家出の理由
「はぁ?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまっていた守。
「知らないかい、座敷童? ほら、民間伝承でもよくでるあれだよ。子どもの姿をしていて、神様だったり幽霊だったり言われて、住みついた家に富をもたらすというあれ。一重はその座敷童なんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! だったら、一重ちゃんは、神様か幽霊だって言うんですか!? 僕の目にも、はっきりと見えているのに!!」
守は震えた声で、そんなことはありえないと自分に言い聞かせるように、叫んだ。
「いや、一重は人間だよ」
「えぇっ?」
またも、素っ頓狂な声を出す守。すでに、話にはついていけていない。
「人間で座敷童。……正確に言えば、座敷童の性質を持った人間ってことだよ」
「それって、つまり――?」
頭の処理が追いつかずに、守は目をぐるぐると回しながら聞く。
「一重が住んでいる家には、莫大な富がもたらされるんだよ。まあ、守宮君にはまだ自覚がないかもしれない。とはいえ、公務員なら出世したとしてもそこまで給料があがるわけではないし、そこまで恩恵を受けることはないだろうけどね。株やらFXやらをやろうと言うなら、また話は別だけど」
「そんなの……やるつもりなんてないですよ。その話が本当だとすれば、僕としては、出世ができるだけで十分すぎる恩恵です」
そもそも、高給が目的だったら、公務員にはならない。
守には、出世したいという野心は一切ないくらいだ。
それでも、給料があがるとなれば、ありがたい話ではあるのだけど。
「起業したり、会社を経営してる人から見れば小さな恩恵さ。例えば、私のようにね」
「家本さんって、なんのお仕事してるんですっけ……?」
「これでも、金融と不動産を経営してるよ。もう軌道に乗りまくってウハウハだけどね」
「社長さんだったんですか……」
「それもこれも、全部、一重のおかげさ」
という家本の言葉で、守は顔をこわばらせる。
「あ、あのっ! じゃあ家本さんが一重ちゃんをこんなところに閉じ込めている理由って……まさか……」
守は恐る恐る尋ねる。
「閉じ込めていないって言っただろう? 一重がそこにいるのはあくまでも利害の一致さ。一重がいることで私は会社運営が上手くいくし、一重には衣食住が約束される。我が儘だって、できる限り聞いてやってるんだ」
「でも――」
守が何かを言おうとすると、黙って話を聞いていた一重が口をはさんだ。
「守宮さん。別に、私は不自由していないです。元の家にいたころよりはずっとましな生活をしています。だから、何も問題はないし、守宮さんにも関係のないことです」
「………………」
暗に、余計な口出しをするなと言われて口をつぐむ守。
一重は、ぷいっと顔をそらしている。
そんな二人を見て、家本はやれやれと頭をふる。
「まあまあ、一重。そんな突っぱねるようなことを言わなくてもいいだろう。ほんとは、守宮君にも関係ないことではないのだし」
「僕にも関係……?」
「そうだよ。気づかないのかい? 今の状況と、私の言ったことに矛盾があることを。一重を利用しているというのなら、私は何故、一重の住むこの家を守宮君に売ったのか」
「あっ」
「そもそもお金が欲しいだけなら、起業をする必要はなかったんだ。ただ単純に、私が会社を経営したかったから、起業しただけで。それが一重の影響で、赤子の手を捻るよりも簡単に軌道にのって。ねえ、守宮君。赤子の手を捻るのって、実は簡単じゃないよね。良心ってものがある以上、無垢な赤子の手を捻るのは精神的にとても難しいと思う」
「えっと……そうですね。僕にはできないと思います……」
曖昧な返事をしながらも全面的に同意をする守。
「つまり、例え簡単だったとしても、それをすることには罪悪感が生まれるんだよ。最初は、お金が入用だったから会社が成長するのが嬉しかったけど、上手くいっているのが全部、一重の力によるものだって気が付いたら嫌になってね。私が儲けているということは、誰かが損をしていることだ。それが、自分の力によって得られたものならともかく、ズルをした結果だからね。次第に罪悪感も生まれる。それになにより、つまらなかった。絶対に死なないチートを使って、ゲームをやってるようなものだよ。達成感なんてあったもんじゃない。――だから私は、一重からの加護を放棄しようと思った」
家本は、淡々とそう語った。
「放棄……別居するってことですか?」
「まあ、そういうことになるね。ただ、別居するにしても問題が二つあったんだけど。……一つ目は、一重の厄介な力についてだ」
「厄介?」
「〝座敷童〟が家を去ると、その家は没落する。だから、一重が家から去ってしまうと、その家には悪いことが起こってしまうんだよ」
守はハッと息をのむ。
「それじゃあ……」
と何かを言いかけて、一重に視線を向ける。
一重は視線を向けられて、ゆっくりと口を開く。
「私が家出をした家は、今、大変なことになっているらしいです。経営している会社の業績はことごとく低迷、身内の怪我、病気など、厄災がもろもろと押し寄せたって。なので、表花の言っていることは本当のことだと思いますよ」
どことなく辛そうに、しかし他人ごとのように一重は言った。
自分のことであるのに、実感がわかないのだろう。
そんな一重を見て、家本が話を引き継ぐ。
