第11話 デートとは陰謀と策略渦巻く頭脳戦だ

 数日後。俺達四人は夢と魔法の国……とは程遠い地元の遊園地に来ていた。

 てかさ、浦安辺りにあるその『夢と魔法の国』ってさ、フツーに魔女とかいるじゃん。ドワーフとかさ。エルフもいたし。そーいや、トロルもいたよ。佐藤、お前あそこでバイトしろ。素のままナチュラルにトロルだぞ、特殊メイクも被り物も要らんぞ。まさに俺がここで魔王やってんのと同じノリだ。


 てかアレ、東京ディズニーリゾートって言うけどさ、実際『千葉ディズニーリゾート』だよな。語呂が悪いなら『浦安ディズニーリゾート』だっていい。

 『としまえん』だって豊島区に無い。ありゃ練馬区だ。フツーに考えたら『ねりまえん』だろう。恐らく『しとろえん』も『しとろ』には無いんだろう。たかだか遊園地の名前程度でもわかるほど、人間とはテキトーな種族らしい。


 んなこたあ、どうだっていい。

 俺はここに仕事で来る事はあっても遊びで来た事など当然無い訳で、正直よくわかっていないのだ。遊園地と言うところを。

 そして佐藤だ。あのトロルは音楽の事になるとまるで別人になるんだが、普段はボヘーッとして優柔不断なので、もう殆ど女性陣に決定権を完全譲渡したも同じだった。


 ナオの提案でまずはナントカクルーズに乗る事にした。これは丸いボートのような物で、のんびりと流れる川に見立てたプールを進んでいく乗り物だ。プールの両側には『ここは森です』とばかりに木だの花だのが植えてあって、ご丁寧にフェアリーなんかの置物もあちこちのキノコの上やら花の影やらにさりげ~に配置されている。こんなウフフアハハな世界を眺めながらボートに揺られる事で、緊張感を取り除く作戦か。確かにこれなら四人で乗れるし、席順も気にしなくていい。ここは「流石ナオだ」と言っておこう。


 で、そのナントカクルーズだ。最初に勝手知ったる俺が乗る。とは言っても乗るのは初めてだが。んでナオが乗り込んで来たんで手を貸してやる。まあ魔王たるもの女性に対しての最低限の気遣いというものは弁えている……つもり。

 次に彩音が乗り込んでくる。勿論手を貸してやるが、ナオが後ろでひっくり返って尻もちをついたおかげでボートが派手に揺れる。


「きゃあ!」

「おっとー」


 彩音が俺の胸の中に倒れ込んで来たんで、ついうっかり彼女をしっかりと抱きしめてしまった。彩音が俺の腕の中で顔を上げる。真っ赤になっている、ヤバい、極めて危険だ。これは計算ずくか? それともナオとの共犯によるものか?


「大丈夫? 気を付けて」


 俺は何事も無かったかのようにそっけない演技をし、手を離した。

 これは侮れないぞ、女性陣! 恐らく二人は共謀している! ナオは佐藤に、彩音は俺に接近する為、二人で仕組んだ罠がたくさんあるに違いない!


 などと思っていると佐藤も乗り込んで来たんで、なんとなく佐藤にも手を貸してやった。……が、あろうことか佐藤まで俺の胸に飛び込んできた。ので、俺と佐藤は抱き合ったまま椅子に尻もちをついた。


「お前……この前ホモじゃねえって言ったじゃねーか」

「ごめん、わざとじゃないんだけど」


 ここで俺は声を落とした。


「いいか。上手くやれ。彩音に気があるんだろ? 俺がなるべくナオを引き付ける。佐藤はチャンスを逃すな」

「なんで僕が彩音ちゃんのこ――」

「魔族の勘だ」


 俺はトロルの言葉を途中で遮り、いかにも腐女子が喜びそうな格好で佐藤に組み敷かれた体を無理やり起こすと、座席にフツーに座り直した。


「二人とも大丈夫?」

「ああ、ヘーキ」

「ぼ、僕も大丈夫」

「今日は真央さんのおかげでスタッフパスポートで入れてラッキーだったね。真央さんありがとう」

「いえいえ。まさか四人分くれるとは思わんかったし」


 そう、今日の入園パスポートはショースタッフの監督さんがくれたのだ。お陰で今日はただで乗り放題。平日だからどこも待ち時間なしでどんどん行けそうだ。


「あ~、気分いいね~。なんだかこういうのんびりしたボートに乗ってるとシュトラウスな気分になるよね~」

「あ、言えてる~」


 シュトラウス? 読んだぞ、ナオの本で。ヨハン・シュトラウス、ワルツの父と書いてあった。つまりシュトラウスの息子がワルツだ。娘かもしれん。なるほど、ボートはワルツな感じなのか。

 しかし、舟歌ってのがまた別にあった気がするぞ?


