いらっしゃいませー

 同日。守宅。

 ――準備はすでに済んでいた。

 一葉の協力もあって、今は家のいたるところに、罠が設置されている。

 大晦日までに、守が大掃除もせず、必死に罠を用意したのだ。

 もし、今の家の状況を知らない人間が不幸にも入り込んでしまったとしたら、それはもうひどい目にあうだろう。一葉の勧めもあり、対忍を想定して罠が作られているので、結構過激なものとなっている。罠を仕掛けた守本人でも、気を付けていないと大変な目にあうかもしれないくらいだ。

 とはいえ、やれるべきことは終わった。

 後は、いつ来るかもわからない本家の忍を待つだけだ。

 時刻はすでに午後十時を回っており、守は現在、年越し前には食べられないかもしれない年越しそばを、座敷牢の部屋で、一重とともに食べていた。ちなみに一葉は自ら申し出て、外を見張っている。今頃、寒空の下で年越しそばをすすっていることだろう。

 守は一葉に同情しつつも、自身は来るかもしれない戦いに備えて、炬燵の中であったまる。そして、ふと一重に声をかける。

「……一重ちゃん。こんなときに言うのはあれだけど……来年もよろしくね」

「……はい。来年も、よろしくしたいです」

 頬を赤く染めながらも、素直にそう答えたのを見て、守は一重を本家には絶対に連れて行かせないと心に誓う。頑固だけど娘にはデレデレな父親のように「娘は誰にもやらんぞ!」意気込んだのだった。

