恋バナと早送り

「千紗っ。歴史の教科書、持ってる?」

 休み時間、あわただしくうちの教室に駆け込んできたのは志信だ。昨日もおとといも教科書を借りに来た。そそっかしすぎとあきれながらも、内心、にんまりしてしまう。

「持ってない。今日、うち、歴史ないもん」

「えー。おまえ、いつも置いてんじゃん」

「最近先生たち、厳しいんだもん。あたし、昨日叱られたばっかだよ。ていうか、志信、忘れ物しすぎ」

 志信は、ちぇっと舌打ちした。それから、「おっ」と目を見開いた。

「何、そのちょんまげ」

 あたしの頭を指でつんとつつく。今日のあたし、だいぶ伸びてきた前髪をあげて、くるっとねじってピンでとめてる。それを「ちょんまげ」って言ったんだ。

「ちょんまげじゃないよ。バーカ」

 どきどきしてるのを悟られないように、頬をふくらませて、すねてるふり。ひゃはは、と笑って志信はほかのクラスに行った。

 頭、さわられちゃった。頭……。すごくどきまぎしちゃう。子どものころは、このくらいなんでもなかったのに……。

「ちょっと千紗―」

 ひとり浸っているあたしに、まっちーが、後ろから抱きついてきた。

「いいないいなー。ラブラブー」

「ちょっ……。違うから違うからそんなんじゃないからっ」

「ねえねえ千紗の好きなひとって、やっぱ片瀬くん? 狙ってるコ、多いんだよー」

 それは知ってる。五月末の体育祭で大活躍だった志信の人気は、最近上昇中。

「あたし別に……。好きなひとなんて、いないし」

 やり直しの世界にもだいぶ慣れた。新しいグループで、浮かないように、空気を凍らせないように、瞬時にベストアンサーを選んで会話するのにも。

 だけど、どうしても、「恋バナ」のノリは苦手。なんでだろう。

「好きなひといないなんて、嘘ばっかりー」

 ゆっちがあたしのほっぺを人差し指でつついた。この、「好きなひとがいて当然」っていう空気も苦手。

「片瀬くんにコクればいいのにー。ぜったいうまくいくってえー」

「あのさ。ほんとにいないんだ、好きなひと。志信のことも、なんとも思ってないから」

 あまりにしつこいから、つい、突き放すような口調になってしまう。とたんに、ふたりの表情が固まる。しまった、間違った。そう一瞬で悟ったけど、もう遅い。

「あー。そう。ごめんー。もう千紗に、こういうハナシ振らないからー」

 ゆっちとまっちーは、手をつないで去っていった。これからふたりでトイレでも行くんだろう。そこでどんな話をするのかは、あえて、考えないことにする。

 ため息をついて、机に突っ伏した。

 六月はじめ、宿泊学習があった。消灯時間をすぎても、布団のなかでみんな、先生の目をぬすんでないしょの話をつづけてた。誰がかっこいいとか、誰それの好きな人は誰だとか、小学校のときに誰と誰がつきあってたとか、そういう話。そのうち、「好きなひと暴露大会」みたいな流れになって、みんな、きゃあきゃあ言いながら盛り上がってた。

 あたしは早々に寝たふりをしていたので、被害はまぬがれた。その時は。

 小学校の時もこういう空気になることはあったけど、同じ学年の女子はその頃はわりと奥手で、あんまりこの手の話は盛り上がらなかったように思う。今思えば、菜月、もの足りなかったのかな。

 美凪と一緒にいるときも、こんな話は無縁だった。恋愛になんて興味のなかったあたしたち。いや、たとえ興味があったとしても、それを無理やりつっつくようなまねはしなかっただろう。

 ……いや。もうこれ以上考えるのはやめよう。そんなこと今さら思ったって、しょうがない。だって、美凪といっしょにいたら、志信に無視されるようになるんだもん。

 もしあたしのリ・スタートがうまく行って志信とつき合えるようになったら。そしたら、美凪にまた声をかけてみよう。……って、そんなの、虫がよすぎるかな。

 考えれば考えるほど、自分が最低な人間のような気がしてきた。あたしがいなければ美凪はひとりなんだ。ひとりであぶれるのとふたりであぶれるのでは、ぜんぜん違うってあたしもわかってるのに。

