第4話 集う者たち

妖し乃商店街集会所という場所がある。

商店街の中心にポツリと立つ雑居ビルの最上階にあるそれは、町の住民であれば申請すればいつでも利用でき、住民以外でも利用料を払えば気軽に使うことができる。


そこで今、妖怪達が喧々囂々の話し合いをしていた。

皆一様に熱のこもった眼で議論を交わし、ともすれば殴り合いに発展することも危惧してしまうほど、この場は熱気で包まれている。


正面にあるホワイトボードには議題が書かれており、今ここで出される結論によっては、妖し乃商店街の勢力が大きく塗り替えられることになるだろう。


ダン!と机に拳を叩き付ける音が響く。

「男なら胸が好きって決まってんだろ!」

「寝ぼけてんなよ!尻好きな男の方が多いだろうが!」

「黙りなさい、凡愚共が!脚こそが一番大事なのはもはや周知の事実だわ!」

上から順にムキムキに鍛え上げられたマッチョな肉体を常にコック服で包む肉屋の矢沢弾やざわだん、角刈り頭に巻いたねじり鉢巻きと白い七分袖に前掛けがトレードマークの魚屋の奥根浩三おくねこうぞう、茶髪のショートボブに釣り目が気の強さを感じさせるクリーニング屋の東千春あずまちはるの3名がそれぞれ声を張り上げて主張している。


ホワイトボードには『商店街主催 お花見祭り』という文字に大きくバツ印が上書きされており、その下にさらに大きく『女性の体で一番美しさを感じる場所とは?』と殴り書きがされている。


この集会所には現在、商店街の中で主要な自治会員が集まっている。

大抵がなんらかの店舗を構える主であり、その中でも今盛んに熱にうなされたような弁舌をふるっている3人はそれぞれの派閥を持つトップ達だ。

弾は胸派、浩三は尻派、千春は脚派をそれぞれ率いており、互いの主張がぶつかり合うことはしょっちゅうだ。


そもそも、今日の議題は商店街の敷地内にある桜が生える公園で花見を開催することに関してのはずだったのだが、一人の発言からその色を変えてしまった。

「花見の場所と胸は大きい方がいい」

不用意に漏らされ、想像以上に室内に響き渡ってしまった言葉がこの争いのゴングとなってしまったのだ。


ちなみに俺は議題の修正を図った所、あっという間に拘束され、猿轡を噛まされて部屋の隅に転がされている。

何度か抜け出そうとしたが、しっかりと手足を縛られているためどうすることもできない。

この会議の成り行きを、ただ見守るだけしかできない俺の無力が恨めしい。


室内の熱が盛り上がりすぎ、もはや戦争も止む無しとなった時だった。

集会所の扉がゆっくりと開きだした。

先程まで大声を張り上げていた者達が一斉に静まり、扉を凝視している。

果たしてそこから現れたのは商店街の顔役、白井呉服店店主 、白井佳乃その人だった。


よかった、これで解放されて会議を再開できる。

そう思っても仕方なかっただろう。

だがこの時、佳乃の事態を斜め方向に転がしていく性質を俺は忘れていた。


シンと静まり返った室内に佳乃の鈴を転がしたような声が鳴る。

「話は聞かせてもらったわ。ここは私が解決して見せましょう。総員着席!」

佳乃の言葉に今まで立ち上がっていた者たちが次々と席に座っていく。

舌鋒を飛ばしまくっていた3人ですら大人しくなった。

佳乃の恐ろしいまでの統率力にちょっと引いてる俺がいる。


ホワイトボードの文字をすべて消し、新たに書き出された文字に、室内の殆どの者が興奮し、歓喜の雄たけびを上げた。

その光景を満足そうに頷きながら見ている佳乃とは対照的に、地面に転がされているためにホワイトボードが見えない俺はこの熱狂の理由がわからずに、上がり続ける歓声がただただ恐ろしかった…。




「本日はお日柄もよく、まさにイベント日和と言ってもいいでしょう。僭越ながら本日司会を務めさせていただくことになりました、妖し乃商店街で魚屋を営んでおります性は奥根、名は洋平と発します。」

マイク越しに語られる洋平の言葉は妙にイベント慣れしているように思える。

中々堂に入った語り口調は観客を引き込んだようで、場の空気を支配できている。

若干名乗りの部分に映画の影響があったが、大した問題ではないだろう。


「新鮮な魚介類をお求めの際はぜひ奥根鮮魚店へお越しください。さて、あまり私事を並べ立てては盛り下がってしまいましょう。それではこれより!第一回、ミス妖し乃商店街コンテストの開催を宣言します!」

