第23話 人間は魔王の希望さえ聞いてくれる
四人のミニコンサートは、なんのかんので十曲以上続けられ大盛況のうちに終わった。一仕事(?)終えた後のカレーは格別に旨かった。とは言え、鍋の三分の二は佐藤が一人で食ったんだが。
その後、五人でビールやら缶チューハイやらコーラなんかで乾杯して飲み会突入だ。盛り上げ上手の大熊がそこにいるだけで、なんだかみんな無駄にハイテンションになって行く。いつもならみんなのお喋りを聞いている俺も、今日は地味に会話に参加してる。
「佐藤があんなにチェロ上手いと思わなかった。指揮科って言ってたから」
「何言うてんねん真央、佐藤は見た目は『ぬりかべトロル』やけど、チェロ本科にしとる奴よりよっぽか上手いねんで。多摩音大七不思議に数えられとんねん」
大熊よ、お前も佐藤を『ぬりかべトロル』だと思ったか。お前も十分オークだが。
「私も佐藤先輩とのセッション、凄く弾きやすかった~。佐藤先輩って一緒に演奏する人を上手にリードしてくれるんですよね」
佐藤の鼻の下が伸びきっていて笑える。
「うんうん、あたしもピアノ弾きやすかったよ」
「てか、大熊のあの四角い箱、あれって何なの?」
「なんや真央、カホンて知らんのか?」
「カホン? ……って言うのかあの箱」
「せや。カホンと言ったら龍角散って言うやろ?」
???
「まあええねん。佐藤は指揮者で食いっぱぐれても、チェリストで食っていけそうやんな」
「やだよー、僕、指揮者になりたいんだから」
「ええなあ、俺なんかマジで食いっぱくれそうやがな。今時パーカッショニストなんかアホほど居てるやろし。彩音は実力派バイオリニストやさかい、もう心配あれへんしな」
そうか、彩音は確かに安定感あったもんな。
「真央知らんやろけど、『ミス多摩音大』の異名を誇る馬坂彩音は学オケでもコンミスやねん」
「コンミス?」
「コンサートミストレスゆーて、まあ、指揮者とオケの橋渡しする人やな」
「なんか判らんけど、凄そうだな」
「凄そうちゃうねん、凄いねん」
「そんなでも無いよ、あんまり話を大きくしないでよ~」
「ナオちゃんは将来どういう方向に行くの? 作曲って言ってもいろいろあるよね? 僕、卒業までにナオちゃんの曲振ってみたいなぁ」
「あたし、NHK大河ドラマのメインテーマとか書くような作曲家になりたいんだよね~、って無理か。あはははは」
その時ふと、ナオがピアノで弾いてくれたあの曲を思い出した。
「ナオの曲……天にも昇るような、そんな曲だよ」
「真央、聴いたことあんのか?」
「ああ、一緒に住んでるし。ピアノで何度か弾いてるのを聴いたよ。なんか魔王がセラフィムになっちゃうようなそんな曲」
「は? セラフィム?」
「あ、いや、魔物も天使になりそうな、って事」
我ながらかなり苦しい言い訳だ。ミミズがドラゴンになっちゃうとでも言えば良かったか? それはそれでまた別の問題が発生しそうだが。
「そう言えば真央くん、真央くんは夢とか無いの?」
「夢? って?」
「何をやりたいとかそういうの。真央くんいつも一緒に居るのに、真央くんが自分の希望を言ったのを聞いたことが殆ど無いんだよね。いつも僕や大熊くん、ナオちゃん彩音ちゃんの話を楽しそうに横でうんうんって聞いてるけど、真央くんの事って僕殆ど知らないなぁって思ったんだ」
「そう言えばそうですよね、真央さんって今の仕事がやりたかったようには見えないし、本当は何がしたいんですか?」
「俺の……したい事? 何だろうな、わからんなあ」
「ほんなら、したい事や
それなら……
「俺は、ナ……あ、いや、みんなとこうしてずっと友達で居たい」
「何言うてんねん、俺らはコーラで兄弟の契りを交わした仲やんか。ずーっとジジイになっても仲間やで!」
「ああ、そうだったよな」
俺は慌てて取り繕うように笑顔を作った。
「ナオの笑顔をずっと見て居たい」という言葉は敢えて呑み込んだ。
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