第2話 日常の絵
商店街の通りを縦横無尽に駆け回りながら戦う2人とは離れ、建物の陰にいる俺は頭を抱えていた。
こんな事態は初めてではないが、それでもこうならないように穏便に済ませるのが俺の仕事だったはずだ。
それがこんなことになっては頭痛が酷くなるのも仕方ないだろう。
「大角君、そろそろいいんじゃない?このままだと他のところにも被害が出ちゃうわよ。」
佳乃に肩を叩かれて、現実に戻った俺は早速行動に移る。
「そうですね…。佳乃さんはここにいて下さい。」
いってらっしゃいと手を振る佳乃を残して物陰から飛び出し、いまだ争っている2人を見つけると、飛び交う影の動きから次の移動先を予想してそこへ向かう。
尻ポケットに入れた財布からウォレットチェーンを外し、両端を手に持って待機する。
高速で移動する2人を視界に捉えたまま、タイミングを計り、俺の真上を通過する瞬間、チェーンを上に放り投げる。
するとさっきまで30㎝程の長さだったチェーンがどんどん太く長くなっていき、まるで意思を持った蛇のように蠢いて2人に絡みついていく。
動きを阻害されたことに気付き、反射的に抵抗されるが、それを封じるように手足にも鎖は伸びていき、あっという間に鎖で全身をぐるぐる巻きにされた2人が地面を転がっていった。
鎖で拘束されたまま正座をさせられている2人の前に仁王立ちの俺。
「お前らの仲が悪いのは知ってるし、酒を飲むのも止めろとは言えん。けどな、周りの迷惑にならないように配慮をするぐらいはできないのか?」
項垂れながら説教を受ける2人だが、これは殊勝な態度をとっているわけではない。
すでに2時間にわたる正座で足が石のようになって辛いのだろう。
当然そのことに俺は気付いているが、説教を続けている。
「例えば他の所に飲みに行くとか、個室を使うとか。」
俺の提案に弱弱しく反応して口を開いたのはハナからだった。
「だってここが一番近所なんだし、第一あたしらが安心して使えるのってここぐらいだって。」
「そもそも、私が最初にここで飲んでいたんだから、ハナがどこかに行けばいいのよ。」
圭奈がハナの言葉に続いて言った言葉にハナが一気に沸騰して言い合いになっていく。
「ここはあたしの縄張りなんだよ!圭奈こそ他に行けよ。あたしより金持ってんだろーが。」
「あぁやだやだ、縄張りだなんて犬みたいな理由引っ張り出しちゃって。」
「だから犬じゃねーつってんだろ!あたしは狼だ!」
マシンガンのようなやり取りに割り込めず、どんどん言い合いが酷くなっていくのをただ見ているしかできなかった場に佳乃が切り込んでくる。
「2人とも、大角君が困ってるでしょ。反省しないとずっとこのままよ?」
佳乃の言葉に今の自分たちが置かれている状況を思い出し、言い争いの鉾が納められた。
もうすっかり夜も遅くなり、さすがにそろそろ解放しようと思っていたところへの佳乃の言葉は有り難かった。
鎖をほどき、元のウォレットチェーンに戻して財布に繋ぐ。
とりあえず明日、ペナルティを与えるためここに来るようにと伝え、2人を佳乃に預けて俺は家に帰った。
あの2人だけなら心配だが、佳乃が一緒なら大丈夫だろう。
ああ見えてここらの顔役だからな。
明日もまた仕事があるし早いとこ家に帰って眠ってしまいたい。
そう思いながら帰路を急いだ。
彩篠商店街。
戦後すぐのドタバタに紛れるように誕生したこの場所は、当初闇市の様相を呈していたが、経済の発展とともに徐々に普通の店の集まりへと変わっていき、バブル景気に沸く頃には周辺地域の台所的存在へとなっていた。
しかし、バブル崩壊後は徐々に商店街から活気が失われていき、郊外型のショッピングセンターの出現がとどめとなり、ついには殆どの店が閉じられていった。
だがある日、とある人物によってこの商店街が丸ごと買い上げられた。
わずかに残っていた店舗も好待遇での立ち退きが穏便に行われ、名前を改められて『妖し乃商店街』として生まれ変わった。
名前を変えて再スタートとなった妖し乃商店街だが、ほとんどの店が閉じられていた当初は実に閑散としたもので、口さがない人達は幽霊商店街と呼ぶことすらあったという。
ところがいつの頃からか徐々に新しい住民が増え始め、シャッターだらけだった商店街の店舗も少しづつ新しく営業を始めていった。
全く新しい住民の出現に、付近に住む人たちは色々と勘ぐったものだが、特に問題を起こすことも無し、為人もいいとくればすぐに良き隣人として受け入れていった。
だが彼らはただの人間ではなかった。
古来より人の目を逃れて暮らす人ならざる者、妖怪や怪異といった人間からすれば超常の存在と言える者達が導かれるようにしてこの商店街へと集ったのだ。
恐らくこの商店街を丸ごと買い上げたという件の人物が呼び寄せたのではないかと言われているが、その真相を証明することは出来なかったらしい。
ここには居場所を追われた妖怪怪異の類が多く移り住み、事情を知っている一部の人間と共同で暮らしていた。
現代日本では妖怪を受け入れられる土壌は無く、ここへと集まった妖怪たちにはさながらユートピアのように映ったことだろう。
移り住んだ妖怪はここで生き、子供を設ける者も現れると寂れた商店街は一転して、ニュータウンのような賑やかさを取り戻していった。
