第12話 マンドラゴラの叫びはアンデッドさえ死に至らしめる

 まずは佐藤と彩音をお化け屋敷とやらに押し込んだ俺は、ナオにここぞとばかりに質問した。


「な、な、な、な、お化け屋敷って何?」

「え? 入った事無いの?」

「なんか怖いところで、びっくりさせられて、どんだけビビリでヘタレでチキンかが一発でバレると聞いてるんだけど」

「そうだよ。知ってんじゃん」

「じゃあ、俺がどんだけヘタレかもバレバレになるって事だな」

「うん。でも真央がヘタレなのは知ってるから気にしなくていいよ」


 なんだか絶望的な事をさらりと言うんだよな、こいつは。


「じゃ、彩音と組まなくて正解だったか」

「だけどさー、女の子としてはこう言うところで男の人に守って貰いたかったりする訳なんだけど。彩音的には真央と一緒に入りたかっただろーし、あたし的には真央じゃなくてここは佐藤先輩と一緒が良かったな~とか思ってたりするんだけど」


 魔王よりトロルを選ぶんだな、こいつは。


「だってさっきゴーカートで佐藤と一緒だったじゃん? ずっと同じパートナーってどーよ?」

「そうだけど、それならゴーカートよりお化け屋敷の方がランク上じゃん。そーゆーとこわかってないよね、真央は。もしかして恋愛とかした事無い?」

「魔界に恋愛もクソもあるかよ。てか俺の事はどーでもいいだろ」


 ナオが何か言いたげに俺の事を上目遣いに見上げる。こんな時のナオは、ハッとするほど可愛く見える事がある。

 多分素材は悪くない筈だ、ただ、雰囲気がなんつーかガキっぽい上に田舎もんぽくて、すんげー損してるんだと思う。


「なあ、ナオさ……もうちょっと可愛く見えるようにしてみたら? そしたら佐藤もナオの事もうちょっとこう、恋愛対象として見てくれるんじゃね?」

「何それ、どーせ可愛くないし、不細工だし、ダサいし、子供っぽいって思ってるんでしょ」

「ちげーよ。ガキっぽいのは確かにガキっぽいけどさ、お前結構可愛いと思うんだよなぁ。その瓶底眼鏡やめてさ、髪もお下げやめてさ、服もまあ……カジュアルでいいけど、小物に凝ってみるとかさ」


 と、尤もらしく言うが、これは全部ショーメイクさんの受け売り。


「るっさいなー、ほっといてよ」


 とは言ってるけど、なんだかちょっと嬉しそうな顔したように見えたぞ、ナオ。てか、そんなところもミョーに可愛いぞ、お前。


「そろそろ行こっ」

「やだなぁ……。肩に黒猫乗せたチート美少年黒魔術師が出て来ませんように、なんまんだぶなんまんだぶ……」

「何訳わかんない事言ってんの、早く」


 ナオに引っ張られてお化け屋敷とやらに入った途端、奥の方から彩音の悲鳴が聞こえてくる。うあ~、やだなぁ。イケメン魔剣士とか絶対やだなぁ。


「今の彩音だよね」

「ああ、そうだろな」

「あーあ、彩音、真央と一緒に入りたかっただろうにな~」

「だーかーらー、今頃になって言うくらいなら、これだけは譲れないってヤツを先に言っとけよ」

「じゃあ今言う! 観覧車だけは譲らない! 絶対あたしと佐藤先輩、彩音と真央!」


 なんかすごい迫力。一瞬魔王に見えた。


「あー、わかったわかった。それでいい」


 と言った瞬間後ろに気配を感じて何気に振り返ってみた……りした……ら? 何か安っぽいアンデッド系のメイクをした奴が付いて来てる。


「なー、ナオ。お前アンデッドとトロル、どっちが好み?」

「アンデッドって何?」

「後ろにいる奴みたいなの」

「えー?」


 ナオはくるりと振り返り。


「アンデッド、なんかグロい。トロルの方がいいかな」

「やっぱ佐藤か」

「てゆーか何それどういう意味」

「いや、ナオの好みの傾向をだな」

「え……てか何今の!」


 ナオは再び振り返り。


「きゃああああああああああああ! いやあああああああああ!」


 ナオはアンデッドさえ死に至らしめるような壮絶な叫び声を上げ、俺の顎の下くらいしかない小柄な体で死に物狂いで抱きついて来た。てか、気づくの遅せーし。

 しかしこれで意味がわかった。こういう事なら確かにどさくさ紛れに抱きついたりできるわけで、ターゲットと一緒に入りたいと言うのも分からんではない……てか、あまり分かりたくはないが。


