炬燵の中から忍者少年
「おっと、危ないじゃないか」
「あ、すみませ――ってそうじゃなくて! あの罠は家本さんが仕掛けたんですか!?」
「うん」
「うんって……。あの罠のせいで、僕の友達や同僚がひどい目にあったんですけど。どうして、あんなものを……」
おおらかな守にしては珍しく、非難の目を家本へと向ける。
「だから、一重のためだよ。私がここで住むにしても、君が住むにしても、一日中、この家にいられるわけではないだろう? もしそのときに、本家のやつらがこの家へとやってきたら? 言っておくが、一重を誘拐するのは簡単だよ? それこそ、赤子の手をひねるくらいには容易だ」
家本は、いつの間にか炬燵で寝ていた一重に視線を向けて言った。
にしても、これからの自分の処遇に関する話をしているのにのんきに寝ていられるとは、案外、一重の神経は図太いのかもしれない。
「――だから私は、いざ本家の連中が来た時のため、少しでも足止めになるように罠を仕掛けておいたんだけど。守宮君、何か文句でも?」
「罠があることに関しては、この際、目をつぶりますけど……。でも、二階が危ないっていうなら、それくらい事前に教えておいてくださいよ……」
なんて、文句を言ったものの、仮に教えられていても結果はあまり変わらなかっただろうなぁ、と守は少し思っていた。
現に、守は罠のことを知っていたのに、河津に怪我をさせてしまった。智樹だって、階段の罠を見つけた時点で引き返して入れば、そこまで酷い目にあわなかったはずだ。それでも先に進んだのだから、罠のことを教えられていようがいまいが関係なかったということだ。
つまり――
「口で言うより、身を持って知ったほうが記憶に強く焼きつく。だから、私はあえて教えなかったんだよ。実際、その通りだっただろう?」
家本が結論を言う。
「それで大怪我でもしたらどうするつもりだったんですか……」
家本の言うことは事実なのだが、それでも、大怪我の可能性があったことを思うと、責めずにはいられない。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと怪我しないように、罠を設計してあるから」
なんて、楽観的な家本に
「どう考えても、人に火を点けるような罠が安全だとは思えないんですが……」
守はもっともな指摘をする。
実際、危ないのは火を点ける仕掛けだけではない。階段から落ちても、当たり所が悪ければ、大変な目にあうし、二階から池に落とす仕掛けだって、一歩間違ったら大怪我だっただろう。とても怪我をしないような設計だとは思えない。
しかし、あはは、と指摘を一笑に付す家本。
「守宮君、忘れたのかい? この家には一重がいるんだよ? 一重が住んでいる家で、家主とそのまわりの人が怪我をするはずないじゃないか」
「そんなこと――本当にあるんですか?」
「まだ、一重の力について疑ってるね? しばらく一重と一緒に住んでいれば、そのうち嫌でも実感するから、今は私の言うことを信じてほしいな。よっぽど八方ふさがりな状況でない限り――守宮君がこの家で怪我をすることはない。一重を誘拐しにきた不幸真っ只中の本家の人とかならともかくね」
きっぱりと断言する家本。
正直、何の根拠もない話だが、しかし、守は家本の目を見て、信じることにした。
もともと人を疑うのが苦手なのだ。
「わかりました。ここまでの話……信じてみようと思います」
「ふふふ。君なら、そう言うと思っていたよ」
「……前から思ってたんですけど〝僕なら〟って家本さんは良く言ってますけど、それってどういう意味なんです?」
「ああ、言っていなかったか。さっき話した事情のとおり、誰にでもこの家を譲れるわけではなくてね。一重の力を悪用せず、こちらの要求をのんでくれて、一重に優しくしてくれそうな人を、私は選んだ。それが、守宮君、君だったんだ」
守に微笑みかける家本。
「――ああ後は、一重も君を選んだんだっけ。檻越しと言っても一応、同居することになるんだからね。一重の意志を無視するわけにはいかなかった。だから、何人かの候補者の中から、一人選んでもらったんだけど……。うん、私の中で第一候補だった君を、一重が選んでくれて助かったよ」
「あ、あの、その、ど、どうも……」
家本の言葉に、守は照れて顔を赤くする。
それを見た家本が、軽く笑ってから
「それで、ここからが本題なんだけど――」
と真剣な顔になって言った。
「本題……?」
「今までの話は、ただの説明。これからするのは、守宮君への意思確認だと思ってもらえればいい」
「はあ……」
家本はちらりと、一重を確認する。
が、一重はいまだ腕を枕にして、炬燵に突っ伏している。
「ふむ……一重には、後で守宮君から話しておいてくれると助かる」
「もちろん、いいですけど……何の話です?」
守が聞くと
「本題についてだよ」
と、家本が答える。そして、深刻そうな表情になって
「……守宮君、実は今、私たちはまずい状況の中にあるのかもしれない。というのも、最初にぽつりと言ったと思うんだけど、この家のことが本家の人間にバレてしまったようなんだ」