 窓の向こうの空はどんよりと曇って、空気はぬるく湿っている。今にも雨が降り出しそうだ。みえない水の粒が肺にからみつくみたいで苦しい。うっとうしさをふりほどくように首を横に振る。あたしにはふしぎなリモコンがある。美凪のこと放っておけなくなったら、また巻き戻してやり直せばいい。そう考えて、あたしはやっとまともに息を吸うことができた。

「千紗。ひさびさに、一緒に帰ろうよ」

 放課後、帰り支度をしているあたしに菜月が声をかけてきた。いま、期末考査一週間前で部活動は休みだ。当然、菜月のバレー部も。

「あじさい観にいこ、あじさい」

 菜月が笑う。あたしも笑った。

 神社や灯台のある、海に突き出すようなかたちの小山。今は陸地とつながっているけど、昔は独立した島だったらしい。小道沿いに植えられたあじさいは今が盛りだ。ここは県内でもちょっとした花の名所で、傘を手に、花を愛でにたくさんのひとが訪れている。

 あたしと菜月は、鳥居のそばに自転車をとめた。

「あじさいって、青をあつめる、って意味なんだよね」

 深緑の木々をバックに、淡い、濃い、青紫のあじさいは咲く。目をほそめてつぶやくあたしの手を、菜月がそっと握る。

「琥太郎が引っ越すまえ。みんなでタイムカプセル埋めたよね」

 菜月のことばに、あたしはうなずく。

「元気かな。琥太郎。会いたいよ……」

 目をうるませる菜月。菜月はとうに、今はもうここにいない琥太郎のことが好きだと、グループのみんなに打ち明けていた。六年のときの、ハラ踊りしていた琥太郎のすがたをぼんやり思い出した。

「ね、千紗。やっぱり、好きなひと、いるんでしょ。あたしには教えてくれてもいいよね」

 ああ、菜月までその話。みんなどうしてそんなに他人の恋愛に興味があるんだろう。

 あたしはゆっくりと首を横に振った。

「だって千紗、中学入って変わったもん。おしゃれ、がんばってるし……。小学校のとき、あたしが『千紗は女子失格』ってからかっても、へいきな顔してたのにさ」

 そっか。そうなのか。あたしが急に「女子っぽくなった」から、うたがってるんだ。それで、昔はつつかれなかった恋の話を、こんなにしつこく聞き出そうとされちゃうんだ。

 何も答えないあたしに、菜月はつづける。

「志信だよね。志信のこと、好きだからだよね。ていうか、あたしたち、みんな気づいてるよ。千紗、いつも志信のこと見てるもん」

「菜月」菜月の手を、ぎゅっと握りしめる。「ねえ、友達って、秘密があっちゃだめなの? 言いたくないことは言わないのって、だめなの?」

「千紗はあたしたちのこと、信用してないの?」

 そうじゃなくて。信用するとかしないとか、そういうことじゃなくて。

 あたし、はじめて男の子を好きになった。はじめての恋、はじめてのどきどき。せつない気持ち。そういうの、ひとりきりで大事にあたためていたいって思うの、へん?

 目があったとか、どんなことしゃべったとか、いちいち報告して、はしゃいでなくちゃだめなの?

