第4話 魔王、天にも昇る

「あのさー、魔王さんさ、フツーに日本語通じるのに、なんで文化が日本じゃない訳? てゆーか、記憶喪失か何か?」

「キオクソーシツって何?」

「記憶の一部が欠落する事」

「いや、完璧に全て覚えてる」

「じゃ、聞くけど、なんの仕事してたの? 学生?」

「俺は魔王だから、魔界の管理全般。てか寧ろ苦情の受付と対応が殆ど。なんかみみっちい仕事だけどね」

「クレーム処理係かぁ。そんで、家出してこれからどーする気だったの?」

「人間界の様子を見たかったんだよ。俺んとこにイケメンチート魔道士だのボクっ娘ロリ勇者だの出来損ないアイテムマスターだの、訳判らんもんばっかし送り込んでくる世界がどんなもんか偵察に。だけど居城まで考えてなかったな」

「フツーそこ最初に考えるでしょ。てかさ、女の子の一人暮らしに居候させて貰えるんだから、あんたラノベ並みにラッキーだよ」

「なんだかわからんけど、多分そうだな」

「あ、コーラ飲む? 冷えてるよ」

「コーラ? あの禍々しく泡立つ黒く甘美で刺激的な液体の事?」

「それ」

「飲む!」


 なんか俺、威厳とか全然ねーし。


「はい、これ気に入ったの?」

「うん。すげー旨い」

「魔界にコーラ無い訳?」

「うん、初めて飲んだ」


 ああ、なんだろうこの悪魔的な痺れは。禍々しいこの色は。魔王さえも溺れさせるこの甘さは。何故これが魔界に無いんだ?


「あのさ、この部屋ご飯食べたりテレビ見たりする部屋だからあたしも使うけど、魔王さんここで良かったら使ってよ。あたしは隣の部屋に居るからこっちには入らないでね。あたしの物とかあるし」

「全部ナオのものじゃないの?」

「だからー、下着とかそーゆーのもあるでしょ?」

「なんか問題あるの?」

「当たり前でしょ! てか、そっちの部屋、ピアノがあるから」

「ピアノ? 何それ」

「知らないの? マジで?」


 ナオが横に滑らせるタイプの珍しいドアを開けると、そこに黒い物が立っていた。


「これ、ピアノ。なんか弾いてあげるよ。ちょっと待って」


 ナオが腰の高さの蓋をパカッと開けると、中には白と黒の長い物がたくさん並んでいる。そこに椅子を持って来て座ると、白黒の上に手を置いた。一体これで何をする気なんだ?


 え? えええ? なんだこの音は。魔王の表現としては適切じゃないと思うけど、天にも昇る心持ちって感じだ。

 ナオめ、もしや天使の仲間なのでは? そしてこの俺、魔王を誘惑して倒そうなんて思ってんじゃねーだろうな? いや、でも、これを聴けるなら倒されてもいいか。


「どう? あたしが作った曲。あたしはピアノは副科だからあんまし上手くないけどさ。音大行ってんの。専攻は作曲なんだ。え、ちょっと……魔王さん? どしたの? 泣いてんの?」


 あ、俺、なんだ? 目から温泉が湧き出てる。ヘビ温泉を浴びたからか?


「何か知らんけど、すげー気持ちいい音だった」

「ありがと。……あたしの曲聴いて褒めてくれる人なんて魔王さんくらいだよ」

「いや、人じゃなくて魔族」

「論点そこじゃない」

「ねー、他には作ってないの? 聴きたいよ」


 ナオが何故かびっくりしたような顔をしている。俺、なんか変な事言ったか?


「え……あるよ。下手だから恥ずかしいけど」

「魔王的にあれだけど、ナオの音は天使の音だよ。もっと聴かせて」

「あ……うん……」


 なんか知らんけど、ナオは恥ずかしそうにして再びピアノとやらを弾き始めた。

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