あけおめ、ことよろ

「おお、心の友よ~!」

 などと、感極まったように智樹に抱きつく――こともなく、極めて冷静に

「ありがと」

 と、助けてもらった礼を言う守。ちなみに、縄をほどいてもらっている際に何故か悪寒を感じたのだが、それはきっと冬の寒さのせいである。

「ところで……どうして智樹が家に?」

「ああ……なんか良くわからんが、お前が危ないって急に電話で言われてな……言われるまま、こうして駆けつけたわけなんだが。どうやら、来て正解だったみたいだな」

「僕が危ない、って言われるとなんだか別な意味に聞こえそうだけど……。うん。まあ、確かに助かったよ。その智樹に電話をかけたって人に感謝だね」

 ――きっと、家本さん辺りの差し金だろう。

 守は、ありがたいサポートに心の中で感謝をする。

「あとできちんと礼を言っとくんだぞ」

「もちろん、言うよ。……ところで。一応、確認しておきたんだけど、智樹は本物?」

「……はあ?」

 怪訝そうな顔をする智樹。

 一度、変装に騙されかけているため守にとっては当前の質問だったのだが、しかし、変装なんて知らない智樹にとってはただの意味不明の質問である。

「あーえっと、そうだ。智樹の小学生の頃のあだ名は?」

「森井智樹の井智で、いいとも」

「じゃあ、うちのばーちゃんの罠で一番つらかったのは?」

「トイレで用を足そうとしたときに、下半身丸出しで逆さまに吊られたやつ」

「智樹の初恋の相手は?」

「ま――って、さっきから何の質問だよ!」

 うっかり口を滑らせそうになって叫ぶ智樹。

「ま? 智樹君の初恋の相手はもしかして〝ママ″ですかなぁ? 意外とマザコンなんですなぁ」

「……それでいいよ、もう。で。そんなことより、今の質問はなんだったんだ?」

「本人確認をしただけだよ。今、この家に忍びこんでる人が変装をしている可能性があったから」

「あ? さっきの忍者みたいなコスプレした女の他に、まだ誰かいるのか?」

「忍者のコスプレじゃなくて、本物の忍者らしいよ。その忍者が後一人、まだこの家の中にいる。あ、いや、正確にはもう一人忍者はいるんだけど、その子は味方で……」

「ああ、それがさっき俺と間違えた一葉君ってやつか」

 長い付き合いだけあって、智樹は守の言葉からすぐに察する。

「うん。一葉君は中学生くらいの見た目の男の子。そんでもう一人の忍者が、体格のいい男。間違えないように気を付けてね?」

「気を付けるって、お前これからどうすんだよ。不法侵入だっつーなら、さっさと警察にでも通報したほうがいいだろう」

「いや、それは駄目だよ。警察に通報したら、僕がこの家に住めなくなっちゃうから」

「……ふうん。なるほど、そういうことね。――つまり。今、お前は自分のやりたいことをやってる最中なんだな?」

「……うん」

 またしても、察しの良い智樹。ここまでくると少し気持ち悪いくらいだが、まあ、それだけ智樹が守のことを想っているということだろう。色んな意味で。

「あぁ、わかったよ。だったら、俺も手伝ってやる」

「でも智樹を巻き込むのは……」

「ああ? 勘違いするなよ? 俺はただ――俺のやりたいことをやるだけだ」

 どこかで聞いたことがあるようなことを言う智樹。

「え? 何、下ネタ? 俺のやりたい人とやるだけだ?」

「ちげーよ! 俺はただ――って、このやりとりはもういいだろう!!」

 また恥ずかしいことを言わされそうになって、智樹は赤面。

 それを誤魔化すように、頭をがしがしと豪快にかく。

「たくっ、調子狂うぜ……」

「そう? 僕はいつもの調子を取り戻したんだけど?」

「………………」

 屈託の無い笑顔でそう言われ、智樹は複雑そうな顔をする。

「……で、実際、これからどうするんだ?」

「うん。残る忍者一人を捕まえないとね」

 平然と答える守に、少し不安気な智樹。

「いや、俺はその忍者ってのがわからないんだが……。コスプレしてるだけのやつじゃないんだよな? だったら、俺らで捕まえられるのか?」

「まあ、普通に取っ組み合ったら無理だよね。でも、智樹は一人捕まえたじゃん」

「あれは……だいぶ疲弊してたからだろう」

「疲弊してた、じゃなくて疲弊させたんだよ。僕が罠を使ってね」

「……罠、ね。あんまりいい思い出は無いが。まあ、それなら納得だ。……で、具体的にその男を捕まえる作戦とかはあるのか?」

「ふふん。任せてよ、智樹。我に秘策あり、だよ」


 守が計画していた作戦を、手短に智樹へ伝えたところで

 ――どんがらがっしゃーん

 と、二階から騒がしい音が聞こえた。

「……どうやら、一葉君が蚰蜒と交戦を始めたみたいだね。僕たちも早く行かないと!」

「またあそこに行かなきゃいけないんだよな……」

 いつだかのことを思い出し、虚ろな目で二階を眺める智樹。

二階へと歩を進める守に憂鬱そうな表情でついていく。

「まあまあ。僕か一葉君と一緒にいれば、まず罠にはかからないから」

「逆に考えると、一人なら危ないんだよな? ……って、守。それはまずいぞ」

「え? 何が?」

「河津が危ない」

「……河津さん? どうしてここで河津さんの名前が出てくるの?」

「なんでって――ああ、もしかして言ってなかったか?」

 しまった、という顔をする智樹。

「……いやだからな。河津も今、この家に来てるんだよ。相変わらずの方向音痴で、いつの間にかはぐれちまったけどな」

「は? ……はあああああ!? なんで!? どうして!?」

 智樹の言葉に、困惑する守。

「な、成り行きだよ。俺もよくわからんが、あいつがいきなり、私も連れていけっていうから仕方なくだな……」

「えぇ……?」

 ――もしかして、これも家本さんの差し金?