 思いはぐるぐるうずまいて、うまく菜月に言えそうにない。

「協力するのに。ぜったい志信も千紗のこと好きだと思うのにさー。だって、ほら、教科書。志信、千紗に借りたくて忘れてるとしか思えないもん。コクっちゃえばいいのに」

 そういうふうに、つっつかれるのがいやなんだ。あたしがへんなのかな。

 たしかにあたし、いずれは志信に告白したいって思ってる。でもそれは今じゃない。急ぎたくない。ふつうの友達でいられるしあわせを、かみしめていたい。

 だんまりを決め込んだあたしに、菜月が、これみよがしに大きなため息をついてみせた。

「あー。いいよそれじゃあ。もう聞かない。あたしは教えたのにな、好きなひと」手を離す。歩きだす。「じゃあね。テスト前だからおとなしく勉強するわ」

 ひらひらと手をふる菜月。そのまま、あたしは取り残される。


 ちいさな、ちいさな溝。だけど、もともともろかったあたしたちの関係は、それだけで、みょうにぎくしゃくしてしまう。

 教室移動も、休み時間を過ごすのも、これまで通り四人一緒なんだけど……。あたしに聞こえないように、こっそり何かを耳打ちしあってるのをよく見かけるようになった。最初は自分の考えすぎだって、気にしすぎだって思ってた。

 だけどついに、聞いてしまった。トイレで、用をたして個室のドアを開けようとしたとき。聞きなれた女子たちのひそひそ声。

「ってか、千紗ってノリ悪いよねー」

「ねー」

「秘密主義っていうかー。片瀬くんにめっちゃ色目つかってるくせにさ。意地でも、何でもない、っていうの。バレバレだっつーの」

「そうそう。この間なんて、片瀬くんに、ぷーってほっぺたふくらませてみせててさ。あーいうのって、かわいくない子がやってもイタいだけだよねー」

 きゃはは、と乾いた笑い声。ドアにかけた手がふるえた。床に、ぽとりと何かが落ちて、それが自分の涙だと気づいたころには、もう嗚咽がとまらなくなってた。

 つぎの日から、あたしは学校を休んだ。今までぴんと張っていた糸が、ぷつりと切れてしまった感じ。これからどうしよう。二・三日は風邪ってごまかせると思うけど、そのあとは……。テストもあるし。何か、あの子たちに負けたみたいで、くやしいし。

 でも、怖い。だってまだ六月。一学期も終わってない。この先、クラス変えまでの長い間、何も気づいてないふりして自分の悪口を言っている子たちとつるむか。それとも、ぼっちになるか。今さら、美凪に声をかけるとかできないし。

 外は雨。学習机のうえでにぶく光る、銀色のリモコン。

 ――戻ろうか。でも、いつへ?

 楽しかった小学校時代? それもいい。だけど、いずれは卒業して、また中学生になって、そして同じことを繰りかえさなきゃいけない。楽しい時間だけを延々とループしているわけにはいかない。それに……。志信と両想いになるっていう目的がある。

 じゃあ、戻るんじゃなくて、進むのは?

 中一の残りの時間をすっ飛ばして、中二の初夏へ。二年のクラスにはゆっちもまっちーもいないし、菜月とも別。だけど志信とは同じ。中岡さんはいるけど。そして、美凪も。

 行ってみようか。もしかしたらあたし、このまま引きこもって本格的な不登校になってるかもしれないし、最悪、ゆっちたちとのゴタゴタがもとでクラス中からハブられてるかもしれない。その時はまた巻き戻して、対策を練ってやり直せばいい。

 よし。あたしは息をすうっと胸いっぱいに吸った。そして、「早送り」のボタンを、押した――。

 

 だん、だん、だん、と地面が揺れる。キュッ、キュッ、とゴムのこすれるような音。

「がんばれ。片瀬くん、がんばれー」

 祈るような、女の子の小さなつぶやき。ゆっくりと目をあけると、そこは体育館だった。コートではボールが行きかい、色違いのビブスを身に着けた男子たちが激しく動き回っている。あたしは非常ドアの近くに突っ立ってる。着ているのは制服。それも夏服だ。となりには女の子。あたしの制服のすそをひっぱって、かたずをのんで男子たちの様子を見つめている。

