昭和異聞譚 仇花いばら姫

八島清聡

昭和異聞譚 仇花いばら姫

無量大数、すなわち先達者

プロローグ

 



 さあ、その古びた革表紙の本を開きたまえ。

 さあ、頭を左右に振っておもむろに仮定してみたまえ。

 さあ、ゆっくり目を閉じて空想してみたまえ。

 

 君、これはあくまで『IF』の話ではあるのだがね。

 かつて太古の宇宙には、何万という星々の群、数多あまたの銀河が浮かんでいた。

 その一つである太陽系は、折り重なった偶然から奇跡の条件を満たし、第三惑星・地球に生命を誕生させた。当初、微弱な単細胞生物に過ぎなかった生命は、何十億年もの時間をかけて縦横無尽に進化し、或いは環境に順応できず滅んでいった。

 やがて進化した哺乳類のうち、最も知性を会得した人類の歴史が始まった。

 人類が紡いだ有史は僅か五千年、されど五千年だ。

 途方もなく長い時間だ。それこそ考えるだけで気が遠くなるような。

 先人達の膨大な筆跡を辿れば、様々な選択、様々な決断により、幾つもの文明、何百もの国々が興亡し現代いまが造られたことがわかる。それは、「穴だらけの青史」を紐解いて順に追っていけばわかることだね。

 

 ……しかしだ。ここで一つの仮定をしてみよう。

 その先人の決断が、もしも微細に違っていたとしたら。

 想定された未来へ続かないものであったとしたら。

 その世界は一体どんな有様なのだろうか。

 例えばだ。たまたま君が何気なく入ったレストランで食事をし、「食後の珈琲コーヒーを、その日に限って紅茶に変えてみた」というような、全くもってなんてことのない、実に取るに足らない選択で「本来在るべき正史」がほんの少しずれたとしたら。薄紙のような選択の積み重ねで、社会のシステムが変容したとしたら。

 もしかしたら 平衡へいこうする時空の先に、此処こことは違う世界が存在するのかもしれないね。

 ……いやいや、違うんだ。

 これは決して私の願望ではないのだよ。誤解しないで欲しい。

  平衡世界へいこうせかいが此処よりも遥かに良い時代で、皆が平等に良い暮らしをし、一様に幸福を貪っているとは限らないのだから。

 万人の願いを叶える 理想郷ユートピアを希求して、君を いざなうわけではないんだ。そこは念押ししておくとしよう。

 ……さあ、準備はできたかい。

 では、一つの『可能性ポジブル』を覗き見しに行こうじゃないか。


 これは君が住まう世界とは違う、未知なる渡し場。

 東の果ての帝国の、近くて遠い昭和の物語。

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