そんな場所だけに外部との窓口はやはり人間が望ましく、そこへ現れたのが俺、遠野大角だった。
書類選考だけで面接もなく仕事が決まり、大喜びでここに来た最初の夜に住民によって開かれた歓迎会の席でハナと圭奈の争いを見て、俺は気絶してしまったのだ。
その後、この商店街の成り立ちと住民のことを聞かされて、さっさと逃げ帰ろうとしたが、説得されてもうしばらく続けてみようかという気持ちになったのが運の尽きだった。
度々起こる問題の多くを占めるハナと圭奈の争いに毎度苦労していた。
人狼のハナと吸血鬼の圭奈の2人は、共に怪力で代表される種族であり、同時に天敵同士でもある。
死にそうな目にあったのも1度や2度じゃない。
他の住民の助けも借りてなんとかやってこれたが、いつか限界を迎えるのではないかと悩みは尽きなかった。
そんなある日、俺の直接の雇い主から小包が送られてきた。
中に入っていたのは小さな鎖だったが、同封された手紙から使い方を知ってからは争いの仲裁に役立った。
これが強力なもので、力自慢の2人をあっさりと無力化した時は商店街の住人の喝采が止まなかったほどだ。
この鎖は普段はウォレットチェーンとして身に着けていて、使用の際は俺の意思に従ってある程度の長さ・大きさの変更と自由に動かせるため、非常に重宝している。
おかげで、あの2人の喧嘩には必ず俺が駆り出されるようになったが。
翌日の朝早く、昨日の争いがあった場所へと足を運んだ。
到着するとハナと圭奈の2人は先に着いていたようで、お互い距離を開けて立っていた。
なぜか佳乃も一緒に居て、俺を見つけると軽く手を振ってきた。
とりあえず佳乃の下へと進み挨拶を交わす。
「おはようございます。2人はともかく、佳乃さんがここにいる理由がわからないんですが?」
「ここってうちの店の近くだから、ちょっと様子を見に来てみたの。私のことは気にしないでいいから。」
そう言って微笑んで一歩下がると、入れ替わるように2人が近づいてきた。
お互いを目でけん制しているが、酒の入っていない今は比較的冷静だ。
「んで、あたしは何をしたらいいのさ。前みたいな数字系は嫌だよ。」
こいつが以前与えられたペナルティは、迷惑をかけた店の帳簿の整理を手伝うというやつで、頭を使うのがとことん嫌いなハナはペナルティが終わる頃には魂が抜けたようになっていた。
それからしばらくは大人しくしていたが、喉元過ぎればというやつで、また騒動のタネに戻ってしまった。
「お前にはあれぐらいがいい薬なんだろうが、残念ながら今回は破損個所の修理だ。」
それを聞くとハナは安心したようで、ホっと息を吐いていた。
「私は?まさか、ハナと一緒になんて言わないわよね。」
圭奈の顔は心底いやそうに歪められていたが、俺もわざわざ2人を一緒にするなんて危険な真似はするわけがない。
「圭奈は詫び状の配布だ。この店から左右5件に詫び状を書いて配れ。」
地図を見せて配布範囲を丸で囲んだものを筆記具と手紙と一緒に渡して詫び状の制作を指示する。
この作業はハナには向かないので、圭奈にやらせるのが無難だ。
圭奈もそれはわかっているので文句もなく受け取る。
早速作業に移る2人を監督するために道の脇に立って見守る。
そこへ佳乃が近付いてきた。
「もうすっかり慣れたものね。」
そばに立ってハナが道に散らばっていた看板の残骸や壁の一部などを集めている姿をニコニコしながら見ている。
この人からすると子供を見ている気分なんだろう。
佳乃はこの商店街でもかなりの古株らしい。
そのためハナと圭奈も子供の頃から知っている。
決して怒らず、慈愛をもって接してきた佳乃は、2人からも姉のように慕われている。
以前、佳乃の正体について聞いてみたが、本人は話をはぐらかすし、ほかの住民も知らない者が殆どだった。
唯一知ってそうな老人たちは、本人が言わない限りは教えないの一点張りで、いまだに謎のままだ。
「まあ、ここに来て大分経ちますから。周りの皆さんにも認められて、なんとかやってますよ。こいつらは全く反省してないのが癪ですがね。」
俺の不貞腐れた物言いが面白いのか一頻り笑うと、佳乃は店へと戻っていった。
ペナルティは昼前には終わったので、その場で解散することにした。
その後、店に戻ると遅めの開店となったが、特段変わったことも起きるはずもなく、1日は過ぎていく。
今日は客が来ず、暇な1日となった。
こんな風に客が来ない日は珍しくなく、時々妙に忙しい日があるぐらいだ。
夜の帳の降りた商店街で、閉店の準備に店の外に出ると、遠くから誰かが走ってくる。
「大角さん!喧嘩だ!ちょっと来てくれよ!」
声をかけてきたのは20歳ほどの男で、近づいてようやく魚屋の倅の
こいつの家は猫又の出で、父親がとにかく腕っぷしが強くて有名だ。
しかし頭が痛い。
舌の根も乾かぬ内にあいつらやりやがったな。
「はぁー。わかったよ。んで、誰が騒いでんだ?またハナと圭奈か?」
「いや、うちの親父と肉屋の
こっちもまたくだらねぇ争いをするな。
流石に昨日の今日でやらかしはしないか。
疑ったことに少しの罪悪感を覚え、仲裁へと走る。
たまには何事も無く一日を終えたいものだ。
夜の街を駆けていく足は軽いが心は重いままだった。
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