第四章「余所は余所、福はウチ」

僕よりも年下でさえあれば、どうでもいいですから

「お邪魔しまーす」

「あれ、家本さん」

 守が食器の片づけを終えて、一重のいる座敷牢に戻ろうとしていたところで、勝手に鍵を開けて入って来た家本に出くわした。

「やーやー。元気してたかい?」

「我が物顔で家に入ってきますね。……まあ、いいですけど」

 苦笑しながら、守は言って

「それで今日は何をしに?」

 と、家本に聞いた。

「一重を見に来たのさ」

「一重ちゃんですか……。気になってたんですけど、家本さんと一重ちゃんっていったいどんな関係なんです? 親子――ではないですよね」

「私が、あんな歳の子を産んでいるように見えるかい? 言っておくけど、一重はあれでも十六歳だし、私だってまだ二十八だからね」

「えぇ!?」

 目を見開いて、大きく開いた口を手で隠しながら驚く守。

 そうなるのも当然だ。守の目測よりも、彼女の実年齢は五歳ほども差があったのだから。

「家本さんってまだ二十代だったんですか!?」

「どういう意味だい? 守宮君?」

 守の肩に、そっと右手をおいて、にっこりと微笑む家本。

 その右手には、守の肩を握りつぶさんばかりの力が込められていた。

「あの……大人っぽく見えたというか、大人の魅力があふれてるというか……」

「うん?」

 笑顔で、右手の力をさらに込める家本。

「その、じょ、冗談です! すみません!」

「冗談だって言えば、発言が取り消されると思ったら大間違いだよ?」

「ごめんなさい……」

 痛みと恐怖心で少し涙目になりながら、謝る守。

「まあ、そんなに怒ってないんだけどね」

 と、言って、家本は守の肩を握りつぶしていた右手を離す。

 絶対に嘘だ、と守は心の中で思った。

「にしても、一重の歳についてはまったく驚かないんだね?」

「え? ああ。年齢なんて僕よりも年下でさえあれば、どうでもいいですから」

 当然のことだと言わんばかりに、守は堂々と言い放つ。

「なんだか、不穏なことを言っているような気がするんだけど。ていうか、君の性癖なんて聞いていないんだけど。一重の貞操は大丈夫だろうね……」

 珍しく、額に汗を浮かべて苦い顔をする家本。

「やだなぁ。人を変態みたいに言って。いやらしい意味なんてないですよ? むしろ、純粋な気持ちです。妹が欲しいっていう、とっても清らかな思いです。妹を愛でたいという高尚な感情なんです!」