と、告げた。
「それって……一重ちゃんを連れ戻しにくる、ってことですか?」
「もしバレているのなら、間違いないだろうね。今はおそらく、様子見をしているといったところだ。今日、本家の手の人間がこの家を見張っているのを、私の部下が見つけた」
「なんだか、スパイ映画みたいなこと言ってますね……」
映画の中でしか聞かないようなことを言われて、困惑する守。
が、家本はさらに守が困惑するようなことを言う。
「スパイというよりも、忍者だけどね」
「は?」
「うちの家は代々、専業のお抱え忍者がいてね」
と、きわめて真顔で、そう言った。どうやら、冗談を言っているわけではないらしい。
「に、忍者って、そんな時代錯誤な……」
「実際、時代錯誤なんだよ。さっき話した通り、うちは古くから続く家系でね。それこそ、忍者なんてものが普通に存在していた時代から、今にいたるまで、ずっと忍者の一族を配下に置いているらしい。それはもう、莫大な資金を払ってね」
「………………」
絶句する守。
普通に考えれば、たいして仕事のない忍者の一族を、何百年も前から養い続けるなんて不可能に近いことだろう。というか、変わる時代の中で、需要のないものに大金を使う余裕を持ち続けることが難しい。しかし、家本家にはできたのだろう。一重の先祖を代々監禁していたおかげで。
「信じられないかい? だったら証拠になりそうなものを見せてあげよう」
「え、いや――」
「一葉、出てきて」
「――はい」
と、何やら下から、というか炬燵の中から声がした。
「……?」
守が、炬燵布団をめくり、体を捻って中を覗くと――
「どええええぇぇ!?」
――中学生くらいの男の子が、ネコのように体を丸めて炬燵の中に入っていた。
ばっ――と、炬燵布団を落とす。
「だ、誰!?」
と、叫んで、自分の見間違いかと思い、目をごしごしとこする。
そしてもう一度、おそるおそる炬燵の中を覗き込むと
「……その臭い足をどけてください」
中にいた少年が、声変りも終わっていない幼さが残るような声で言った。
「えっ!? ……あっ、はい」
言われたとおり、素直に炬燵から足を抜いて、一歩分後ろに下がる守。
そこから、ぬるりと出てくる少年。体を手で払いながら、立ち上がった。
顔立ちは、少年少女か見分けがつきづらいくらいに整っている。黒い髪が短く切りそろえられていることで、かろうじて少年だとわかる。
恰好は、紺色のセーターに黒色の長ズボンという、目立たないが子どもらしい恰好。
さっきまで炬燵の中に入っていたからか、頬が少し赤くなっている。が、汗ひとつかいておらず、涼しい顔で守を見下ろしていた。
「
「どーも、です」
冷ややかな目で、守を見下ろす一葉。
「あの、家本さん? この子、僕のことを睨んでるような気がするんですけど……」
「はっはっは。それはきっと、嫉妬だろうね。一葉は私に心酔してるから、私が君を好評してるのが気に入らないんだろう。なんせ、まだ十三歳なんだし」
「十三歳!? 若っ!?」
「別に、僕は嫉妬なんかしていません。ただ、このおっさんが気に入らないだけです」
どことなく背伸びをしているような話し方で、子供のようなことを一葉は言った。
「おっさ……!! たしかに一回りくらい歳に差はあるけど……」
おっさん扱いに落ち込む守。
「こらこら、一葉。おっさん扱いはやめなさい。守宮君がおっさんだったら、それよりも歳が上な私はおばさんになってしまうだろう?」
「あっ……!! 表花様は、別に、おばさんなんかじゃ、ないです!!」
これまでほとんど無表情だった、一葉が焦りだし弁解をする。
この反応からすると、一葉が家本に心酔しているというのは本当のことなのだろう。
おねしょたかな? 逆、光源氏かな? と、心の中で考えた守は、家本に冷たい視線を向ける。
「なんだか守宮君から非難をうけているような気がする。言っとくけど、一葉を連れてきたのは私の趣味じゃないから。ただ、一番信用できる人を連れてきただけだからね?」
「一番信用――ありがとうございます、表花様」
家本の言葉に、目をキラキラとさせる一葉。
家本は苦笑して
「……これがなければ、有能なんだけどね」
「ああ……なるほど。わかりました。心中お察しします」
有能と言われてまた目を輝かせている一葉を横目に、家本に同情する守。
無条件で懐かれると言うのも意外と面倒くさいのだ。
「まあ、それはいいんだけど。……話を戻そう。これで、忍者の存在は証明できたかな?」
「……確かに、いつの間にか炬燵にもぐりこんでるなんて、ネコでもなければできませんよね」
まだ、全面信用できるほどの証拠ではないのだけど、守に気づかれることなく炬燵にもぐっていたのは事実。そんな芸当ができる一葉という少年を、とても普通だとは思えない。
「じゃあ、話を進めるよ。今、ここにいる一葉は私の下で働く忍者だけど、本家の方には、もっとたくさんの忍者がいる。その忍者が、今日、この家を見張っていたということでね。それが、一重の存在が本家にバレているかもってことなんだ」
