第32話 夢は更新される

 禍々しいまでの黒さ。

 身体をダイレクトに揺さぶる刺激。

 夢と現の境界線を曖昧にするこの甘さ。


 俺は久しぶりにコーラの麻薬的な痺れに酔いしれていた。

 ナオの部屋で。


 俺がここに戻るにはたくさんの問題があった筈だ。

 先ず銀行強盗。

 あそこで俺はやらかしてしまっている。

 俺の瞬間移動を目撃したのはあの場にいた人質の十五人ほどだ。俺が銃から発射された弾を素手で受け取ったのを目撃した人、あれは撃った張本人の黒目出し帽くんと後ろでそれを見ていて腰を抜かした青目出し帽くんの二人。

 入って行った筈の俺が出て来ないのを確認したのは、あの場にいた機動隊やネゴシエイターを含む数十人の警察関係者とその倍くらいの数の野次馬。その中には佐藤と大熊もいる。


 それでもこれは三度目だ。

 一度目はナオの同窓会の日、あの部屋にいた婦女暴行未遂野郎、アイツ一人だからどうにでも誤魔化せた。

 二度目はガードレールを突き破った車を救った時だが、あれは事故車両に乗っていた人は全く判っていなかったし彩音も見ていない。佐藤と大熊だけが見ていた訳で、彼ら二人を誤魔化せばよかった。

 だが、三度目は誤魔化しが利かないだろう。

 銀行のカメラはたくさんある。絶対に映っていた筈で、それを分析すれば俺が素手で弾をキャッチしたのもその場から瞬間移動したのも全部バレてしまう筈だ。


 そう、『筈』だった。

 が、誤魔化せてしまったのだ。

 俺はここの世界のカメラに写らないらしいのだ。

 高原リゾートした時も、俺がずっとカメラマンをしていて自分の写真を撮っていなかったから気付かなかったんだが、俺は人間界のカメラに一切写っていなかった。


 あれから何度も銀行強盗の時の映像が繰り返しテレビで流されたらしい。言われてみれば、あの時、外の警察関係者を取り巻くように、野次馬に混じって報道関係者のカメラも来ていたような気がする。


 俺が『立ち入り禁止』の黄色いテープを越えた時の物だろうが、数人の警察官が誰も居ない空間に向かって両手を広げて進めないようにしていたかと思えば、見えない力によって左右に飛ばされている映像がニュースで何度も流れて大騒ぎになったようだ。

 その中ではネゴシエイターが俺に何か言ってた時の様子も映っていて、明らかに銀行に向かって進んでいる人に対して向けられたメッセージを発しているのだが、そんな人影はどこにも映っていない。

 そして銀行の窓が割れ、入り口のドアが開く。黒目出し帽くんが宙に向かって何発も発砲、しばらくして黒目出し帽くんと青目出し帽くんが銀行の外に『見えない力』によって放り出されるところ、同じように黄目出し帽くんと赤目出し帽くんも放り出されて、機動隊が突入……ここまでの映像が何度となくテレビで放映されたらしいのだ。


 だが、肝心の俺が映っていない。

 運のいい事に、この国の人間は科学で証明できない事は全て『超常現象』として片付けてしまう性質を持っているらしく、あっという間にそのネタは忘れ去られ、オカルト研究家の間だけでしか語られなくなってしまうのにそう時間はかからなかったようなのだ。


 つまり、あとは佐藤と大熊だけなのだ。


 そしてその二人と彩音は今ここに居る。

 ナオの話を聞いて信じられないような顔をして……居るのは実は俺だ。

 何故なら、彼らは俺が魔王だと言う事をすんなり受け入れてしまったからだ。


「最初からそう言ってくれたら良かったのに、水臭いなぁ真央くんは」

「せやせや、俺ら兄弟の契りを結んだんやんか~」

「私も最初に教えて欲しかった。魔族でも人間でも、私は真央さん好きですよ」

「え、いや、そこは驚くとこじゃね?」

「驚いとるがな」

「そうは見えんが」

「がちょーんとか言うたらええのんか?」

「そうじゃなくてさ、うそだろー! とかさ」

「そんなん言うたかて、山でなぁ?」

「うん、山でね、僕たち見たもんね。人間とは思えない怪力」


 ナオがコーラのペットボトルを冷蔵庫から出してくる。


「なんでもいいじゃん。真央の秘密を知ってるのはあたしたちだけ。五人で兄弟の杯を交わそうよ」

「え~、私も入っていいのかなぁ」

「いいに決まってんじゃん、あたしも入れてよ」

「ほんなら魔物五人衆やな」

「僕はやっぱりトロルなのかな?」

「あったり前やがな。魔王を筆頭にトロル佐藤、オーク大熊、ラミア彩音、マンドラゴラ七音の五人組や」

「ちょっと、マンドラゴラ七音って何よ!」

「ディアボロス七音とかゴーゴン七音てのもあるらしいで」

「マンドラゴラでいいし!」


 あ~、なんかいいな、落ち着く。

 開け放した窓からは『松の湯』のベルクフリートがこちらを覗いている。


「それで今魔界はどうなっとるんや? 真央が居ーひんかったらどないなるんや?」

「今は親友のケツァルコアトルに後を任せてきた。アイツ頼りになるんだ」

「ケツァルコアトルぅ? ホンマに居てるんか。ゲームでしか見た事あらへんがな」

「今は『ケツァール鳥蛇』って呼んでる」

「なんやねん、それ。ツッコミどころがわからん上におもろないし」

「それ魔界でも言われた」

「マヤのククルカンの事でしょ? 凄ーい、会ってみたい」

「彩音、そーゆー趣味あったの?」

「私、神話マニア」

「えーーーーー!」


 俺が魔王でも無ければこの情報はずっと得られなかっただろうな。ミス多摩音大は神話マニアで、ケツァルコアトルの熱烈なファン、更には『ラミア彩音』と言う名を結構気に入ってる……。


「ねえ、真央くん」

「ん?」

「夢、叶ったんじゃない?」

「夢?」

「山で言ってたじゃん。ミニコンサートやった後にさ、僕が真央くんに『夢は何?』って聞いた時の事、憶えてる? あの時真央くん言ったじゃん。『みんなとこうしてずっと友達で居たい』ってさ」


 ああ、そうだ、俺は確かにそう言った。

「ナオの笑顔をずっと見て居たい」と言う言葉を呑み込んで、そう言った。


「うん、そうだね。夢、叶ったよ」


 呑み込んだ方もちゃんと叶った。

 だから約束も守る。

「ちゃんと俺が守ってやる」って約束。

 ナオが俺から巣立って行くまで、お父さんのように守ってやる。


「じゃあ、あたしはずっと保護者として真央の面倒見てやらなきゃ」


 そっちかよ。それでもいいよ。面倒見てくれ。


「たった今、俺の夢、更新された」

「え、なになに?」


 俺は四人を見渡して言った。


「今度の俺の夢は、五十年後もみんなとこうして友達でいる事だよ」

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