第27話 魔王、ホットケーキを焼く

 今日は『料理』って奴に挑戦してみることにした。ナオが「簡単だから」って教えてくれたホットケーキってヤツを作ってみるのだ。粉と牛乳と卵を混ぜて焼くだけだから、子供でも作れるらしい。

 とは言え、人間界の常識はイマイチ俺には自信が無いので、ホットケーキミックスの袋に書いてある手順を熟読するわけなんだが。

 とにかく、ナオが近くの銀行にお金を下ろしに行ってる間に、俺がホットケーキを作っておくことになっている。俺はナオが美味しそうにホットケーキを食べるのを妄想して、ニヤニヤしながら焼いていた。

 が、幸せと言うのは長続きしないと人間界では相場が決まっているらしい。


「おいっ! 真央居てるか! 真央!」


 突然部屋のドアをドンドンと叩く音がした。この声は大熊だ。何事だ? こんなに慌てて。大熊は俺がドアを開けると同時に転がり込んで来て捲し立てた。


「お前テレビ点けろ! 今すぐっ!」


 喚きながら部屋に上がってくる。ポカンと呆気にとられる俺を放置して、勝手にテレビを点けてチャンネルを合わせる。ニュース速報のライブ放送らしき画面が映っている。どこかの銀行のようだ。周りを機動隊が取り囲んでいるのがわかる。

 え? 見覚えあるぞ? これ、すぐそこじゃね?


「何、どうしたの?」

「銀行強盗やねん」

「これ、すぐそこじゃないの?」

「だから走って来たんや。お前ケータイ持ってへんよって」

「はぁ……」

「行くで!」

「え? 俺が?」

「あったり前やろが! あの人質ん中にナオがるんや!」


 ――今何つった?


 俺はもう一度テレビ画面にへばりついた。望遠で撮影しているのだろう、画像は少々荒いが、銀行の大きなガラスの奥に確かにナオらしき女の子がいるのが見える。


「あ、おい、待てよ真央!」


 という大熊の声を後ろに、俺はもう銀行に向かっていた。


 現場はまさに『騒然』と言った感じだった。

 周りにぐるっと黄色い立ち入り禁止のテープが張られ、そのすぐ内側では銀行を取り囲むように機動隊の人たちが物々しい警戒態勢を敷いている。

 さらにその中では警察車両と、何やらマイクを持って話している警察官らしい人の姿があり、犯人に何か交渉しているのかその声が近隣に響き渡っている。

 黄色いテープの外側では、報道関係者らしい大きなバスやカメラが銀行に機材を向けており、リポーターが現場の実況中継をしているようだ。上空にもヘリコプターが飛び、空からの中継も行われているらしい。

 その報道陣の更に外側には、命知らずのやじ馬がガチャガチャとたむろしており、その中にひときわ大きなぬりかべのような巨体が見えた。

 トロル佐藤だ。デカいから目立つ事この上ない。まさに『待ち合わせは佐藤の下で』と言う言葉がピッタリだ。俺が佐藤の方に近付くと、向こうも俺に気付いたようで手を振って来た。


「大熊くんから聞いた?」

「うん。どう? 本物のナオっぽい?」

「あれはナオちゃんだよ、絶対」


 後ろから大熊が走って来る。


「どないや?」

「今、ネゴシエイターが犯人となんか話してるみたいだよ」

「テレビでは人質は十五、六人やって言うとった」

「うん、さっきお年寄りと子連れと妊婦は解放したから今はそれくらい」

「女も解放せいっちゅーねん!」

「全くだよね」

「ホンマ気ぃ利かん……おい、真央、どこ行くんや」


 俺は立ち入り禁止の黄色いテープを跨いで中に入って行った。何人かの警察官が俺の前に立ち塞がったような気がしたけど、あんまり気にしていなかった。

 そのままどんどん歩いて、銀行の入り口に近付いていくと、背後からネゴシエイターとかいうヤツが慌てて何か言ってる声がした。けど、俺はそれもあんまり気にしていなかった。

