第14話 観覧車+女の子=地雷原

 ……?

 ……はっ!


 てかヤバい。

 彩音と二人っきりじゃん。しかもこれ、ただ乗ってるだけじゃん。お化けも出なきゃフェアリーも居ねえ、ぶつかり合いもしねー、他に誰も居ない、絶対に彩音と向き合わなきゃならねーんじゃねーの?

 まずは落ち着け。焦っている事を悟られてはいけない。余裕のある態度で……カッコだけでもいい、余裕があるように見せなくては。


「なんか……ドキドキしますね~」


 いきなり読まれたか?


「そう? 高所恐怖症?」

「ううん、そうじゃなくて」


 ヤバいぞ。

「そうじゃなくて」のループにまた突入か? あの日の悪夢が蘇る。


「そっか、閉所恐怖症か」

「ううん、違うから……」


 ヤバいヤバいヤバい。

 喋れば喋るほどドツボにハマるパターンだ。かと言って黙っていられる状況じゃないぞ!

 そうか、俺が質問すればいいんだ、よし、それで行こう。何でもいいから思いつきで質問するんだ。


「なんでドキドキすんの?」

「え……やだ……私に言わせるんですか?」


 そー来るか。そーゆー切り返しなのか。よし、今日は強気で攻めてみよう。


「ああ、言わせたい。言って」

「……ムリです」


 なんと! いきなりの惨敗か!

 待て、ここは押すぞ。質問攻めにされたら俺の負けだ。


「ダメ。ちゃんと言わなきゃ帰さないよ」

「じゃあ言わないでおこうかな……」


 待て待て待て、頼む、ちゃんと帰ってくれ!

 どーする、どーするよ俺!


「言わないと食っちゃうよ」

「何を?」

「彩音を」

「…………」


 ……しくじったか? あれ? しくじったっぽい? この台詞はまずったか?

 ちょっと脅してみようか。

 俺は立ち上がると、彩音の両肩に手をかけた。


「お前、どこから食ったら美味しいの?」

「えっ……」


 わざとニヤリと笑って顔を近づけてみたりする。これで彩音もビビり上がってちゃんと帰ってくれる筈だ。

 あれ? ビビってない? その目、何?

 てか寧ろヤバい! これは期待の目だ! 食われることを期待してる! ヤバいぞヤバい、なんとかせねば!


「……なーんてね」

「やだ、真央さんてば」


 なんだその残念そうな顔は。本気で食われたかったんか? トロル佐藤がまだ腹八分って顔してたぞ、そっちの生贄になっとけ。俺はコーラだけでいい。

 俺が再び座ると、突然彩音が顔を上げた。


「高くなってきましたね」

「へ? あ、ああ、そうだね。まだ半分くらいなのに結構遠くまで見えるね」

「あ、学校が見える」

「どこ?」

「ほら……そこの鉄塔の方に真っ直ぐ――

「え、どれ?」


 俺は彩音の側に近付いてその指さす方を見るが、どれだかわからん。


「ほら、鉄塔見えます?」

「鉄塔は見える」

「そこをずっと真っ直ぐ……あっ」


 接近し過ぎて彩音と頭がゴッツンコしてしまった。


「ごめ――」


 はっっっ!

 すげーーー至近距離!


「あの、ごめんなさい」

「あー……いや、俺こそ」


 真っ赤になって慌てて戻る彩音を見ながら、俺は精一杯余裕のあるフリをする。


「あ、ほら、さっきの花津さん、フライングパイレーツの点検してますよ」

「へ~、彩音、目がいいんだね」


 アルゴス並みに……と言いそうになって、辛うじて呑み込んだ。いくらなんでもそれじゃ佐藤と同じ扱いだ。せめて百目鬼どうめきくらいにしておいた方が無難というものだ。いや、それも言わないに越したことは無い。


