第13話 俺のランチは生贄の娘?

 トロル佐藤は案の定と言うかなんというか、昼飯にオムライスと焼きそばとカレーライスと牛丼特盛を食べて、デザートにアップルパイまで腹に収めていた。正直、見ているだけで気持ち悪くなったが、ナオは「見事な食べっぷり!」と絶賛していた。こう言うのを『痘痕あばた笑窪えくぼ』と言うのだろう。

 一方俺は、元々あまり食わないもんだから、佐藤の隣でコーラだけをチビチビとやってた訳で。


「真央くんはそれだけで足りるの? 何も食べないの? 僕のナゲット一個食べる?」

「要らん」

「真央さんって、あんまり食べるイメージ無いですね。普段どんな物食べてるんですか?」

「俺? そーね……魔王だけに処女おとめの生き血かな」

「もう、真央さんてば冗談ばっかり」

「いやいや、冗談じゃねーって。何なら後で彩音が生贄になるか? 観覧車なら二人っきりだぜ?」

「えっ……」


 てか冗談だつの! 赤くなるな! てか期待すんな! てか佐藤、恨みがましい目で俺を見るな!


「じゃ、あたし佐藤先輩と観覧車乗ろーっと」


 素早い! 素早いぞナオ! 絶対にチャンスを逃さない女だな!

 まあいい、佐藤と違って俺の作ってやったチャンスを無駄にしないお前は偉い。佐藤は少し学習しろ。


「てか佐藤、早く報告しろよ。お化け屋敷どうだったんだよ」

「うーん……イマイチ盛り上がらなかったね」

「そうですねぇ、なんかあんまりオバケ出て来なくて」


 そりゃー身の丈2mのトロルがウロウロしてたら、オークさえもコボルト程度にしか見えないだろうから、なかなか出にくい状態ではあったとは思うけど。

 てかさ。

 俺も魔界に居たらかなり貧相な方だけど、人間界に居たら結構それなりのカラダしてんのよ? 身長だって190cm近くあるしさ。その俺が佐藤の前ではホビットに見えるんだからさ。どんだけデカいのよ?


「でも彩音の悲鳴が聞こえたよ」

「あ~、あれ? ウフフ……」

「蛍光ガイコツの絵が付いた全身タイツの人が出てきたんだけど、僕が足元の段差に気付かなくて転んだんだよ、ガイコツさんの上に。それで彩音ちゃんがびっくりして」


 驚かしたのはガイコツじゃなくてお前なのかよ佐藤!


「ガイコツさん、鼻血出してもう大変だったの」

「リアルホラーだったよねー」

「うん。ほんとビックリした。それより、七音の声、外まで響いてたけど……」


 まあ、聞こえるわな。マンドラゴラの断末魔。


「いやもう、ほんとに」

「あたしたちの事はいいのっ! もうお化け屋敷の事は忘れて! ねえ、観覧車行こう、観覧車!」


 ナオが佐藤の腕を引っ張る。おいおいおい、あれだけ俺に大変な思いをさせておいて、お化け屋敷を無かったことにするのか。俺は報告したいんだぞ、あの『単独阿鼻叫喚の地獄絵図』を。公表させろこの裏切り者、お前今日からディアボロスと呼んでやる。

 俺の魂の叫びがナオに届く筈もなく、というか届いていても意図的にスルーされて、丘に打ち捨てられたクラーケンの如くズルズルと観覧車に引きずって行かれたところで聞き覚えのある声に呼び止められた。


「あら~、真央さんじゃないですか?」

「あ、花津はなづさん」


 スタッフポロシャツにキュロットスカート姿の仕事仲間がキャップを振りながらこちらに近付いて来る。この人はショーの舞台装置をやっている人だ。ショーをやっていない時は、園内の電灯やスピーカーなどの設備の点検とメンテナンスをしている。


「真央さん、今日はデートですか?」

「え? ああ、まあそんなよーなもんです」


 本当は全然違うけどめんどくせーからそれでいいや。


「はじめまして、私、多摩音楽大学ヴァイオリン科の馬坂まさか彩音です」


 えっ? 彩音、いきなりきちんと挨拶し始めたぞ、俺の周りから落としていく作戦か?


「あたしパーク設備メンテの花津麻理です。真央さんとはショーの仕事でご一緒してるの」

「え~、そうなんですかぁ。いいなぁ」

「今日はゆっくり楽しんで行ってね」

「はい、ありがとうございます」


 ふーん。彩音って馬坂さんだったんだ。

 花津さんって麻理さんだったんだ。

 そーいや、ナオの苗字って知らんなぁ。一番近くにいる人の名前を知らんとは我ながら不覚。てかもう、ディアボロス七音でいいし。

 しっかし、彩音ってどこ行っても好感度抜群だな。絵に描いたようなお嬢様って感じだ。


「真央さん、早く早く」

「あ~、はいはい」


 あ……なんか勢いで乗っちゃった。バタンってドア閉められて。ゆっくりゴンドラが上がってく。人間はこーゆーのが楽しいのか。なんでこれがスペシャルイベントなんだろうな。よくわからん。ただゆっくり上に行って降りて来るだけだろ?


「あ、花津さんが下で手を振ってくれてる~」


 無邪気に彩音が花津さんに手を振り返したりしてる。こーゆー所はナオと同じでなんだか可愛いな。


 ……え? ナオと同じで?


 ああ、まあ、そうか、ナオもまあ、可愛いとこあるよな。確かに。

 強がりで、仕切り屋で、見切り発車で、そのくせ早とちりで、お節介焼きで、落ち込みも立ち直りも早くて、俺に対してだけ態度3Lで、だけどまあ……さっきのお化け屋敷のナオは、無条件に可愛かったな。……無条件にやかましかったけど。

 ってなんだ俺、知らぬ間にめっちゃナオの分析してるし。


 なんてのんびり考えていた俺は、彩音が花津さんに手を振るのをやめてこっちに振り返った瞬間、唐突に自分の身に降りかかりつつある驚愕の現実を目の当たりにしたのだ。

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