「なあ、舟歌バルカローレってのとはまた違うの?」


 ナオがあからさまに驚いた顔で俺を見る。それ、どーゆーリアクションなわけ?


「真央さん良く知ってるんですね。そうですよね、この場合はバルカローレですよね。なんでも知ってて……なんか尊敬しちゃう」


 彩音が顔を赤らめている。その正面でナオが小さくガッツポーズをしているのを俺は見逃さなかった。コイツら、やっぱグルだ!


「いや、昨日ナオの本、勝手に読んでさ。そんな事が書いてあったから、これはなんなんだろうなぁって思っただけ」


 そっけなく言いながら佐藤をチラ見する。怒ってるかも……と心配したが、佐藤はナチュラルに俺に向かってリスペクトの目を向けている。お前、俺をリスペクトしてどーすんだ! 彩音に接近せんかい!

 俺は思いっ切り佐藤に目で合図を送った。ここでやっと佐藤はハッと気づき、「ねえ」とみんなに声をかける。


「あ、あのさ、この後みんなでゴーカート乗らない? ここのってお互いのクルマでバトルするんだよ」

「バトルってどんなの?」

「ぶつけ合い」

「それ楽しそう! 佐藤先輩、あたしと一緒に乗ろうよ」

「え……」

「じゃあ、私、真央さんと……」

「そ、そうだな」


 負けてんじゃねーか佐藤! 押しが弱ええ~!

 そうか、わかったぞ。こういうのは先に言ったもん勝ちなんだ。ナオが間髪入れずに提案し、彩音が即それに迎合する。そういう作戦なんだ。


 そんなこんなでゴーカートだ。俺らは断る理由も無いんで、佐藤とナオ、俺と彩音でゴーカートに乗り込んだ。

 それからは……もう想像通りだ。

 派手に車同士でぶつかる度に彩音がきゃーきゃー言いながら俺にくっついて来て、もう佐藤とナオがどうなってるかなんて見てる余裕無し。

 その上、ゴーカート降りた瞬間、まさかのナオによる先制攻撃だ。


「お化け屋敷行こう!」


 もう貴様らの魂胆は見えている。

 しかし、今度の佐藤は早かった。すかさずこう言い放ったのだ。


「じゃあ今度は彩音ちゃんと組もうかな」


 彩音とナオの顔と言ったら無かった。が、彼女たちは自分たちがいろいろ仕組んでいる手前、「そうだね~」と笑顔で返すほか無い訳で。しかもトロル佐藤が言うと、それがどんなに計算し尽くされたものであっても天然ボケにしか見えないのだ。もう俺は笑い死にしそうなのをただただ必死に耐えた。


 そうだ、何しろ俺はナオが佐藤に気があるのを知ってる訳で、俺が「ナオ一緒に組もうぜ」とは絶対に言えない立場なのだ。そんな事を言おうもんなら、城に帰ってから「気ぃ利かせてくれたっていいじゃん真央のバカ!」って言われて、コーラ禁止令が出るに決まってる。だからここは『ナオ&彩音チーム』VS『佐藤(アドバイザー俺)』で佐藤が頑張らねばならんのだ。


 俺はこの数少ないチャンスを最大限利用するためにはどうしたらいいか、脳をフル回転させて0.1秒で結論を出した。時間をかけるとチャンスをナオに横取りされるからだ。


「なあ、わざと二組がすんげー離れて行かね? んで後で報告ってのどーよ」

「あ、それ面白いね、そうしようよ。ねえ、七音ちゃん彩音ちゃん?」

「そ……うだね」

「うん、そうしよっか」


 よっしゃー!

 俺は心の中でガッツポーズをした。効果音は『ガシャキラーン!』だ。我ながらよくわからない効果音だが、ショーの中で魔王と闘う正義の味方が剣を抜く時は、何故か必ずこの効果音なんだ。一体どんな剣なんだかとは思うが。

 このお化け屋敷というところで佐藤と彩音が大接近すれば、俺は彩音に気を遣う事も無くなる。頑張れ佐藤! 負けるな佐藤! トロルと魔王の明るい未来はお前の双肩にかかっていると言っても過言では無いぞ。


 ……ところで。お化け屋敷っつーのは一体何なんだろう?

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