第2話 ようこちゃん

暑い夏だった。夏休みも半分以上過ぎたのに

宿題はひとつも手つかずで部屋の片隅におかれたままだった。

私は、内緒で飼っているハムスターに

水とエサのひまわりの種をいっぱい入れて机の引き出しにしまった。

「大丈夫だよね。」


「ようこちゃん、早くしなさい、お父さんもう出たわよ。」

母が呼んでいる。

父の実家に帰省するのだ。

かおり姉ちゃんや信ちゃんに会えるのは楽しみだが

あの叔父さんがいるかと思うと憂鬱になった。


私は、車の中でも父の実家についてからも

しばらく机の引き出しの中のハムスターの事が気になっていた。


その日は、庭で花火をして遊び、デザートのアイスは

チョコがいい、バニラは嫌だ、とはしゃぎながら取り合いをした。


翌日は皆で食事に出かけた。

と言っても父はいなかった。

父は田舎に帰ると、地元の友達と遊びに出掛け不在がちになる。

何故か母は家とは違うテンションで活き活きと饒舌になる。

これも田舎が嫌いな理由のひとつだ。


鯉料理を食べさせてくれるというその店には池があり

大きな鯉がパクパクと口をあけて

バシャバシャと体をぶつけあっていた。


「ほら、食べなさい。」

母が言って、薄いピンク色をした身を目の前の皿に入れた。

鯉の刺身だ。

真っ白や金色、錦鯉、中身は全部同じ薄ピンクなのだろうか。

先ほどの池一杯の鯉を思い出すと、胸がムカムカしてきた。


「洗いはやめておいた方がいいよ。こっちにしなさい。」

叔母さんが言った。

叔父さん程ではないけど、いつもよそよそしい叔母さんも

なんとなく苦手だった。


丸揚げされた鯉の皿が目の前におかれた。

鱗がついたまま揚げられ、鱗が跳ね上がって盛り上がっている。

「洗いは寄生虫がおるから、それを食べたらお前の体ん中を

うようよと這いまわって、目ん玉から飛び出てくるぞ。」

叔父さんが、くちゃくちゃと刺身を食べながら言った。


「いやだ、脅かさないで下さい。」

母も、薄ピンクの身を咀嚼しながら言った。

「ははは、

おれが順ちゃんと温泉に入っていたら

尻からこんな大きなサナダムシが・・・」

いつもの話しが始まった。


伯父は友人と一緒に寄生虫がいる川魚を食べたらしく

その寄生虫がお尻の穴からでてきたという話しを十八番にしていた。

その順ちゃんは、もう亡くなっているらしい。

胸のムカムカが一層強くなった。


男性が横たわっている。私はその傍で何かを炒めている。

横になっているのは知らない男だけど、どうやら恋人らしい。

フライパンはジュージューと音を立てている。

「そろそろできるから起きて。」

男は体を起こそうとするが、うめき声をあげるだけだった。

私が男の方を振り返ると、黒目がモゾモゾと動いて中から

黒い触覚を動かしながら虫が這い出てきた。

私はその虫をつまみあげ、フライパンに入れて料理と一緒に炒めた。


夢・・目が覚めた。

嫌な夢をみた。辺りは真っ暗でシンとしている。

まだ2時くらいだろうか・・・

だんだんと目が慣れてきて周りの様子が見えるようになってきた。


隣で寝ている母が布団から這い出るのがわかった。

私の方をじっと見ている気配がする。

息を潜めていると、母はそっと部屋を出て行った。

また、胸がムカムカし始めた。


それから数日間、川や山で遊んだり

敷地内にある水路や家の中を探検したりして過ごした。

机の中のハムスターの事はすっかり忘れてしまっていた。


父の実家から家に帰り、さぁ寝ようと思った時に

机の中のハムスターの事を思い出した。

ベッドから飛び起き、引き出しの中をみてみると

カゴの小窓から丸くなったハムスターの背中が見えた。

少しフンをしているようだ。深緑のフンが

ハムスターのお尻の部分を汚していた。

しばらくじっと見ていたが丸い背中は動かなかった。


「ハムちゃん、バイバイ。」

窓を開け、茂みの中めがけてカゴを投げた。

カゴの中身を確認するのは嫌だった。

どうせ死んでいるんだから、もうする事はない。

カゴを投げた所がカサッと音をたてたがまた静まりかえった。


私は再びベッドに入り眠りについた。

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