第5話 心 震えて

壇上に置かれた巨大なジェンガに観客はどよめきに包まれている。

常識外のサイズに驚いているが、そもそも壇上の女性陣になぜジェンガをやらせるのか理解できないでいることの方が大きいらしく、そこかしこで疑問の声が囁かれていた。


「なぜジェンガ?」

「大角、お前はまだまだ青いな。」

浩三の言葉にうんうんと他の二人も頷いているが、30超えた大人を青いって、あんたらどんだけ年上なんだよ。

特に千春なんかは俺より年下だろうが。

一部の例外を除いて妖怪の年齢は見た目と変わらないはずだけど。


反論しようとするが、千春が掌を向けて発言を遮る。

「言葉は無粋。曇りなき眼で見通せ。」

まるで高僧のような口調で言いくるめられ、何も言えず黙って従う。

他の3人はニヤけ顔のまま壇上を凝視している。

こいつら本当にブレないな。


ジェンガに臨もうと周りに3人が集まると、高さがあるので脚立が複数用意された。

「今回はオーソドックスルールです!抜いた棒を一番上に積み上げていく方式で、崩れた場合の判定は最後に触った人になります!」

サイズがデカイだけでルール自体は普通のジェンガで進めるようだ。


最初は圭奈からだ。

ジェンガの周りをグルグル回り、抜けるところを探す。

下から2段目にいい所があったようで、屈んで真ん中の棒を引っ張っていく。

その瞬間、会場中の男性から感嘆のため息が漏れた。

抜いた棒を持った圭奈は会場で上がった声を称賛と捉え、棒を一度高く掲げて脚立を登っていき頂上に置く。


次はハナの番だ。

ハナは圭奈の抜いた穴から一つ挟んで上の真ん中の棒を抜く。

こちらはちょうど中腰になって抜いていくと、またも会場の男性から感嘆の声が上がる。

先程の圭奈と同様に、一番上に載せていく。


佳乃の番になると、やはり彼女は気付いているようで、会場からは見えないようにジェンガの裏に回り、真ん中あたりを抜いていく。

その様子に、今度は落胆の声が会場に響く。

そして佳乃は脚立を登り、抜いた棒を一番上に乗せる。


俺はなぜ彼女たちにジェンガをやらせるのかの真の意味を早々に悟り、戦慄を覚えた。

実はジェンガの棒を抜く時に、前かがみになると会場側にお尻が付き出されて強調される光景に男性陣が喜んで感嘆の声を上げていただけなのだ。

決してジェンガの手際を褒めていたわけではない。

ただ只管にエロい目線で見ていたに過ぎない。


審査員席で見ている浩三の鼻息を荒くしている姿は、何か危ない薬でもやってるんじゃないかってくらいにヤバい。

千春も脚フェチだけあり、尻と一緒に脚も強調されるため、涎を垂らしながら見ている様は人に見せるのも憚られるだろう。

対照的に、胸フェチの弾は比較的落ち着いていて、このことからジェンガを審査に導入したのは浩三と千春の2人のごり押しによるということだ。


ジェンガもどんどん進んでいくうちに、途中から男達の歓声の意味にようやく気づいたらしく、圭奈とハナも体を隠すようにやり始めたため、男たちのため息は止むことがなかった。