「細かい話は私がするよ。……そもそも、一重を監禁していたのは私の両親なんだよね。両親っていうか、家本の家系? 家本家の本家の人が古くから代々、〝座敷童〟の女を、一重の母親から祖母から曾祖母から高祖母からご先祖様にいたるまで――何百年もの間、監禁し続けてきたらしいよ。だから、おかげでウチの家系はその何百年の間、常に栄えていた。そして、力があったからこそ、現代まで、数人の人間を世間から隠しにして〝飼う〟ことだってできたんだろうね」
「なっ――――」
絶句する守。そもそも、監禁と言う行為そのものが、現代に生きる守にとっては犯罪でしかないのだ。それが、何百年もの間も続いていたとなると――気が遠くなりそうだった。
「それじゃあ、一重ちゃんは――一重ちゃんの家族は、一族郎党、監禁され続けてきたってことですか……?」
「いいや。正確には一族の〝女〟だけだよ。男を監禁したのでは、効果がなかったらしい。だから、男が生まれた場合は、結構、自由にさせていたらしいよ。まあそのせいで、女の子が生まれるまで、何度も何度も子どもを産んだ――産まされた人もいるみたいだけど」
同じ女性として何か思うことがあるのか、不快感を隠すことなく家本は説明する。
そして、家本は顔を一重に向け、一重にたいして言った。
「一重だって、あの家に監禁されていたときは、まるで人形のように、笑うこともなく、悲しむこともなく、怒ることもなく、ただただ生きているだけだの生活をさせられていただろう? 今も無愛想なのは変わらないけど、あの家から出たことで、笑ったり、悲しんだり、怒ったりするようになったんだ。だから、うちの実家が今、大変なことになってることには――一重は何の罪悪感も抱かなくていい。あいつらは、間違いなく自業自得だよ。何だったら、私を含めて一族で甘い汁を吸ってるやつを全員、恨んでもいいくらいだ」
真剣な顔になる家本。彼女の手は、炬燵の下で強く握りしめられていた。
一重は、自身に向けられた真剣な眼差しを見つめて――ぷいっと顔を逸らす。
「……別に、ご先祖様のことはよくわからないから、恨みようもない。私は今、こうして自由にさせてもらえるだけで、表花には感謝してる……と思う」
と、控えめながらも、一重は家本にたいして感謝の意を表す。
それを聞いた家本は
「はは。やっぱり、一重は良い子で――可愛いなぁ」
と、呟くように言って、強張らせていた顔を崩した。
一重も、逸らした顔を赤く染める。
その二人の間に入り込めず、ただ微笑ましく見守っていた守は
「――で、あの、もっと一重ちゃんを自由にさせてあげないんですか?」
と、水を差した。
「……私と一重の姉妹愛に横やりを入れないでくれないかい?」
すぅーっと、背筋が凍りそうになるくらい鋭い目で守を睨みつける家本。
そんな鋭い家本の視線から逃れようと、目で一重にすがる守。
守からの視線は無視して、家本にたいしてひややかな視線を向ける一重。
とんだ三つ巴だった。
「……別に、私と表花は姉妹でもなければ愛もないけど」
「辛辣っ!」
およよ、と両手で顔を覆って泣いたふりをする家本。
「それで、家本さん。どうして一重ちゃんを自由にしてあげないんですか」
という質問を、再度、守にされて、家本は指の間からチラリと視線を向ける。
「結構ぐいぐい質問してくるね、守宮君。そのくらいのことは、自分で考えてもらいたいんだが……まあ、君じゃ答えを出せそうにないか……。さっきも言った通り、一重がこの家から出てしまえば、この家の家主が被害を被ることになる。その対象になるのは、守宮君か、私か。あるいは両方かもしれない」
「一重が出かけたり引っ越したりするだけで、僕や家本さんに被害が出るかもしれないってことですか……」
お財布への被害か、あるいは病気か怪我か、もしかしたら、取り返しのつかないことも起りうるかもしれない。だとすれば、下手な賭けにでるわけにもいかないということか。
「実際、この家にくる以前に住んでいたアパートは、私が一重と一緒に買い物に行っただけで、帰ったころには消し炭になってたよ」
「消し――」
絶句する守。
「この家がそんなことになったら困るだろう?」
「……はい」
「まあ、そういうことだ。だから、自由に外に出るのは難しい。引っ越しに関していえば、家主と一重が一緒に引っ越しをすることで、被害を回避できるようだけど。それはオススメできない」
「……引っ越すつもりはないですけど、なんでですか?」
「私が気軽に一重と別居できない、もう一つの理由だよ。――一重は本家に追われている」
家本の言葉に、守は息をのむ。〝本家〟という名前は、炬燵に入る前に家本が口に出していた言葉だ。
頭の回転が悪い守でも、さすがに今回は、家本の言わんとすることが分かる。
「今、酷い目にあってるっていう、家本さんの実家のことですね」
「ああ。本家は、自分たちの身の安全を守るために、そして出てしまった被害を回復させるために、また一重を監禁しようと、血眼になって探している」
「じゃあ元々、一重ちゃんの力とか関係なく、外に出たりするのは難しかったんですね」
守は自分のことではないのに、残念そうに肩を落とす。
当の一重はというと、退屈そうにあくびを噛み殺している。
「そうだね。もし本家にここがばれたら、本家は全力で一重を手に入れようとする。それこそ、どんな手を使ってでもね。――だから、それを阻止するために私は、この家に罠を張った」
「へぇ、そうだったんですか――って、え?」
呆けた顔になって聞き返す守。
「あの、今なんて?」
「うん? ……ほら、君も知りたがっていただろう? 二階にある罠がなんなのか」
「えええええええええ――っで!!」
守は驚きのあまり、炬燵の天板を蹴り上げたのだった。
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