「コンタクトですよ。七音もコンタクトにしたらいいのに」

「そーだよな。アイツ結構可愛い方だと思うんだけど、あの瓶底眼鏡がイマイチだよな」

「真央さん……七音の事、可愛いって思います?」

「え? 可愛くない?」

「いえ、そうじゃなくて。私は七音のこと可愛いと思うんですけど、男の子に正当に評価されてないっていうか。真央さんはどう思うかなって」

「俺はあいつ結構可愛いと思うけど」

「そうですよね。でもなんかちょっと今……嫉妬しちゃった」

「へ?」

「ううん、何でもないです」


 追及してはいけない。自爆テロと同じ行為だ。


「そう言えば、花津さんと一緒に仕事してるって……」

「ああ、そうだよ」

「ここの警備員さんだったんですか?」

「え? ああ、この前の話? あれはちょっと前までの仕事。今はショーやってる」

「ショー?」

「子供向けのヒーローアクションショーで魔王の役」

「真央さんだから?」

「そゆこと」


 彩音が口元を押さえてウフフと笑っている。なんか取って付けたようなお嬢様だな。絶対にナオがやらない仕草を彩音はフツーにやってる。その逆もまた然り。


「花津さんも何かの役ですか?」

「いや、舞台設備だよ」

「あんな綺麗な人に舞台設備なんてやらせるんですか?」

「本人がそういう仕事好きみたい。美人なのにね」

「……美人ですね……」


 え? なんかちょっと口調変わった? なんか彩音にヘラを見たというか蛇帯を見たと言うか……。ナオがメデューサ化した時みたいな妙な迫力……。


 てゆーか。やばいよ。なんか沈黙しちゃったよ。なんか話振らないと。そーだ、何でもいいから質問するんだった。……つってもそんなに彩音に興味があるわけじゃねーし、聞きたい事なんて何もねーし。参ったな。


「単刀直入に聞きますけど……」

「え? 何?」

「七音と……その……どう言う関係なんですか?」

「どーゆーって、別に、保護者と被保護者?」


 ナオの方が保護者だけどね。


「そうじゃなくて……」


 やべっ! また「そうじゃなくて」だ! てか、じゃ、どーなんだ?


「一緒に居て何も無いってことないでしょ? 同じ家に住んでるんですよね」


 同じ家って言うか、寧ろ同じ……


「ダンジョン? ……の関係」

「え? 男女の?」

「うん、だってそんな感じだし」


 ナオの部屋に通じる廊下は似たような扉がたくさん並んでて、間違えると『お隣さん』と言う決して足を踏み込んではならない領域に入ってしまうらしいし。しかしなんでまたナオはダンジョンなんかに住んでるんだろうか。


「それなら最初からそう言ってくれたら良かったのに」


 あれ? 言ったよな? 一緒に住んでるって彩音に言ったから、ナオが怒って歴史の授業サボって帰っちゃったんだから。忘れてんのかな?


「ナオの彼氏じゃないからって言ったじゃないですか。嘘だったんですか?」

「彼氏? いやいやいやいや、そんなもんじゃないよ。ナオに恋愛感情とか全然そんなもん無いし」


 だって、ナオだぞ? 保護者だぞ? ディアボロスでメデューサでその上マンドラゴラだぞ?


「酷い……恋愛感情も無いのに……身体だけの関係って事ですか?」

「身体だけの関係? は? え? ちょっと、意味判らん」

「だってそういう事じゃないですか。恋愛感情も無いのにナオを抱いたってことでしょ!」

「は? だってアイツのマンドラゴラシャウト凄まじいじゃん。抱いてやらなきゃずっと泣いてただろ?」

「じゃあ、私が泣いたら抱いてくれるんですか!」

「勿論!」


 あ。ついうっかり口が滑った。泣かれたらどーしよう。……ってやっぱ泣いてる。


「信じられない。そんな人だったんですか」

「何で泣くかなぁ」

「抱かないんですか、私を」

「え、抱いて欲しいの?」

「そういう事を言うんですか」


 なんか訳わかんないんで、取り敢えず有無を言わさず俺の懐の中に入れてみた。


「放してください」

「やだ」

「好きでもないくせに」

「好きだよ」

「そうやってナオも……」

「あ、そう言えばナオに言った事無いな」

「何を?」

「好きだよって」

「好きじゃないからでしょ」

「いや、好きだよ」

「そうやってあちこちの女の子に『好きだよ』って……」

「いや、彩音に初めて言った。たった今」

「え……」


 俺の腕の中で彩音が顔を上げる。ヤバいくらい至近距離。鼻が触れた。これはマズイ。マズイマズイマズイ……。


「あ、も……もう着くね」


 慌てて手を放して、彩音から離れる。彩音が極めて不満げな顔をしてこちらを見ているがそんな事は気にしていられない。


「あのさ、俺、彩音の事もナオの事も好きだけどさ、恋愛とか全く興味ないから」


 そう言った時、ちょうどゴンドラのドアが開いて係員が笑顔で迎えてくれた。


「はい、お疲れ様でした~」


 ……ほんと疲れたよ、俺……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る