第26話 もう出てるよ
あれから、俺はいつも通りに真面目に仕事して、それなりに幸せな日々を送ってた。と思う。
ナオも夏休み中はずっとバイトもしないでせっせと曲を書いてたし、誘われれば彩音のリサイタルなんかにも顔を出してた。
俺は多分、充実してたんだと思う。
だけどなんて言うか……常に居心地の悪さと言うか、そんなものを感じているのも事実だった。
理由も分かってた。大事な友達を騙している事だ。
だけど俺が本物の魔族だなんて言ったらみんなどう思うだろう。今までだったらきっとジョークで済んだだろう。
大熊は「は? なんや真央、厨二病?」って言いそうだな。
佐藤は「それいいね、そのコンセプトで今度は禿山の一夜を振ってみよう」なんて言い出しそうだ。
彩音は「うふふ、真央さんホント楽しい」で終わりか。
だけど今なら? 先日のあの車を引っ張り上げたあの日の事、みんな覚えてる。だけど必要以上に聞いて来ない。何だか俺に気を遣ってる感じがする。それが居心地の悪さの最大の原因だって事も分かってる。
だけど「俺、魔王なんだよ」って言って誰が信じるんだ? てかこれで信じたら寧ろそいつがおかしいって。
ナオが一緒に居る時はこんな事考えないで済むんだ。でもそれが俺の逃げ場になってるってことも分かってる。だってその証拠に、こうやって一人で居る時はこの事に思考が支配されてるんだから。
もう俺は本当にナオがいないと生きていけないんじゃないだろうか。
てか俺、魔王じゃなかったっけ? 魔王がそんなんでいいの? 魔界の皆さんに平和と安心をお届けするのが俺の役目であって、誰かに頼って生きていくなんて魔王にあるまじき事態じゃねーの? てか、そもそもここ、俺のいるべき世界じゃないじゃん。
ガチャ。
あ、ナオが帰って来た。
「ナオおかえり」
「ただいま~。もう汗だく~。熱中症になる~」
「おまっ……汗臭っ! いーからシャワー浴びて来い」
「ほえーーーい」
ナオが鞄を放っぽり出して洗面所に向かう。
『ただいま』って言ってくれる人がいる幸せ。
『おかえり』って言える幸せ。
ナオがシャワー終わって出て来るまでに、二人分のコーラを準備できる幸せ。
人間界ではそんな些細な事に幸せをいちいち感じられる。
さっきまで俺、一人で悶々としてたのに。それが全部どーでも良くなってしまう。
シャワーの音に紛れて聞こえてくるナオの鼻歌。途中で少しずつメロディが変わってる。……そうか、今もナオは作曲中なんだ。
ナオはこうやって普段も自分の夢に向かって頑張ってる。佐藤も彩音も大熊も、みんなそうなんだろう。
俺は?
俺はどうするんだろう?
ずっとこのまま遊園地で魔王しながら、ナオのところに居候し続けるのか? いずれ魔界に戻るのか。てか、魔界に俺の戻る場所なんてあるのかな。
もしも俺に戻る場所が無いのなら……俺はこの先どうしたらいいんだろう?
人間界に居座ろうにも、『魔王である俺』は俺の大嫌いなチートキャラに入るらしい。しかもそれを隠し通して生活するのは正直キツい。
ぼんやり考えていたら、知らぬ間に上がってきたナオが身体にバスタオル一枚巻いて俺の顔を覗き込んでた。
「どした? どっか具合悪いの?」
「え? ああ、ううん、別に」
「そ。ならいいけど」
くるっと後ろを向いて行こうとするナオに、俺は無意識に後ろから抱きついた。
「や、どしたの? 真央?」
「ん……わからん。なんかこうしたかった」
「着替えらんないし」
「ナオ」
「ん?」
「いい匂い」
「さっき汗臭っ! て言ったじゃん」
「お前、肩柔らけー」
「当たり前じゃん。大熊くんじゃないんだから」
「ナオ」
「ん?」
「ナオ大事」
「はいはい」
「大好き」
「着替えて来る」
ナオは隣の部屋に入って行った。襖の向こうから声が聞こえる。
「真央ってさ、外では無口だけど家にいる時すごい甘えんぼさんだよね」
「そーかな」
「コーラ出しといてよ」
俺は心の中で笑った。
コーラもう出てるよ。
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