 そんな感じで、一人、燃えていた守だったが

『――守宮さん』

 右耳につけていたヘッドセットからの声で我に返る。

 通信してきたのは、外で見張りをしている一葉だった。

「どうしたの、一葉君? もしかして、敵が来た?」

『いえ、どうでしょう。この家に近づく二人組がいたのですが……。あれは、おそらくあなたの客人ではないかと』

「客人?」

 と、守が聞き返した直後

 ――ピンポーン、と呼び鈴の音が鳴る。

『僕はこのまま見張りを続けますので、そちらの対応は任せます』

 とだけ言って、黙り込む一葉。

 通話は常に繋がっているのだが、まあ、わざわざ聞き返す必要はないか、と守は判断して、とりあえず客人とやらに会うため、玄関へと向かう。

 いったいこんな時間に誰が来たのだろうか。

「はいはーい。どなたですかー?」

 と声をかけて、玄関の戸を開けると

「よっ。来ちゃった」

 そこには、笑顔の智樹がいた。

 守は冷めた目をして、無言で戸を閉める。

 が、それは差し込まれた智樹の足によって防がれる。

「……呼んでもいないのに、いったい、何の用でしょうか?」

「何の用って冷てぇじゃねぇか。幼馴染だろう? お前が新しい家で寂しくしてないか心配になって、わざわざ来てやったんじゃねぇか」

「そういうの間に合ってますので、お帰りください」

 守は戸を閉める手に力をこめる。

「ちょちょちょ、痛い、痛いって! 冗談! 冗談だから! 今日は、お前に会いたいって人を連れてきてやったんだよ!」

「僕に会いたい?」

 そういえば、一葉からの通信でも二人組の客が来ていると言っていた。一人は智樹だとするともう一人は……と、守が考えていると、智樹の背後から声が届く。

「あの、守宮さん。急に押しかけちゃってすみません!」

「え?」

 智樹の後ろにいたのは、河津押花だった。

「河津さん。どうしたんです?」

「えっと……」

「どうしたもなにも、いい年した男が、大晦日に一人で過ごしてるのを可愛そうに思ってだな――」

「智樹は黙ってて」

 そもそも、大晦日は家族で過ごすものだろうに。一人で過ごすうんぬんは放っておいてほしいところだ。それに、今年は一重がいるので、もう一人ではない。

「きょ、今日はおせちを作って持って来たんです。その……前回来たときには色々と迷惑をかけてしまったそのお詫びで……」

 風呂敷で包んだ、重箱のようなものを差出す河津。

「そんな、気を遣わなくてもよかったですのに。でも、せっかくなので……」

 ずっしりと重い、その重箱を受け取り、守はそれを玄関の隅に置いておく。

 その間、河津は何やらモジモジとしていて、そして、何やら意を決したように

「それで、あの、守宮さん……。年が明けたら、一緒に初詣に行きませんか?」

 と言った。

「それは……え、あ、その……」

 突然の提案に、言葉を詰まらせる守。

 河津からの申し出は嬉しいが、しかし、今日明日はこの家を空けるわけにはいかない。

 二人を家にあげるのだって、罠だらけの今は難しい。

 どうしたものか、守が悩んでいると河津は

「やっぱり迷惑でした、か……?」

 あはは、と自嘲気味に笑った。

「あ、いえ!」

「おいおい、守。女の子を泣かせたら駄目だろう? ていうか、お前が河津さんと行かないんだったら、俺が河津さんと行っちゃおうかなぁ?」

 煽るように言って、智樹は河津の肩を抱き寄せる。

 河津さんは、困ったように苦笑いをしている。

「――ちょっと、智樹。こっちきて」

 守はそう言って、とりあえず智樹だけを家の中へと招く。

 河津には声の届かない位置へと移動して、小声で話しかける。

「今の河津さん嫌がってたでしょ?」

「あぁん? 何だ、守。嫉妬か? 据え膳も食わないような男に、そういうことを言われたくねぇな」

 守と同じように小声で返す智樹。

「据え膳って……河津さんはそんなんじゃないでしょ……」

「ニブチンか、お前? 俺が思うに、河津はお前に惚れてるぜ?」

「だから、そんなんじゃないって――っと、智樹、もうちょっとこっちきて」

 中庭側の廊下の、玄関にいる河津からは死角になるような位置へと守は移動する。

「あ? なんだ?」

「いや、念の為にね。念のため」

「たくっ、どういうことだよ……」

 ぼやきながらも、守の元へと近寄る智樹。

 それを見ていた守が

「うん、そう、そこ。その辺りがいい」

 と言って、天井からぶら下がっていた電気の紐スイッチのようなものを引っ張る。

 瞬間――

「うわあぁぁぁあああぁぁあ!!」

 壁の下の辺りから飛び出した縄が、智樹の足を縛って上へと持ち上げた。

 ぶらん、と天井から吊り下げられる格好になる智樹。

「うん、成功だ」

「お、おい! どういうつもりだよ、守!?」

 ぶらぶらと左右に揺らされながら智樹は叫ぶ。

「いや、だから、罠がちゃんと動いて嬉しいなって」

「罠ぁ!? なんだよ、罠なんかに俺をかけて、どうしようってんだよ!!」

 と、必死に問う智樹にたいして、守は当たり前のような顔をして返事をする。

「そりゃだって、知らない人が知り合いのふりして家を訪ねてきたら不審に思うでしょ?」

「…………………」

 目を見開く智樹。

だったが、次の瞬間にはすでに真顔になって

「――姐さん、ばれたっす!!」

 と、玄関にいるはずの河津に向かって叫んだ。

「……聞いてたね、一葉君」

『ええ……。まさか本家のやつらが変装しているとは。今、向かってます』

 ヘッドセットで一葉と会話をして守が正面に向き直ると、そこを河津が走り抜けていく。

 追うかどうか一瞬迷うが、河津が向かった先は座敷牢があるだけで、行き止まりだ。あそこからは、座敷牢の中には入ることができない。

 だから守は、まず、正面にぶら下がっている智樹の姿をした男に対応することを決めた。

 ぶら下がっている男は、捕まっているのにも関わらず余裕そうな顔をしていた。そして、智樹の顔でニヤニヤと笑って、知らない男の声で守に尋ねた。

「どうしてわかったっすか?」

「確かに、見た目も声も智樹にそっくりだったけど……中身が違う。智樹は、あんな風に、僕の男女関係の話に踏み入ってこないから」

 守は、抑揚のない声でそう返した。

「あーんだよ。男同士の幼馴染っつーから、適当に恋愛関係とエロ話をしときゃばれないと思ったのに。あんたら、そういう話しないんすか」

「……で、あの河津さんは本物?」

 男の言葉を無視して、守は質問をする。

「あっ!? もしかして、あっちはバレてなかったすか!? ――ッチ、しくったなぁ」

 逆さまの状態で悪態をつく男。

「どちらにせよ。黙って家にあげる気はなかったけど」

「あーあ。姐さんなんて、胸に詰め物まで変装したってのに意味なかったってことっすか? 変装って言うのは簡単すけど、凄い面倒くさいんすよ? マスク作ったりメイクしたり……まあ、そういう話はいいっすか」