 だとすれば、いったいどんな意図があって河津さんをこの家に来させたのだろうか。

 考え込む守。しかし、それもすぐに中断させられる。

「――っと。どうやら、今はそんな話をしている場合じゃないみたいだぜ」

 二階へと上がったところで、散々散らかった廊下で向かい合っていた二人の人間を、指さす智樹。

 一人は、一葉。少し息が切れているものの、とくに怪我とかはしていない。

 もう一方は――

「誰!?」

 七色以上の色で、様々な色が混じりあって形容し難い色で、染色された男がいた。

 ペンキを頭からかぶって全身を染色する、独創性があふれまくった格好だった。

「ファションリーダーってやつかぁ」

「いや、どっちかというとファッションモンスターだろう」

 よくわからないことを呟く守に、よくわからないツッコミをする智樹。

 その声が向こうまで届いていたのだろう、カラフルな男はこちらに振り向いて

「そこっ! 色をつけられてんだから、色男と呼ぶっすよ!!」

 と、叫ぶ。その声は、蚰蜒のものだった。

 おそらく、一葉の罠に引っかかってペンキでも被ったのだろう。

 同情はするが、そもそも罠を仕掛けたのは守なので反省はしていない。

「ってあれ? あんたはたしか姐さんに虐められてるはずでは? ていうか、いつの間にか一人増えてるし。どういうことっすかね……?」

「あなたが追い詰められた、ということではないでしょうか?」

 冷たく告げる一葉。

「あらら、なるほど。そういうことっすか。こいつは――まいったっすね」

 手に持っていた武器を、全て床に放り投げて手をあげる蚰蜒。

 蚰蜒の謎の行動に、一葉は警戒する。

「……っ!!」

「そう身構えなくてもいいっすよ。降参っすよ、降参。その様子だと、姐さんもまた捕まったんでしょう? だったら、俺たちの負けっす。降参をするっす」

 蚰蜒は、あげた手をひらひらとさせて、抵抗の意志がないことを示す。

「それは――いったいどんな公算があってそんなことを……!?」

「守宮さん、黙っててください」

「……はい、ごめんなさい」

 ちょっと悪ふざけしたら一葉に叱られ、しょぼんとする守。

「それで、蚰蜒。降参をするということは……もう目標は諦める、ということでいいのですね?」

「そうっすねぇ。三人相手だと、さすがに一人じゃあ厳しいっすからね」

「信用できません……」

 降参したというのにヘラヘラと笑っているのだから、信用のしようがない。

 それに、相手は忍だ。疑い過ぎるくらいでちょうどいい。

「だったら、縛るなりで拘束すればいいっす。俺にそういう趣味は無いっすけどね」

 と、あくまでも軽い口調で言う蚰蜒。

「どうします、守宮さん」

 と、一葉が守に指示を仰ぐ。

 怪しさ満載だったが、しかし、だからといって放っておくわけにはいかない。拘束しろというのなら、拘束するしかないのだろう。

「一葉君、頼んだ」

「はい」

 ロープを取り出して、蚰蜒へと近づく一葉。

 不意打ちを十分に警戒するものの――意外にも蚰蜒は、自身が縛られ終わるまでまったく抵抗をしなかった。大人しく、お縄についた。

「一葉君、縄ぬけの心配はある?」

「……いえ。縄ぬけができない縛り方をしたので、よっぽどのことがなければほどけることはないはずです」

「そう」

 ほっ、とようやく一息がつける守。

「ようやく、終わったぁ……」

 時刻を確認すると、とっくに零時を回っていた。

 つまり、いつの間にか年が明けていたということだ。

「とりあえず……あけましておめでとう、かな?」

「おめでとう」

「おめでとうございます」

「おめでとっす」

 若干一名、声が多かった気がしないでもないが、ともかく、これで長かった大晦日も終わったのだ。おめでたくないはずがない。

「で、一葉君。家本さんは、お仕事が終わったら、ここまで来るんだよね?」

「ええ、具体的な時間はわかりませんが……とりあえず、表花様が来れば全て解決してくださると思います」