俺もいつの間にか引き込まれていたようで、一緒になって溜息をこぼしていたけど。


結局ジェンガは集中力に欠けるハナに不利だったようで、ハナが上に乗せる段階で崩れてしまった。

ハナは悔しそうにしていたが、大丈夫だろう。

なにせこの審査はジェンガをやっている姿で審査するのであって、崩したかどうかは関係ないのだ。


「残念ながらジェンガは2番のハナさんで崩れてしまいました。ですが、我々の予想を超えてジェンガを積み上げた参加者に敬意を表して、みなさん大きな拍手を!」

洋平の言葉をきっかけに、会場からは健闘を称えて惜しみない拍手が送られた。

圭奈はすました顔をしていたが、口元に笑いが浮かび、喜んでいるのが隠せないでいる。

ハナは最初こそ悔しがっていたが、拍手で称えられると全身を使って喜んでいた。

佳乃は落ち着きはらっており、微笑みながら会場に軽く手を振っている。


拍手が鳴りやむころには舞台上は片付けられ、次の審査の準備がされていた。

「続いての審査はー…懸垂だーっ!」

用意されたのは3台の鉄棒だった。

もうこれは誰の発案かは言われなくてもわかるわ。

発案者であろう弾を見ると、やはりすでに興奮した様子で舞台を見ている。

手元にはいつ用意したのか、双眼鏡が置かれていた。


今回の懸垂勝負の目的は明らかだが、それでもやめるつもりはないらしく、3人がそれぞれ鉄棒につかまって待機する。

圭奈とハナはともかく、佳乃は体力系が得意なイメージがないので少し心配だ。

スタンバイしてから圭奈とハナは目で火花を散らしている様子から、どうやら今回の勝負は2人の争いが目玉になりそうだ。


「準備はいいですか?…それでは足場を外して下さい。」

洋平の言葉で鉄棒の下に置かれていた台座が撤去されていき、3人が鉄棒にぶら下がった状態となった。

司会のカウントに合わせて懸垂をしていき、落ちたものから失格になっていく方式になっている。


「はい、ではカウントしていきます。いーーちぃ…。」

一斉に懸垂を始める姿に会場に男性達の興奮のこもった歓声が響き渡る。

懸垂するたびに3人の胸が上下に揺れるのに加え、胸が大きい圭奈は上昇する度に掴っている鉄棒部分に胸が当たり拉げている姿が男達を喜ばせていた。

圭奈はそれに気づいているのだが、そんなことよりもハナとの勝負の方が大事なようで、顔を赤くしながら懸垂を続けている。


司会のカウントも大分進み、佳乃は40回ほどで力尽きて失格となった。

意外といった方だとは思うのだが、残りの2人の前ではどうも霞んでしまう。

「697ぁーっ!すごいぞ、もうすぐ700の大台にのりそうだー!698ぃー!」

圭奈とハナの2人のカウントは佳乃が失格してからハイペースで重ねられていき、200を超えた時点で会場中の関心はこの2人がどこまでいけるのかを見守ることに移っていた。