「恐れながら意見をさせていただきますと、僕はこの守宮とかいう男が怪しいと思います。なぜなら、本家のものがやってきたのは、この男に家を明け渡してすぐの出来事ですから」
家本の言葉に、口を挟んで、守を睨む一葉。
とはいえ、事実だけ見るとその通りだったので、守も弁解はできない。
「情報を流したつもりはありませんけど、もしかしたら、僕のせいでバレてしまったのかもしれないです……家を引っ越すこととか、まったく隠さずに話してましたし……」
はあ、とため息をつく家本。
「そんなもの、素人である君のせいにしたりはしない。一葉も守宮君に謝りなさい」
「うっ……すみません、です……」
家本に言われては抵抗できないのか、一葉は苦々しげな顔になって謝罪する。
「あはは、僕は気にしてませんよ。……それよりも、本家さんがこの家のことを知っていた場合、僕がどうすればいいか知りたいです」
守の質問を聞いて、家本は立ち上がる。そして、神妙な面持ちで言った。
「……そうなった場合、この家には本家の忍者が一重を連れ戻すためにやってくるだろう。その際、この家に守宮君が住み続けていたら、君に危険が及ぶかもしれない。相手はプロの忍者だ。いざというときには、殺しも厭わない」
家本の威圧するような言い方に、ごくりと息をのむ守。
「――だから、君がどうするかは、君が選んでほしい。強制はしない。荒事に巻き込まれたくなければ、家を出ていけばいい。次に住む場所くらいは、私が確保するし、ローンもチャラだ。ここで、起きたことは忘れて、いつもの生活に戻ればいい。もし荒事に巻き込まれても、この家に残りたいと言いうのなら、私はその意思を尊重する」
「僕は――」
咄嗟に次の言葉が出てこない。
守は迷っていた。
単純に、メリットだけで見れば、出ていくのが正解だろう。命の危険があるような、わけのわからない厄介ごとから、ノーリスクで手を切られるのだ。
しかし――
「僕はまだ、どうしていいのか、わからないです……」
答えを出せない守。
これからに関わる重要な決断なのだ。一人ですぐに決めるのは難しい。
「……ふん。覚悟がないなら、出ていけばいいのに」
ぽつりと、一葉が呟く。
「……そう、だよね。覚悟がないのに、いざこざに首を突っ込んでも、迷惑なだけ、だよね……」
はっきり結論をだせない守を見て、困った顔をする家本。
「今すぐ決める必要はない――と言ってあげたいところだけど、本家の人間がいつやってくるかわからない状態だからね。この家にいる以上、その危険があるということはわかっておいてほしい」
「……はい」
「とはいっても、まあ、おそらく本家の人間がくるとしたら、私がすぐに駆けつけられないときだろう。基本的にはここに近いところで仕事をしているから、問題はないはずなんだけどね……」
歯切れが悪くなる家本。
守が首をかしげると
「いや、まずいことに、大晦日に外せない仕事が入ってしまって。その日の夜の間は、すぐには駆けつけられないかもしれないんだよね……。もちろん、本家の人間がやってきたときのために、その日までには色々と用意して、当日には一葉もここに置いておくつもりだ。何かあれば、私も急いで戻ってくる。……ただ、それだと守宮君の安全は保障できないからね。だから、君がどうするのかは、大晦日までには決めたほうがいい」
「わかりました。自分のことですもんね。大晦日までには、必ず決めたいと思います」
無理に笑って見せる守。
「……すまないね。元々巻き込むつもりではあったのだけど、こちらの事情は徐々に話していくつもりだったんだ。その後で、どうするかを考えてもらいたかったんだけど、本家にこの場所がバレてしまった以上、悠長にもしていられなくてね」
「あはは……。そもそも僕みたいな凡人代表平民代表が、こんな家に住めているだけで夢みたいなものなんです。文句なんてありませんよ」
「そうかい……やっぱり、君を選んで良かったよ」
そう言って、相好を崩す家本。
不意打ちで褒められて、守の顔が朱に染まっていく。
「――ちっ」
守に聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで、舌打ちをする一葉。
「こら、一葉。舌打ちしない。それじゃあ、守宮君、私はこれから仕事があるので、失礼するよ」
「あっ、はい」
「君がどんな選択をするかも含め、今の話を一重にも話しておいてくれ。……ちゃんと、二人で話し合うんだよ」
家本は、守を一瞥して、炬燵に突っ伏している一重に視線を向ける。
「それじゃあね」
身をひるがえした家本は部屋を出ていき、一葉はそれに音もなくついていく。
残された守は――
「………………」
まだ一人で迷っていた。
「………………」
広い広い部屋は、とても静かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます