過ぎた日の日常 ~クラリタ篇~

 これは、クラリタがまだエクイテスに所属していた時の、彼女の〝右目〟と〝上官〟が健在だった時の話だった。

「ちわ~っす! 宅配便で~す!」

 クラリタが住んでいるアパートの部屋の玄関ドアから、絶対に宅配業者ではないと断言できるほどに聞き覚えのある、女性の声がこだまする。

 訊ねるまでもなく声の主が自分の〝上官〟だとわかっていたクラリタは、玄関ドアに視線を向けると、無感情な表情に負けず劣らず感情のこもらない声音で、無情な言葉をドアの向こうにいる〝上官〟にぶつけた。

「お引き取りください」

「ちょ……わかってて言ってるでしょ、クラリタちゃん!?」

「うん。わかってて言ってる」

「そんな……ひどいっ! ひどいわっ!」

 そう言って〝上官〟は「うえ~んうえ~ん」と、ツッコむ気が失せるほどにわざとらしい泣き声をあげ始める。このままでは近所迷惑になる上、鬱陶うっとうしいことこの上ないので、クラリタは小さくため息をつき、じっとりとした視線で玄関ドアを見つめ、

「どうぞ」

 と、言った瞬間、玄関ドアが勢いよく開き、〝上官〟――リアリ・アラングレイスが部屋の中に入ってくる。いったいどうやって玄関をくぐったのかと問い質したくなるほどに大きな包みを背負って。

「……なにそれ?」

「クラリタちゃんへのプ・レ・ゼ・ン・ト」

 リアリはクラリタに向かってパチリとウインクすると、包みに入っていた巨大な物体を取り出し「よいしょ」と、クラリタのベッドの上に鎮座させる。

 クラリタが目いっぱい両腕を拡げても抱えられないほどに巨大なクマのぬいぐるみ――それが、リアリが持ってきたプレゼントだった。

「クマさん……」

 欠片ほどの感慨も感じさせない声音でポツリと呟く。表情も、突然のプレゼントに驚いているのか呆れているのか判断がつかないほどに変化がなかった。

 だが、

「これ、本当にボクにくれるの?」

 無感情な表情と声音とは裏腹に、クラリタの双眸そうぼうは満天の星空にも似た歓喜の輝きに充ち満ちていた。

 殺風景と言っても過言ではない部屋の主ではあるが、クラリタ自身、ぬいぐるみなどといった〝かわいいもの〟が嫌いなわけではなかった。むしろ好きなくらいだった。しかし、子供並みの矮躯わいくゆえに見た目どおり子供扱いされることを嫌うクラリタは、自分が〝かわいいもの〟を買い集めることによって周りの人間から「やっぱり子供っぽい」と思われることを嫌い、欲しいと思うことはあっても決して〝かわいいもの〟を買い求めようとはしなかった。その結果、部屋が物寂しくなってしまったが、それは仕方がないことだと割り切っていた。

 けれど、このクマのぬいぐるみは違う。

 このぬいぐるみはリアリからのプレゼントであり、自分から求めて買った物ではない。

(人の好意を無碍むげにする行為こそ、子供のすること)

 心の中であってなお感情のこもらない声音で、都合のいい理論を独りごちる。

 そんなクラリタの心中を知ってか知らずか、リアリは満足げに微笑を浮かべながら「もちろんよ」と答え、ぬいぐるみをクラリタに贈呈ぞうていした。

 リアリが帰ったあと、クラリタは無表情をそのままに、されど双眸そうぼうには子供以上に無邪気な輝きを宿しながら、その身を預けるようにクマのぬいぐるみに抱きつき、思う存分ハグを堪能した。帰ったはずのリアリが、全力で気配を殺して窓の隙間から盗撮していることにも気づかずに。

 翌日、プレゼントのお返しをしようとしていたクラリタが、盗撮ムービーをネタにリアリにいじり倒されたのは言うまでもなかった。

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