2人も体力的には余裕はないようだが、お互いへの対抗心だけで動いている。

時折漏れる苦しそうな息が限界へと近付いているのを思わせた。


そんな中でも審査員席の3人は当然ブレることもなく、弾は双眼鏡が壊れるんじゃないかと思うぐらいに握りしめて覗いている。

「くぅー、いいぞっ圭奈ちゃん!もっと激しく揺ら…ん”ん”、動くんだ!」

「おい弾、危ねーぞ。」

興奮しすぎて身を乗り出している弾を抑えているのが今回は落ち着いている浩三で、千春は弾ほどではないが、それでこちらが引くぐらい興奮してみている。

「ハァハァ、ハナちゃんかわいいわ、ハナちゃん。」

苦しげに息を吐くハナの姿のどこに興奮する要素があるのか理解に苦しむ。


「圭奈ぁ…、てめぇとっととギブれよ…ググッ。」

「あんたこそぉ…ハァっぐ…。」

最早精神力だけで懸垂をしている2人だが、お互い相手が止めない限り自分も止めないチキンレースの様相を呈している。

「700っ!!遂にここまできたー!こいつらは一体、どこまでいくのか!701ぃー!」

既に腕は疲労の限界で震え、吐き出される息はこちらに音が聞こえるほどに大きくなっている。

いよいよ限界だろうと思っても、そこからさらにもう一回と積み重ねてくる。


息を呑む緊張の中で唐突に終わりは訪れる。

ハナの掴っていた鉄棒の支柱の根元が突然外れてしまい、今正に上昇しようとしたところだったハナはその衝撃で後ろに倒れこんでしまった。

突然のことに会場の誰もが呆気にとられたが、いち早く立ち直った司会が決着を宣言する。


「えー、最後まで懸垂をしていたのは1番の久喜圭奈さんでしたー!」

その発表に誰一人として納得している者はいなかったが、正直な所早く決着がついてほしいという気持ちも少なからずあったので、この宣言は拍手と共に受け入れられた。

だが、ただ一人このままでは収まらないのが一人いる。

「ちょっと待て洋平!あたしは負けてねぇ!勝手に鉄棒が外れたんだ!」

「おお落ち着けって!仕方ないだろ、次の審査の時間もあるんだから、丁度よかったんだって。」

食ってかかるハナに一歩下がってしまう洋平だが、入れ替わるように一歩前に出てきた圭奈によって一層怒りが燃え上がる。


「見苦しいわね。負け犬は負け犬らしく勝者に服従してなさい。はいお手。」

見下した物言いだが、さっきの懸垂の疲労が酷すぎて腕をプルプルさせているせいでいまいち格好がついていない。

「あたしを犬扱いすんなって何度言えば―!」

お手を強要するために付き出された手を弾いたが、ハナも圭奈も懸垂で腕がバカになっているところに手をぶつけ合った為、その衝撃で声も出ずにその場で蹲ってしまった。

見ている側もそうなった原因が容易に推測できたため、周囲は呆れた空気で満たされている。


一時、圭奈とハナの腕の回復を待つために休憩時間がとられたが、短時間では回復しきれず、また懸垂の方に時間が多く取られてしまった為、残りの審査は全て取りやめて早々に結果発表とすることに決まった。