 中で犯人らしきヤツが目出し帽などと言う古典的な格好で、俺に何か銃のようなものを向けて威嚇のつもりか喚き散らしている。けどそれもあんまり気にしていなかった。


 アホか。

 

 こんなんで魔王に傷の一つも付けられると思ってる? 俺がどんだけたくさんのイケメンチート魔道士やナイスバデー巨乳女剣士と闘ってると思ってんだよ。なめんじゃねーよ。


 俺はフツーに銀行の入り口から入って行こうとした。中から銃声が聞こえる。銀行の窓ガラスが割れてガシャンとけたたましい音を立てて落ちる。それと同時に中から悲鳴が上がる。あの悲鳴はマンドラゴラだ。


 ナオ、待ってろよ。俺が今迎えに行ってやる。


 俺はそのまま知らん顔で銀行に入って行った。後ろでは機動隊が大騒ぎしてるが、そんなもん俺の知ったこっちゃない。


「てめーはなんなんだ!」


 黒の目出し帽くんが、こんな近い距離だと言うのに大声で怒鳴っている。


「は? 失礼だな、お前先に名乗れよ」

「てめー、状況が判ってねーのか?」

「判ってるよ。このおじさんたちを人質にとって銀行強盗やってんだろ? 俺にはかんけーねーし。ナオ、帰るぞ~」


 ナオがチラチラと犯人の方を見る。それに気づいた赤い目出し帽くんがナオの上腕を掴んだ。ナオが小さく悲鳴を上げる。


「コイツはてめーの女か」

「は? 保護者だけど。保護者がいないと俺、生活困るし」

「よし、それじゃあてめーの大事な保護者を安全に返して欲しけりゃ、外の警察を解散させろ」

「やだよ。自分で勝手にやれよ。俺にはかんけーねーし」

「この女が死んでもいいのか」

「やれるもんならやってみろよ」


 ナオが涙をボロボロ流してる。心配すんなって。俺、魔王なんだから。

 赤目出し帽くんがトリガに指を掛けた。

 はぁ~……悪いけど、俺にはスローモーションにしか見えねーよ。

 俺はちょっとだけ目から『出し』て赤目出し帽くんを吹っ飛ばした。ここに居る人には何も見えなかっただろう。巻き添え食って一緒に吹っ飛ばされたナオだけが、口の形で「ダメ」と言っている。バカ言うなってんだ。今使わなかったらお前どーなるか分かんねーだろうが。これでも手加減してんだ、褒めてくれ。

 黒目出し帽くんは直接俺に向かって撃って来た。狙いは悪くない。何度か撃った事あんのかな? ちゃんと当たってるよ。けど、ごめん、これ俺に効かないの。

 掌に握った弾を黒目出し帽くんに見せてやると、彼は腰を抜かして俺に向かってめくらめっぽう撃って来た。そんなに撃ったら外が大騒ぎになるだろうに。


 仕方ないんで黒目出し帽くんに近付いて首根っこをひっ捕まえ、もう一人後ろで腰を抜かしている青目出し帽くんとともに、銀行の入り口からポイポイっと外に投げ捨てた。

 その一部始終を見ていた黄目出し帽くんは、素直に両手を上げて降伏の意志表示をしていたんで、さっきの赤目出し帽くんと一緒に外にポイポイと投げ捨ててみた。


「まだ居る?」


 人質の皆さん、仲良く揃って口をあんぐり開けたまま、首を横に振った。

 俺はナオの所に歩いて行って、その小さな身体をギュッと抱きしめた。


「ナオ、帰ろ」

「うん」


 窓の外を見ると、機動隊が取り囲む中、目出し帽くん達が取り押さえられている。

 ここに居たら警察にいろいろ聞かれちゃうね……。仕方ないか。


 俺は人質の皆さんの見ている前ではあったが、ナオの城に瞬間移動した。


 俺たちは城に帰って、冷めてしまったホットケーキを温め直して食べた。

 ちょっと焦げてたけど、初めてにしてはおいしく焼けていた。と思う。

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