 なんて、無駄に熱く、気持ちの悪い主張をする守。

 これには家本もドン引き――

「――なら、いいね。その気持ちは凄く良くわかるし、いやらしい気持ちで接されるよりは、ガンガン愛でてもらったほうが私としても助かるから」

 ということもなく、何故か、守の主張を歓迎していた。

 これで守の気持ち悪い妹愛に、後ろ盾ができてしまったことになる。

 そのうち、暴走しないかどうか不安である。

「……それで、結局、一重ちゃんと家本さんはどんな関係なんです?」

「私と一重は、ただの親戚だよ」

 ここまで話をそらした割には、あっさりと答える家本。

「なるほど、親戚ですか」

 仲良し……とまで言えないまでも、冗談を言ったり睨んだり、親しそうにしていたのはそういうことだったのかと、守は納得する。

「そうだよ。だから、私はその親戚が一緒に住む男に悪いことをされていないか、確認をしにきたんだけど――そろそろ一重のところに行ってもいいかな?」

 と、守に尋ねる家本。

「あっ……。すみません、こんなところで話込んじゃって。僕も、一重ちゃんと話があったので、一緒に奥の部屋に行きましょう」

 二人は座敷牢の部屋へと向かう。

「おーい、一重ちゃん。家本さんが来たよー」

 そう声をかけながら、戸を開けて、部屋の中へと入る守。

「……表花?」

 簾を下げたまま、座視牢の中から声がする。

「様子を見に来たよ、一重」

「別に、頼んでないし……」

「またまたー、連れないなー。守宮君に、悪いこととかされてないかい?」

 その言葉にドキッとする守。酷いことはした覚えはなかったが、(気持ちの)悪いことをした自覚はあった。なので、ドキドキしながら一重の返答を待つ。

「別に……まあまあ良くしてもらってる、と思う」

 歯切れは悪いが、一重は素直に思っていることを口にする。

「なんとっ! まさか、一重がそんな風に言うなんてね。さすが、私が家主として選んできただけはある」

 わざとらしく驚いて、自画自賛をする家本。

 守はというと、家本の言葉にピンとこないのか、きょとんとした顔をしていた。

 というか、自分が選ばれてこの家を買わされたのだということをわかっていなかった。

 まあ、そんな頭――察しの悪い守だからこそ、この家に住み続けているのだが。

 それもこれも全部、家本の計画の内というのも、今の守には知る由はない。

「それで、一重。わざわざ私が会いに来たのだから、顔ぐらいは見せたらどうなんだい?」

「別に、面倒だったから」

「そこは面倒くさがらないでほしいね。……というか今日は、守宮さんには頼めないような生活用品を買ってきてあげたんだけどなー。受け取ってもらえないなら、守宮さんに渡しておこうかなぁー」

 と、手に持ったビニール袋を横に振りながら、わざとらしく棒読みで言った。

「? だったら、僕が預かっておきますね」

 守は状況をまったく理解せず、家本の持つビニール袋を受け取ろうとして

「ま、待って。自分で、受け取るから!」

 それを、一重が慌てて止めた。

 すぐに簾が上がって、姿を現す。

「――えっ?」

 現れた一重の姿を見て、何故か絶句する家本。

「どうかしました、家本さん?」

「……?」

 守と一重が怪訝そうな顔をして、家本に視線を向ける。

 家本は目を見開き、体をわなわなと震わせ


「――私の一重がみすぼらしくなってる!!」


 と、叫んだ。

「……はい?」

「はいじゃないよ! なんだい、あの一重の恰好は! あんな服を一重に着せたら、貧相な体が浮き出て可愛そうじゃないか!」

「え、ちょ、え、ゆら、さない、で、くださっ」

 守の両肩を掴んで、がたがたと体を揺らす家本。

「表花? それってどういう意味?」

「一重も! なんで私のあげた着物を着ずに、そんな安物の服を着てるんだい!?」

「あれ、重くて動きづらいし疲れるから好きじゃない」

「なっ――!」

「あぅあぅあぅあぅ、ゆら、さない、で……」

 一層、激しく体を揺らされた守は、脳を大きく揺さぶられる。

 顔色は青く、白目をむいて、もはや虫の息。

 なんかもう、色んなものが出てきそうになっていた。

「表花、そろそろ守宮さんを離さないと死んじゃう」

 と、一重に言われて、パッと手を離す家本。

 守の体は、ぽーんと飛んで、畳の上に落ちる。

 ドラ○ンボールで、サイバ○マンやられたヤム○ャみたいな体勢で倒れている守。

 家本はそんな守には視線を向けず、鉄の檻にギリギリまで近寄って一重と向き合う。

「どういうことか簡潔に説明してもらえるかい、一重」

「守宮さんが服くれた。着た。結構良かった」

 言われたとおり簡潔に言う一重。

「うぅ……。どうしてこんなことに……。お人形のように可愛らしかった一重が、これじゃあただの小生意気な小娘」

 およよ、と家本は両手で顔を覆う。

「おい」

 不服そうな顔で、家本を睨む一重。

 そんな一重を、家本は指の隙間からチラチラと見る。

「私の一重が…………こんな…………みすぼらしい…………貧相で…………可愛くな…………可愛い」

「でしょうっ……家本さん!」

 家本が最後にぽろっと漏らした〝可愛い〟発言に、倒れていた守が起き上がりながら食いついた。

「ハッ! ち、違う、今のは――」

「確かに、服はジャージですけど……でもっ、そんな一重ちゃんも、庶民的で可愛いでしょう?」

「うっ……」

「それにほら、僕がプレゼントしたのは服だけじゃないんですよ? 見てください、一重ちゃんの髪を!」

「あれは……髪留め!?」

 熱くなる二人の後ろで、一重は冷めた目をしつつ、鉄の檻から手を伸ばし家本の落としたビニール袋を拾う。中身は、下着などなど。守には見られないようにそっとしまう。

「家本さん、好きな髪型はありますか? それは、和服には似合うものですか? 考えてください! ジャージを着ていれば、だいたいどんな髪型でも似合うんです!」

「な、なんだってー!」

「さあ、家本さん。一重ちゃんに頼むんです。家本さんの好きな髪型にしてもらえるように!」

「ひ、一重! 是非ツインテールに――」

 ――シャ

 簾が下ろされた。

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