「ナオ。ナ~~~~オ。いつまでそうしてんだ」

「アンデッド、もういない?」

「大丈夫だって。……な、忘れてるみたいだけど、俺、魔王だよ?」


 何故アンデッドみたいな雑魚に怯えて、ラスボスの魔王は怖くねーんだこいつは。

 ナオは恐る恐る俺から離れて――とは言っても俺のシャツを凄まじい力で握りしめてはいるが――周りを見渡した。


「ちょ……っと、あの、何かの気配したらすぐ言ってよね」

「知らねーよそんなの」


 ナオのやつ、完全ビビリモードに入ってる。平静を装ってるけど、俺のシャツを掴んでる手が真っ白になって血が通ってねーし。

 なんか可愛ええ。


「なっ……何笑ってんの」

「別に」

「あっ、あたしは平気だからっ。さっきのはちょっとグロかっただけで」

「そう」


 そんな強がんなくたっていいんだけど。もうバレバレだし。


「そっかー、ナオはグロいの嫌いかー」

「スプラッタとかホラーとか、あんなの考える人アタマどーかしてるし」

「そーだよなぁ、やっぱ同じ血糊使うんでも、ドラキュラみたいにセクシーでないとなぁ。グロいだけのはセンスもへったくれもねえよな」

「そーだよね! 汚いだけより美しい血糊だよねっ!」

「うんうん、お前もそう思うよな?」


 とナオの隣を歩いているヴァンパイアに向かって声をかけると、ヴァンパイアも『うんうん』と力いっぱい頷いている。ナオはコイツが隣に来た事に全く気付いてなかったんだろうか。


「いやああああああああ! やああああああああっ! やあああああ!」


 いちいちうるさい……。

 しかもそんなにしがみついてたら前に進めねーつの。

 ナオがサービス精神旺盛に悲鳴を上げ続けるもんだから、お化けスタッフの皆さんも大サービスで大勢集まって来た。ナオは顔を上げる度に変なのが増えていくこの現状にますますパニクって、ずっと喚きまくってる。

 てか、マジやかましい、このマンドラゴラ。


「そんなに怖がんなくてもいーじゃん。中身人間だし。オークなんかに比べりゃまるっきし安全だし……って、全然聞いてねーし」

「いやあああああ、あっち行ってええええええ!」

「ほら、進まないとここから出られねーし」

「やだああああ! 出口ここに持って来てええええ!」


 ムチャクチャだ……。

 流石にお化けスタッフも恐縮してそそくさと退却し始めた。スタッフの皆さん、なんかすいません。


「ナオ、顔あげろ」

「いやあああああ、もうやだああああ! やだやだやだああ!」

「周り見ろって。もう誰も居ねーし」

「あっち行って! あっち! 来ないでええええ!」


 こりゃダメだ。なんも聞いてねえ。

 さてどうするか。

 落ち着くまで待つか。何年かかるか分からん……。

 ひっぱたいてでも黙らせる。ますます泣くよな……。

 このチビ担いでそのまま外に出てしまう。この後が大変そうだ。

 なんとか穏便にこの場を脱出できないもんかな。


 待てよ? 今ナオは俺にどうして欲しいと思ってるんだろう?


 あ、そう言えば。

 俺が『人間の求める魔王像』のリアリティを追及しすぎて、そのド迫力に子供たちが泣いてた時、親はどうしてたかな?

 お父さんは……ヒャッハーしてたな。コイツらはバカだ、参考にならん。

 お母さんは……そうだ、大声で泣く子供を抱きしめて、頭や背中を撫でていた。

 それだ、それで行こう。


 俺はナオの背中に腕を回すと、ぎゅっと抱きしめてその頭をナデナデしてみた。

 一瞬マンドラゴラの雄叫びが止まった。

 ……と思ったら、ひっくひっくと泣き方が変わった!

 これは効果絶大ではないか! まさに人間界の魔法とも呼ぶべき裏ワザだ。俺の顎の下でナオが「えっくえっく」とよくわからん泣き方をしているが、先程の「きゃああああ、いやああああ」に比べたら実に大人しいもんだ。


「周り見てみろ、誰も居ねーから」

「えっく……えっく……うん」


 おっ? 俺の話を聞いてる?


「な、だいじょーぶだって」

「……うん……えっく」

「大抵のモンスターは俺の相手じゃねーって。こっちは魔王なんだから」

「えっく……イケメンチート魔道士……」

「それは反則」


 やっとナオが歩き始めた。でもさっきのように俺のシャツを掴んでいる訳ではない。俺そのものを掴んでるつーか、俺の胴体に腕を回してしがみついてるつーか。お前はコアラか。

 てか歩きづらいったらありゃしない。とは言えさっきの「一歩も進めませーん」な状態に比べりゃまだマシだ、俺は贅沢を言える立場に無い。


 あとはお化けスタッフが出るまでも無く、機械仕掛けでお墓の陰から人形が出てきた程度でもいちいち「きゃああああ」が始まったんで、俺とナオが外に出た頃には既に昼を回っていた。


「おかえり~。随分粘ったね」


 出迎えた佐藤の笑顔には『腹減った』と書いてあった。

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