第15話 オークまたか!

 翌日は昨日と打って変わってどんよりとした天気だった。まさに今の俺の気分をそのまま大気に投影したような感じだ。


 そんな俺に気付く訳もなく、花津さんは「真央さんの彼女、めっちゃ可愛いんですよね~」と職場の人に言いふらしてるし、彼女じゃねーって言っても観覧車スタッフが「キスしてんの見た」とか言って信じてくんねーし、あれはキスじゃなくて鼻がぶつかっただけだつっても「鼻がぶつかるほどギュウギュウ抱きしめてたの見た」とか言ってもー好きにしてくれ、いや、好きにされても困る、あれは違うんだ誤解だ誤解。てかあれは彼女じゃねーんだ、友達だつの。


 そーかと思えばお化け屋敷スタッフが「眼鏡の女の子と抱き合ってた」って騒ぐし、抱き合ってたんじゃなくて「ヨシヨシ」してただけだろーが、大体なー、あのマンドラゴラを放置しといたって俺は良かったんだぞ、お前らが困るだろーから黙らせたんじゃねーか。てか、あのまま放置して帰ってもやっぱ俺もそのあと困るけど。


 そんな訳で、誤解が解けたのか解けてねーのかよくわからんまま家路についたりした訳なんだが、電車に乗った途端、雨がザーザー降りだして来ちゃったんだな。

 ナオは今日、傘を持たずにガッコ行っちゃったし、仕方ねーから途中下車して迎えに行ってやる事にした。何のかんの言って俺、被保護者なのに保護者を保護してるな。


 食堂の窓際でコーラを飲みながら通り過ぎる人をチェックしていると、「あれ? 真央くん」と声がかかった。この声はトロル佐藤だ。見なくても分かる。


「どうしたの? こんなところで」

「ああ、仕事帰りに雨が降ってたからさ」

「あー、そうなの?」


 そう言いながら佐藤は俺の前に座る。何度見てもデケー。無駄にデケー……。


「な、この前言ってたペール・ギュントなんだけどさ」

「魔王の話か? あれってトロルの王様だったんじゃねーか」

「うん、そうだよ。だから親近感湧いちゃってさ」


 ……やっぱ親近感湧くんか……。

 と思った時、上から声が降ってきた。


「せやから、俺がそこんとこは八分連打できっちり決めたる言うてんねやんか、その前のロールんとこから」

「あ、大熊くん」


 見上げると、佐川急便のユニフォームを着ていないのが不思議なくらいどこから見ても体育会系な爽やかイケメンのオークが仁王立ちしていて、俺は思わず「オーク……」と呟いてしまった。


「え? あんたもパーカッショニスト? 一目でオークて見ぬいたん?」

「? パーカッショニストって何?」

「あれ? パーカッショニストちゃうんか?」

「へ?」


 俺とオークの間に飛び交う『?』マークを見た佐藤が笑い出した。


「大熊くん、この人ここの生徒じゃないんだよ。真央くんて言うんだ。真央大くん」

「真央大? どっかの大学みたいな名前やなぁ、あははは」


 ほっとけつーの! どいつもこいつも。


「真央くん、こっちは打楽器科の大熊鷹くん」

「あ、ども、はじめまして」


 大熊に鷹かよ。そんでこの逆三角かよ。すげーワイルド。チョー肉食系! んで関西弁。しかも大熊鷹。オークまたか! 駄洒落か?

 なんて思ってる間にそいつもここのテーブルについちゃったりして、リュックの端からはみ出している二本の棒を出してくる。


「パーカッショニストちゅーわけでもないのに、ようオークやてわかったな、これ。俺ずっとヒッコリースティック使こててんけど、最近オークに変えたばっかやねん」

「あ~、オークって木材の事だったのか」

「え? ほんなら何のこと言うとってん?」

「あ、いや、勿論材質のこと!」

「?」


 全然フォローになってねえ。


「ほいで、真央はここで何しとったんや? ここの学生でもあれへんのに、佐藤とペール・ギュントの話って、どっかのオケの人なん?」

「いや。俺はナオを迎えに来ただけだよ」

「ナオ?」


 トロルが俺とオークの間に入ってくる。


「作曲科のナオちゃんと真央くん、同居してるんだよ」

「なんやてゴルァ! ホンマかいな!」


 オーク怖えし……。

 と思ったら急にオークが声を潜めてきた。


「真央はナオとどーゆー関係なんや?」


 彩音と同じ事を聞くし……。


「保護者と被保護者。そんだけ」

「ホンマにそんだけか?」

「うん、そんだけ」

「ほんなら俺がナオに接近しても文句あらへんな?」

「は?」

「よし、ほんなら真央、お前今日から俺のダチや。ナオの事いろいろ教えてや」


 バシッて……そんな思い切り叩かんでくれ。背中に収納してる羽が折れるし。魔王は繊細なんだから、もっと優しく扱って欲しい。


「もしかして大熊、ナオのファン?」

「せやっ!」

「ナオのどーゆーとこがいいの?」

「無駄に明るうて元気が良うて声がデカいとこ!」

「乳もかなりデカいぞ」

「見たんかいワレ!」

「うん、生で。風呂場で全裸」

「オドレぶち殺したる!」


 オーク怖い。マジで怖い。


「触ってねーし!」

「……赦す。ちゅーかかなり羨ましいどワレ。どんなやった?」

「何が」

「乳」

「ぷるんぷるんの爆乳Gカップ」

「うがーーーーーー!!」


 アホかコイツは……。鼻血出してるし。


「それにしても遅いなナオ。もう終わってんじゃねーのか?」

「やだなぁ真央くん、とっくに終わってるよ。ナオちゃんならもう帰ったんじゃないかな?」


 それを先に言え、トロル……。

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