど見ていた夢を思い出そうとするも、こちらは思い出そうとするだけ頭の中が暗くなるだけだった。
その時。ふっ、と何かが解かれた感覚とともに、体に絡まっていたツタが解ける。
「やっと治療完了か」
カカに言われてみれば、さっきまであった傷は全て消え、体も少し軽くなっているような気がした。ツタが光の粒子になって消え去り俺はその場に座り込む形になる。
すると、俺の目の前で
「なあ、セア。俺も気が乗らねーがいくつか聞かせてくれ。まず……、お前は紋章の存在を知っているか?」
「あ、あぁ……。知ってるよ」
――――紋章。
それは人間が生まれた時、母から命をもらうと同時に世界から授かるものだ。
生命体の具現であり人生の象徴でもある紋章は十人十色、多種多様で幾億という果てしない数が存在する。
そして紋章はその人の人生に何かしら干渉してくる。
しかし、この紋章という概念を信じている人はあまりいない。
なぜならまだ解き明かされていない謎が多く未知だからだ。
一般的にそれは魂と言われている。
そして紋章にはそれぞれ一つずつ超常能力である特異紋章能力……、”特異能”と呼ばれる力が備わっている
――――
俺も自分に何の紋章が宿っているかは分からない。
どんな力が発揮されるかは紋章を認識、または使いこなさないと使うことはできない。
そこに辿り着くまでの道のりも人それぞれ、ある日突然認識するものもあれば地道な鍛錬によって認識できるものもある。
するとカカは俺を値踏みするような眼で眺め、「やっぱり……、か」と、何かを悟ったのか嘆息しながら髪をかく。
「自分の紋章は自分で見つけなきゃ本来の力が発揮されねぇから、お前の紋章が何かってのは言えないが……」
カカは急に面倒くさそうにしていたその表情を真剣なものへと変える。
「セア。もしも、お前が自分の紋章を使いこなせるようになったら……」
一つ間を置き、カカは俺が予想だにもしなかった言葉を口にした。
「お前が、この世界を変えろ」
その声音にはどこか、憂いと哀しみの色が滲んでいたような気がした。
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