供物片手の休息

 太陽は沈み、空は濃紺のとばりへ。

 迷宮遊園地に夜が訪れた。

 そこかしこでネオンサインの極彩色がきらめき、ランプの灯りが煌々こうこうと道を照らしている。

 隠さんはまだ見つからない。それをいいことに、私はフラフラと歩いていた。

 体感時間で三時間ほど歩いているはずなのに、ちっとも疲れない。眠くもない。

 きっとここじゃ、夢を見ることもないのだろう。眠る暇があるのなら遊ぶ。ここの客はそういう考えのもとに存在するのだ。

「そういえば、食べ物屋さんがあるんだっけ……」

 無意識に口をついて出た言葉に呼応するように、一軒のワゴンが目に止まる。

 どうやらそこでポップコーンを売っているようだった。オレンジ色のランプの下で、女の人がコーンの詰まった箱をスコップで掻き回している。

 物は試しだ。一つもらおう。

「すいません。ポップコーン下さい」

「はいはい」

 彼女は眼鏡をかけていて、店の衣装だろうか、トリコロールカラーの帽子とワンピースという出で立ちだった。

「どの味がいい?」

「んー……全部!」

 キャラメル、塩、ストロベリー、チョコのどれも魅力的で選べない。

 手渡された商品から一つ摘まみ、口に入れると、何ともなめらかな焦がしキャラメルの風味が舌を包んだ。

「おいしーい!」

「当たり前だろ。『キャロライナ・アンド・ザカリー』の看板商品だよ。美味しくって当たり前さ」

「有名店なの?」

「その一つだよ」

 女性店員は屋台の屋根部分に記されている屋号を示した。

 『CAROLINA & ZACHARY』。

 お洒落なデザインのロゴを挟むような配置で、いかにも二十世紀のアメリカっぽい絵柄の男女が描かれている。

「あんたご新規さんかい、スクール・ガール」

「あ、分かるの?」

「そなもん着てればすぐ分かるよ。顔つきからしてアジア系……日本人かな、お嬢ちゃん?」

 随分と気さくな人物らしい。客が来ないのをいいことに、話し込むつもりでいるようだ。

「あたしはアイヴィー・フィンドレイってんだ。ご覧の通りのしがないポップコーン売りさ」

「私は楓。榎本楓」

「よろしく。ところであんた、案内役はどうしたの? 見当たんないけど」

「……迷子になっちゃった」

「あっはは! 勇気あるねえ。来て早々に案内役を暇にするとは、大したタマじゃん」

 けらけら笑うアイヴィーの態度からして、迷子になる事はそれほど重要な事態ではないと分かった。そのうち見つけてもらえるんだろうと一人納得して、イチゴ味のコーンを口に放り込んだ。

「楓、いい事教えてあげようか。……どこかに赤と黄色の縞模様のテントが建ってる。楽しいサーカスさ。あんたの運がいいならきっと辿り着ける。行く所に迷ったなら行ってごらん」

「正確な位置は分からないの?」

「あんた、学校で、宇宙は膨張してるって話を聞いた事ない? それと同じように考えればいい。ここは膨張し続けてる。色んな乗り物、色んな店、色んな楽しみを……そして色んな人を受け入れる為にね。どこに何があるのかを知るのは案内人の役目さ」

「それじゃあ、虱潰しらみつぶしに探すしかないんだね……いくら疲れないからって気が遠くなりそう」

「頑張りな。迷子になるのも遊びのうちだよ」

 アイヴィーに別れを告げ、ミックスポップコーンを片手に、私は放浪を再開することにした。

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