第5話 人間の文化はめんどくさい
昨日は『電気』やら『シャワー』やらなんだかややこしい事をたくさん叩き込まれた。それを覚えないと、ここでは生活できないってんだからしゃーない。
俺が水占に使う水盤だと思っていた物は、トイレと言って、そういう目的に使うものでは無かったようだ。玉座には違いないみたいだが。
今日はナオが音大と言うところに俺を連れてってくれるっつーんで、ついてくことにした。本当の理由は、城に俺を一人で置いておきたくなかっただけっぽいんだが、んなこたーどうだっていい。俺は人間界の生活が見れればそれでいーんだから。
「七音~、おはよ~!」
全身ヒラヒラな出で立ちの若い娘がこちらに駆けてくる。ちょっとラミアに似てるよーな気もしなくはない。まあ俺の個人的な見解では美人な方だ。
「おはよ。あ、
「こんにちは、はじめまして。ヴァイオリン科の彩音です、よろしく」
「どーも、魔王です」
「マオさんって言うんですかぁ。女の子みたいな名前だけど、なんかカッコいいですね」
「はぁ、どうも……」
俺は人間に対してどう振舞っていいのかよくわからん事に気付いた。昨日のうちに聞いときゃ良かったと思っても、今更もう遅い。
「あたしこれから対位法の授業があるから、その辺の庭で散歩してるか、そこの食堂でのんびり待っててくれる? 庭にもベンチとかあるから、好きにしてて」
「あー、うん」
「あたしマオさんとお喋りしてていいかな?」
「そうして。魔王、彩音と待っててね」
「あー、うん」
で、ナオは行っちゃった訳なんだけど。どう対応していいのか判らんし。
「マオさん、何科ですか?」
「え? 何科って?」
「私ヴァイオリン、ナオは作曲、マオさん指揮科辺り?」
「あー……いや、ここの学生じゃないんだ」
「社会人?」
俺は「人じゃなくて魔族!」というツッコミをなんとか呑み込んだ。
「うん、まあ」
「えー、どんな仕事してるんですか?」
「クレーム処理係って感じ」
魔王って言ってもどーせ笑われるだけだからここはこう言っておいた方が良さそうだ。俺はちょっとだけその辺学習したんだ。
「クレーム処理? 大変ですね。クレーマーもモンスター化してるって言うし」
「ええっ? 人間界でもモンスターになる奴がいるの?」
おのれ人間め、イケメンチート魔道士とロリコン勇者を送り込むに飽き足らず、自らモンスター化するとは侮れん。甘く見ていたぞ、俺の目は節穴だった!
「モンスターペアレントとか居るじゃないですか」
「ペアレント? ガーゴイルとクラーケンの間にケルベロスが生まれる的な?」
「え、やだ……」
彩音が口元を手で押さえて笑う。なんか俺変な事言ったか?
「マオさんって、楽しい人ですね」
だから人じゃねえって、魔族だって。と思っても口に出してはいけない。
「そ……そうかな」
「私、小学校からずっと私立の女子校だったから、なんか新鮮」
シリツノジョシコウって何だろう? でもここはとりあえず流そう。
「どんなクレームが多いんですか?」
「えー?」
ここは慎重に言葉を選ぼう。
間違っても「うちの前でナイスバデー女剣士がGカップを振り回して暴れ回ってるので助けてください」とか「ドジっ娘魔法使いが黒魔術を駆使して空間に異常が出てるんでなんとかしてください」とか「うちの敷地に勝手に入ってきたナルシスト吟遊詩人が三日三晩歌ってて眠れません」とか、そんな事を言ってはいけない。
「そ、そうね、不審者がいるので見に来てください……とか?」
俺、自分で言っといてなんで疑問形? 誰に確認を求めてる? いや、でも我ながら絶妙な切り返しだったと思うぞ、今のは。寧ろここは褒められるべきだろ?
「あ~、警察の方だったんですか」
「そういう訳じゃ……」
「あ、警備会社ね。ごめんなさい、じゃあ、業務内容なんて言えないですよね」
「あ、うん、まあ、そうね」
ここはそういう事にしておいた方が無難だ。
「じゃあ、強いんだ」
「へ?」
「闘ったりすることもあるんでしょ? 不審者と」
……イケメンチート魔道士とか?
「ああ、あるね……確かにある。きっぱりある」
「怖くないんですか?」
「だって俺、魔王……並みに破壊力あったりするかもしれないけど、えーと……物理攻撃は得意だけどそれ以外はちょっと苦手……な……感じ?」
って、だから誰に同意を求めてんだよ俺!
「じゃあ、格闘技は得意だけどサイバー系は苦手って事ね」
「うんうん! それ! そうなの! それで行こう」
「うふふ……マオさん、ホント楽しい。なんかずっと一緒に居たいかも」
「……?」
ヤバい、これ以上一緒に居たらいつかきっとボロが出る。
ナオ、早く帰って来い!!!