「って、中岡さん?」

 あたしが急に大きな声を出したもんだから、中岡さんはびっくりして、きゃっ、と小さく跳ねた。

「やだあ千紗ちゃん。りなでいいよ、って言ったのに」

 くすくす笑う中岡さん。

 汗がつうと顔を伝った。暑い。視線を落とす。ひざ上でゆれるスカートのすそ。顔の横に手をやると髪に触れた。伸びてる。耳の下、肩にはまだぎりぎり届かないくらいの長さ。

「時間、進んでる……。あたし二年? まさかもう三年? 今日は何月何日? あれ、男子バスケ部? ってことは、今、放課後?」

 ぶつぶつつぶやくあたしの顔を、中岡さんがのぞきこんだ。

「どうしたの? 千紗ちゃん」

「あ、ごめん。なんでもない。あは。あはは……」

 笑ってごまかす。ちょっとひきつってたかも。よくわかんないけど、中岡さんとあたしは、こっちの世界では、名前で呼び合う仲みたい。てか、何でバスケ部の見学なんてしてるんだろう。ふたりで入部するつもり? それなら女バスのほう、見るよね……。

 ピッとホイッスルの鳴る音がして、反射的にコートを見た。「あっ」と中岡さん、ちがった、りな、が小さな叫びをあげる。

 志信が走ってる。

 だん、だん、だん、とリズミカルにドリブルしながらコートを縦断する。先を行くチームメイトへ、ロングパス。あっという間に敵のマークをかわし、ゴール下へ。ちょうどそのタイミングで、ボールはふたたび志信へ。ぱしっとキャッチするやいなや、一歩、二歩、と軽やかに跳ね、レイアップ・シュート。

 ホイッスルが鳴る。決まった。

「やったあっ」

 りながあたしに抱きついてぴょんぴょん跳ねた。

 あたしの目は、まだ、コートに、ううん、片瀬志信に吸い寄せられたまま。

 志信、背が伸びてる。髪も伸びてる。肩がたくましくなってる。バスケも……すごく、うまい。レベルがあがってる。

「あーっ。千紗ちゃん、片瀬くんに見とれてるー」

 りなが、あたしのほっぺを、きゃしゃな指先で、つんっとつついた。

「えっ……。ち、ちがうよ! 見とれてなんか……。暑くて、ちょっとボーッとしてただけだよ!」

 とっさに、くるしい言い訳。するとりなは、ぱあっと笑顔になった。

「なら、よかった! ねえ、千紗ちゃん。ほんとーに、片瀬くんのこと、なんとも思ってないんだよね? もし千紗ちゃんも好きなんだったら、ちゃんと言ってね?」

 いたずらっぽく笑うと、あたしの腕に自分の腕をからめてきた。ふわっと、甘いにおい。

 お菓子みたいな女の子。どうやらあたし、この子と、友達っぽい。


 それからあたしはりなと一緒に帰った。途中、アイスを買って、一緒に食べて。そのあいだじゅう、りなは、志信がいかにかっこいいか、熱っぽく語ってた。

 会話から推察するに、今は中二の七月。りなと一緒に、時々、今日みたいにバスケ部に片瀬を見に行ってるっぽい。中岡さんとは、「中岡」と「名波」で出席番号が近くて、それでしゃべる機会がたくさんあった。で、自然と仲良くなった……みたい。

 いや、オリジナルな世界でも、あたしたちの出席番号は近かった。だけどこんな展開はなかったわけで。やっぱりこれは、キャラ変えて見た目をみがいた成果なんだろう。

 それはひとまず置いといて……。一年のときの、菜月たちグループとのごたごたは一体どうなったんだろう。そして、りな以外とのクラスメイトとは、どんな関係なんだろう。

 志信とは。……美凪、とは。

 知らなきゃいけないことがたくさんあった。

 交差点でりなと別れる。駆けてゆく彼女のちいさな背中を、ぼうっと眺める。

 りなは、こっちの世界でも、志信のことが好き。告白はまだ。あたしは、自分の気持ち……、相変わらず、隠しているみたい。

 自転車を押して、とぼとぼ歩く。風が吹いた。道路脇の田んぼの青い稲が、いっせいにざあっと揺れる。山のはしっこから青空に向かって、輪郭のくっきりした雲が、もこもこわいてる。

 夏だ。

 ずるしてるよね、あたし。何度も、何度も。過去に戻って、自分を変えて。いやなことがあったら、都合よくスキップして。

 自転車のグリップを、ぎゅっと握りしめる。

 しょうがないよ。想定外だったんだ。まさか、ゆっちやまっちーに、あんなこと言われちゃうなんて……。

 思い出すだけで、胃のあたりがきりりと痛む。

 友達って、むずかしい。こっちの世界でのあたし、りなとは、うまくやっていってるんだろうか。むかしのあたしは、美凪と、どうやってうまくやってたんだっけ……?