「ちょっと待て!まだ色々と用意してたんだぞ!半分もやってねーじゃねーか!」

「だから、懸垂勝負で時間かかりすぎたんだって。」

洋平に食って掛かっているのは浩三だが、その姿はむしろ縋りついているようにも感じる。

洋平の方もこんなくだらないことで父親に縋りつかれても嫌なのだろう。

説明する口調もどこか疲れているようだ。


怒りの矛先は懸垂を審査に推薦してきた弾に向く。

「なんで懸垂なんかやらせんだよ!あの2人の勝負になるのが想像できただろうが!頭まで脂回ってんのか!?」

「何ぬかしやがる!おめぇだって懸垂やってる佳乃ちゃんに鼻の下伸ばしてたくせに!あと脂は頭に悪くねぇ!」

ギャーギャー言い合う浩三と弾だが、お互いを責める材料が徐々にミスコンから離れてきている。

一方の千春はというと、放心した様になっているのが痛々しく見えた。

「審査が……私の、ローション相撲が……。」

やっぱり同情はしない。

漏れ聞こえた不穏な言葉にここで審査が終わることを安心できた。


商店街の放送を使って、投票の呼びかけを行う。

本当は審査員だけで優勝者を決める予定だったが、あまりにも審査競技が少なかったため、判断基準を外部にも求めようと来場者に急きょ投票を呼び掛けたのだ。

それでも一応審査員としての体裁を保つために、審査員一人が持つのは20票とすることにした。

集計にかかる時間もあるため、発表は夕方頃となった。


「大角、次あれ。」

出店の一角にある綿あめ屋を顎で指して所望するハナ。

「お前はまず今食ってるイカ焼きを処理しろ。」

もぐもぐとハナの口の中に消えていくイカ焼きの串をつまんで引き抜く。

「ちょっと大角、たこ焼きが熱すぎるわよ。」

そう言って俺の手に持っているたこ焼きに息を吹きかけている圭奈。

「今買ったばかりだからな。こっちの焼きもろこしから食え。」

圭奈の口元に焼きもろこしを持っていくと、一気に齧り付いてくる。

一見すると両手に花だが、実際は俺が2人を介護しているだけだ。

なにせ今こいつらは腕が使えないからな。


結果発表まで時間があるので出店を見て回ろうかと思っていたら、佳乃に呼び止められて2人を押し付けられた。

あの後、腕がまともに動かせない2人は大人しく休ませようとしたが、出店を見たいと駄々をこねるので、誰かに付き添わせよう、じゃあ俺にということになった。

俺にパスするまでがスムーズ過ぎるだろ。

それなら同性として佳乃が相応しいだろうと言ったが、それは無理らしい。

「私はちょっとお話をしなきゃならない人が…ね。ふふふ…」

その一言だけで怖くなってしまい、もう何も言えなくなった。

とりあえず、浩三の無事を祈ろう。


そんなわけで、こいつらはあれが欲しい、これがいいとあっちゃこっちゃに俺を行かせようとする。

「お前ら、ちょっとは落ち着け。焦らなくても屋台は逃げねぇよ…ゴフッ」

腕が使えないならと2人は体当たりを使って目当ての屋台の方へと押していこうとするが、2人が同時にやるもんだから間にいる俺は押しつぶされる形になる。

「…おい、圭奈。あたしは綿あめが食いたいんだよ。」

「だからなに?私は座って休みたいんだけど。」

ハナは綿あめ屋の方へ、圭奈は座って休めるベンチエリアへと俺を押していこうとする。

見事に正反対の方向へと2人が目的地を持っているため、俺を間に置いて睨み合いとなっているわけだ。


そんな具合に道の真ん中で火花を散らしていると、当然ミスコンを見た人達は2人のことを知っているため、遠巻きに囲まれ出して写真を撮られ始めた。

やばい、めっちゃ目立ってる。

こいつらはそれに気付かず、牙を剥かんばかりに威嚇し合っている。


全く、面倒なことを引き受けてしまったものだ。





