第3話 賢治

寺島賢治はカフェにいた。

先日の桜井と名乗った女性は見当たらなかった。


彼女は今日休みなのか聞いてみようとは思ったが

そろそろ予約の客が来るので、また出直そうと思い席を立った。


店に戻ると、客がすでに待っていた。

以前の店からの顧客だ。


「こんにちは、今日はカットとカラーですね。」

「はーい、お願いします。長さはそのままでお任せします。」

寺島は、髪の状態をみながら頷いていた。


「寺島さん、それで最近なんですけど・・」

彼女は、寺島の反応を気にせず話しだした。

「なんだか、部屋が変なんですよね・・」

「霊的なものですか?」

「そうじゃなくて、雰囲気が違うの。

私がいない間に誰かがいたような嫌な感じがして・・女の勘みたいな?」


「本当ですか?気持ち悪いですね。思いすごしじゃないですか?」

声が上ずるのは上手く誤魔化せた。と思う。


「うーん、最初はそう思ったんですけど、物の位置が変わってて。」

あの物が散乱した部屋で、物の位置も何もないだろう・・


「えぇ、それは怖いですね。

カメラとかつけた方がいいんじゃないですか?」

「そうでしょ?だからつけておいたの。でも、何もなくって。

私って以外と勘が鋭くって、前に友達に紹介された彼氏なんだけど

一目みて浮気してるなって思って、でも友達にそんな事言えないし

そしてら、やっぱり浮気してて、それが分かった時友達大泣きしちゃって・・・」


寺島は、汗が滲み震える手に気付かれないように平然を装った。


初めて他人の家にお邪魔したのは、まだ見習いの時だった。

店に空き巣が入って

週末の売り上げをごっそりやられたのだ。

警察も店も内部犯行だろうと確信していた。

それまでにも、持ち物や売上が

ちょくちょく無くなる事があったからだ。


「絶対あの子だよね。」

「そうそう、前、先輩のハサミが無くなった時

あの子が一人で部屋をウロウロしていて怪しかったし

前の店でも人の物を盗るって噂があったらしいよ。」

「ねぇ、あの子の家調べてみない?」

「それいい!絶対あの子だもん。でも、どうやって?」


賢治は、屋主のいない部屋に忍び込んでいた。

犯人(であろう)が店に出ている間にロッカーから鍵を拝借して

屋探しする事になったのだ。

シフトの関係上、休みだった賢治が抜擢されたのだ。

抜擢?こんなドロボウみたいな真似、罰ゲームの何ものでもない。


震える手でカギを差し込んだ。

でも、不思議と罪悪感はなかった。

犯行の証拠を掴むという大義名分があったからだ。

いや、そうじゃない・・・胸の高鳴り、ワクワクしているのだ。

それに、本人は絶対に帰ってこないという安心感もあった。


扉を開けた。ふわっと、その家のにおいがした。

部屋の中はすぐに見渡せた。

脱ぎっぱなしになった部屋着がベッドの上に置かれていた。


玄関にカギを掛け、靴を脱いで部屋に入った。

胸の高鳴りは一層高まった。

まずは、冷蔵庫だ。もう、これはいつもの癖だ。

家に帰ってきたら用もないのに、とりあえず冷蔵庫を覗いてしまう。


子供の頃、それを友達の家でやってしまって

行儀の悪い子のレッテルを貼られた事がある。

別にジュースやお菓子を探している訳ではない。

開けた瞬間、電気が点りまるで自分を出迎えてくれるかのように

光り輝く庫内、その扉を開けるのが好きで、ただやってしまうのだ。


今は他人の家だけど、誰も自分の事を行儀が悪いとは言わない。

気兼ねなく冷蔵庫の扉を開けられるのだ。


冷蔵庫の中には賞味期限切れの牛乳とゴボウの金平が入っているだけで

がらんとしていた。金平は手作りのようだ。

ささがきの金平・・思わずに口に入れると、甘辛い土の香りが

口の中に広がり鼻から抜けた。

こんな上手い金平を作れる奴が犯人な訳がない。


部屋の真ん中に置いてあったハイブランドのバッグは

見なかった事にしよう、それらしきものはなかったと報告しようと思った。

しかし、あっさり彼女は捕まった。









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