 すっかり逆さまの状態にも慣れたようで、吊るされた状態で胡坐をかく男。

 男の余裕に怪訝そうな顔をするも

「君には、ここで大人しくしてもらうから」

 と、守は言う。

「いえいえ、お構いなく。俺は俺で好きにするっすから」

「……させると思う?」

 守は男をじっと見張る。

 今のところ、おかしな行動はとっていない。

「――守宮さん!」

 と、ここでようやく、一葉が家に入ってくる。

 後は、男が逃げ出さないように、一葉に縛ってもらえばいい。

 そう思って、守が一葉に視線を向けた瞬間――

「よっと」

 ――ひゅん

「えっ?」

 頭上を、なにやら黒い影が通り抜ける。

 守が縄へ視線を戻すと――そこには男はおらず、先ほどまで男が着ていた服だけが縄によってぶら下げられていた。慌てて振り返ると、そこには紺色の忍装束を着た男が、守に手を振りながら中庭側へ向かって廊下を駆ける姿があった。

「あばよ、とっつぁん!」

「んなっ! ま、待て~ル○ン!」

 呆気にとられて、体が動かない守だったが、お決まりのネタにはつい反応してしまう。

「何、ふざけてるんですか! 僕が追います!」

 走ってきた一葉が守の横を通りぬけて、男を追った。

 やがて、二人は廊下の角を曲がり、視界から消える。

「おうふ……」

 目を見開いて、口を大きく開ける守。

 ――まるで、ついていけなかった。

 守は苦々しげな顔をして、唇を強く噛みしめ悔しがる。

 今の一連の流れの中で、守はただただ突っ立っていることしかできなかったのだ。一重の力になると豪語しておいて、この体たらく。役ただずもいいところだった。

「……これが、プロってやつね」

 ――ぱん

 と、守は頬を両手挟み込むように叩いて、気合を入れなおす。

 舐めていたわけではないけれど、しかし、認識が甘かった。

「これからは少しも気を緩めちゃ駄目だね……」

 そう覚悟を決める。

「とりあえず、あっちの男は一葉君に任せとこう。僕はあの河津さんの恰好をしたほうを追っかけないとね」

 もしかしたら、敵は二人だけではないのかもしれない。が、そうは言ってももう一人を自由にはさせておけない。もし敵に増援が来たら――まあ、そのときはそのときだ。

 今は、今できる最善を尽くすしかない。

 そう判断して、守は河津の恰好をした女を追いかけることに決める。

 向かうは、座敷牢のある部屋へ続く廊下だ。

 守は廊下を覗くが、そこには当然、女の姿はない。

「となると、行先はキッチンかお風呂か、一番奥の部屋か……」

 一応、それぞれの戸には、誰かが入ったらわかるよう、廊下側に糸を張ってある。この糸は、戸を開けると切れるという仕組みになっていて、内側からは張りなおせない。なので、糸が切れていなければ、中に誰かが入っていることはない。

 手前から順に、キッチン、脱衣所の戸と確認するが、糸は切れていない。

 ということは、女が向かったのは、座敷牢のある部屋になる。

 守が、廊下の奥へとたどり着くと、案の定、戸の前の糸は切れていた。

「さて、どうしようか……」

 ここで守は考える。座敷牢の部屋は行き止まり。ということは、女がこの家の探索をするには、この部屋から出なければならない。ならば、戸の前で待ち伏せているのが安全だろう。

 だがしかし、座敷牢の部屋は行き止まりとはいっても、一重のいる座敷牢の中とは直接つながっている。もし万が一、あの女が鉄の檻を力づくでぶち破ったとしたら、中に入れてしまう。わずか数分で鉄の檻をぶち破れるとは思わないが、ここでずっと待ち伏せをしていたら、その可能性もあるかもしれない。

 それに、逃げた男のこともある。今は、一葉が追っているからいいだろうが、いつまでも大丈夫とは言えない。一葉が返り討ちにあったり、振り切られてしまえば、たちまちあの男は自由になる。

