第4話 賢治

 「お荷物、お預かりします。」

決まって水曜日にくる常連さんがやってきた。

黒い革のトートバッグを預かった時、中身が見えた。

賢治は、バッグの中の鍵を見逃さなかった。


今日はカットとカラーに縮毛矯正が入る。

家は店から歩いて10分程。

不動産関係の仕事をしていて一人暮らし。

個人情報なんて、カルテや施術中の会話でダダ漏れだ。

あと30分程で休憩に入る。

できるかもしれない。


鍵はすぐそこ。

ひょいっと指を伸ばせばすぐにとれる所にある。


あれから、家主のいない部屋にお邪魔する快感が忘れらず

やろうかやるまいか、いつも機会を伺っては葛藤していた。


あれは特別だ、仲間もいたし、やらされたのだ。

自分の意志でやったらお終いだという理性は残っていた。

踏みとどまれる、そう思った時、レジにいた宮野が

「鹿野様、本日はカットカラー

縮毛矯正ですね。どうぞご案内します。」

と行ってしまったのだ。

一人になったと同時に指がバッグの中の鍵を引っ掻け

ズボンのポケットの中に入っていた。


賢治は二度目の扉を開けようとしていた。

不動産関係という事でいいマンションに住んでいる。

扉を開けるとローズ系のいい香りがした。


とうとうやってしまった。

自分の足元がズブズブと沈んでいき

もう後戻りは出来ない事がわかった。

人の家で冷蔵庫を覗いていた自分は

もともとこういう人間だったんだという事を悟った。


賢治は靴を脱ぎ揃えたら、真っすぐ冷蔵庫に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る