第2話 この禍々しく黒く泡立つ液体は何?

「ちょっと、大丈夫ですか?」


 ……あ?


「あ、目ぇ開けた、良かった、大丈夫ですか?」


 眼鏡。しかも瓶底。後ろに一つに束ねた長い三つ編み。化粧っ気のない顔。まるで人間界のどこにでも転がってる貧乏人娘のような……

 ……? 人間界?


「だっ、大丈夫! てか、ここ何処? 人間界?」

「原宿。ほんと大丈夫?」

「チョイ待て、ハラジュクってのは何だ?」

「は? ちょっとマジ大丈夫?」

「いやいやいやいやいや、大丈夫だけど、落ち着け俺。ハラジュクって何よ」

「はあ? 原宿は原宿じゃん。てか、大丈夫? マジで」

「ああ、うん」


 とは言ったが、多分全然大丈夫じゃないぞ、俺。

 間違いなく大丈夫じゃないぞ、俺。


「軽い熱中症だよ、こんな暑いのにそんなコスプレしてるんだもん」

「コスプレ?」

「ポカリ買ってきてあげよっか? あんた、お金持ってる?」

「へ? オカネ? 何それ?」

「ああんもう、しょーがないなー、分かった、奢ってあげる。こんなところで熱中症で死なれたら寝覚めが悪いし、いい曲書けないし」

「いい曲?」

「暑いし、そこのマック行こ。ただしコーラのSだよ」

「マック? コーラ? 何それ」

「もう、いいからついて来て」


 なんだかわからんが、眼鏡娘に手を引かれて人がうじゃうじゃいるところに案内される。


「ここ座ってて。動かないでね。コーラ買ってくるから」

「わかった」


 動くなと言われたが……目玉くらいは動かしても気づかれないだろう。指はヤバいか。気づかれたら何をされるかわからん。

 しかし。なんだここは。これが所謂『人間界』というやつか。つーか、コイツらの言うところの『異世界』が俺んとこだから、俺から見たらここが『異世界』になるわけなんだが。

 てか、とりあえず来てみたけど、なんだよこれ。俺んとこと大して変わらんような人種しかいねーし。てか、アイツらが勝手にワケワカメなもん作りやがって、こっちに送り込んできたんだから当然か。

 流石にヒドラやワイバーンみたいなのは居ないな。さっきケルベロスのできそこないみたいなのが居たようだが。


 と、そこに眼鏡娘が戻ってくる。手には何か禍々しささえ感じる黒く泡立つ液体を持っている。おお、これこそ魔王の俺に相応しい飲み物ではないか。


「はい、これ飲んで体を少し休めたら元気になるから」

「あ、ども」

「あたしナオ。七つの音って書いて七音。あんたは?」

「へ? 俺? 俺は……魔王だけど」

「マオウさんて言うの? だから魔王っぽいコスプレなんだ」

「いや、魔王っぽいんじゃなくて魔王。フツーに魔王」

「アハハ、何それ」

「何それって、魔王だし」

「わかったわかった」


 俺的にはすっげー真面目に返事してるつもりなんだが、とても軽く受け流されているような気がするのは気のせいだろうか?


 てか何これ! すげ旨めえ! 舌を誘惑する甘美なる囁き!

 ヴィジュアルだけに留まらずその味までも果てしなく人々を堕落させ溺れさせる。まさしく悪魔の飲み物、その名もコーラ!!


「魔王さんお家どこよ?」

「城に決まってんじゃん」

「アハハ、なり切ってるしぃ」

「いや、なり切ってるんじゃなくて……まあいいか」


 自分でも何だか面倒になってくる。


「城はどこにあんの?」

「大きな岩山の天辺だよ」

「何それ、高尾?」

「タカオって何だ?」

「まーいいや。この近く?」

「いや、凄まじく遠い」

「じゃあさ、どうやって来たの?」

「魔女の山の火を噴く火口に飛び込んで」

「よくそれだけ次々と出て来るよねー、めっちゃ面白いし、魔王さん気に入った」

「事実だから気に入られても……」

「要は遠いんでしょ?」

「まあ、そうね、すぐには帰れない。てか、俺、家出して来たんだわ」

「城から?」

「そ」

「チョ~ウケる!」

「笑い事じゃねーし」


 と言ってもまあ、確かに笑うしかないわな。


「魔王さん、今日どこ泊まるの?」

「とまる? とまるって何だ?」

「だーかーらー、今日は城に帰らないんでしょ?」

「家出したんだから暫く帰る気はないよ」

「でしょ? だから、この辺で城の代わりに落ち着く場所が必要でしょ?」

「あ、そっか。全然考えてなかった。どーすっかな」


 眼鏡娘が何やら考えてる。コーラ旨めぇ。マジ旨めぇ。


「魔王さんが変なことしなければ、泊めてやってもいいけど」

「変な事? どんな事?」

「そりゃ、『変な事』だよ」

「ヒドラを首に巻いてクラーケン振り回しながらベヒーモスに乗って走り回るとか?」

「意味わからんし」

「じゃあ、キマイラでケツァルコアトルの焼き鳥を作るとか?」

「ああ、もういい。あんた、まるで大丈夫そう」

「は? 何が?」


 やれやれと肩を竦めた眼鏡娘、何故俺はたかだか人間の小娘にこんな態度を取られてるんだ? こんなに真面目に考えてんのに。


「ねえ、うち来る? あたし一人暮らしだからさ。狭いけど部屋二つあるから」

「まさか地下牢とか言わねーよな?」

「そんなもんあるわけないじゃん。でも変な事したら叩き出すからね」

「だから変な事ってなんだよ」

「まーいいや、行こっ。あれ? まだ飲んでたの?」

「あー、うん、これ悪魔の味がして旨いな」

「じゃ、それペットボトルで買って行こ。2リットルでいいよね」


 なんだかよくわからんまま、ナオと言う名前の眼鏡娘の城に行く事になってしまった。大丈夫なのか、俺?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る