第28話 そのベルクフリートは今日も天を突く

「なあ……」

「ん?」

「俺さ……」

「うん」


 そこまで言って、それ以上言いたくない自分がいる。

 ナオも何も聞かない。判ってるからだろう。


「今、噴火してる山ってどこ?」

「……桜島」


 また沈黙。


「ナオ」「真央」


 同時に呼んじゃった。


「何?」

「ナオ先に言えよ」

「真央こそ先に言いなよ」


 どう言ったらいいのか判んねーんだよ。

 俺は俯いて頭をぼりぼり掻いた。


「あのさ」

「うん」

「俺、本当にお前の事大事だから」

「うん」

「俺、本当にお前の事大好きだから」

「うん」

「だから、桜島行く」

「意味わかんない」

「わかんなくていい。俺はもうここには居られない」

「大事なんでしょ? あたし」

「うん」

「あたしを置いてどこ行くの?」

「桜島」

「魔女いないし」

「火を噴く火口ならどこでもいい」

「よくない」

「帰るしかない」

「あたしの頭おかしくなったら真央のせいだよ」

「大丈夫。もう十分おかしい」

「何それ」

「魔王をダンジョンの一室で飼ってるなんて、尋常じゃない」

「ダンジョンじゃない、マンション!」

「保健所に届け出てないだろ」

「魔王なんか保健所の管轄外」

「ここに居るうちに、すぐそこの『松の湯』って立派な城に行ってみたかった」

「行けばいいじゃん」

「そんな時間は無い」

「ホットケーキ食べる時間あったじゃん。温め直す時間も」

「ナオ」

「だから何」

「こーゆうのなんて言うんだ?」

「どーゆーの?」

「大事過ぎて、好き過ぎて、変になりそうで、俺、もう壊れそう」

「壊れればわかるよ」

「壊れていい?」

「いいよ」


 俺はナオを力任せに抱きしめた。


「痛いよ~……」

「壊れたから知らん」

「骨……折れる」

「壊れてもいいって言ったのはナオだ」

「壊れてもいいとは言ったけど、壊してもいいとは言ってない」

「同じだよ」

「息でき……ない」

「しなくていいよ」

「死ぬぅ~……」

「死んでしまえ」

「殺す気か~変態~」

「愛してる」


 あ……。

 そうか。好き過ぎて変になりそうなのは愛してるからだ。

 ある時はお父さんのように

 ある時は兄のように

 ある時は弟のように

 ある時は恋人のように

 俺はコイツを愛していたんだ。


「あたしもだよ、変態」

「また決壊するだろーが」

「何がよ、変態」

「なあ、キスしていい?」

「そーゆー事を聞くか、変態」


 俺は約35センチ屈もうとしてやめた。


「この前は俺が合わせてやったんだ、今度はお前が俺の標高に合わせろ」

「は?」


 俺は問答無用でナオを抱き上げて俺の身長に無理やり合わせた。


「子供じゃないぞ、変態! ふがっ」


 抗議するナオの唇を塞いで黙らせた。


「ふうん……子供じゃないのか。じゃあ大人のキスする?」

「えっ? 大人のキス?」


 目を見開いて警戒してる。かわええ……。


「冗談に決まってんだろ」

「シャレにならん冗談言うな、変態」


 俺はナオのほっぺとおでこと鼻の頭にチュッチュッと軽くキスして下ろしてやった。


「ナオ、小動物みたい」

「何それ」

「コボルトとかノームとかゴブリンとかそんなの」

「せめてエルフかフェアリーって言ってよ」

「そろそろ行くよ」

「……桜島に?」

「うん」


 ナオの頬に涙が一粒、唐突にこぼれた。


「真央、もっかいキスして」


 俺は笑って35センチ屈むと、今度こそ大人のキスをした。

 唇を離すと、ナオが泣いていた。

 俺はナオを見ないようにして部屋の窓を開けた。

 川が見える。あの立派な『松の湯』城のベルクフリートが天を突いている。

 俺は窓枠に足を掛けるとナオを振り返った。


「ナオ、元気でな」


 俺は背中に収納していた大きな黒い翼を久しぶりに目一杯広げて、空高く舞い上がった。

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