ってこんな感じでなんとか切り抜け、スケルトンかリッチみたいになってんじゃねーかと思うほど気疲れして、いい加減ぐったりして来た頃にナオは戻ってきた。
マジ正直、ナオが天使に見えた。お前実はアークエンジェルか何かだろ。
「魔王、彩音、まだ喋ってたの~?」
てか、お前がそれ言うな。
「七音、あたし次の授業出るから行くね。マオさんお喋り付き合ってくれてありがとう。またね」
「ああ、またね~」
次回はナオの居るところでね! 二人っきりはホント疲れるし!
と言うのが顔に出ないように、目一杯の笑顔で手を振ってみる。俺すげー努力家。
「はあ……疲れた」
「何が? 鼻の下伸ばして楽しそうだったじゃん」
「冗談よせよ、話合わせんの死ぬほど大変だったんだから。ナオが来てくれてマジ助かったし」
「何の話してたの?」
「いろいろ。仕事とか、趣味とか。住んでる場所も聞かれた」
「魔界って言ったの?」
「まさか。ナオんちで一緒に住んでるって言った」
「え……嘘、マジで?」
「ん? なんかまずかった?」
「信じらんない……魔王、もう二度とここに連れて来ないし」
「え? 何か怒ってる?」
「別に!」
やべえ、どう見ても怒ってるっぽい。
「さっきの違うって今から言って来ようか?」
「要らんし!」
「あの~、ナオ? 俺、どうしたらいい?」
「もういい。今日はもうやめた。帰る!」
「授業は?」
「今日はあと歴史しかないからもういい。帰ろ」
何やら俺は致命的なミスをしてしまったらしい。
どーする俺。魔界にも帰れねーのに、ナオに嫌われたらヤバいぞ。
悶々としているうちに城についてしまった。
間違えて牢屋……じゃなかった「お隣さん」とやらに入ってしまうところだった。なんでここは似たような扉が並んでるんだ? これじゃダンジョンじゃねーか。
「あたしお風呂入るから! 魔王は入って来ないでよね」
「あ、はい」
てか、あんな狭い空間に二人も入れねーって。
しかし明らかに機嫌が悪い。お風呂とやらに入って機嫌が直るといいんだけど。
と、その時、部屋が真っ暗になった。これはヘボ勇者かドジっ娘魔法使い見習い辺りが来たに違いない。まあ、俺の相手じゃないからどーでもい――
「魔王! ちょっと! 魔王!」
って、呼んでるし。
「なに?」
「そっちも全部消えてる?」
「真っ暗。でも心配すんな。ヘボ勇者が来たら追い返しとくから」
「もーいいから! 他の家も暗い? 窓から見てよ」
え? 窓? これも横にスライドさせるのか?
「ああ、見えた。すぐそこに何かの城が建ってる。チョー立派なベルクフリートが見えるよ。川の前に築城するとはなかなか侮れん。典型的なヴァッサーブルクだな。『松の湯』って書いてある」
「意味わかんないし! そんなのいいから暗いの? 明るいの? 電気点いてる」
「全部消えてるみたい」
「え~、じゃあブレーカーじゃないね、停電か。どうしよ。あのさー、玄関に懐中電灯があるのわかる?」
「カイチュウデントウ? って何?」
「何よ~、懐中電灯も知らないの~?」
「ごめん」
「じゃあ……ああん、もう、どうしよう」
「どうしたいの?」
「明るくしたいの! ここ、窓も何も無いし真っ暗なんだよー」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事ってゆーけど、暗いし、怖いし、危ないじゃん」
「俺がいるから大丈夫だって、どーせ魔法使い見習いかその辺だって」
「意味わかんない!」
俺はナオの入ってる風呂のドアを開けた。
「明るくすればいいんだろ?」
「うん」
俺はフツーに指先から光を発した。
「はい。これでいい?」
「なに……それ……」
「明るくしてるんだよ」
「それは判ってる。どうやってんの? どういう仕掛け?」
「どうって……? フツーに。もっと明るくする?」
俺はフツーに十本の指全部から光を出してみた。
「ほら」
「うそ……」
「何が?」
「だって、ありえない」
「何がよ」
「指から光が出るなんて、魔王みたいじゃん」
「だから魔王だって俺。忘れてね?」
「手、見せて」
「はい」
俺はこれまたフツーに指先を光らせたまま、ナオに見せてやった。明るさ変えたり、消したり点けたりして見せた。ナオは俺の手を撫でたり裏返したり、いろいろ弄くって、最後に一言呟いた。
「信じらんない、魔王って、本当に魔王なん?」
その時、灯りが点いた。
「あ、これは俺じゃないよ。多分イケメンチート魔道士だ」
「フツーに東京電力でしょーが」
「何それ。ってか、ナオ、乳デカいな」
「え……いやああああああ! あっち行ってー!」
いきなりナオがマンドラゴラ並みの叫び声を上げて俺にお湯をぶっかけて来た! 俺は訳が分からんまま、とにかく逃げるようにその狭い空間を出た。
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