 思い出せない。

 

 家に帰ったあたしは、真っ先に、机の上にリモコンがあるのを確認した。それから着替える。たんすの中には、見慣れない服がいっぱい。結構かわいい服。おねえちゃんに選んでもらったのかも。部屋自体は、相変わらず飾り気ない。誰も遊びに来ないのかな。

 バッグから携帯を取り出す。電話帳データを見ると、新しい友達が増えていた。平井詩織さん、佐久間美優さん。オリジナルの世界でりなと仲の良かった子たちで、彼女たちとは一年のときも同じクラスだった。ほかにも何人か。男子のアドレスもある。美凪のアドレスは……、ない。

 メール受信箱をひらく。スクロール。中一の六月へ。データは消えずに残っていた。きっとここに、色んなヒントがあるはず。

 菜月から何件か、「大丈夫?」ってメールが来てる。早送りする直前、学校を休んでたときのだ。ゆっちとまっちーからは、何もない。

 着信メールと送信メールを、過去から順繰りにたどっていく。SNSのトーク履歴もチェックする。こっちも、消えずに残っている。

 一年のころ。あれからあたしは、菜月たちのグループを離れたみたいだった。そのかわり、平井さんたちと仲良くなったっぽい。向こうから話しかけてきてくれたのかな。平井さんのことは「しおりん」、佐久間さんのことは「みゆ」って呼んでるらしい。菜月とは完全に決別したってわけじゃなくて、時々、しゃべるし、メールもしてるようだ。だけど、ゆっちとまっちーとはそれっきり。あのふたりは友達になってから日が浅かったけど、菜月は、さすがに小学校からのつきあいだし。好きなひとを教えなかったくらいで、簡単にあたしを切るなんてことはしなかったっぽい。

 切る、か。でもあたし、実際、菜月に切られてるんだよね。リモコンを拾う前の世界では。美凪と仲良くなったって理由で。

 すうっと、背すじが冷えた。だけど、菜月のことは責められない。だってあたしも、切ったから。友達を。美凪を。

 美凪、どうしてるんだろう。友達、いるのかな。もとの世界では、あたしとふたりでつるんでたけど……。今は、ひとり、なのかな。

「ひとりでもいい」ってきっぱり言った、いつかの美凪の横顔。きりりと唇をひき結んで、まっすぐ前を見つめて。

 ほんとうに、ひとりでもいいの? あたしは、あたしだったら、ぼっちだけは嫌。

 畳のうえで、ひとり、ごろごろと転がる。答えのないことを考える。

 と、携帯が鳴った。メール着信。だれ? 知ってるひと? りな?

 見ると、志信からだった。どくんと心臓が鳴る。

『練習おわったー。おまえら、今日も来てたな』

 絵文字もなにもない、そっけないメール。志信とあたし、まだ、友達なんだ。

 返信しなきゃ。あたしは「見てたよ、すごかったね」って打った。きらきらした絵文字を入れて。送信する直前に、りなの顔がうかんだ。

「千紗ちゃん、ほんとーに、片瀬くんのこと、なんとも思ってないんだよね?」

 あたしの腕にからめた彼女の腕。お菓子みたいな、甘いにおい。

 考えあぐねた末、結局あたしは、何も返さなかった。寝てて気づかなかったことにしよう。そうするしかない。

 にぶいあたし。ようやく気づいた。この世界の、中二のあたし。なんだか、せつない立場になってるみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る