窓から捨てる
樋口司
第1話 プロローグ
私はカフェの中から行き交う人達を眺めていた。
「暇だ・・」
心の中で呟いたつもりだったのにどうやら声になっていたようで
店員がこちらの方を見た。
24時間もある毎日をいかされている自分は
どうやって時間を潰せば良いのか毎日そればかり考えていた。
サラリーマンや学生だろうと思われる同じ歩調の人達の中に
背広に野球帽という出で立ちの老人が流れに合わない歩調で歩いて行く。
みんなどこへ行くのだろう
あんな老人でさえ、行く所があるというのに・・・
「お水はいかがですか?」
先程の店員はそう言って、さっとグラスをとり
水を注ぐとゴンッと少し乱暴にテーブルに戻した。
私はそんな事に気付かない振りをして
肘でグラスをテーブルから落とした。
ガシャーン
グラスは粉々になり、店内に大きな音を響かせた。
「ごめんなさい。ボーとしていて
ここにグラスを置かれたのに気付かなくって!」
みんなに聞こえるように、でも、わざとらしくない程度の声の大きさで言った。
店員の名札には「桜井」とあった。
ごめんね、桜井さん。
わざとなの。
奥から店長らしき男性がやってきて、「申し訳ありません、お怪我は?」
とかなんとか言っていたが、私はそのままレジでお会計をして店を出た。
そして、皆と同じ方向へと歩いていった。
バサッ
背中に衝撃を受けて、持っていたバッグを落としてしまった。
「すみません。急いでいたものですから・・」
男性は落ちてしまったバッグの中身を拾いながら言った。
「いえ・・」
「すみません、これ壊れてしまいました・・。弁償します。」
ヒビの入った鏡を手にとり男性はそう言った。
「そんなもの、別にいいんです。」
「でも・・それじゃ私の気がすみません。」
男性はそう言って、名刺を差し出した。
「寺島賢治です。」
「寺島さん・・私はあそこのカフェで働いている桜井と申します。
安物ですし弁償はいいので、だったらまたお店にいらして下さい。」
彼はまた急ぎ足で街の中に消えて行った。
その背中を見送り、割れた鏡と名刺をゴミ箱の中に放り入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。