イグニッション・ブラッド 暁の英雄 スペシャルSS/亜逸
ファンタジア文庫
とある日の日常 ~洗濯物篇~
家族であろうが恋人であろうが一つ屋根の下に暮らしていれば、
「十影っ!! クインがっ!! クインがひどいのだっ!! とんでもなくひどいのだっ!!」
要領という言葉をどこかに投げ捨てたようなことを叫びながら、ペスティがリビングに飛び込んでくる。朝食の後片づけを終えて一息つこうとしていた十影は、一息の代わりにため息をついてペスティに訊ねた。
「なにがあった?」
「クインが、わたしのブラ……ブラ…………下着ぃっ! わたしの下着の隣に自分の下着を干しおったのだっ!!」
意味不明にもほどがあるペスティの説明に、十影は思わず眉根を寄せる。かろうじてわかったことといえば、ペスティがブラジャーを下着と言い換えたことくらいだった。
男女同じ場所で洗濯物を干すのはどうかということで、十影の洗濯物は家の庭で、ペスティとクインの洗濯物はトレーニングルームの先に併設されたサンルームで干すようにしていた。サンルームでいったい何があったのか……思考を巡らせているうちにクインがリビングにやってきたので訊ねようとするも、十影が口を開くよりも早くにペスティはクインに詰め寄り、
「クインっ!! なぜだっ!? なぜ隣に干したっ!? あれでは……あれでは、わたしが惨めではないかっ!!」
「しょ、しょうがないでしょ! あそこが一番日当たりがよかったんだから!」
「しょうがなくなどないっ!! クインはわかっておらぬのだっ!! クインのブラジャーは存在そのものが暴力なのだっ!! 暴力的なブラジャーなのだっ!!」
もう完全にブラジャーだと言い切るペスティの必死さを目の当たりにした十影は、二人の間になにがあったのかを完全に理解してしまう。
クインの胸はどれほど控えめに表現しても巨乳だった。体躯が小さいのは、行き渡るべき栄養を全て胸に吸収されたせいなのではないかと思えるほどに巨乳だった。
反面、ペスティの胸は控えめだった。どれほど盛りに盛った表現をしても控えめだった。兎にも角にも控えめだった。
二人の胸の格差は十影をして「えげつない」と思わしめるほどで、そんな二人のブラジャーが仲良く並んで干される様は、やはり「えげつない」の一言に尽きるものだった。
(つうか、暴力的なブラジャーってなんだ?)
などとどうでもいいことを考えながら、対岸の火事でも眺めるような気分で二人の諍いを見守っていると、
「この際だから十影にも言わせてもらうぞ!」
突然、十影をビシッと指でさす、ペスティ。予想外の飛び火に、十影は思わずのけぞってしまう。
「昨日、わたしたちの洗濯物と十影の洗濯物が一緒に洗われておったぞ! 別々に洗うという取り決めはどこいったのだ!」
「ちょ、ちょっと待て! おれはちゃんと別のカゴに――」
「あ、ごめん。それあたし」
「お前かよ!」「クインだったのか!?」
十影とペスティの叫びが重なる。
「いやさ、たまには十影に女の子の香りをお届けしてあげようと思って」
「洗濯したら香りもへったくれもねえだろうが」
「か、香りなどどうでもよい! わたしたちの洗濯物と十影の洗濯物が絡み合ったことに問題があると言っておるのだ!」
「絡み合うだなんて……ペスティったら、や~らしいんだ」
「そ、そういう意味で言ったのではないっ! と、とにかくっ、わたしたちのと十影の洗濯物が一緒になるのが嫌だと言っておるのだっ!」
「え? ペスティは十影と
「だからそういう意味で言ったのではないと言っとるであろうがっ!!」
色んな意味で顔を真っ赤にしながら、声を裏返らせながらペスティは叫ぶ。
「しょうがない。ここは、あたしと十影が組んず解れつしようよ」
「『しょうがない』の意味がわからねえぞ!?」
「嫌なの? あたしと組んず解れつするの?」
唐突に、上目遣いに、しおらしい表情で訊ねる、クイン。「YES」とも「NO」とも言いづらい。
返答に窮する十影を見て、クインはニヒリと笑い、
「答えないということは、『YES』ってことでいいんだよね?」
少しばかり頬を紅潮させながら十影に抱きつこうとするも、
「へ?」
すんでところで割って入ってきたペスティに抱きつかれ、クインの口から間の抜けた声が漏れる。
「そそそそういえば、わたしたちはブラジャーの話をしていたのだったなっ!! そうであったなっ!!」
やけに動揺した叫び声をあげながらも、ペスティはクインの体を両手でがっちりとホールドする。そして「ちょ……ペスティ!?」と、あたふたするクインを抱き締めたまま、トレーニングルームへ、その先にあるサンルームへ逃げ去っていった。
嵐のように過ぎ去っていった二人に、ただただ呆気にとられていた十影だったが、すぐに我に返り、わざとらしいほどに深々とため息を吐き出す。
このため息は、ペスティとクインが巻き起こした、くだらない諍いに呆れて吐き出されたものではなかった。なんだかんだ言いながらも、そのくだらない諍いを楽しんでいる自分に呆れて吐き出されたため息だった。
(まあ、一人で暮らしてたら絶対に体験できないことだからな)
そんな言い訳を独りごち、そろそろ自分も洗濯物を干しに行こうと思った直後のことだった。
「パンツゥッ!? なぜわたしたちのカゴに十影のパンツがっ!?」
「だから言ったじゃん。十影に女の子の香りをお届けしてあげようと思ったって」
「今日もやっていたとは聞いておらぬぞっ!?」
十影は本日三度目のため息をつき、ゆっくりと天を仰ぐ。
「どこのバカだよ、この状況が楽しいだなんて思ってた奴は」
自嘲めいた言葉を紡ぐ唇には、やはり自嘲めいた笑みが刻まれていた。
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