 となれば、こちらから仕掛けて、積極的に罠にかけてしまう方がいい。どちらかが行動不能になれば、あとは守と一葉の二人がかりで捕まえに行くことができるからだ。

「……よし、決めた」

 守は意を決して、戸に手をかける。

 そして、ゆっくりと戸を開けて、中を覗く。

「あれ?」

 そこに、女の姿はなかった。

 一重も侵入者の気配を察してか、今は簾を下ろして姿を隠している。

「ん?」

 部屋の中へ足を踏み入れようとしていた守は、足元に何かが落ちていることに気が付く。

「これは、服と……かつら?」

 落ちていたのは、河津の姿をしていた女が先ほどまで身に着けていたものだった。

 となると女は、一度は間違いなくこの部屋の中に入っているはず。

 では、どこへ行ったのか。

 守が、そう考えた瞬間――

「――守宮さん、上!!」

 座敷牢の向こう側から聞こえた一重の声で、守は咄嗟に上を向く。

 そこには――忍装束の女が、天井に張り付いて見下ろしていた。

 女は、自分の姿が目撃されるやいなや、守に飛びかかる。

「うわぁっ!?」

 慌てて前へ――部屋の中へ向かって飛ぶ守。前のめりで無様に転んでしまったものの、紙一重で、女の全体重が乗った攻撃を躱すことができた。

 が、悠長に倒れてはいられない。体を反転させて女の追い打ちを予測して身構える守。

 ――しかし、予測していた衝撃はやってこない。

 守が前方を確認すると、女は身をひるがえして廊下へと駆けていた。

「まずい!」

 ――このままでは、女を自由にしてしまう。

 そう思った守は、慌てて女を追いかける。

「ありがとう、一重ちゃん!」

 一重に礼を言って、守はその部屋を後にする。

 そして、女の姿を確認して、守はいつの間にか手に持っていたスイッチを押す。

「いまだっ!」

 すると、廊下を全力で駆ける女の前に、突如大きな網が現れた。

「――っ!?」

 そのままの勢いで突っ込めば、網に捕えられる。そう判断した女は、急ブレーキをかける。が、間に合わない。

 勢いを殺しきれず、網に向かって飛びこみそうになる寸前――女は壁を蹴って、強引に横へ飛んだ。飛んだ先にあったのは、壁ではなく戸。

 ――ガコンガコン!!

