とある日の日常 ~パジャマパーティー篇~

「なななんだそれはクイン!? すっ透けているではないかっ!?」

 パジャマパーティの会場――クラリタのアパートの部屋から、悲鳴じみたペスティの叫びがこだまする。大仰すぎる反応に気をよくしたクインは、両手を頭の後ろに組んで透け感のあるネグリジェをペスティに見せつけながらも、その下に透けて見えるボリューム感たっぷりのバストもこれみよがしに見せつけた。

 ペスティは「ぐぬぬ」と呻きながらも今度はクラリタに視線を移し、さらなる呻き声をあげる。

「あざとい……あざといぞ、クラリタ……!」

 猫耳フードのパジャマに身を包んでいたクラリタは、いつもどおりの無感情な表情のまま、こてんと小首を傾げ、

「あざとい……?」

 スラングとしての「あざとい」の意味を知らないのか、無自覚にあざとい仕草を見せつけるクラリタに、ますますペスティは「ぐぬぬ」と呻く。

「そのパジャマってさ、クラリタが自分で選んだものなの?」

 クインの質問に、クラリタはゆっくりとかぶりを振り、

「んーん。リアリからのプレゼント。ネコさん以外にも、イヌさんとクマさん、ウサギさんもある」

 今は亡きクラリタの上官――リアリがなにゆえ多種多様のフード付きパジャマをクラリタにプレゼントしたのか……着せ替え人形と化したクラリタの姿を容易に想像することができた二人は、顔を見合わせて苦笑した。

「ところで、ペスティのそれって……パジャマ?」

 クラリタに疑問符付きで指摘されたペスティは思わず「んぐっ」と口ごもり、クインの苦笑がますます深くなっていく。

 ペスティが着ているのは、キャミソールに短パンという寝間着というよりは普段着に近いものだった。これにはクラリタでなくても疑問符をつけたくなるところだ。

「こ、この格好が一番寝心地が良いのだから仕方がないであろうがっ」

 言い訳がましく説明するペスティを見て、クインはニヒリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「ペスティ~。嘘は駄目だよ~。ペスティにとって一番寝心地が良い格好ってキャミソールとパンツだけだよね~。ノーブラだよね~。わ~あっざと~い」

「あ、あざといだと!? 透け透けネグリジェを着てるクインにだけは言われたくないぞ!?」

「残念でした~。もっと透け透けなネグリジェ持ってます~。だから、あざとくないです~」

 子供じみた物言いで、わけのわからない論理を展開するクインに対し、ペスティは、

「もっと……透け透け……だと……!?」

 話の流れとは全く関係のないところで驚愕していた。

 そんな二人をよそに、PDでスラングとしての「あざとい」の意味を調べていたクラリタは得心したように一つ頷くと、PDを仕舞い、両手を猫の手のように丸める。

 そして、

「にゃ~」

 無感情な表情と声音はそのままに、されど左目には得意げな輝きを宿しながら、これ以上ないほどにあざとい仕草を二人に見せつけた。

 数瞬、時が止まったかのような静寂が部屋に充ち満ちる。

「……誰が一番『あざとい』って話じゃなかったの?」

 本気なのか冗談なのか全くわからないことを口走るクラリタを前に、ペスティとクインの叫びが重なる。

「違うぞっ!!」

「違うからっ!!」


 そんな、かしましくもやかましいパジャマパーティーが行われている一方で、十影とおえいの家の玄関先では、

「お前んでパジャマパーティーが開かれてるんじゃなかったのかよおおおおおおおおッ!!」

 魂魄を吐き出さんばかりの悲痛な叫びをあげるコートスが、地面に左手をついて項垂れていた。

「耳聡いお前ならパジャマパーティーの話をどこかで聞きつけてくるだろうと思って、おれの家で開かれるという嘘の情報を流すだけ流してみたが……まさかこうも見事に引っかかるとはな」

 呆れた言葉とともに呆れたため息を吐き出す十影を、コートスは血涙が滲んだ双眸で睨みつける。

「お前の仕業だったのかよ……! お前のせいで……お前のせいで……『あ、いっけね。地下鉄道メトロの終電逃しちまった。え? クインちゃんたちパジャマパーティーやってんの? 俺も混ぜて』作戦が台無しになっちまったじゃねぇかああああッ!!」

 無駄に長い作戦名を口走るコートスを冷ややかに見つめていた十影は、無言のまま玄関のドアを閉めると、容赦なく鍵をかけて、今夜は誰にも会わなかったと言わんばかりの足取りで自室に戻っていった。

 自主的に終電を逃した愚か者コートスは、自分が今野宿の危機に瀕していることも忘れて、魂魄が爆ぜんばかりの勢いで叫ぶ。

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 その声音はどこまでも悲痛で、不思議なほどに同情する気になれない響きに充ち満ちていた。

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