僕の妹になってよ(決め顔
「ごめんね、一重ちゃん!」
守は座敷牢の内側で、トイレから出てきた一重に謝った。
土下座だった。
大の大人がまたしても、年下少女の前で、恥も外聞もなく額を畳におしつけていた。
「べ、別にもういいです……」
なんて言うが、明らかに不機嫌そうな一重。
その顔はまだ、ほんのりと赤い。
「――そ、そんなことより! 守宮さん、どうしてあなたがここにいるんです!?」
「えっと、だから……君に会いに来たんだよ?」
守は畳から顔をあげて、先ほど声高々に言った言葉を、今度は控えめに伝える。
一重は意味が分からない、といった顔をする。
「用があるのなら、別に檻越しに話しかけてればいいじゃないですか。それに――ここに来るまでにはたくさんの罠だって……」
ボロボロになっている守の姿を見て、一重は言った。
全身ずぶ濡れで、服のいたるところが破れ、一部、焼け焦げたような跡もある。目立った外傷はないものの、破れた服から覗く肌は、赤くなっていたり青くなっていたり。きっと、この座敷牢の中へ来るまでに、多くの罠に襲われたのだろう。多くの罠にかかって痛い目を見ながらも、ボロボロになりながらも、座敷牢の中にまでたどり着いたのだろう。
どうしてそこまでして、守はこんなところにまでやってきたのか。
一重にはまったく理解できなかった。
「いやいや。一重ちゃんのおかげで、僕はこの家の中では怪我をしないんでしょ? だったら、罠なんてたいしたことはないよ。それに僕は、檻越しなんかではなく、直接、一重ちゃんに会いたかったんだから。会って、檻の中の一重ちゃんと話をしたかったんだ」
「檻の中の……? 別に、外からでも、檻の中の私とは話せますけど?」
「まあ、そうなんだけどね。気持ち的な問題だよ。やっぱり壁越し――檻越しじゃあ、気持ちにも、壁ができちゃう――気持ちを檻の中に隠しちゃうかもしれないでしょ?」
「うっ……」
まさに、自分の気持ちを心の檻の中に押し込めようとしていた一重は、守に図星をつかれてドキッとする。
守は、焼け石に水ではあるが、ぐしゃぐしゃになった衣服を多少なりとも整える。
そして。
「――というわけで、初めまして一重ちゃん。僕は守宮守。これから君と家族になりたいと思ってる。だから、握手して僕の妹になってよ」
と言ってさわやかに笑って、右手を差し出した。
一重は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに仏頂面になって
「嫌です」
「あらら、振られちゃったか」
「何で私が守宮さんの妹にならなきゃいけないんですか?」
「まあ、たしかにそうだよね」
「当然です」
「じゃあ、一重ちゃん。一重ちゃんは、いったいどうしたいの?」
「え?」
突然の質問に一重は不意をつかれる。
守は、じっと一重を見て、返答を待つ。
「一重ちゃんは、僕にどうしてほしいの?」
「別に……もう私のことに……関わらないでほしい……と……」
守から目を逸らす一重。
「本当に?」
「んっ……」
守は問いかけながら、一重に近寄って彼女の両肩を掴む。
「僕は、一重ちゃんの本当の気持ちを聞くためにここまできたんだ。だからお願い。素直に、思ってることを答えてほしい」
「私は――」
息が届くような近さにある守の顔を、見上げる一重。
こんなに人に近づいたのは、いつ以来だろうか。……本家から逃げるとき表花に抱きつかれたとき以来だったかな。そういえば、自分が感情を表に出すようになったのもあのときからだったなぁ、なんて一重は思い返す。
やっぱり、感情というのは面倒くさい。
他人に近づかれてしまうだけで、こんなにも揺らいでしまうのだから。
あれだけ、どうすれば守が関わらないように家から出て行ってくれるか考えたのに、いつの間にか全て吹っ飛んでしまって。
「――私は」
嗚咽交じりに、一重は言う。
「……守宮さんに迷惑かけたくない。私と関わらなければ、守宮さんは普通に暮らせるんだから、巻き込みたくない」
一重は目元から涙をあふれさせる。
守は、一重の頬に右手を伸ばすが、しかし、触れる寸前で手をとめる。
「迷惑なんかじゃないって言ったら?」
「え……?」
「僕はただ、やりたいことをやってるだけなんだ。その証拠に、一重ちゃんに会いたいがために、こうして厄介な罠を超えてここまできた。僕は、やりたいことのためなら、厄介ごとに巻き込まれたって、大変な目にあったって構わないんだよ」
宙で行き場をなくした右手を、一重の頭にぽんと乗せる。
そして、優しく撫でる。
「だから一重も、僕のことなんか気にせずに、自分がしたいようにすればいいんだ」
「私は……」
「言いたいことを言っていい。やりたいことをやっていいんだよ」
守の、優しく囁きかけるようなその言葉に、閉じ込めようとしていた気持ちが全部溢れて、顔をぐしゃぐしゃにさせる一重。
「あっ――」
せき止めていたものがあふれ出たように、声をあげて涙を流す一重。
守は、そのまま一重が泣き止むまで、頭をなで続ける。
やがて、ひとしきり泣いて落ち着いた一重が
「私は――守宮さんにこの家にいてほしいです……。まだ出会って数日で、守宮さんのことも全然わかってないのに、これでお別れなんて嫌です。もっと、一緒に暮らしたいです」
と、残った気持ちを吐き出すように、小さく言った。
「そう。だったら、僕は、この家にいるよ。というか今はここが僕の家なんだから、出てけと言われても出ていかないもんね!」
腰に手を当てて、にししと笑う守。
「でも、ローン残ってるくせに……まだ一銭もこの家の支払いしてないくせに……」
「うっ、たしかにそう言われると返す言葉ないよね……」
赤くなった目元がじとーっと半開きになりながらも、一重は口元をゆるませる。
「だから――変わりにちゃんと、ローンの代わりに……私と暮らしてくださいね?」
「えっ?」
ニコリと不意打ち気味に微笑む一重に、ドキッとして頬を少し赤らめる守。
「……ひ、一重ちゃん!? 今のもう一回! もう一回ニコってして! 携帯の待ち受けにしたいから! 写メ取らせて!」
「嫌です」
「えー、そんなー! 一枚だけ! 一枚だけでいいから!」
「お断りしまーす」
そんな感じで仲良くじゃれあう二人。
どうやら、これがこの家の日常風景なのだろう。
確かにこの家はローンの家で、住んでいるのは仮初の家族にもなれていない二人だけれど、しかしとても和やかな家だった。
「な、守宮さん!? なに抱きついてるんですか!!」
「よいではないか、よいではないかー」
「こんのっ――」
――バッチーン
……前言撤回。とても賑やかな家だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます