第24話 人助けは魔王の首を絞める
翌日はまさかの雨。パターゴルフだグラススキーだと盛り上がっていた五人の朝起きた瞬間の敗北感と言ったら、クラーケン狩りに行ってホタルイカしか釣れなかったくらいの物だった。
しかし、転んでもタダで起きる連中では無い。
こんな時に妙な知識を披露するのが大抵トロルだ。ここから多摩に戻るまでの道のりに楽器博物館とオルゴールミュージアムがあるのを知っていたのだ。
即断即決で車に荷物を積み込んでログハウスを後にした俺たちだったが、なんつーかだんだん土砂降りになって来て、ますます凹んでしまうのを止められなかった。
「大熊ぁ、雨降りだし、山道だし、気を付けろよ~」
「とーぜん! 若き天才ヴァイオリニストと、指揮者を目指す天才チェリストと、未来のNHK専属大河ドラマメインテーマ作曲家と、人間界の週末魔王ヒーロー役者の命を預かってんねんで。このワタクシ、安全運転をモットーにお客様の大切なお荷物をお届けいたします!」
「佐川急便しなくていーし……」
「僕たち荷物扱い?」
「魔王やってんの週末だけじゃねーし……」
ゴチャゴチャ言ってる間にも、たまーにしか通らない対向車が水しぶきを上げながらゆっくりと横を通過していく。
「なんかやな感じ~。雷とか鳴りそうじゃない?」
「なんやナオは雷あかんのか?」
「おヘソ取られるじゃん」
「んなわけあらへんがな」
なんて言った途端に雷が鳴り響く。……と同時に車内にも彩音の悲鳴とマンドラゴラの雄叫びが上がる。彩音にくっつかれて、トロル佐藤の鼻の下は伸びっぱなしだ。雷神もなかなかに粋な計らいをするもんだ。魔王には到底こんな気の利いたことはできない。
「ここに雷落ちたりしないよね?」
「ここに落ちる前に周りの木に落ちるっちゅーねん」
「真央さん、後ろ一人で大丈夫ですか?」
「あ? 何が?」
「真央くんは大丈夫だよ。魔王だもん」
「そうですよね」
「真央~、生きてる~?」
「ああ、ナオえらい遠いな。
「もう真央ってどんだけ呑気なの~?」
「旨いぞ」
「真央くん、僕が食べる」
「はいよ」
俺が佐藤に真桑瓜の入ったタッパーを渡そうとした瞬間、俺らの乗った七人乗りのワゴンは悲鳴とともに急停車した。
「どうした?」
「あかん、落ちる!」
見ると、雨でスリップしたのか、対向車が目の前でガードレールを突き破って、崖に前輪を落とした格好で止まっている。
「佐藤、行くで!」
「うん!」
バケツをひっくり返したような土砂降りの中、大熊と佐藤が即座に車から飛び降りる。
「彩音! 119番通報して! あたし三角板出す!」
「わかった」
ナオが車から降りると、彩音が電話をかけ始める。俺も佐藤のシートを前にスライドさせてすぐに車を降りると、ナオがずぶ濡れになりながら後ろのドアを開けて悪戦苦闘しているのが見えた。
「何してんだ!」
「この赤い三角出すの! 手伝って!」
「どけ」
なんだかわからんが赤い三角の物をひっぱり出すと、ナオがそれを組み立てて少し離れたところまで走って持って行く。
「どうする?」
「なんて? 聞こえへん!」
声が雨音に負けている。
「これ! 引っ張り上げるか?」
「下手に触ると落ちてまうがな!」
「じゃあどうすんだよ!」
事故車両は微妙なバランスを保っていて、迂闊に触ると崖下に落ちてしまいそうで近寄れない。しかも土砂降りでお互いの声が聴きとりにくい。
「中の人、大丈夫ですか! 聞こえてますか! 動かんといてください! 絶対動いたらあかん!」
「三人で引っ張ってもダメか?!」
「アホか! 前輪落ちとるやんか! 一緒に引きずり落とされるがな! ここで迂闊に触ったら、それが原因で落ちるかも知れへんやんか!」
「じゃあ、僕たちは見てることしかできないのかよ!」
「しゃーないやろ! JAFちゃうねんから!」
大熊と佐藤がオロオロしながら相談している横を通り過ぎ、俺は崖から半分ぶら下がった車の中途半端に開いたトランクの縁を掴んだ。
「真央!」
二人が叫ぶ間もなくそのまま車を両手でズルズルと引きずり上げ、車の下に片手を入れて「よいしょ」と車の向きを道と平行にして停めた。
歪んだドアを片手で引き剥がし、衝撃で膨らんだエアバッグを外して、中の人の無事を確認する。
それを呆然と見ていた佐藤と大熊もハッと我に返り、急いで中の人の怪我の状況を確かめ始めた。ナオがそれを彩音に報告し、彩音が電話で救急隊員に状況を知らせる。
幸い、運転手も同乗者も軽い怪我で済んだようだけど、俺たちもこれから警察が話を聞きに来るって言うし、ずぶ濡れのビショビショだしで、楽器博物館どころの騒ぎではなくなってしまった。
それどころか。
ナオがぼそりと言った一言で俺は真っ青になったのだ。
「真央……あんたみんなの前で魔王の力、使っちゃったね」
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