結局通りに人だかりができてしまい、騒ぎになるのを恐れた運営委員が俺達を誘導してこの場を脱出させてくれた。

人があまりいない休憩スペースで2人には大人しくしてもらう。

目立つ2人が動き回るのは良くないので必然的に俺が使いパシりにされ、ミスコンの結果発表までの間、色んな屋台を一人で走り回らされた。


ミスコン会場に再び人が集まり始め、いよいよ結果発表まで残り僅かとなった。

壇上には審査対象の女性たちが並び、緊張した様子もなく佇んでいた。

圭奈とハナの2人の腕には大量の湿布が貼られており、見る者に痛々しさが伝わってくるようだ。

特にハナは匂いに敏感なせいで、湿布臭さに顔がしかめられていた。

佳乃はいつも通りと変わらない様子で、微笑を浮かべて結果を待っている。

そして、壇上にはなぜか失格になったはずの紅葉が普段着姿で立っており、本人もなぜここに立たされているかわからないようで、疑問の顔色を浮かべていた。


「なぜ紅葉さんがあそこに?」

なんとなく事情を知ってそうな千春に聞いてみる。

「私もわかんないわよ。紅葉さん、失格になったはずだけど…?」

千春も知らないようで、首を傾げている。

「まさか…いや、それなら…。」

「なんだ?浩三、心当たりがあるのかよ。」

何かに気付いたような浩三の様子に、弾が追及をしてみる。

浩三が口を開こうとした時、スピーカーから流れてきた司会の言葉に中断され、壇上に注目が集まった。


「皆様、長らくお待たせ致しました。これより、結果発表と参ります。栄えある初代ミス妖し乃商店街はー……。」

司会の言葉で会場中にドラムロールが鳴り響き、緊張に会場中が一体となった。

長いドラムロールの音がピタリと止む。

「エントリーナンバー4番!井立紅葉さんです!!どうぞこちらの方へ!」

ワァっと観客の歓声が鳴り響く中、佳乃に促されて前に出てきた紅葉にマントとティアラが着けられ、トロフィーが手渡された。

困惑の表情を浮かべながらも、笑顔で歓声に手を振る紅葉。


「やっぱり、か…。」

「おい浩三、お前こうなるって分かってたのか?」

弾の言葉に応えず、目を閉じて上を向いている浩三だったが、千春の口からその答えが飛び出してきた。

「あ、そっか。観客の投票ね?」


なるほど、それなら俺にも分かった。

俺達審査員の持つ票は一人20票だが、弾は圭奈に浩三は佳乃にと票は動くが、残りの俺と千春は投票する相手は決まっていない。

聞いてみると千春はハナに投票している。

俺は圭奈に入れた。

これで圭奈は一歩リードしてる。

ところが、ここに観客の票が加わると一気に場は荒れてくる。


最初に舞台上で紹介された時、紅葉の恥じらっているように見えた仕草が男性からの人気を集めたのだろう。

本来ならファイナリストだけの投票となるのだが、投票対象を定めなかったのがよくなかったようだ。

投票用紙にただ名前を書くという形式だったため、失格になった紅葉にも票が入ってしまった。


壇上では投票数の発表に移っており、俺の想像した通り、観客の票の多くが紅葉に入れられていた。

勝負事にはマジになる圭奈とハナがこの結果に爆発するんじゃないかと思ったが、意外と冷静に進行を見守っていた。

まあ、圭奈は弾との取引で出場しただけで優勝には興味は無いし、ハナは圭奈にハメられた形での参加だったため、圭奈に負けさえしなければいいのだろう。

佳乃もまた、浩三に無理やり参加をさせられたようなものなので、こちらも優勝には興味ないのだろう。


「こんな賞を頂くのは初めてのことなので、正直に言えば困惑しています。圭奈ちゃんもハナちゃんもすごく可愛い子たちだし、佳乃さんは本当に美人なので、私には勿体ない栄誉だと思ってます。」