「だったら、それまで百足さんと蚰蜒を拘束しておくってことでいいよね」

「はい、異論はありません。ただ――」

「ただ?」

「百足と蚰蜒を捕えたからといっても、全てが上手くいくとは限らない……ということです。今後のことは、表花様と本家の交渉しだいですので」

 と一葉が言うと、横から口を挟む声が。

「ちょっといいっすかぁ?」

「なんですか、蚰蜒」

 縛られた蚰蜒に上から目線で聞く一葉。

「いや、さっき本家とか言ってたっすけど――俺らは本家とは無関係っすよ?」

「は?」

 呆けた顔をする一葉。

 守も、蚰蜒が何を言っているのかわからない。

 どういうことなのだろう、と首をかしげていると智樹が守の肩を叩いて

「なあ家本って誰だ?」

 と、小声で尋ねた。

「家本さんは――ああ、そうだ。多分、僕が危ないって智樹に電話をかけた人だよ」

「あ? 何、言ってるんだ守? 俺に電話をかけてきたのは河津だぞ」

「えっ――」


「みなさーん! こんなところにいたんですねぇ」


 と、声が聞こえて、その場にいた全員が声の主に視線を向ける。

 そこには、智樹が連れてきたという河津押花が立っていた。

「守宮さん。あけましておめでとうございます」

 自然に四人の中に入って、にこやかに新年のあいさつをする河津。

「あっ、はい。おめでとう、ございます……」

 そう返す守だったが、何か違和感のようなものを覚えていた。

 そもそも、どうして河津がここにいるのだろうか。

「どうしたんですか、守宮さん? 調子でも悪いんですか?」

「いえ……」

 守が危ないという電話を智樹にしたのは河津? だとすれば、どこでそんな情報を得たのか。家本さんから聞いた? ……いや、よくよく考えてみれば、家本さんは、智樹や河津と面識がないのだ。存在すら知らない可能性もある。

 それに、守が危険だと聞いたからといって、河津が大晦日にわざわざ、この家にまで来る義理があるのだろうか。

「いやぁ、去年は守宮さんたちには随分お世話になりましたからねぇ」

「はぁ……」

 そういえば、百足と蚰蜒はこの家の内装をいくらか知っているようだった。二人とも、この家に入るのは初めてだったはずだが、どうして内装を知っているのだろうか。外装から想像するだけでは難しいはずだ。

 更に言えば、変装はどうだ? 守の知り合いくらい調べればわかるだろうが、しかし、この家に残ることを守が決めたのは結構ぎりぎりだったはずだ。そんな守の交友範囲を、わざわざ詳細に調べる必要はあったのだろうか。それに、変装自体、かなり完成度が高かった。その顔を良く知っている人が指導しなければ、あそこまでにはならないだろう。

「だから、私、お返しに来たんですよ」

「へぇ……」

 よくよく思い返してみると、百足と蚰蜒の二人組に初めて出会ったとき、あれも不自然ではなかっただろうか。後をつけるならともかく、正面からすれ違ったのだ。それこそ、あらかじめ誰かが行先を教えでもしない限りは。

 そういえばあのとき、守以外で行先を知っていて、かつ隣を歩いていたのは――

「たっぷりとお返ししますよ。お世話かけたうちの家族の分まで――ねっ」

「離れて一葉君!!」

 守の声で、突進してきた河津をギリギリで躱す一葉。

 そのまま一葉は、守と智樹のいる場所まで飛ぶ。

「どういうことです、守宮さんっ!?」

「わ、わかんないよっ! でも、ともかく今は――」

 突進した河津の本当の狙いは、おそらく、一葉ではない。

「いやぁ、助かったっすよ、押花さん。けど、来るなら来るって最初から言ってくれればいいのに」

 自身を縛っていた縄を切られ、再び自由の身となる蚰蜒。

 縄を切ったのはもちろん――河津だ。

 守は智樹と一葉に向かって叫ぶ。

「――撤退だ!!」

 ……どうにもこうにも、せっかく慌ただしい大晦日は終わったというのに、新展開からの元日は――もうちょっとだけ続くようだった。

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