#6 星が降る夜に、ふと思い出す

その日、僕の街に星が降った。

僕は急いで願う。


君と両思いになれますように。


星頼みなんて情けないね。

ええいうるさい。

僕はそれだけ必死なんだ。

僕はそれだけ君に夢中なんだ。


僕は君に告白した。

真っ赤になった顔がかわいい。

君はこくりと頷いた。


当時の僕等はまだまだ青かった。


好きという言葉を何度も何度も重ねた。

思い返すと恥ずかしくなる青い春。



めまぐるしく時が流れた。


いくつもの季節が巡り、君の髪形も変わっていく。

胸のあたりまで伸びていた髪が、肩にかかる程度になった。

君は、驚いた僕の反応を見てなぜか誇らしげだった。

フフンと得意げに微笑んで腕を組む君の姿が、こびりつく。


そんな君のおでこを弾くのが僕はちょっと好きだった。

君も唇を尖らせつつも、嬉しそうに左の手でおでこをさすることを僕は知っている。


僕が右手を出せば、君は左手を差し出す。

僕がボケたら、君は突っ込む。

僕が笑ったら、君も笑う。


僕が君で、君が僕でいるような不思議な感覚を覚えた。

二人で一つに溶けていく感覚。

その感覚に僕と君は酔いしれた。


ずっと一緒にいようね。


言葉にしなくても分かっていることを君は漏らした。

そんな当たり前のことを言うなと僕は君のおでこを弾く。

君は左手でおでこを嬉しそうにさする。


めまぐるしく時が流れた。


春が来て、夏に追いやられ、秋にさらわれ、冬にすがられ、

負けじと春が戻ってきた。


一年越しに戻ってきた春は君の変化に気付くだろうか。

君のおなかがぷっくりと膨らみだした。

君は絹に触れるように、優しく、甘く、君のおなかを撫でた。


君の顔は今にもとろけそうだ。僕も真似をして君のおなかを撫でる。

すると君の顔はほころぶ。これ以上とろけてしまったら、戻ってこないんじゃないかと思うくらいだ。


いい子に育つかな。


君はおなかをさすりながら呟いた。

おなかの子なら大丈夫。だって君と僕の子供なんだから。

むしろ僕が心配しているのは君の体だ。


子供も大切だけど、君だって僕の大切な人なんだ。

そんなことを考えていたら、なんだか恥ずかしくなってきたので僕は君のおでこを弾く。


君は戸惑っていたけれど、左手で嬉しそうにおでこをさする。

薬指には銀色の指輪が輝いていた。


その日は街に星が降った。


そわそわ仕事をしていたら携帯がけたたましくなり始めた。

ごくりと唾を飲み込んでから携帯を耳にあてた。


はじまりましたよ。


僕は慌てて職場を駆け出した。

エレベーターなんか待っていられない。

階段を二段飛ばしで駆けていく。


三階で足を滑らせて、顔を思い切り打った。

とても痛い。だけど君は今これ以上に痛んでいるんだろう。

僕と君と、そして子供の為に痛い思いをしているんだろう。


弱音なんて吐けるわけがない。


改札が開くより早く。

電車のドアが開くより早く。


高校生に不審がられても、空き缶につまずいても関係ない。

君の元へ、走る。


階段を三段抜かしで駆けあがり、コーナーは内角鋭く曲がる。

力強くドアを開けるとベッドの上に君はいた。


こんなに苦しそうな君は見たことがない。

僕は君の手を握った。

君は弱々しく僕の手を握り返した。


いつものような力強さがない。本当に大丈夫なのか。

君は一生懸命に新しい命を芽吹こうとしている。

それに比べて僕のこの体たらくはなんだ。


情けなさで泣けてくる。

君は痛くて泣いているのに、僕は情けなさで泣くなんて。

居た堪れない思いもあり、僕は君から目を逸らした。


僕の目は吸い寄せられた。

夜空に瞬く所狭しと敷き詰められた星達に。


また会ったね。


星が僕に囁きかけてくる。

僕は祈る。