 女は脱衣所の戸を吹っ飛ばして、中へと飛び込む。

「……まじですかい」

 またしても罠を回避され、驚嘆の声をもらす守。

 とはいえ、いつまでも感心している場合ではない。

 女の逃げ込んだ脱衣所、風呂には、いくつかの罠が用意してある。

 これは、追いかけて罠にかけるチャンスだ。

 守は、女の後を追って、脱衣所へと入る。

 先ほどの失敗を活かし、まずは上を確認するが――女はいない。さすがに、今の短い時間の中では、天井に張り付けないようだ。

 脱衣所の中を確認すると、風呂場への戸が開いていて、そこから湯気が漏れていた。

「あっちか」

 守は、脱衣所に立てかけてあったデッキブラシを手に取って、風呂場へと向かう。

 戸を開けて、中を確認。

 そして、ゆっくりと中に入って――デッキブラシをフルスイングした。

「――なっ!?」

 驚きの声とともに、戸の横で待ち伏せをしていた女が、その場から飛び退いた。

 壁に叩きつけられて、大きな音を立てるデッキブラシ。

 女は、守の立っている位置から、四歩、五歩と大きく飛んで、距離をとる。

 そしてその際に、どうして守に待ち伏せがばれていたのか気が付いた。

「……鏡か」

 ぽつりと呟く女。

「正解」

 守はフルスイングしたデッキブラシを構えなおして、答える。

「そんでさらに……」

 構えなおしたデッキブラシを天井に向かって突き立てた。

 瞬間――

「っ!?」

 女の頭上に、大量の風呂桶が次々に降り注いだ。

 ――カポーンカポーンカポーン

 と、間抜けな音を連続で立てながら、風呂桶が床に落ちる。

 それを華麗に躱す女。さすがプロというべきか、全ての風呂桶を躱し続けている。

 見かねた守が、自分の方に転がってきた風呂桶を足で押さえつけて――

「あらよっと!」

 手に持ったデッキブラシを振りかぶり、ゴルフクラブでボールを打つ要領で、風呂桶を打った。風呂桶は、まっすぐ女の顔面に向かって飛ぶ。

 頭上から降ってくる風呂桶に気を取られていた女は、自分に向かって飛んでくる風呂桶に気が付くのに、一瞬だけ、遅れた。

「くっ!」

 が、しかし。

 ギリギリのところで、右手を使って風呂桶を弾く女。天井の風呂桶もちょうど打ち止めのようで、カポーンカポーンうるさかった風呂場も静かになる。

 女は、風呂桶をはじいた際に赤くなった右手をさすりながら、守を睨みつける。

「はい、じゃあ次行きまーす」

 そこには、ノズルのついたホースを握っている守の姿が。

「……え?」

 次の瞬間――呆然としている女の顔に向けて、守はノズルの引き金を引いた。


 紙魚一葉は、家の外で真っ暗闇の中、男を追っていた。

 追っていると言っても、おそらくあちら側に追われているという自覚はない。

 ただ、面倒くさいのがくっついてきている、くらいの気持ちなのだろう。

 それも仕方がないことだ。

 普通だったら、一葉はまだ中学校に通っているような年齢なのだ。同じ忍とはいえ、体格に大きな差がある以上、相手の男と正面から殴りあっても勝ち目はない。

 向こうからしたら、一葉など、とるに足りない存在でしかない。

 現に今も、男の後についていくだけで精いっぱいだ。罠を使う余裕もない。

 庭にもいくらかの罠を仕掛けてあるはずなのに、引っかかる様子もない。それでも、精いっぱいとはいえ、一葉は男についていく。

 予想外に一葉が粘っていることしびれを切らしたのか、中庭に入ってついに男は足を止めた。凍った池のど真ん中で、仁王立ちしていた。

 中庭までくると、家からの明かりで、かろうじて表情がうかがえる。

「やあ、とっつぁん――と、思ったら、おやおや君は一葉クンじゃないっすか。久しぶりっすね、元気してた?」

 わざとらしくそう言った男から、少し離れた位置で立ち止まる一葉。

「蚰蜒葉矢戸(げじはやと)……」

「あらら、呼び捨てっすか。昔の先輩にそれはないんじゃないっすかねぇ?」

「今はもう、敵ですから」

「敵ですから――キリッ。ぶひゃひゃひゃひゃ! リアル中学生の歳ともなると格好いいことを言うっすねぇ。口調だって無理しちゃってぇ。あ、だったら、もしかして、まだ、愛しのお姉さまのために頑張っちゃってるんすか?」

 馬鹿にしたように言う男――蚰蜒。

「………………」

 が、一葉は相手にしない。何故なら、相手の心をかき乱すのが蚰蜒の目的だということが分かっていたからだ。ここは、相手の術中にはまってはいけない。

「あらら、挑発失敗っすか。一葉クンでも、小学生から中学生の歳に変わると成長するもんなんすねぇ。身長の方は、まだ全然みたいっすけど」

「念のために確認しておきますが、あなたたちの目的はなんですか? 場合によっては、争う必要もないと思いますが?」

 蚰蜒の煽りを完全に無視して、話を進める一葉。

 それを聞いた蚰蜒は、楽しそうに笑う。

「くくっ! 目的? 目的なんて、俺らにはいっつも決まってるじゃないっすか。雇い主の意向に沿う、ただそれだけっすよ?」

「その雇い主の意向を聞いているんですが……答えないということは、お互いの目的が対立しているということですね」

「さて……どうっすかねぇ?」

「無駄話はもう結構、ですっ!」

 そう言うやいなや、一葉が手に持った手裏剣を不意打ち気味に投げつけた。

 時代遅れの武器ではあるが、拳銃のように発砲音を立てないため、暗器としてはそれなりに優れている。何より、技術次第で応用が聞くのが利点だ。

「おっとっと」

 蚰蜒は正面を向いていた体を、横に向けるだけで、難なく手裏剣を躱す。

 が、しかし。

「おや――?」

 投げつけられた手裏剣は、蚰蜒の背後にある木の枝や幹に刺さっていた。いや、正確には刺さっているのではなく、引っかかっていた。そして、一葉の投げた手裏剣には、糸がつけられている。

糸が伸びる先は、もちろん、一葉の両手。

 その糸が蚰蜒の体を押さえつけて、拘束していた。巻きついた糸は、手裏剣が返しとなって、木の枝や幹に引っかかっているため、簡単には外れない。

「こういうのどっかの漫画で見たことあるっすよ? ――って、なんかこの糸濡れてるような? というか灯油臭いような……?」

「………………」

 一葉がライターを取り出して、糸に火をつける。

 糸は勢いよく燃え盛り、燃え盛る火は蚰蜒を襲う。

「って、まんま某忍者漫画じゃないっすか!!」

 と悲鳴をあげる蚰蜒。

 その間にも火は迫っていくが

 ――ヒュン

 と風を切るような音がして、勢いよく蚰蜒へと向かっていた火も、あちこちに散らばって地面へと落ちる。

「――たしか。火遁龍火の術ってやつっすね。いやぁ、さすがに今のは驚いたっすよ。まさか、一葉クンに刀を抜かされる日がこようとは……」

 蚰蜒は、糸を切った小太刀を振るって、感慨深げにそう言った。

「ちっ」

 仕留めそこなって舌打ちをする一葉。しかし、元々、今のでいけるとは思っていない。すぐに、次の策に移ろうとする。

 その時――

 ――カポーンカポーンカポーンと家の方から騒がしい音が聞こえた。

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