紅葉に勝利者インタビューが行われ、マイクが向けられている。

優勝者の謙虚な発言に会場の雰囲気も和やかなものだ。

「選んでくださった皆さんの期待に応えるために、頑張っていきたいと思います。応援ありがとうございました。」

言い切って礼をする紅葉に割れんばかりの拍手が送られ、第一回ミス妖し乃商店街コンテストは幕を下ろした。

「あと、商店街西口すぐにあります豆腐屋『豆腐小僧』をよろしくお願いします。」

紅葉のちゃっかりした宣伝に会場は笑いに包まれてオチがついた。




祭りが終わり、片付けも済んだ後は商店街の住民が総出で居酒屋へと集まってきた。

恒例の打ち上げ会では優勝した紅葉に人が集まり、口々に祝福の言葉を掛けていく。

俺も先ほどお祝いの言葉を送り、今はちびちびと酒を飲む姿勢へと移行している。

「いやー今日は酒が旨いわねー!ほれ、早く注ぎなさい。」

少し離れた席では千春が豪快に声を上げており、浩三が酒瓶を持って千春に酒を注いでいる。

座っている千春の後ろには弾がおり、千春の肩を揉んでいた。

今回のミスコンで紅葉の優勝により、推薦者の千春が率いる脚派はその地位を大きく引き上げ、その影響で弾と浩三が千春の配下扱いとなってしまっていた。


「おい千春、あんまり弾さんと浩三さんをいじめんなよ?」

一応俺から釘を刺して置くが、こちらを見た時の千春の据わった眼で腰が引けた。

「大角ぅ、あんた何ぬるいこと言ってんのよ。私は勝者、こいつらは敗者、ならこうなるのも仕方ないわよねぇ?ほら、あんたらは語尾に『すいません』を付けなさいよ。」

酔いが回っているのか殆ど暴君の理論を振り回す千春に、流石に一言いいたくなったようで、弾と浩三が呻き声に近い言葉を吐き出す。

「千春、てめぇ覚えてろよ。すいません。」

「これで終わりじゃねぇ。俺がいる限り第二第三の胸派が生まれてくるぞ。すいません。」

リベンジを誓っているような口調だが、しっかり千春の言葉を守って吐く言葉は少し情けない。


その場に留まるのが精神衛生上よくないので、席を移ることにした。

高笑いと怨嗟の声が入り混じる場所を後にして向かったのは、向かいのテーブルにいる圭奈の所だった。

一人ちびちび飲んでいる圭奈が寂しそうとかの理由ではなく、単に他の場所が騒がしからだ。

「よう、ここいいか?」

チラっと俺を確認して頷くだけの了承をもらう。

さすが吸血鬼としての回復力か、既に普通に動かせるまで腕の力は回復しているようだった。


「ミスコン、残念だったな。」

席に着きながらとりあえずの話題にミスコンのことを上げる。

「別に残念でもないわよ。貰える物は貰ったし、優勝は興味なかったから。それに紅葉さんが優勝したのも納得できたしね。」

圭奈の表情を見ると確かに言っているのは本心なのだろう。

しばし、言葉を発することも無く酒を飲むだけの時間が続く。

周りではそこそこ騒いでいる音がするのだが、今は不思議と静かな空間にいるような気持ちになる。

圭奈は大分飲んでいるのか目が少し虚ろになってきている。

こいつは酒を飲んでも顔色は変わらないが、目つきでその酔いの深さがわかりやすい。


「大角は―」

不意に圭奈の口から俺の名が出されてその顔を見るが、特に目が合うとも無いので何となくの会話だろうと思い、続きを待つ。

「大角は誰に投票したの?」

そういうのを気にする奴じゃないと思っていただけに少し驚いた。

「…また急だな。まあ隠すことでもないしいいけど。お前だよ、圭奈。」

正直投票する相手は誰でもよかったんだが、弾との取引があったとはいえ自発的に参加した圭奈を応援したい気持ちも確かにあった。


「……ふーん。」

ふーんて。

素っ気ない返事に何か言おうかと思って圭奈の顔を見ると、顔を耳まで真っ赤にしていた。


「え、何?お前照れてんの?顔真っ赤だぞ。」

言った瞬間に俺の顔めがけて猪口がものすごい勢いで飛んできた。

ギリギリで首を振って避けたが、後ろで飲んでいた千春に直撃したようで、呻き声と歓声が聞こえてきた。


「おま、危ねーだろ!」

「うるさい!顔が赤いのはちょっと酔っただけよ。悪いけど先に帰らせてもらうわ。」

いや、お前酔っても顔色変わらんだろ。

足早に席を立ち店を出ていく圭奈を見送るしかできなかったが、俺は急いで店を出て、フラつきながら歩く圭奈の背中に声をかける。


「おい、大丈夫かよ?送ってこうか?」

「結構よ、一人で帰れるから。」

そうは言うが足取りが怪しく、そのまま放っておく気にはなれない。

圭奈の前に回り込んで背中を向けて腰を落とし、おんぶ待機をする。

「ほら、乗れ。」

「はあ?別にそこまで酔ってないったら「いいからよ、ほれ。」……もぅっ。」

このままではらちが明かないと思ったのか、圭奈が俺の背中に体を預けてくる。

しっかりと脚を抱えて固定してそのまま歩き出す。

背中の感触に意識が集中するが、それを態度に出さないように努めて冷静を保つ。


街灯が所々にしかない暗い道をゆっくりと進む。

特に何も話すこともせず、穏やかな雰囲気で歩いていくとすぐに圭奈の自宅兼診療所の前に着いた。

さすがに家の中まで入ることはせず、建物の横へ進み、勝手口の所へと連れて行って降ろした。

「ここまででいいよな?んじゃ俺は帰るけど、酔った状態で風呂に入るなよ?あと水もいっぱい飲んどけ。それから―」

考えつくだけの酔った時の注意事項を告げていくが、圭奈の呆れ声で中断された。

「私は医者よ。心配しなくても大丈夫。酔った時の対処法ぐらい忘れてないわよ。送ってくれてありがとう。一人でも帰れたけど一応礼を言っておくわ。それじゃおやすみなさい。」


大丈夫そうなので手を振ってその場を立ち去る。

「大角!」

後ろから大き目な声で呼び止められて振り返ると、圭奈が通りまで見送りに出てきていた。

「もう大分遅いんだから、あなたも気をつけて帰りなさい。あと!……投票してくれて嬉しかった…」

最後に恥ずかしくなったのか下を向いてしまったが、感謝の言葉はしっかりと届いたので、そのまま片手を上げて去ることにする。


再び明かりのまばらな道を家路へと辿る。

なんだかんだで今日の祭り騒ぎは楽しかった。

こういう騒ぎなら俺も歓迎なんだがな。


ほどよい疲れと軽い酔いのおかげで今日は気持ちよく眠れそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る