弟
中庭側二階、階段上。
一葉そこで、下から来るであろうと敵を待ち伏せていた。
すると、後方から近寄ってくる人の気配がした。
「ケビンッ!」
そいつはのんきにもそう声をかけながら駆け寄って来たので、一葉は振り返りながら、腰から小太刀を抜き取り、その人物の喉元に押し当てた。
「ぎゃっ!?」
「――何の用ですか、守さん」
短く悲鳴をあげた守にたいして、一葉は冷静に問いかける。
「ちょちょ、ま、まずはその物騒なものをしまって! ね?」
「謎の人物の名を口にしながら、近寄ってくる不審者を迎え撃っただけですが?」
渋々と、小太刀をしまう一葉。
「謎の人物では――って、まあ、それはいいんだけどさ……」
「で、何の用ですか?」
「何の用って、加勢に来たんだよ」
「あなたは、確か客室側の階段で待ち伏せをしていたはずですが」
「そっちはもう大丈夫。予定通り、階段自体を通れなくしてきたから。あとは、こっちで迎え撃ってコテンパンにするだけだ」
鼻息を荒くして、意気込む守。
「そう、上手くいくもんですかね……相手はプロの忍ですよ?」
あくまでも冷静に、一葉はそう返す。
「そういえば一葉君、相手が忍だってことをやたらと強調するよね」
「……僕は、あの人たちと一緒に育てられましたからね。彼らのことはよくわかってるんです。正直、今、こうしていられるのは奇跡のようなものですよ。あの人たちが最初から本気で僕らを殺すつもりなら、二人とも今頃はあの世ですし」
「あ、あれでまだ本気出してないんだ……。でも、それならどうして一葉君は、そんな人たちと敵対しようと思ったの? やっぱり、家本さんのことが好きだから?」
「好きではありません。尊敬しているだけです。でも、今回のことと家を出たことに関しては、表花様に言われたからではありませんよ」
「えっと……じゃあなんで?」
「……どうしてそんなことまで、僕が守宮さんに話さなければいけないんですか。第一、こんなことを話している場合ではないでしょう」
不満そうな顔で、そう言う一葉。
「まあまあ。このままじゃ、僕が気になって、大事な場面でミスとかしちゃうかもしれないよ? 教えてくれれば、もうしつこく聞かないからさ」
「……まあ、別に隠すようなことでもないし、こんなことで失敗とかされても困りますから……仕方ないですね、話しますよ」
「ほんと!?」
「別に、面白くともなんともない話です。ただ単に、僕は唯一の肉親を助けたかっただけなんですから」
「え、肉親?」
「……言ってなかったですか? 僕と一重は、紙魚一葉と紙魚一重は、姉弟なんです」
「へー姉弟……って、えええええええええっ!? 姉弟!? 姉弟だったの!?」
「うるさいですよ、この場所が敵にばれてしまうじゃないですか。それに、姉弟と言っても、僕は姉と、ほとんど会話すらしたことないですけどね」
姉とほとんど会話したことのない弟。
一重の立場を考えると、それも仕方のないことなのかもしれない。
「あ、いや、ごめんなさい……」
素直に謝った守は、じっ、と一葉の顔を見つめる。
「な、なんですか。気持ち悪い」
「いや……言われてみると、顔とか似てるなって」
整った顔立ちに、きれいな黒髪、そして童顔。
確かに、似ている。
実のところ、似ているのは薄々気が付いていたのだが、二人とも俗世離れした顔立ちだったので、見た目がいい人間はだいたいこんなものなのかなと思っていた。しかし、姉弟だというのなら納得だ。身長も大差ないし、髪型さえ合わせてしまえば、見分けがつかないかもしれない。
「しっかし、お姉さん含め、童顔だねぇ」
「うぐっ」
気にしていたのか、言われて苦々しげな顔になる一葉。
「……座敷〝童〟の一族なんですから、童顔で当たり前でしょう」
「ああ、そういうこと。一重ちゃんや一葉君が幼い見た目なのは血筋と」
納得する守。しかし、童顔は血筋が原因だとすれば、一重も一葉も、今後の成長は望めそうにないだろう。少しだけかわいそうに思う守。
「別に、もうこの話はいいでしょう。百足と蚰蜒もそろそろ来るでしょうから、さっさと、準備してください」
「……そだね。じゃあ、そろそろ下に行くよ」
「ええ。余計なこと考えて、ヘマしないでくださいよ」
「……気を付けます。えっと、一葉君」
「はい?」
「一葉君も、もうちゃんと僕の家族だからね」
優しく微笑んで、守はそう言った。
それを聞いた一葉は、無表情だった顔をきょとんとさせる。
「――は? 気持ち悪いこと言わないでください。誰があなたと家族なんかになりたいと思うんですか。僕の家族は姉と表花様だけです」
「あ、はい……」
「……そういう気遣いはちょろい姉だけにしてください」
「姉をちょろいと申すか……」
にしても、素直じゃない弟である。姉がちょろいとわかっているのなら、自分が気遣いでもすればいいだろうに。影で隠れて姉のために頑張るのが、格好いいとでも思っているのだろうか。……まあ格好いいのだけど。
「よし! じゃあ一葉君の愛しいお姉ちゃんのために、いっちょ頑張ってきますよ!」
「別に、愛しくは――」
と、守の発言を訂正しようとする一葉だったが、当の本人はすでに階段を降りているところだった。声が届いてないのか、それとも聞こえないふりをしているのか、守は振り向かずに、そのまま姿を消す。
一人残された一葉は「はあ……」とため息をついてから
「あのおっさん、マジでうざい……」
と、年相応に崩れた口調で、そう言ったのだった。
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