君が無事でありますように。


その時、一筋の雫が空を裂く。

君が僕の手を潰してしまいそうな度ほど強く握る。

潰れてもいい。

君の痛みに近付けるなら、それでいい。


だけど、ふっと君の痛みは途絶えた。

痛みと引き換えに新しい命が顔を出した。


空をなぞった雫が僕の目からも零れる。

君はとろけたように表情を崩す。

僕は君の髪を撫でた。


ありがとう。


君は頬をぷくっと風船のようにふくらませた。


途中、よそ見したでしょ。


星に祈っていた僕の姿を君に見られていたんだ。

ごめんよ、一瞬浮気してしまったんだ。

君の痛みから目を背けた僕を許してくれるか。


君は弱弱しく、僕のおでこを弾いた。

立場逆転、母は強し。

君は全身の力を抜いて大きく息を吐いた。


君は命に手を伸ばす。

柔らかく包むと、屈託のない顔を見せる。

僕は君の手に僕の手を重ねた。


わんわん泣いていた命が次第に落ち着いていく。

僕と君は目を合わせてぷっと吹き出した。


おなかの頃を思い出したのかな。


きっとそうに違いない。

安心した。君と僕はまだ同じことを思っていた。


いい子に育てようね。


当たり前だと言わんばかりに僕は君のおでこを弾く。

君はでれでれと左手でおでこをなぞる。

いつからだろう。

君が唇を尖らせなくなったのは。


めまぐるしく時が流れた。


僕の知らない間に季節は同盟を結んだらしい。

気が付けばクーラーが暖房になり、桜がもみじに変わっていく。

季節も一人で寂しかったのか。

だからといって団体行動はやめてほしい。


横一列に並んで歩くと迷惑なんだぞ。

ほらみろ、そのせいもあってか命が家を出るぞ。

君もしわが目立ってきてるぞ。


命を一生守りますと隣で言っていたな。

いい度胸じゃないか。ちょっと表に出なさい。


隣は怯えたようについてくる。

君は呆れたようにため息をついている。

命は心配そうにみつめている。


本当に情けないね。


星が遥か上から僕を見下ろしている。


うるさいぞ。

僕は情けなく祈る。


命が幸せになれますように。


軌跡が夜空をなぞっていく。

笑ってしまうくらいに真っ直ぐで。

なんとなく、隣に似ていた。


こんな姿は君と命には見せられない。


命を頼んだぞ。

隣は涙を流して頭を下げる。


情けない。なんて情けないんだ。

だけど隣よ、今の隣は最高に格好いいぞ。


めまぐるしく時が流れた。


もう文句は言わない。

誰だって一人は寂しいもんだ。


命が家を出ていき、君と二人きりになった。

元気で明るかった命が出ていってやっぱりさびしい。

君も同じなようだ。


お茶を三人分ついでるぞ。

仕方ないから二人分飲んでやろう。

眠れなくなったら間違いなく君のせいだ。


ほらみろ案の定眠くない。

すやすや寝息を立ててる君が憎らしい。

そっと布団をかけて、君のおでこをそっと弾いた。


起きない。もういい。良く休め。

僕は外の空気を吸ってくるよ。


なんだか老けたね。


うるさい。だけど僕は思う。

気が付けば、いつも星はいた。


突然、肩が温かくなった。


風邪引くよ。


君はにこにこ微笑んでいる。

久しぶりだ。二人きりの夜は。


僕は君の雫を拭った。君は僕の雫を拭った。

僕と君は二人で一つ。


変わらない。


ずっと一緒。


めまぐるしく時が流れた。


星が降る夜に、ふと思い出す。


君に出会った夜の日を。

命が芽生えた夜の日を。

隣に命を託した夜の日を。

君を看取った夜の日を。


星が降る夜に、ふと思い出す。


僕の人生を彩ってくれた君との道のりを。


めまぐるしく時が流れた。

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