ワァッと歓声が上がる中、商店街の中にある広場に作られた特設会場の壇上でマイクを持った洋平が司会進行を行っていた。

商店街の住民はほぼ全員が集まっており、イベントを聞きつけた近隣の住人も見物に訪れているため、広場には出店が並び、ちょっとした祭りの様相をなしている。


あの日佳乃が出した提案とは商店街主催でミスコンを開くというモノだった。

ミスコンでそれぞれが刺客を送り込み、優勝した派閥こそが至高とする。

これをもって後の禍根を断つつもりだとは言うが、俺にはわかるぞ。

佳乃はこれを毎年開いて商店街の目玉にするつもりだ。

事実、そのことを後で問い詰めてみたが、微笑みで誤魔化すだけで逃げていった。

これはもう確定だろう。


「今回開かれるミスコンの参加資格は女性であることのただ1点のみ!自薦他薦を問わず誰もが参加自由です!」

再びワァッっと歓声が上がる。

ここの住民はノリがいいな。


当初、ミスコンを開催するに当たり、予選も考えられていたが、思ったより人が集まらず、そのまま本選開催となった。

審査員は弾、浩三、千春の派閥トップ3名に、なぜか俺が加わり4名で務めることになった。

壇上を見上げる最前列という特等席に着き、しっかりと見据えて審査をすることになる。


「エントリーナンバー1番!商店街唯一の診療所所長!壊す治すも思いのまま!クールビューティー、久喜圭奈っだー!!」

壇上に立つ圭奈が洋平の紹介に納得がいかなかったのか、射殺さんばかりに睨んでいるが、洋平はそれを無視して観客へ拍手を要求している。

あいつも出るのかと思っていると、弾がドヤ顔をしているのに気づき、あぁこいつの推薦かと理解した。

圭奈はいつもゴスロリ姿でいることが多いのだが、意外と胸が大きいことは知られているため、弾が今回のミスコン出場を頼み込んだのだろう。

本人はあまり乗り気ではないようで、ダルそうな顔をしている。


「弾さん、よく圭奈を出る気にさせましたね。」

俺はその辺が少し気になったため、弾に尋ねてみる。

他の2人も同様だったようで、弾を見ている。

「まあ、あんまし乗り気じゃなかったみたいだが、そこは取引を持ち掛けてな。家で取り扱ってる比内地鶏の血を1カ月タダで提供する条件を出した。」

なるほど、納得だ。


圭奈は吸血鬼であるので血は確かに飲む。

だが、生きていくのに必ず必要なものではなく、どちらかというと酒や煙草のような嗜好品の扱いなのだそうだ。

そのため、時々肉屋から血を買って飲んでいるので、比内地鶏の血という最高級の血を提供するというその取引の威力は絶大だ。

以前その血の味を語った時の圭奈の様子はちょっと危ない位だったからな。


ちなみに血を吸われた人間は吸血鬼になるというのは嘘だ。

実際は血を吸った相手の言葉を信じやすくなる、暗示にかかった状態になるだけだそうだ。


続いて紹介されたのはやはりというか、ハナだった。

「エントリーナンバー2番!ペットショップ『動物の事情』の看板娘!貴様ら、あたしの名前を言ってみろッッ!里見ハナっだー!!」

洋平の紹介に狼の本能が刺激されたのか、雄たけびを上げながら右腕を天高く付き出し、観客の歓声にこたえるハナ。


「ハナを引っ張り出したのはだれです?」

「俺じゃねーぞ。」「俺も知らん。」「私も。」

誰かの推薦だと思っていたが、どうやら自薦のようだ。

珍しいな、ハナはこういうのに興味はないものだと思っていたが。

そう思って壇上を見ると、謎は一気に解けた。


隣の圭奈と火花を散らさんばかりに睨み合っている。

そこから推理できることは難しくない。

大方、ミスコンに出ることになった圭奈をハナが弄り倒した結果、圭奈の言葉に煽られ・誘導されて、出場届を出してしまったんだろう。

その証拠に、ハナの目には恨みの気配が滲み、その視線を受ける圭奈はどこかしてやった感がある。

ただまあ、ハナも大人しくしてれば可愛いんだし、そこそこいけるんじゃないかと俺は踏んでいる。


「エントリーナンバー3番!商店街の良心、豆腐屋『豆腐小僧』の若奥さん!夕方5時はタイムセールをやってます!井立紅葉っだー!!」

今紹介されたのは豆腐屋の若奥さんの井立紅葉いたちもみじ、170cmを超える長身に、ロングヘアをそのまま背中へと流した姿はまるでモデルのようだ。

本人は糸のように細い目を気にしているため、前髪で少し顔が隠れている。


「紅葉さんは私が推薦したのよ!見てよあの脚線美、涎モンだわー。」

千春がそう言って壇上の紅葉を穴が開くほど見ている。

脚線美とは言うが、別に肌を見せているわけではなく、普段着のニットセーターとジーンズのいたって普通の格好だ。

それを見て涎が出るほど興奮できる千春の様子は中々の変態ぶりだ。


紅葉本人は妖怪のことを理解している人間であり、結婚している旦那が妖怪『豆腐小僧』という、人間と妖怪の共存のいい例だ。

豆腐屋が豆腐小僧という、店名で正体をばらしている手口が逆に巧妙だと周りは感心している。

ちなみに旦那は紅葉とは反対に子供の様な容姿をしており、商店街の奥さん連中は合法ショタと密かに呼んでいる。


「エントリーナンバー4番!いつもニコニコ平常運転!実は商店街一の切れ者なのか!?白井呉服店店主、白井佳乃っだー!!」

今日一番の歓声に揺れる広場に応えて観客に手を振る佳乃。

どこか困ったような笑顔を浮かべているが、時折鋭い目でこちらを見ている。

目線を辿ると、浩三に行きつく。

推薦人は浩三だろうと予想していたのでおかしくないが、それでもあんな目を向けるのはおかしいと思うが。

「浩三さん、なんで佳乃さんからあんな風に見られてるんです?」

ダラダラと汗を流して硬直している浩三に尋ねると、乾いた唇をはがすようにゆっくりと話し出した。


「俺は前々から佳乃ちゃんは美尻だなぁって思っててよ。んで今回のミスコンの話が出た時に佳乃ちゃんに内緒で推薦しちまったんだ。」

別にそこはおかしなことではないだろう。

このミスコンは本人の承諾があって初めて出場できるのだから。

だが佳乃があそこまで不機嫌になっている理由として考えられるのは…。

「浩三さん、さてはギリギリまで黙ってましたね。」

図星だったようで、俺の指摘にびくりと肩を震わせる浩三。


直前に全てをバラしたため、佳乃も出場の取り下げが間に合わなかったようだ。

今回の催しの言い出しっぺが逃げ出したのでは無粋だと思ったのだろう。

仕方なく壇上に上がったが、ああして時折浩三に目で非難をしているわけだ。

それは効果的なようで、浩三の冷や汗が止まらない。


参加者は以上の4名で、早速ミスコンに相応しい衣装に着替えをすることになる。

この時間を利用して休憩時間が挟まれ、広場に集まっていた人達はそれぞれ思い思いの屋台や出し物を見に行った。



1時間ほど経った頃に観客が戻り始め、席が埋まり切った頃にミスコンが再開された。

壇上に並ぶ女性陣は全員水着姿だ。

平等を期すためか、同じデザインの白いビキニを着ている。

春先の季節に肌を露出するのはさすがに寒すぎるだろうと思ったが、特に気にした様子もなく立っているのが3人、紅葉だけが寒そうにしている。

妖怪側にしてみると多少の涼しさは感じるが、それだけだ。

対して、人間の紅葉は寒さを我慢する必要があるようで、体を縮こまらせている。

一見するとその様子は恥ずかしがっているように見えるので、男性陣に受けはいいようだが、本人はそれどころではないようだ。

暫く耐えていたが、限界を迎えたのだろう。

洋平に棄権を告げて壇上を去っていった。


「えー、3番の方は恥ずかしかったようで、棄権を申告してたため、残りの3名で審査を続けたいと思います。」

紅葉の退場というアクシデントに会場からは笑い声が漏れるが、同時に拍手で送りだすという心遣いもあった。


残された3人はそれぞれ違った魅力のある姿に、会場の男性達の目は釘づけだ。

圭奈はたわわに実った胸を隠さず堂々と立っており、その凛とした姿も本人の雰囲気と合っていて魅力がある。

胸の下で組んだ腕に押し上げられて強調された胸に、男性たちは鼻息を荒くしていた。


ハナもまた圭奈同様に堂々とした立ち姿だが、こちらは脚を広くスタンスを取っているため躍動感があるように感じる。

極薄く筋肉の浮かぶ体は、健康美を見るものに伝えてくる。

圭奈に比べると胸はないが、それでも普通に大きいのでマイナスには感じられない。


最後に佳乃だが、こちらは流石というべきか。

バランスの取れた均整な体躯は、一種の美術品のような趣がある。

絶妙に体を斜めにすることで起伏を強調し、右足をやや前に伸ばすようにして立つことで、足長効果を発揮している。


3人ともがそれそれが放つ違う魅力は、会場へ来ている女性たちにも感じられるようで、羨望の眼差しを送る者も少なくない。



「さあ!気を取り直して最初の審査に移りたいと思います!」

ドラムロールの音と共に、赤い布がかぶせられた高さ3メートル程の物が台車に乗せられて舞台袖から運ばれてきた。

ドラムロールが止むと同時に赤い布が取り払われる。

姿を現したのは皆がよく知るあの遊具。

「最初の審査は―…『ジェンガ』だっ!!」

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